やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 長年の懸案であった栄養教諭制度が2005(平成17)年4月よりスタートし,日本の学校給食の歴史に新たな1ページを刻むこととなった.わが国の学校給食は,古く1889(明治22)年,山形県忠愛小学校で貧困救済のために提供された昼食がその始まりとされている.戦後の混乱期をアメリカの援助を受けて再出発し,1954(昭和29)年には,現在の学校給食の基盤となる「学校給食法」も制定されて,児童生徒の栄養改善,体位・体力の向上に大きく貢献してきた.実に120年近い歴史とその普及率,システム,内容ともに日本が世界に誇るべきものの一つである.さらに,諸外国の学校給食が福祉政策の一環であるのに対し,わが国では学校教育の一環として実施している点は特筆に価する.
 栄養教諭は,この学校給食の管理と食に関する指導を一体的なものとして,児童生徒の栄養の指導および管理を司る教育職員として位置づけられたものである.その背景には,朝食欠食,飽食の中の栄養の偏り,運動不足や食べ過ぎによる肥満や,相反するやせの増加,孤食など,子どもを取り巻く生活環境や食生活の乱れが深刻であり,幼児期からの望ましい食習慣の形成の必要性が高まっているといった実情がある.管理栄養士,栄養士としての資質に加えて教諭としての素養が求められ,家庭や地域との連携・協力を図るコーディネーターとしての役割も担う.さらに,栄養教諭制度と同時期に策定された「食育基本法」〔2005(平成17)年,内閣府〕,「食育推進基本計画」〔2006(平成18)年〕,「食育推進会議」を受けて,学校教育の場のみならず,広く国民運動として食育を推進する一翼を担うことも大切であり,その活躍の場は広がりつつある.
 本書は,新しく新設された栄養教諭養成課程における「栄養に係わる教育」に関する内容を網羅しつつ,管理栄養士・栄養士としての専門性をいかに教育に生かすかという視点で,教諭として教壇に立つための基本的な教育力を高めることをねらいとして作成した.あわせて,学校給食の献立や「食に関する指導」の具体的な事例を示し,基本的な理論との整合を図るとともに,学校教育全体の位置づけを把握できるように配慮した.さらに,校長はじめ養護教諭,担任の先生方など学校教育に携わる方や保護者の方にも,食育に興味・関心を高めて頂く一助となればと考えている.
 ところで,日本より1年前に,日本の栄養教諭と同様の栄養講師制度をスタートさせた韓国では,20年前からすでにその準備をはじめ,現職の管理栄養士が教育系の大学院に進学するなど,その資質向上に努めてきたという.わが国の栄養教諭も,「どんな栄養教諭になりたいか」「そのために何をするか」,常に自分自身に問いかけ,理想とする栄養教諭像に向けて日々研鑽し,管理栄養士・栄養士の専門性を他に誇れる実力を養ってほしい.「生きた教材」としての美味しい学校給食と楽しい授業を基盤に,児童生徒の健康教育を担うという強い使命感をもち,向上意識を高めてほしい.そして,さまざまなネットワークを構築して,子どもたちの生涯にわたる健康づくりを支えてほしいと願うものである.
 最後に,本書が,全国に先駆けて配置された高知県の第1期の栄養教諭をはじめ,各執筆者の多大な協力を得て完成したことを,ここに記して厚く感謝申し上げます.また,無理難題を終始受け止めて下さった医歯薬出版をはじめ,関係諸氏にあらためて御礼申し上げます.
 2006年11月
 編者 笠原 賀子
はじめに
補訂にあたって
I章 栄養教諭の役割と職務内容
 I-1 栄養教諭制度と今後の展望
  1 栄養教諭制度創設の経緯と背景
  2 栄養教諭制度創設に必要な関係法律
   1)学校給食法の一部改正
   2)その他関係8法律の一部改正
  3 栄養教諭制度創設の背景
  4 栄養教諭の役割と職務
  5 食に関する指導の目標と指導内容
  6 栄養教諭の課題と今後の展望
   1)生活全体へ食を位置づける
   2)食への理解を深めさせる
 I-2 栄養教諭の実態と今後の課題〜高知県の例から〜
  1 高知県における栄養教諭制度の実際
  2 栄養教諭の役割
  3 今後の栄養教諭に期待されること
II章 食に関する指導の基礎的知識
 II-1 子どもの発育と発達〜子どもの捉え方と対応〜
  1 子どもの健全な発育と発達支援を目指して
  2 発育・発達とは
   1)発育と発達の用語の定義
   2)発育と発達の関係
  3 身体発育の経過
   1)発育の4つの型
   2)集団の発育と個人の発育
    (1)発育曲線の作成 (2)個人の発育曲線
  4 思春期の発育・発達
   1)思春期スパート
    (1)思春期スパートの特徴 (2)思春期スパートの成因と身体への外的影響
   2)思春期の精神発達
  5 発育・発達の評価
   1)発育の地域差と評価
   2)体格指数
   3)体格指数の計算式
   4)発育基準曲線
  6 身体計測値による心身の健康管理
   1)思春期早発症
   2)脳腫瘍の発見
   3)いじめの発見
 II-2 学習能力の発達と食に関する指導
  1 学習能力の発達に関する理論と実践(主に集団への指導のために)
   1)ピアジェの学習発達理論
   2)4つの学習領域と発達に沿った集団指導
    (1)食の感性を高める学習領域 (2)食の観察・模倣学習領域 (3) 食の知的学習領域 (4)食のスキル学習領域
  2 食行動に関するステージ別の指導理論と実践(個別または小集団への指導のために)
   1)矢印(1):A(無関心期)→B(関心期)
   2)矢印(2):B(関心期)→C(準備期)
   3)矢印(3):C(準備期)→D(実行期)
   4)矢印(4):D(実行期)→E(維持期)
 II-3 食に関する指導における行動科学の理論と応用
  1 行動変容段階モデル(stage model):行動変容の準備性にあわせた指導をする
  2 社会的認知理論(social cognitive theory:SCT):行動変容の自信(自己効力感)を高める指導をする
   1)自己効力感を高める指導
   2)自己管理能力を高める指導(自己調整機能)
   3)認知と行動と環境の相互関係を考えた指導(相互決定主義)
  3 行動変容を目指した食に関する指導:例「適切な間食をとる子どもを増やす」
 II-4 コミュニケーション技術
  1 コミュニケーションの必要性と意義
  2 コーチングとは
  3 コーチングスキル
   1)ラポールの形成
   2)傾聴
   3)承認
   4)質問
   5)提案
  4 コーチングの基本的な流れ
  5 コミュニケーションスタイル
  6 栄養教諭としてのミッション
III章 子どもの健康・栄養に関わる現状と課題
  1 子どもの発育・健康の状況
   1)子どもの身体状況
   2)子どもの体力
   3)子どもの健康状態
  2 子どもの栄養摂取状況・食生活
   1)国民健康・栄養調査からみた栄養摂取状況
   2)朝食欠食
   3)食事環境
IV章 わが国の食生活の変遷と学校給食
  1 食生活の変遷と学校給食の歴史
   1)学校給食の歴史と社会的背景
    (1)戦前の学校給食 (2)戦中・戦後の学校給食
   2)学校給食の食事内容の変遷
   3)学校給食の食事環境
   4)学校給食の実施方式
  2 食文化の伝承とその意義
V章 学校給食の実際
 V-1 学校給食の意義と栄養管理・衛生管理の実際
  1 学校給食の意義と役割
  2 学校給食の栄養管理
   1)学校給食摂取基準について
    (1)学校給食における食事摂取基準 (2)学校給食摂取基準の算出方法 (3)学校給食摂取基準の基本的な考え方
   2)学校給食における食品構成について
   3)学校給食の食事内容の充実について
    (1)学校給食の食事内容 (2)献立作成 (3)食器具 (4)喫食の場所 (5)望ましい生活習慣の形成
   4)特別支援学校における食事内容の改善について
    (1)特別支援学校の幼児・児童・生徒 (2)特別支援学校における児童生徒等に対する食事の管理
  3 学校給食の衛生管理,物資管理
 V-2 学校給食における個別対応の進め方
  1 食物アレルギーを有する児童生徒と対応の現状
  2 食物アレルギー対応食提供までの手順
  3 食物アレルギー対応に際しての配慮事項
  4 その他の注意事項
VI章 食に関する指導の全体計画
 VI-1 食に関する指導の計画・実施・評価
  1 食に関する指導の進め方
  2 食に関する指導の計画
   1)対象把握の方法
    (1)対象把握のための調査の方法 (2)調査の内容
   2)問題点の理解
    (1)調査内容の解析 (2)結果の評価
   3)方法論の検討
   4)指導案の作成
  3 食に関する指導の実施
   1)発達に応じた教材
   2)関連教科,総合学習,学級活動などとの関連
   3)家庭・地域社会との連携
  4 食に関する指導の評価
 VI-2 学校給食を核とした「食に関する指導の構想」
  1 指導構想を立てる前に
   1)学校教育の意識改革
   2)食に関する指導体制作り
   3)栄養教諭のグランドデザインを描く
   4)学校給食構想図作成の視点
  2 年間指導計画作成のポイント
  3 家庭・地域と連携した食に関する指導
   1)家庭や地域連携はこの理念を共に考え合うことから始まる
   2)地産地消と学校給食
    (1)地域生産農家の側から (2)学校の側から (3)家庭の側から
   3)指導内容と指導体制作り
 VI-3 お弁当プロジェクト
  1 テレビ番組を作る総合学習のスタート
  2 調理作業の開始とその発表会
VII章 教科などにおける食に関する指導(学習指導要領の徹底理解と指導の実際)
 VII-1 指導にあたっての全般的な心得
  1 指導の心得
  2 学習指導要領の理解
  3 学習指導案の作成の仕方
  4 実施の留意点
   1)計画的・総合的な指導
   2)児童生徒の関心・意欲の喚起
   3)体験的な学習の重視
   4)家庭・地域との連携
  5 評価の仕方
   1)指導と評価の一体化
   2)評価の留意点
   3)評価方法の工夫
 VII-2 家庭科,技術・家庭科における食に関する指導
  1 家庭科と「生きる力」
  2 家庭科,技術・家庭科の目標
   1)小学校「家庭科」の目標
   2)中学校「技術・家庭科」の目標
  3 学習指導要領における食に関する指導の内容
   1)各学年段階の内容
   2)食に関する指導内容の充実
  4 「家庭科」の学習指導と評価
   1)指導計画
   2)内容の指導
    (1)実践的・体験的な学習活動 (2)家庭科の特性を生かした問題解決的な学習
   3)学習指導と評価
    (1)目標に準拠した評価 (2)観点別評価の総括
  5 「家庭科」における栄養教諭の課題
   1)担当教諭との連携
   2)栄養についての専門性と教職的素養を高める
 VII-3 体育科,保健体育科における食に関する指導
  1 健康教育と保健教育
  2 教育課程における保健学習の位置付け
   1)保健学習の時間数など
   2)担当者
   3)食に関する指導内容
  3 保健教育における食に関する指導の実際
   1)学級指導・総合的な学習の時間などでの指導
    (1)1時間目:昔のおやつと今のおやつ (2)2時間目:栄養のバランス (3)3時間目:「食う」と「食べる」の違い
   2)保健学習での指導
   3)教えたくなる「教材」の開発で食の指導を
  4 指導案と単元構想
 VII-4 道徳における食に関する指導
 VII-5 特別活動における食の指導〜学級活動
  1 特別活動の目標
  2 特別活動の内容
  3 学級活動における食の指導
  4 学級活動で「食に関する指導」を進めるにあたり主に考慮すべきこと
 VII-6 特別活動における食に関する指導〜給食の時間
  1 給食の時間の位置付け
  2 給食の時間における食に関する指導
   1)給食の時間における食に関する指導計画の作成
   2)給食の時間における食に関する指導の進め方
  3 栄養教諭が関わる給食の時間における食に関する指導
   1)学校給食の献立の教材化
   2)給食の時間の訪問指導
   3)家庭・地域との連携
 VII-7 生活科における食の指導
  1 「生活科」の教科目標
   1)学習上の自立
   2)生活上の自立
   3)精神的な自立
  2 「生活科」における食に関する指導
 VII-8 総合的な学習の時間における食に関する指導
  1 食に関する指導の位置付け
   1)「学習活動」の(1)について
   2)「学習活動」の(2)について
   3)「学習活動」の(3)について
  2 食に関する指導の実際
   1)低学年
   2)中学年
   3)高学年
   4)まとめ
 VII-9 文部科学省食生活学習教材の活用
  1 文部科学省食生活学習教材の学習目標
   1)望ましい食習慣の育成
   2)食の自己管理能力の育成
  2 発達段階に沿った文科省食生活学習教材の特徴
   1)小学校低学年の発達に適した食生活学習教材
   2)小学校高学年の発達に適した食生活学習教材
   3)中学生の発達に適した学習教材
  ●食に関する指導の全体計画例(小学校:文部科学省案)
VIII章 個別栄養相談指導のあり方
 VIII-1 個別指導のあり方と偏食,肥満,やせ,食物アレルギー児童生徒への栄養指導
  1 個別指導のあり方
   1)個別指導の必要性
   2)個別指導実施上の留意点
  2 偏食の個別栄養相談指導
   1)味覚形成の時期
   2)偏食の要因と食の特徴
   3)学校給食を通して偏食を改善する工夫
  3 肥満と痩身の個別栄養相談指導
   1)肥満傾向児の個別栄養相談指導
    (1)肥満傾向児が増加する諸要因 (2)肥満傾向児の食習慣を改善する工夫
   2)痩身傾向児の個別栄養相談指導
    (1)過度の痩身による心身への弊害 (2)痩身傾向児の個別栄養相談指導
  4 食物アレルギーの個別栄養相談指導
   1)除去食療法
   2)代替食療法
   3)加工食品の利用
 VIII-2 生活習慣病,障害児,その他の疾患児を対象とした個別栄養指導
  1 生活習慣病
   1)小児生活習慣病の分類と現状
   2)疾患の概要と食事療法
    (1)糖尿病 (2)小児高血圧 (3)小児脂質異常症
   3)生活習慣病に関する個人指導
  2 障害児
   1)障害児の定義と種類
   2)障害児の栄養問題
   3)学校給食への配慮
   4)食の指導
  3 その他の疾患
   1)先天性代謝異常症
   2)貧血
   3)小児腎疾患
 VIII-3 スポーツ栄養に関する指導
  1 食事の役割
  2 身体にとっての栄養と食習慣
  3 運動・スポーツを考えた食事
  4 各競技に共通するポイント
   1)水分の摂取について
   2)試合時の食事の内容とタイミング
   3)成長に必要な栄養素を十分に
IX章 学校栄養教育実習の手引き
  1 実習の目的
  2 実習の内容(1単位)
   1)実習期間:1週間
   2)内容
  3 実習にあたっての心構え
   1)実習に臨む姿勢
   2)実習上の注意
  学校栄養教育実習計画(例)
  参考文献/索引/資料(新学習指導要領抜粋)