やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 1995年,当時,香川医科大学附属病院第3内科(消化器内科)香川俊行先生(現・加藤病院内科)が,胃瘻造設中に,「食事そのものを,胃瘻から入れられないのか?」「瘻孔を大きくすれば可能でないか?」といい出した.確かに,無味乾燥な市販の栄養剤をいきなり胃の中に入れられて,生かされているのは不憫である.消化吸収能が正常な患者では,本来,生理的に入るところでない静脈から栄養が入る静脈栄養法に比べ,腸管を介し門脈へ栄養が入る経腸栄養法が生理的であることに議論の余地はない.また,経腸栄養のアクセスルートとして,経鼻胃管と比し胃瘻が生命予後,栄養管理,在宅療養において優位であることは,医学的にコンセンサスが得られている.
 「胃瘻患者が本当にQuality of Good Lifeであるか?」という疑問に対しては,栄養管理の目的のみで漫然と経静脈栄養がなされ,長期に入院していた過去と比べれば改善している.また,アクセスルートを経鼻胃管から胃瘻に変更したことにより,多くの患者が誤嚥性肺炎から解放されて在宅医療への移行が可能となりQOL改善に寄与している.
 しかしながら,胃瘻の合併症予防のために長時間にわたる栄養剤の投与を余儀なくされている患者が多く存在するのも事実である.そのため,胃瘻患者からは,「栄養剤を入れる時間を短縮して,もっとリハビリがしたい」「家族と一緒に食事がしたい」との希望があり,頭頸部領域癌の術後に胃瘻となった患者からは,「余命が少ないのだから,栄養を入れている時間が惜しい.自由な時間がもっとほしい」との声も聞かれた.
 このような状況下,半固形の食物による胃瘻栄養を40年間にわたり実行してきた患者に出会い,私の出した結論は,「合併症なく短時間で注入できる半固形食による胃瘻栄養法を確立できれば,胃瘻患者が家族と同じ食事を,家族と一緒に楽しむことが可能となり,そのQOLが向上するのではないか?」である.すなわち,「(1)胃瘻患者が家族とともに同じ食卓を囲み,並べられた料理をみて,おいしそうだと感じ,においを嗅ぎ,場合によっては料理を少し舌にのせ食感を楽しみ,可能であれば,嚥下訓練として,誤嚥に十分に注意しながら,安全に嚥下できる量だけ飲み込む.(2)嚥下訓練としての経口摂取量では必要なエネルギー量が得られないので,残りの料理を半固形化して胃瘻から栄養を摂取する」ことが安全にできないかということである.
 料理を目の前にすることで,視覚,嗅覚,さらに場合により味覚刺激が得られ,食事の準備が脳でおこり,消化管ホルモンや消化管運動が生理的におこり,また,家族の一員としてとる食事は,患者の尊厳を高めるものである.つまり,従来,医療者サイドからの「栄養投与」というコンセプトを患者サイドの「栄養摂取」のコンセプトへと転換を図ることが重要である.
 本書は,上述した胃瘻患者のQOL向上の観点から,10年にわたり検討してきた半固形経腸栄養剤(食品)による短時間注入の安全な投与方法とその工夫のノウハウについて紹介したものである.本書の内容を熟読・理解することで,安全でより正確な方法により,半固形食による胃瘻栄養を行っていただきたいと願うものである.
 2006年7月
 合田文則
 ・推薦のことば
 ・序文
 ・謝辞

I 液体栄養剤に関連する問題点
 胃瘻造設とその予後
 液体栄養剤による胃瘻栄養患者の胃食道逆流と誤嚥性肺炎
 市販の液体栄養剤による胃瘻栄養法とその合併症
 胃瘻患者とQOL
 プロローグ―半固形食による経腸栄養を40年続けた83歳女性との出会い
 なぜ経腸栄養剤は液体なのか?―経腸栄養剤が半固形ではだめな理由
II 半固形経腸栄養剤(食品)による短時間注入法
 半固形経腸栄養剤(食品)とは
 粘度とは
 胃の貯留・排泄能と半固形食摂取
 半固形食短時間注入法と消化管ホルモン
 半固形食短時間注入法の利点
 液体栄養剤投与法と半固形食短時間摂取法の比較
III 胃瘻からの半固形短時間注入法の手技とそのエビデンス
 胃瘻患者の胃内容排出能や胃食道逆流と経腸栄養剤(食品)の粘度
 胃瘻からの注入に適した栄養剤の粘度は?
 簡便に注入できるカテーテルやチューブは?
  ・チューブ式を推奨,ボタン式は注入困難
  ・カテーテルは20Fr以上のものを使用
 胃瘻から注入の際の適切な注入圧は?
  ・適切な注入圧は150〜300mmHg
 食品の種類やpHと粘度の関連
IV 胃瘻からの半固形短時間注入法の効果についてのエビデンス
 消化管運動への効果
  ・半固形短時間摂取法の消化管運動への効果の検討
 胃内pHへの影響
  ・半固形短時間摂取法の胃内pHへの効果の検討
 血糖および血中消化管ホルモンへの影響
  ・健常人ボランティアによる検討
  ・胃瘻患者における検討
 誤嚥性肺炎に対する効果
 下痢やダンピングへの効果
 患者のQOL向上への効果
 医療経済への効果
  ・ミキサー食導入による病態別栄養管理とその経済効果
  ・介護者の負担減による経済効果
V 胃瘻からの半固形短時間注入法の実際
 半固形短時間注入法の適応と除外
 注入する半固形栄養剤(食品)
 手技の実際
  ・市販の半固形栄養剤を加圧バッグを利用して注入する場合(テルミールソフト)
   用意するもの
   手順
  ・粘度調節したミキサー食をシリンジで注入する場合
   用意するもの
   手順
 市販の液体栄養剤やミキサー食を使用する場合の注意点と工夫
 コラム
 粘度調節の実際
  ・施設では胃瘻食として提供する
 注入圧の注意と加圧バッグ使用の工夫
VI 胃瘻からの半固形短時間注入法実施時の留意点
 必要エネルギー量,たんぱく質量の設定
 水分補給量の設定
 微量元素欠乏症の予防
 内服薬の投与
 便秘
 下痢
 チューブの洗浄法
 栄養剤による感染の防止
 口腔内洗浄の確実な実施
VII 胃瘻患者のQOL改善のために
 NSTによる早期栄養介入と嚥下リハビリテーションの必要性
 栄養療法と倫理問題
 地域連携と啓蒙活動
  ・家族参加・地域連携型NST活動のすすめ
  ・在宅胃瘻栄養に必要な教育・指導および情報
 栄養投与から栄養摂取へ

 ・参考文献