やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 わが国は,目覚ましい経済発展により,生活水準が改善され,また医療制度の向上により,世界一の長寿国となった.栄養摂取に関しても,栄養不良よりも過栄養が大きな問題となってきた.しかしながら,社会一般では栄養不良による障害は減ってはきたが,高齢者や疾病をもったヒトにおいては,まだまだ栄養不良が多くみられる.また,世界に目を向けると,開発途上国において栄養不良は大きな問題である.
 ところで本書の内容は,栄養学の基礎的な部分が中心であり,実際に患者さんなどに接するときには一見関係のない知識と思われるかもしれない.例えば私は,病気を理解し,治療するときには,いつもなぜヒトは発病するのかということを考えている.そのメカニズムを理解するために,生理学の本などをよく読み返す.栄養管理の意味を理解するためにも,このような基礎知識は非常に重要である.メカニズムを理解することにより,栄養管理の意味がわかり,患者などへの指導も確実なものになる.できれば,臨床栄養学などを学ぶときに,もう一度この本を読み返して欲しい.
 2002年の「栄養士法の一部を改正する法律」の施行に伴い,管理栄養士の養成カリキュラムが大幅に変更された.組み替えられた教科では栄養学の基礎が一つにまとめられた形になっている.さらに,基礎栄養学の分野も分子生物学の進歩により大きく様変わりした.栄養素は単なるエネルギー源やたんぱく質などの材料だけではなく,色々な遺伝子,細胞内の情報伝達機構や代謝に影響し,生体に影響を及ぼすことがわかってきた.この研究分野であるニュートリゲノミクス,メタボロミクスなどの学問が盛んになってきている.
 本書は,2002年に発表された『管理栄養士国家試験出題基準』の基礎栄養学の基本を理解するための教科書として企画された.項目はガイドラインに完全準拠しているが,新しい知見も大幅に取り入れた.まず,栄養素の吸収・代謝の機構と生理的役割を説明しているが,一部かなり高度な内容も含まれている.栄養素などの代謝を理解することはもちろん重要であるが,栄養素の遺伝子レベルでの働きなどを理解することにより,栄養素の生体での役割がさらに理解できるものと考えられるからである.
 さらに本書では,栄養と健康との関わりについての説明も多く加えた.病気の成り立ちについても理解が深まるように解説を加えた.病気を理解するときには,必ず生理,生化学などの基礎を理解するとよい.逆に基礎を学ぶときにはいつも病態などと関連付けて理解すると,興味がわいてくる.エネルギー代謝については,食物から得られるエネルギーの生体内での利用とエネルギー所要量の概念が理解しやすいようにした.エネルギー量の算出については,実際の例を用いて解説した.
 成人病が「生活習慣病」という言葉に置き換えられ,単に年齢が進むことよりも,食事,運動などの生活習慣が疾病と関連が深いという考えも定着してきた.さらに生活習慣病に関しては,病気が発症してから治療するのではなく,病気にならないように予防する一次予防が重要である.これらの疾患の予防には,栄養が占める割合は大きく,この点からも社会の管理栄養士に対する期待は非常に大きい.今後は,各個人の遺伝子の差が明らかになり,個別の(テーラーメイド)栄養指導が可能になるであろう.
 この教科書は栄養学を学び始めてすぐに学ぶため,少し難しく感じるかもしれない.しかし,これからの時代は管理栄養士・栄養士にも幅広いそして深い知識が要求されるようになる.このような時代を担う管理栄養士・栄養士として,分子生物学から臨床までの幅広い知識をもってもらいたい.この教科書が少しでも栄養学を学ぶ喜びを与えてくれることを期待して巻頭言に代える.
 2005年10月
 編者 中屋 豊
・はじめに
chapter1 栄養の概念(中屋 豊1,2 宮本賢一3)
 1 栄養の定義
  1)生命の維持
  2)健康保持
  3)食物摂取
 2 栄養と健康・疾患
  1)欠乏症
  2)過剰症
  3)生活習慣病
 3 栄養学の歴史
  1)呼吸とエネルギー代謝
  2)三大栄養素の研究
   (1)糖質 (2)脂質 (3)たんぱく質
  3)たんぱく質の代謝と消化
  4)出納実験およびたんぱく質の栄養価
  5)ミネラルの栄養
  6)ビタミンの発見
chapter2 摂食行動(改元 香,坂巻路可,乾 明夫)
 1 摂食行動の調節とは
 2 摂食中枢と満腹中枢
  1)摂食調整機構
 3 ペプチド性食欲調節因子
  1)摂食調節に関わる脳内レプチド
  2)レプチンと消化管ペプチド
  3)グレリン
 4 モノアミン
  1)脳内報酬系
  2)セロトニン,ヒスタミンの食欲抑制作用
 5 摂食関連物質と日内リズム
 6 薬物と摂食
chapter3 消化・吸収と栄養素の体内動態(合田敏尚1〜4 南 久則5〜9)
 1 消化器系の構造と機能
  1)消化器系
  2)消化管の基本構造
  3)消化管の運動と食塊の移送
   (1)口腔 (2)咽頭 (3)食道 (4)胃 (5)小腸 (6)大腸
  4)肝臓の構造と機能
   (1)肝臓に流入する血液 (2)肝臓の生理学的,栄養学的機能
 2 消化・吸収の基本概念
  1)中間消化と終末消化
  2)水溶性栄養素と疎水性栄養素
 3 消化過程の概要
  1)消化とは
  2)消化液の分泌とその仕組み
   (1)唾液 (2)胃液 (3)膵液 (4)胆汁
 4 管腔内消化の調節
  1)消化管の自律性
  2)消化管に働く神経系の役割
  3)消化管ホルモンの特徴と役割
   (1)脳相 (2)胃相 (3)腸相
 5 膜消化・吸収
  1)膜の透過
   (1)単純拡散 (2)促進拡散 (3)能動輸送 (4)飲(食)作用
  2)能動輸送
 6 栄養素別の消化・吸収
  1)糖質,食物繊維
   (1)管腔内消化 (2)膜消化 (3)吸収
  2)たんぱく質の消化と吸収
   (1)管腔内消化 (2)膜消化 (3)吸収
  3)脂肪の消化と吸収
   (1)消化 (2)吸収
  4)ビタミン・無機質の吸収
   (1)脂溶性ビタミン (2)水溶性ビタミン (3)水・電解質の吸収
 7 栄養素の体内動態
  1)門脈系
  2)リンパ系
  3)細胞外液(細胞間質液)
 8 発酵・吸収
  1)難消化性糖質
  2)短鎖脂肪酸
  3)プレバイオティクス,プロバイオティクス
   (1)プロバイオティクス (2)プレバイオティクス (3)バイオジェニクス
 9 生物学的利用度
  1)消化吸収率
  2)栄養価
chapter4 糖質の栄養(川崎英二)
 1 糖質の体内代謝
  1)食後,食間期の糖質代謝
  2)糖質代謝の臓器差
   (1)肝臓における糖代謝 (2)筋肉における糖代謝 (3)脂肪組織における糖代謝 (4)脳における糖代謝
 2 血糖とその調節
  1)インスリンの作用
  2)血糖曲線
  3)肝臓の役割
  4)筋肉・脂肪組織の役割
  5)コリ回路
 3 エネルギー源としての作用
  1)糖質エネルギー比率
  2)たんぱく質節約作用
 4 他の栄養素との関係
  1)相互変換
  2)ビタミンB1必要量の増加
chapter5 脂質の栄養(長田恭一1〜3 佐藤隆一郎4〜6)
 1 脂質の体内代謝
  1)食後,食間期の脂質代謝
  2)脂質代謝の臓器差
   (1)肝臓 (2)脂肪組織
 2 脂質の臓器間輸送
  1)リポたんぱく質
  2)遊離脂肪酸
   (1)脂肪酸の酸化 (2)ケトン体の合成
  3)ホルモン感受性リパーゼ
 3 貯蔵エネルギーとしての作用
  1)トリアシルグリセロール合成
  2)脂肪細胞の役割
 4 コレステロール代謝の調節
  1)コレステロールの合成・輸送・蓄積
   (1)コレステロールの合成経路 (2)コレステロールの合成と吸収 (3)LDL受容体の役割 (4)HDLの役割 (5)動脈硬化の発症 (6)コレステロールの蓄積
  2)フィードバック機構
   (1)コレステロール量調節に関与する転写因子 (2)コレステロール量が低下した場合 (3)小胞体膜中のコレステロール量
  3)ステロイドホルモン
   (1)性的発達と性機能に関与するステロイドホルモン (2)ステロイドホルモンの受容体
  4)胆汁酸の腸肝循環
   (1)胆汁酸の役割 (2)胆汁酸の合成経路
 5 摂取する脂質の量と質の評価
  1)脂肪エネルギー比率
  2)必須脂肪酸
   (1)脂肪酸の分類と表記 (2)生物体での脂肪酸
  3)n-/n-3比
  4)飽和脂肪酸:一価不飽和脂肪酸:多価不飽和脂肪酸比率
  5)脂肪酸由来の生理活性物質(プロスタグランディン,ロイコトリエン,トロンボキサンなど)
   (1)プロスタグランディン類 (2)シクロオキシゲナーゼ(COX) (3)ロイコトリエン
 6 ほかの栄養素との関係
  1)ビタミンB1節約作用
  2)エネルギー源としての糖質の節約作用
chapter6 たんぱく質の栄養(長澤孝志)
 1 たんぱく質の体内代謝
  1)たんぱく質の代謝回転
   (1)アミノ酸プール (2)体たんぱく質の代謝回転 (3)代謝回転の速度
  2)たんぱく質の合成と分解
   (1)たんぱく質の合成 (2)細胞内のたんぱく質の分解
  3)食後,食間のたんぱく質代謝
  4)アルブミン
  5)急速代謝回転たんぱく質(rapid turnover protein: RTP)
 2 アミノ酸の臓器間輸送
  1)アミノ酸の代謝
  2)アミノ酸の臓器輸送
   (1)肝臓 (2)小腸 (3)腎臓 (4)骨格筋 (5)脳 (6)各臓器とアミノ酸代謝の役割
  3)分岐鎖アミノ酸の特徴
  4)アミノ酸の生理作用
 3 たんぱく質の栄養価
  1)必須アミノ酸
  2)たんぱく質の栄養価の評価
   (1)生物学的な評価法 (2)食品たんぱく質のアミノ酸組成からの評価
  3)たんぱく質の栄養価の改善
   (1)不足アミノ酸の増加 (2)不足アミノ酸の補充 (3)不足アミノ酸の添加 (4)アミノ酸のインバランス
  4)たんぱく質の必要量
  5)エネルギー代謝とたんぱく質
chapter7 ビタミンの栄養(渡邉文雄1,2 岡 達三3,4)
 1 ビタミンの構造と機能
  1)脂溶性ビタミン
   (1)ビタミンA (2)ビタミンD (3)ビタミンE (4)ビタミンK
  2)水溶性ビタミン
   (1)ビタミンB1 (2)ビタミンB2 (3)ビタミンB6 (4)ビタミンB12 (5)ナイアシン(6)パントテン酸 (7)葉酸 (8)ビオチン (9)ビタミンC
 2 ビタミンの代謝と栄養学的機能
  1)ビタミンAと活性型ビタミンDのホルモン作用
  2)補酵素
  3)抗酸化作用とビタミンC・ビタミンE・カロテノイド
  4)止血とビタミンK
  5)貧血とビタミンB12・葉酸
  6)ホモシステインと葉酸,ビタミンB12,ビタミンB6
  7)脂質・糖代謝とビオチン・パントテン酸
 3 ビタミンの生物学的利用度
  1)脂溶性ビタミンと脂質の消化吸収の共通性
  2)水溶性ビタミンの組織飽和と尿中排泄
  3)腸内細菌叢とビタミン
  4)ビタミンB12吸収機構の特殊性
 4 他の栄養素との関係
  1)エネルギー代謝とビタミン
  2)糖質代謝とビタミン
   (1)解糖系 (2)糖新生 (3)ピルビン酸からアセチルCoAへの酸化 (4)TCAサイクル (5)その他の糖質代謝とビタミン
  3)たんぱく質代謝とビタミン
   (1)アミノ酸の分解 (2)アミノ酸の合成 (3)アミノ酸から生理活性アミンの合成 (4)一炭素単位代謝
  4)カルシウム代謝とビタミン
chapter8 無機質の栄養(宮本賢一,桑波田雅士)
 1 無機質(ミネラル)の分類と栄養学的機能
  1)多量元素と微量元素
  2)主なミネラルの生理機能
 2 硬組織と無機質
  1)カルシウム(Ca)
  2)カルシウム代謝
  3)リン(P)
  4)リン代謝
  5)マグネシウム(Mg)
  6)マグネシウム代謝
  7)骨と運動,ビタミンDとの関係
  8)歯とフッ素
 3 生体機能の調節作用
  1)ナトリウム
  2)ナトリウム/カリウムと高血圧
  3)ナトリウムとレニン,アンジオテンシン,アルドステロン系
  4)神経/筋肉の機能維持とカリウム/マグネシウム
  5)クロムと糖代謝
  6)リンと腎疾患
 4 酵素反応の賦活作用
  1)活性酸素と銅,亜鉛,マンガン,セレン
   (1)亜鉛(Zn) (2)銅(Cu) (3)マンガン(Mn) (4)セレン(Se)
  2)呼吸酵素と鉄,銅,モリブデン
   (1)呼吸酵素と鉄 (2)呼吸酵素と銅 (3)呼吸酵素とモリブデン
  3)ヨウ素(I)と甲状腺ホルモン
 5 鉄代謝と栄養
  1)ヘム鉄と非ヘム鉄
  2)鉄の体内運搬と蓄積
 6 ミネラルの生物学的利用度
  1)カルシウムの吸収と変動要因
  2)カルシウムの摂取不足と食品での補充
  3)鉄の吸収と変動要因
 7 他の栄養素との関係
  1)ビタミンCと鉄の吸収
chapter9 水・電解質の代謝(高橋 章)
 1 水の代謝
  1)水とは
  2)水の出納
   (1)水の体内分布 (2)水の摂取 (3)水の排出
  3)水の機能
  4)飲水
  5)バゾプレッシン
 2 電解質の代謝
  1)電解質とは
  2)単位
   (1)モル(mol) (2)当量(equivalent;Eq) (3)オスモル(osmol)
  3)電解質の体内分布
  4)酸塩基平衡
   (1)呼吸性アシドーシスと呼吸性アルカローシス (2)代謝性アシドーシスと代謝性アルカローシス
  5)高血圧とナトリウム
  6)高血圧とカリウム
chapter10 エネルギー代謝(中屋 豊)
 1 エネルギー代謝の概念
  1)栄養素の物理的エネルギー量
  2)生理的燃焼値(生体利用エネルギー量)
 2 エネルギー消費量
  1)基礎代謝量(basal metabolic rate; BMR)
   (1)体格,身体組成 (2)加齢の影響 (3)性別 (4)ホルモンの影響
  2)安静時代謝量(resting energy expenditure; REE)
  3)睡眠時代謝量
  4)活動時代謝量
   (1)エネルギー代謝率(relative metabolic rate)RMR (2)METs(メッツ) (3)Af(動作強度)
  5)食事誘発性体熱産生(diet induced thermogenesis:DIT)
  6)侵襲時エネルギー代謝
 3 臓器別エネルギー代謝
  1)筋肉
  2)肝臓,腎臓
  3)脂肪組織
  4)脳
 4 エネルギー代謝の測定法
  1)直接法と間接法
   (1)代謝チャンバーによる直接法 (2)呼気採取による間接法 (3)開回路呼吸チャンバーを用いた間接法 (4)二重標識水法(doubly labeled water method:DLW) (5)心拍数記録法 (6)歩数記録法 (7)行動時間調査法(タイムスタディ) (8)生活活動強度と指数(x)を用いたエネルギー所要量の算出方法 (9)質問紙法
  2)呼吸商と非たんぱく質呼吸商
  3)呼気ガス分析
chapter11 遺伝子発現と栄養(竹谷 豊)
 1 遺伝形質と栄養の相互作用
  1)栄養素に対する応答の個人差の遺伝的背景
   (1)遺伝子の構造と機能 (2)遺伝子と変異
  2)生活習慣病と遺伝子多型
   (1)遺伝子多型とは (2)1塩基多型について (3)遺伝子多型の解析法(PCR-RFLP法) (4)遺伝子多型と疾患との連関解析
  3)倹約(節約)遺伝子仮説
   (1)倹約(節約)遺伝子 (2)倹約遺伝子の種類
  4)栄養指標としての遺伝子型
 2 後天的遺伝子変異と栄養素・非栄養素成分
  1)癌のイニシエーション,プロモーションの抑制
   (1)発癌のイニシエーション (2)発癌のプロモーション (3)酸化ストレスと発癌
  2)植物性抗酸化物質の作用
・索引