やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序

 この本の初版刊行以来,予想をはるかに超える多数の方々に本書を読んでいただいた.従来の農業を中心に置いた食料経済から,フードシステムという新しい考え方によって書かれた本書が,広く受け入れられたことは筆者の喜びであるとともに本書に対する大きな責任を感じさせられることでもある.
 発刊以来まだ3年であるが,新しい世紀の始まりにあたり,大きな変化を続けるフードシステムの動きを正確に捉えるため,今回改訂作業を行った.大きな変更を行ったのは,食品工業の役割を扱った6章と,食生活と政府の役割に関する10章の2つの章である.
 6章では,新しいデータを追加すると同時に,推計方法もより精緻化してきた結果,食品工業の二極集中性や産業としての平準化傾向などが改めて確認されたことによる訂正を行った.食品工業における広告の役割については業種別の広告データを新しく整備し,再推計した結果,初版とはやや異なる結果が得られている.
 10章では,2000年に行われたJAS法の改正と食生活指針を新たに加えた.改正JAS法では原産国表示,有機食品の検査認証制,遺伝子組換え食品の表示が新たに制定されたが,これらは消費者の要望が法律に反映されたものである.また,食生活の乱れによる生活習慣病の急増を受けて食生活指針が閣議決定されたが,食生活の変化が家族のあり方や子どもの置かれた環境の変化に大きな影響を受けることを意識して,農林水産省,厚生省,文部省三省連携で策定されている.
 以上が主な改正点であるが,データについてはすべての章にわたって可能な限り新しい情報を盛り込んでいる.
 最後に,本年8月に本書の韓国語版が出版された.翻訳の労をとられ,本書を韓国にご紹介くださった江原大学の李炳■教授に心から感謝申し上げる.
 2000年11月 時子山ひろみ 荏開津典生

はじめに

 この本は食料経済学の教科書として書かれている.題名をあえてフードシステムの経済学としたのは,序章で詳しく述べるように,これまでの食料経済という概念に収まらない食料に関する新しい複雑な動きを,フードシステムという新しい概念によってとらえなおしてみようというところからきている.
 フードシステムというのは,最終的に消費者に提供される食料の流れを消費者から逆に生産者の方向にたどっていったとき,関係するすべての経済主体の働きを総合的にシステムとしてとらえたものである.
 したがって,これまでの農業を中心にすえた食料経済学のテキストと違って,本書ではフードシステムの最終目的である食生活に大きなウエイトがおかれ,食生活を規定する消費者の食品消費行動から説明が始まる.
 わが国では,高度成長による所得の急上昇が生活全般にわたって豊かな時代をもたらした.特に食生活は成熟段階に達し,飽食の時代とさえいわれている.4章までの各章では,わが国における食生活の成熟が具体的には何を意味するものであったのかを考察する.食生活の成熟が食料消費の量的な増加の停止だけでなく,所得や価格などの経済的な要因の影響力の低下を意味するということをみた後,成熟後も続く食生活の変化がどのような要因によって,どのような方向へ導かれるのかを,家族のあり方の変化ともあわせて検討する.女性の社会進出や家族の小規模化がもたらす簡便化の大きな動きの経済的な意味とともにその問題点についても詳しく説明する.
 5章から8章までは,フードシステムの直接の担い手である農業,食品工業,食品流通業,外食産業の役割を検討する.この四者が,食生活の変化による消費者の食品に対するニーズの変化に対して,どのような対応をしているのか,その結果,食料の生産,加工,流通の各段階でどのような新しい動きがみられるのかが明らかにされる.
 国内農業を扱った5章では,食料の安全保障や自給率の問題についてもふれる.食品工業の章では,限られた需要をめぐって熾烈な新製品の開発競争や大規模な広告宣伝が行われる背景を経済学的に説明する.食品流通業については,情報革命によって消費者のニーズをリアルタイムで把握する流通業が食品工業の生産をリードする様子が描かれる.従来の小規模な飲食店に,チェーン展開する新しいタイプの飲食店が参入することで,これまでの飲食業が外食産業という新しい産業へ成長していく過程もフードシステムの大きな変化のひとつである.
 9章は世界の人口と食料問題を考える.なぜ飽食の一方で飢餓に苦しむ多くの人々が存在するのかという重い問題が取り上げられる.
 最後の10章ナは,フードシステムがうまく機能するために政府は何をなすべきかが問われる.かつては食料の安定供給が政府にとっての最重要課題であったが,最近では食料の安全性の確保や,フードシステムが排出する廃棄物のリサイクルなど環境問題が政府の役割の大きなものとなってきトいる.
 以上のように,本書にはフードシステムの経済学を考えるうえで欠くことのできない基本的な概念と事実を盛り込む努力をした.しかし,紙数の関係で省略したり,説明を簡略化せざるをえなかったものもある.これらについては巻末に参考書をあげておいた.それらは各章のさらに詳しい内容についてのものと,アメリカとEUのフードシステムについてものと,この本ではあまり詳しく述べなかった農業経済学とミクロ経済学についての参考書である.
 これらによってフードシステムについてさらに深く学んでもらいたい.また,参考書とともに毎年出される食料や健康や家族についての政府の白書類,本文中の図表にしばしば使われた主要な統計資料の出所もまとめてある.あわせて利用していただきたい.
 この本の完成は,これまで著者達が参加した各種の研究会での成果や,お話を聞かせていただいたたくさんの方々のご協力によっている.心から感謝したい.原稿のすべてに目を通していただいた小島清美さんと,著者たちの細かな注文を快く聞いてくださった医歯薬出版編集部には心からお礼申し上げる.
 1998年1月 時子山ひろみ 荏開津典生
はじめに iii

序章 フードシステム……1
 1.食料経済とフードシステム……1
 2.日本の経済とフードシステム……4
 3.フードシステムの変化……7
 4.フードシステムと消費者……11

1章 食料経済の理論……15
 1.食品の商品としての特徴……15
 2.食品選択の理論……19
 3.食品需要の価格弾力性……23
 4.所得弾力性とエンゲル係数……26

2章 食生活の成熟……31
 1.食料消費の成熟……31
 2.食料消費の高級化……33
 3.食料消費の高付加価値化……37
 4.日本における食料消費の成熟……40

3章 食料消費パターンの変化……47
 1.食料消費構造の変化……47
 2.高級化,多様化,簡便化,健康・安全指向……51
 3.変化の誘因……54
 4.簡便化のもたらすもの……59

4章 家族の変化と食生活……63
 1.人口構成の変化……63
 2.世帯構成の変化……68
 3.家族の小規模化……75
 4.女性の社会進出……80

5章 食料の安全保障と自給率……83
 1.食料の安全保障と国内農業保護……83
 2.日本の食料自給率……87
 3.食品の内外価格差……91
 4.米生産費の国際比較……95

6章 食品工業の役割……99
 1.食品工業の現状……99
 2.食品工業の特徴……102
 3.食品工業の二極集中性……106
 4.食品工業の広告費……110

7章 食品流通業の役割……115
 1.生鮮食料品の流通と卸売市場……115
 2.米の流通と新食糧法……120
 3.流通革命と食品……122
 4.流通革命と消費者……126

8章 外食産業の役割……131
 1.外食産業の現状……131
 2.飲食業から外食産業へ……136
 3.外食産業の特徴……138
 4.外食産業と中食市場……141

9章 世界の人口と食料……147
 1.食料問題の3要因……147
 2.人口爆発……150
 3.食料増産の可能性……154
 4.食料の分配……158

10章 食生活と政府の役割……163
 1.市場メカニズムの限界……163
 2.食品の安全性……167
 3.食品の規格と表示……171
 4.食生活ガイドライン……174

参考文献……181
索引……183