やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 平成元年(1989年),8020運動がはじまったときには,80歳で20本以上の歯をもつ人はその世代の10%以下でした.その後,一般の人々の口腔衛生に対する関心の高まりや,歯科衛生士の活躍する場が増えたことにより,平成28年(2016年)に行われた歯科疾患実態調査では8020達成者(推定値)は51.2%となり,当初目標としていた50%を超えるまでになりました.
 現代の歯科医療では,治療とともに,齲蝕や歯周病を予防することが重要とされています.それは疾患が発生してから処置を行うより,予防的な対処のほうがはるかに効果が高いからです.そして,定期的な口腔内のメインテナンスの効果が「いつまでも同じ食生活を送りたい」という患者さんの希望にも沿うことになるのです.しかし10〜20年の長期にわたる予防処置を行っていても,高齢化による歯そのものの変化や全身状態の変化により,抜歯や大きな補綴処置が必要になることがあります.患者さんの現状維持という願いを損なうこれらの変化は,私たち歯科医療関係者にさまざまな疑問を投げかけてきます.
 平成29年(2017年)から2年にわたって月刊『デンタルハイジーン』に連載した走査電子顕微鏡の画像は,そのような疑問から生まれました.5年や10年の期間では,口腔内に大きな変化がないように感じられますが,人間の目ではみることのできない“ミクロな世界”では,口腔内はダイナミックに変わり続けています.私たちは,実際にみることのできない物や現象を,言葉やイラストを用いて理解しようとしています.これらのイラストは図式化されているため直感的でわかりやすい一方で,実際の現象が単純化されすぎて,認識を誤らせたり,あたかも治療が簡単であると勘違いさせてしまう可能性も否めません.
 本書では,イラストや言葉で説明されることが多い歯や歯周組織,細菌を,走査電子顕微鏡の“ミクロの目”をとおしてご覧いただきます.さまざまな因子や構造,現象が交錯し,絶えず目でみえない変化が起こっている,イラストではわからない口腔内の複雑な実態を感じていただきたいと思います.皆さんの理解と患者さんへの説明に活用していただけたら幸いです.
 神山卓久
 はじめに
 走査電子顕微鏡について
章1 齲蝕のミクロな世界
 A エナメル質
 B ホワイトスポット
 C 歯面の細菌
 D 齲蝕の穴(齲窩)
 E 象牙質
 F 歯髄腔の壁
 G 根尖孔の細菌
 H CEJと根面齲蝕
章2 歯周病のミクロな世界
 A バイオフィルム
 B 歯石
 C 歯根膜線維
 D セメント質
 E 根分岐部病変
 F セメント質剥離・肥厚
章3 Tooth wearのミクロな世界
 A 咬耗症
 B 酸蝕症
 C くさび状欠損
章4 亀裂・破折のミクロな世界
 A 歯の疲労
 B 歯冠の亀裂・破折
 C 歯根の亀裂・破折

 Column
  A μmの単位
  B 歯間ブラシ
  C デンタルフロス
  D 口の中の結晶
  E 上皮細胞
  F 歯の亀裂はいつできたか?

 参考文献
 索引
 おわりに