やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 2020年ほど,検査の陽性,陰性に関心が集まった年はない.そう,新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大に伴って,PCR検査の結果に一喜一憂していた年である.検査結果には常に偽物(偽陰性,偽陽性)が混入し,真実はデマやフェイクニュースで歪められる.何を信じればいいのかわからない国民は,専門家にエビデンスを求める.もちろん,国民は「専門家の意見」が最もエビデンスレベルが低い,ということを知る由もない.こんな最中に本書が上梓されるのは偶然ではないだろう.
 本書は医歯薬出版『歯界展望』で2017年11月号〜2018年10月号まで1年にわたって執筆した連載『統計リテラシー』に加筆,修正してまとめたものである.リテラシーの原義は“読解記述力“だが,これは昔でいう“読み,書き,そろばん”.時代が進むにつれて要求されるリテラシーも拡大の一途をたどり,われわれの医療環境を見渡してみても,情報リテラシーやデジタルリテラシー,科学リテラシーなど「どれだけ要求されるの?」という状況になっている.PubMedに登録されている医学論文の数は3,000万を超え,毎日350万アクセスがある時代である.きっと,医学論文の“検索リテラシー”がなければ,自分が必要とする論文にたどり着けないだろう.
 検索リテラシーを駆使していくつかの論文まで絞り込めたとしても,次なる“EBMリテラシー“(造語)が待ち受ける.「目の前の患者さんは高齢者なのに,若い被験者の論文の結果を鵜呑みにできるのか」「喫煙者の患者さんに,非喫煙者のデータを適用できるのか」など,その論文の外部妥当性を吟味しなければならない.もちろん,その論文の信頼性に関わる内部妥当性や,「結果は何なのか」も吟味できなければならない.いやはや,“今の歯科医師”は大変である.こんな大変な歯科医師に,歯科界ではおそらく初となる,医療統計学の本をお届けするのは身が引き締まる想いである.
 本書は,統計学の専門書ではない.だって,私は専門家じゃないし.でも,われわれは自動車の整備工のような知識がなくても車を運転できるし,F1ドライバーのようなテクニックがなくても街中をドライブできる.難なく車を運転できるレベル,すなわち,「難なく医学論文を読み込めるレベル」を備えていただくことが本書の目標である.本書を読了されて,「なんか,物足らなかった」あなたは,すでにハイレベルの統計リテラシーをおもちです.書籍代を返すわけにはいきませんが,次なるステップにお移りください.逆に,「なんか,まったくわからなかった」あなた.責任はすべて,説明の至らない私にあるのですが,やはり書籍代はお返しできないことをご了承ください.
 さあ,嫌われることの多い「統計学」の扉は開きました.最後までお付き合いをいただければ,この上ない幸せです.最後に,連載時よりお世話になった医歯薬出版編集部・松崎祥子氏に衷心よりお礼申し上げます.そして,新型コロナウイルス感染拡大をしり目に執筆に没頭する私を常にサポートしてくれた妻 優子に感謝しています.ありがとう!
 2020年初夏
 山本浩正
 序
Chapter 1 事実はエラーをまとう
 はじめに
 われわれは立派な統計学者?
 統計学者はわかっている
 統計学者の悩みの種
 事実と真実
Chapter 2 正規と非正規
 ああ懐かし,大学入試
 Back to the“「数IA」の試験結果”
 標準化(standardization)という手法
 頭の変換
 統計学の非正規問題
Chapter 3 真実はいずこに?
 事実の現場でのひとコマ
 母集団って?
 本日のメインディッシュ 95%Cl
 やはり避けて通れない中心極限定理
 95%Cl再登場! t分布ってなんだ?
Chapter 4 p値って?
 “嵐”と山本ではどちらが人気があるか?
 統計学的有意差ということ
 p値の体験型学習に挑戦
 p値はいずこへ?
 両側と片側という捉え方
 ついでに95%信頼区間
 論文拝見!
Chapter 5 有意差をめぐって
 95%Clで有意差を判断するということ
 エラーバーと有意差について
 “エラーつながり”のお話
 過誤とp値の関係
 ちょっと先走った話ですが
Chapter 6 いろんな検定てんこ盛り
 正規分布だったらよかったのに
 山本歯科のデータの正規性を調べてみた
 ノンパラメトリック検定について
 3群を比較したいんだけど
 多重比較の問題解決法
Chapter 7 リスクとオッズの魔法使い
 「喫煙と歯周病」をリスクで捉える
 「喫煙と歯周病」をオッズで捉える
 NNTって?
 論文で見るリスク比とオッズ比
Chapter 8 検査の統計学 Part 1
 唾液の検査から学ぶ感度と特異度
 “はみ出し”の監視
 感度と特異度の関係
 感度と特異度の“手打ち”
 検査の特性
Chapter 9 検査の統計学 Part 2
 カリエス検査から学ぶこと
 一般式でまとめておこう
 BOP検査を再考する
 他の歯周組織検査もチェック!
 尤度と尤度比って?
 尤度比の使い方
Chapter 10 “差“から“関係”へ
 関係を見出すということ
 rの意味するもの
 相関とp値
 相関と回帰の違いは?
 重〜〜い回帰分析?ーロジスティック回帰分析ー
 論文データを見てみよう
Chapter 11 論文の著者と読者
 Back to the“ブレ“と“ズレ”
 バイアスのオンパレード!
 バイアス要注意論文の特徴
 論文のつまみ食いの仕方
 論文読者の勝手な解釈
Chapter 12 研究スタイルとEBM
 研究スタイルと“時間”
 EBMの王様,ランダム化比較試験(RCT)って?
 RCT一般論
 パラレル試験とクロスオーバー試験
 “前向き“と“後ろ向き”
 エビデンスレベルと研究スタイル
 研究内容と研究スタイル
 「後ろ向きコホート研究」と「症例コントロール研究」
Chapter 13 二次研究という理論武装
 二次研究に含まれるもの
 レビュー・ザ・レビュー!
 システマティックレビューという新兵器
 メタアナリシスという頂点
 異質性って何?
 ネットワークメタアナリシスという新手法
 本書を終えるにあたって

 COLUMN
  1 手仕事の限界
  2 「単位」がそろうということ
  3 「確率密度分布」と「確率密度関数」
  4 zと偏差値
  5 統計学でよく使う記号
  6 学生のt検定?
  7 x2検定とx2分布
  8 ワクチンとリスク比
  9 的中率とリスクアセスメント
  10 PCR検査というゴールドスタンダード
  11 ブレという“安心感”,ズレという“ワクワク感”
  12 比と差
  13 医療情報の倍化時間

 参考図書
 索引