やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 歯科医師の直接的な使命の第一は,歯を救うことである.予防に努め,確実な治療をなし,以後は定期検診により,長くメインテナンスを行い,生涯を通じてご自身の歯で不自由なく食事を楽しみ,審美面でも良好に社会生活を営める状態を維持していただくことが目標である.
 一方で,抜歯という施術も一つの医療行為である.疼痛や腫脹,感染源となり骨破壊を進行させる保存不可能な歯は抜歯せざるをえない.しかし,その際にはいつも敗北感がつきまとう.これは筆者に限らず,歯科医師共通の思いではないだろうか?
 筆者は今年,喜寿を迎えた.大学院修了後(1972年4月),開業して46年が過ぎた.開業当初は,歯科理工学を専攻したことで,自信をもって歯冠修復治療を行っていた.しかし,10年ほどしてから,精度の追及を厳しく行ったつもりの修復物に脱離や二次齲蝕を経験するようになり,これが嵌合維持力に依存するリン酸亜鉛セメントに対する大きな疑問となった.
 そのような折,1982年2月の歯科理工学会機関紙『DE』の編集会議で,編集長であった増原英一先生から4-META/MMA-TBBレジン(スーパーボンド)の臨床試験の依頼があり,これが筆者の臨床に大きな恩恵をもたらしてくれた.しかし,これは必ずしも順調な歩みだったわけではない.この接着性レジンは,リン酸亜鉛セメントのシンプルな手順とは異なり,適用条件として順守すべきポイントも多く,また,未知の分野も多くあった.
 そのなかで,病理学的に臨床での疑問を次々に解決して下さった下野正基先生(東京歯科大学名誉教授),そして当時,メタルポスト,従来型セメント全盛であった補綴のなかで,柔軟で精緻な考察で接着を活用した支台築造のシステム化をリードして下さった福島俊士先生(鶴見大学名誉教授),お二人の存在の重さを改めて感じている.その他,多くの臨床医,大学の研究者の方々,そして,製品として開発するメーカーの方々の協力により,接着による根管治療と支台築造法として「i-TFCシステム」ができあがった.
 そして,もう一つの課題が,前述した歯科医療の敗北と感ずる「抜歯を少しでも減らしたい」という思いから始まった歯根破折歯の治療である.接着の可能性を信じて,歯根破折歯 の接着治療を手探りで始めてから34年が経ち,当院での治療件数は300症例を超えた.
 CBCT検査やマイクロスコープによる視診で保存可能か否かの診断が的確にできるようになったこと,マイクロスコープ下での根管治療,超音波切削機を用いての破折部の処置,そして根管充填と支台築造を同時に行う「i-TFC根築1回法」により,2011年以降は,10年維持を目標として施術できるようになった.また,保存可能な症例について,その難易度や施術手順を5つに分類することで,診断や治療方針に悩むことも少なくなった.
 しかし,歯根破折歯の接着治療は自由診療部門である.よりよい歯科医療を維持しようとする時,保険診療のみでは限界がある.さまざまな困難のなかで,仕事への充実感を得るには,受療者の信頼と理解のものとでの自由診療が欠かせない.保険診療と自由診療の併用システム,これを無理なく設定する「一つの鍵」として,若い世代にこの書を届けたい.少しでも,本書が日々の臨床に役立つことがあればと願っている.
 筆者は,当院に通院して下さっている受療者の方々,ともに働くスタッフに恵まれ,この年齢になっても歯科医師として楽しく過ごしていることに大きく感謝している.先にあげたお二人のほかに,編集を手伝っていただいた若林由紀子氏,医歯薬出版の萩原 宏氏をはじめ多くの方々のお力をお借りして本書を上梓できた.ここに感謝の意を表したい.
 2016年9月吉日
 眞坂信夫
第1編 歯根破折をめぐる問題点とその解決法
 第1章 なぜ,いま,歯根破折が問題なのか
  1.不適切なメタルポストが歯根破折の主原因─新しい方法への切り替えを!
  2.患医双方に利点をもたらすi-TFC根築1回法
  3.「歯根破折は即抜歯・要補綴」という診断への疑問
  4.歯根破折歯治療の前提となること─10年維持する
  5.歯根破折予防への取り組み
  Column 1 破折即抜歯と言われて─受診者の訴えから
  Column 2 補綴装置の連結修復は支台歯の耐久性を上げる─歯根破折歯の治療における単独補綴原則の緩和(眞坂信夫)
 第2章 歯根破折の原因と今後の対応
  1.抜歯の原因
  2.歯根破折の原因
  Column 3 メタルポスト以外の歯根破折の要因(眞坂こづえ)
第2編 歯根破折を予防し,根管治療を効率化するi-TFC根築1回法
 第1章 新しい支台築造を求めて
  1.新システムの開発目標
  2.材料学的な検討
  3.生物学的な検討
  4.細菌学的な検討
  5.臨床的な検討
  Column 4 支台築造法の変遷とi-TFC築造法(福島俊士)
 第2章 i-TFCシステムの完成
  1.i-TFCシステムの概要
  2.i-TFC根築1回法の治療成績
 第3章 i-TFC根築1回法に必要な器材
  1.マイクロスコープ
  2.超音波切削機
  3.メタルポスト除去用カーバイドバー
  4.ガッタパーチャポイントとシーラーの除去用ファイル
  5.エンドファイル
  6.i-TFCポストとi-TFCスリーブ
  7.ポスト形成用ダイヤモンドポイント
  8.ポストレジン・コアレジンとコアフォーマー
  9.接着用材料
  10.その他の使用器材
 第4章 i-TFC根築1回法のポイント
  1.i-TFC根築1回法の利点
  2.再根管治療を容易にすることは術者の精神的負担を軽くする
  3.根管充填をためらわない
  4.再根管治療時にクラウン除去の必要はない
  5.根尖閉鎖・側枝・イスムス等におけるバイオフィルムの除去
  6.根管消毒・洗浄・根管貼薬
  7.4-META/MMA-TBBレジンによる根管充填と根管乾燥
  8.施術時間の短縮
  Column 5 マイクロスコープ使用による肩凝りの解消法(眞坂信夫)
 第5章 i-TFC根築1回法の実際
  1.i-TFC根築1回法の基本手技
  2.i-TFC根築1回法で治療した臼歯は,I級窩洞で再根管治療ができる
  Column 6 スーパーボンドの生体親和性(下野正基)
第3編 歯根破折歯の診査
 第1章 歯根破折歯の診査とは
  1.歯槽骨の破壊状態の把握
  2.診査の基本ステップ
 第2章 デンタルX線検査とプローブによる診査
  1.歯根破折診断のためのデンタルX線検査─偏心投影
  2.リスク診断のためのデンタルX線検査
  3.プローブによる診査
  Column 7 歯根破折のリスク歯の説明と早期発見も歯科衛生士の役割(眞坂信夫)
 第3章 確定診断のための診査
  1.マイクロスコープによる診査
  2.歯科用コーンビームCTによる検査
第4編 歯根破折歯の診断と治療法
 第1章 歯根破折歯の治療で必要なこと
  1.治療スタート時の基本要件
  2.歯種別歯根破折像
  3.歯根破折歯治療の基本
  4.歯根破折歯の維持にかかわるファクター
 第2章 歯根破折歯の治療法
  1.基本術式
 第3章 診断と治療法の選択
  1.破折歯片の様相からの診断
  2.破折歯片の様相と歯槽骨の破壊様相からの臨床的タイプ分け
  3.難易度を加味した「眞坂の分類(typeM-I〜M-V)」
 第4章 治療法と治療費用についての説明
  1.歯根破折の状況の説明
  2.保存の可能性のあることの説明
  3.確定診断のための検査・診査と,治療法・治療費の概略の説明
  4.診断結果と治療法の説明
  5.歯根破折歯治療に必要な説明文書と治療計画書
第5編 歯根破折歯の治療
 第1章 type M-I 口腔内接着法(1)
  1.type M-I症例の特徴
  2.術式の概要
  3.術式の実際
 第2章 type M-II 口腔内接着法(2)
  1.type M-II 症例の特徴
  2.術式の概要
  3.術式の実際
 第3章 type M-III 口腔内接着法+フラップ手術
  1.type M-III 症例の特徴
  2.術式の概要
  3.術式の実際
 第4章 type M-IV 口腔内接着法+再植法
  1.type M-IV 症例の特徴
  2.術式の概要
  3.術式の実際
 第5章 type M-V 口腔外接着法
  1.type M-V 症例の特徴
  2.術式の概要
  3.術式の実際
  Column 8 スーパーボンドの臨床展開とi-TFCシステム(下野正基)
第6編 type M-I〜type M-V症例とその術後経過
 第1章 type M-I 口腔内接着法(1)の症例
 第2章 type M-II 口腔内接着法(2)の症例
 第3章 type M-III 口腔内接着法+フラップ手術の症例
 第4章 type M-IV 口腔内接着法+再植法の症例
 第5章 type M-V 口腔外接着法の症例
 第6章 歯根破折歯治療の臨床成績
  1.歯根破折歯治療全症例における抜歯数
  2.治療時期別にみた歯根破折歯治療における抜歯数
  3.type M-I〜M-V分類別にみた歯根破折歯治療における抜歯数
  4.最新5年間(2011年6月〜2016年6月)の臨床成績
  Column 9 スーパーボンドの長期臨床評価(眞坂信夫)
第7編 次世代の歯科医師に伝えたいこと
 第1章 当院の歩みから
  1.質の高い歯科医療を提供するには
  2.当院の取り組み
  3.臨床研究
  4.保険診療と自由診療
  5.メインテナンスルームの開設
 第2章 今後の歯科医療のために
  1.勤務医から開業へ
  2.メインテナンス受療者を大切にする医院づくり
  3.初診時の対応
  4.歯根破折歯治療のすすめ
  5.PDM21(Professional Dental Management 21 century)構想

 索引
 文献