やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

刊行にあたって
 この数年,とくに重大な医療事故に関する報道が目に付くようになった.わが国においては,医療事故に関する届け出制度がないことから,その実数は不確かである.不適切な投薬や点滴などの医療過誤による一年間の死亡者数が四万四千人から九万八千人はいると推計した米国に対して,わが国では人口比からみて二万人から四万人が死亡している計算である.さらに,ハインリッヒの法則によれば,予測できないほどの「ヒヤリ」「ハット」事例があることになる.今,こうしていても日本のどこかで危ない目に遭っている患者がいると思うと,不安を覚えずにはいられない.
 医療事故による最悪の結果は,患者が負傷あるいは死に至ることである.死体は異状死であり,変死扱いとなって司法解剖に付される.診療録をはじめ,看護記録やレントゲン写真など,医療記録のすべてを詳細に調査・検討しながら,医学系大学の法医学教室で解剖が行われる.したがって,医学系大学では医事法学の講義を法医学者が担当し,その時間も十分に設けられているのである.
 一方,歯学系大学の中では,医事法学をカリキュラムに組み込んでいるところは非常に少ないと思われる.しかし,近年になって歯科医療をめぐる医療事故も多くなり,今後は医事裁判へと発展する事例も増えるのではないか,そのとき歯科医師は法的な問題に正しく対処できるだろうかなどと考えたりしながら,私は常に教鞭を執っている.
 七年前の八月のある日,歯科の業界紙「デンタルタイムス21」を発行しておられる歯科時報新社社長の吉田泰行氏が私の勤め先である日本大学歯学部法医学教室に来られた.話の内容は,歯科医療の現場で歯科医師│患者関係に亀裂が生じたとき,歯科医師に知っていてもらいたい法律についてのコラムを担当願いたい,ということだった.
 このとき,私は医事法学の講義を行うようになってまだ日が浅かったこともあり,定期的に原稿を渡すことなどできるだろうかと,かなり迷った.しかし,「身に余る光栄であると同時に千載一遇の好機でもあり,私の講義内容を書きとめることで宜しければ」ということで,月一回の割合でコラムを担当することが急遽決まった.
 当初,連載はせいぜい一年くらいしか続かないだろうと思っていた.それがいつの間にか六年を過ぎ,一冊の本になった.題材についてはなるべく時宜に適うよう選んだつもりだったが,すべてこちらのわがままを通させていただいた.多大な便宜とご支援を賜った,吉田泰行氏には深く感謝を申し上げる.この間,医療事故はいっこうに減ることもなく,むしろ重大な結果をもたらす事例の報道が相次ぎ,国民の医療不信は募るばかりである.今は「医療事故0」を目指して各医療機関におけるリスクマネジメントの徹底が求められている.
 法律は時代に即して変わる.上梓するにあたり読み返してみると,だいぶ変わったり新たに加えられたりあるいは削除されたりした条文もある.あまりにも現況とかけ離れた場合には,加筆訂正あるいは注釈をつけて対応することにした.
 本書の出版にあたって,多大なご協力を賜った,医歯薬出版株式会社編集部に感謝を申し上げる.また,資料の収集・調査・分析に協力してくれた,日本大学助手(歯学部法医学教室勤務)の高橋登世子氏にも感謝を申し上げる.
 平成十六年三月
 小室歳信
刊行にあたって

生活の基盤を支える学門
歯科医師の身分保障 │ニセ歯科医師に診療させると共同正犯│
医療行為の条件
インフォームド・コンセントが無視されたエホバの証人無断輸血裁判
インフォームド・コンセントを考える
医師と患者の法律関係
医師の注意義務違反が問われたエナメル上皮腫診断遅延裁判
医師の注意義務違反が問われたエナメル上皮腫診断遅延裁判の結末
苦手な患者が来院したとき
診断書にまつわる話
診断書記載および交付時の留意点について
処方箋の交付義務
抜歯後の投薬がもたらしたアスピリン喘息死裁判
保健指導の留意点について
診療録の作成について
カルテの保存義務にまつわる話
法律を改正させた梅毒輸血事件
品位保持義務違反にまつわる話
歯科医師の届出義務にまつわる話
無診察治療等の禁止について
医師の守秘義務について
警察署からのカルテ提出の要請に対する歯科医師の対応
虚偽診断書作成の罪にまつわる話
医療関係文書の真実と虚偽
損害賠償責任にまつわる話
医療過誤事件における医療関係者の責任
医療過誤事件における医療関係者の責任(その二)
転落死はベッドの位置が原因とされた事例
鑑定の義務にまつわる話
歯科衛生士法にまつわる話
歯科衛生士の業務範囲
歯科技工士法にまつわる話
歯科技工士法にまつわる話(その二)
医療法にまつわる話
医療法にまつわる話(その二)│転医勧告および転医時説明義務│
医療法にまつわる話(その三)│医療機関名の定義について│
医療法にまつわる話(その四)│開設許可と開設の届出│
医療法にまつわる話(その五)│診療所の管理者│
医療法にまつわる話(その六)│広告の制限│
医療事故にまつわる話│医療事故は無くならない!│
医療事故にまつわる話(その二)│医療事故の分類│
医療事故にまつわる話(その三)│医療過誤の成立要件│
医療事故にまつわる話(その四)│医師に対する制裁│
医療事故にまつわる話(その五)│医師に対する制裁(その二)│
医療事故にまつわる話(その六)│医師に対する制裁(その三)│
医療事故にまつわる話(その七)│医療事故発生時の留意点│
医療事故にまつわる話(その八)│歯科医事紛争の防止対策│
医療事故にまつわる話(その九)│歯科医事紛争の防止対策(その二)│
歯科医師法の改正 │障害者等にかかわる欠格条項の適正化│
歯科医師法の改正(その二)│罰則の強化│
医療従事者の守秘義務にかかわる法律の改正
歯科医師の行政処分の分析
歯科医師の行政処分の分析(その二)│被処分者の年齢構成│
歯科医師の行政処分の分析(その三)│処分理由│
歯科医師の行政処分の分析(その四)│処分内容│
歯科医師の行政処分の分析(その五)│処分理由と年齢との関係│
歯科医師の行政処分の分析(その六)│処分理由と処分内容との関係│
歯科医師の行政処分の分析(その七)│まとめ│
診療録の真実性を考える
電子媒体による診療録の作成と保存
電子媒体による診療録の作成と保存(その二)│診療録保存の条件│
電子媒体による診療録の作成と保存(その三)│診療録の外部保存について│
見読性の確保が案じられた診療録
電子媒体による診療録の作成と保存(その四)│電子カルテ作成者の本人確認│
新たな診療体系│遠隔診療の到来│
新たな診療体系(その二)│遠隔診療を容認した通達│
新たな診療体系(その三)│遠隔診療実施時の留意事項│
新たな診療体系(その四)│遠隔診療の形態│
カルテ開示とPOMR
カルテ開示とPOMR(その二)│歯科診療録もPOMRへ│
カルテ開示とPOMR(その三)│MPSとSOAP│
医道審議会の「医師・歯科医師に対する行政処分の考え方」
医道審議会の「医師・歯科医師に対する行政処分の考え方」(その二)

資料
 医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について
 歯科医師法
初出一覧
索引