やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序

 初版を起筆した1985年頃は,どの歯科大学でも歯科医学生にふさわしい人体解剖の手引きのようなものが渇望されていた時代であった.しかしながら大学相互間で共通に使用できるマニュアルは大学それぞれの事情により作成できなかった.とはいえ,できるかぎり汎用して頂けるように工夫を試みた.そして小生も講座スタッフとともに,本書を人体解剖の手引きとして定年退職まで年を重ねて教材としてきた.そのあとは引き継いでくれた諏訪文彦教授とスタッフもほぼ8年間本書を指標としてきた.
 ふりかえってみると,20年後の今日では実習に提供される遺体はすべて生前の献体の精神に基づくものとなった.また歯科基礎医学教育についていくたびかのカリキュラムの改編によって遣体実習の進行にも改良が加えられてきた.今にして思うともっと早く何度か本書の内容を改めるべきであったと痛感している.
 第2版ではこのような諸事情の変遷に答えるべく,長年使ってきた実習実技についてはほぼ変えることなく改訂版を上梓した.本書はA4判になったのでリポート用紙の手狭さは解消し,便利なスプリング綴じはそのままにした.付図は元大阪歯科大学助手の岡田成賛による第1版のものを継承した.今回の改訂には医歯薬出版株式会社の常務取締役米川征英氏,いつもわがままを聞いてくれている担当の高木伸夫氏に深く感謝する次第である.
 2003年3月
 太田義邦
 諏訪文彦

はじめに

 著者が人体解剖実習を手がけたとき,その指標は恩師谷口善之先生による“解剖実習の要領”であった.いまは絶版とされたが,記載内容は簡明で,冗長さは全くみられない名著であった.それから三十有余年,解剖実習を指導する立場から適切な実習書の必要性を痛感した.ときには医科大学向けの伝統的な書物にもよってみたが,歯科医学を学ぶ学生には必ずしも適切ではなく,また利用の限度を越える感があった.このようなわけで恩師の名著を基範として筆をとった次第である.
 本書は,実習の進行が頭部と頚部について最も詳細に,さらに内臓に重点をおいて,剖出し観察できるような計画のもとに記述したものである.しかし,人体全体の構造を知る上で,体肢に至るまで必要な事項に対してもバランスをとって進行できるようにした.用語に関してはあえてラテン語名は併記していない.重要なものは索引で記した.本書の記述は,現時代に即した個条短文式や表式にした.その意図するところは,まず学生諸君に日本解剖学用語を確実に脳裏にきざんでもらいたいためである.現在,歯学全体のカリキュラムのなかで,遺体の解剖実習に当てられる時間数は医科大学のものより当然少なく,したがって本実習書は90〜120時間=30回(1回を3〜4時間として)にあわせて実習計画全体が進行できるように,一応コンパクトなものとした.
 学生諸君は,解剖刀やピンセットを手にする前に必ず手を加えない状態で観察し――生体観察(患者に対する触診と視診にあたる)――記録するよう心がけるべきである.解剖する――剖出する――とは.
 観察・学習を目的とする構造物のヴェールをとって,目前にはっきり浮き上がらせることであり,技術的には構造物周辺の結合組織を取り除くことにつきる.剖出には,切開あるいは切断(ときには除去)する手順もあるが,何が目的でそうするのか,自問しながら進めるべきである.
 ターゲットとする構造物が明視できるようになれば,まずその形態と位置的関係をつかみ,それと機能を結びつけ,さらにその構造物の正常を脱した状態(発生異常や病変)までも研究心を伸ばすようにすべきである.一方,遺体で理解した構造は,生体ではどうか,たとえば関節や筋の運動を生体で再現してみることも必要である.
 本書の模式図は,あくまでも教科書や図譜と遺体にみられる実物との間のブリッジ,つまり学生諸君の剖出理解の手引きとなるように描かれたものである.したがって,学生諸君が行う実際のスケッチは,必ず遺体にある自然の状態から剖出された状態まで忠実に把握し描写されたものでなければならない.
 本書の記述は,ただ剖出の術式にとどまらず,それぞれについて主要なまとめをそえた.学生諸君は,これを利用して,講義や教科書で得た知識に実際の剖出によった所見を加筆して,実習終了頃には自分自身の大切な総合資料をつくりあげてくれれば著者の幸いとするところである.
 おわりに,本書の執筆当初から原稿の整理に尽力してくれた教室の松本正樹助手に感謝するとともに,出版に便宜をはかって下さった医歯薬出版株式会社社長今田喬士氏,そして並々ならぬお骨折りをいただいた担当の高木伸夫氏に深く感謝する次第である.
 1985年9月
 太田義邦
 花井汎
 遺体の区分
 遺体解剖実習進行表

 解剖実習の要領と注意
    A.習全般に対する注意
    B.解剖実習の技術上の注意

◆遺体の背面
 ROUND
  PART 1 後頭・項・後頚部
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.血管・神経・筋
    A.浅層
     1)血管と神経
      a.後頭動脈
      b.大後頭神経
      c.第3後頭神経
      d.小後頭神経
      e.大耳介神経
     2)筋
      a.後頭筋
      b.後耳介筋と頭蓋表筋
      c.僧帽筋
      d.胸鎖乳突筋
    B.深層
     1)筋
      a.頭板状筋・頚板状筋
      b.頭半棘筋
      c.大および小後頭直筋
      d.上および下頭斜筋
      e.棘間筋
      f.項靱帯
     2)血管と神経
      a.後頭下神経
      b.大後頭神経
      c.椎骨動脈
  PART 2 PART 3 胸背・腰背部
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.筋膜
      a.浅背筋膜
      b.胸腰筋膜
      c.項筋膜
   4.筋
    A.浅背筋
      a.僧帽筋
      〔僧帽筋の切断〕
      b.広背筋
      c.大および小菱形筋
      d.肩甲挙筋
    B.深背筋第1層
      a.上後鋸筋
      b.下後鋸筋
    C.深背筋第2層(固有背筋)
      a.腸肋筋(頚・胸・腰)
      b.最長筋(頭・頚・胸)
      c.棘筋(頭・頚・胸)
      d.頚および胸半棘筋
      e.多裂筋
      f.回旋筋(短・長)
      g.棘間筋
      h.横突間筋
   5.血管と神経
  下肢屈側
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.血管・神経・筋
    A.下腿にて
     1)血管と神経
      a.小伏在静脈
      b.腓腹神経
      c.外側腓腹皮神経
      d.内側腓腹皮神経
      e.大腿膝窩静脈
      f.後大腿皮神経
     2)筋
    B.膝窩
      a.膝窩を囲む筋
      b.膝窩の内容
    C.大腿にて
     1)筋
     2)血管と神経
      a.皮神経・皮静脈
      b.坐骨神経
      c.膝窩動脈
    D.殿部
    〔大殿筋の切断〕
     1)筋
     2)血管と神経

◆遺体の前面
 ROUND
  PART 1 顔面浅部,前頭・頭頂部
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.顔面筋(表情筋,浅頭筋)
   4.血管と神経
    顔面動脈,その他の動脈
    三叉神経3終枝
 ROUND
  PART 1 内頭蓋底,脳神経,耳下腺,顔面,側頭部
   5.内頭蓋底
    A.脳の髄膜
    B.血管と神経
      a.硬膜静脈洞
       これを貫通する脳神経および三叉神経節
      b.中硬膜動脈・静脈
      c.内頚動脈
    C.脳神経I-XII
   6.耳下腺,顔面神経ならびに側頭部,下顎後部
      a.耳下腺
      b.〔顔面神経〕耳下腺神経叢
      c.下顎後部と咬筋付近の血管・神経
 ROUND
  〔神経節について調査すべき事項〕
  PART 1 眼窩内容
   7.眼窩内容
    〔眼窩上壁の開削〕
    A.神経と血管
      a.眼神経
      b.滑車神経
      c.三叉神経節
      d.動眼神経上枝
      e.動眼神経下枝
      f.外転神経
      g.眼動脈
    B.涙腺
      a.毛様体神経節
      b.視神経
    C.眼球
     〔眼球摘出〕
 ROUND
  PART 1 咀嚼筋,顎関節,顎動脈.下顎神経,鼻腔
   8.咀嚼筋(深頭筋)
      a.咬筋,咬筋動脈・静脈・神経
      b.側頭筋膜と側頭筋
      c.外側・内側翼突筋
      〔咀嚼筋〕
      d.下歯槽動脈・静脈・神経
   9.顎関節
   10.顎動脈
   11.翼突筋静脈叢
   12.下顎神経
      a.下歯槽神経
      b.耳介側頭神経
      c.舌神経
      d.顎下神経節
      e.頬神経
      f.深側頭神経,内側および外側翼突筋神経,咬筋神経
      g.耳神経節
   13.鼻腔
      a.鼻腔
      b.副鼻腔
      c.咽頭鼻部
 ROUND
  PART 1 上顎神経,ロ蓋,舌,口(腔)底(舌下部)咽頭,喉頭
   14.上顎神経
      a.おもな分枝
      b.翼口蓋神経節
     〔口腔粘膜表面の観察〕
   15.口蓋
   16.舌
   17.口(腔)底(舌下部)
   18.咽頭
   19.喉頭
 ROUND
  PART 1 聴覚器,平衡覚器,顔面神経,舌咽神経,迷走神経,副神経,舌下神経
   20.聴覚器と平衡覚器
    A.外耳
    B.内耳と中耳および顔面神経
   21.顔面神経
    A.走向
    B.鼓室(中耳)
   22.舌咽神経,迷走神経,副神経,舌下神経,上頚神経節
 ROUND IIとIII
  PART 1 顎下部
  PART 2 前頚部
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.広頚筋
   4.皮神経・皮静脈
   5.筋・血管・神経
      a.胸鎖乳突筋
      b.舌骨下筋群
      c.頚神経ワナ
      d.顎下三角と舌骨上筋群
      e.頚動脈三角
      f.外側頚三角
      g.頚部の下方
      〔鎖骨の鋸断〕 ll8
       (1)鎖骨下筋118 (2)迷走神経 118 (3)鎖骨下動脈の分枝
   6.甲状腺
   7.気管
   8.喉頭
    〔気管および食道の切断〕
   9.筋膜と隙
 ROUND
  PART 2 前胸壁
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.皮静脈・皮神経
   4.筋
      a.大胸筋
      b.小胸筋
      c.鎖骨下筋,前鋸筋
      d.外肋間筋,内肋間筋
   5.血管と神経
 ROUND
  PART 1 頭部の離断および正中矢状断
  PART 2 胸腔,縦隔
    〔胸腔の開削〕
   6.胸膜
   7.縦隔の前部
      a.心臓に出入りする大血管
      b.肺に出入りする血管
      c.胸管
      d.迷走神経,横隔神経
      e.心膜
 ROUND
  PART 2 心臓
   8.心臓
    〔心臓の摘出〕
    A.外景
      a.出入りする血管
      〔心臓長軸と正中線との関係〕
      b.心臓の栄養血管
      c.心筋層
    B.内景
      a.右心房と刺激伝導系
      b.右心室
      c.左心房
      d.左心室
 ROUND IVとVII
  PART 2 縦隔,肺,後胸壁
   9.縦隔
      a.おもな内容物
      b.奇静脈〔系〕
      c.胸管
      d.右リンパ本幹
      e.交感神経幹
   10.肺
   11.後胸壁
 ROUND II,IIIとIV
  PART 2 上肢屈側
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.皮静脈・皮神経
   4.筋
      a.肩部上腕にて
      b.前腕にて
   5.血管と神経
    A.血管
      a.上腕動脈
      b.尺骨動脈
      c.橈骨動脈
    B.神経
     腕神経叢
      (1)筋皮神経 174 (2)正中神経 174 (3)尺骨神経 174 (4)橈骨神経
   6.手掌
    A.浅指屈筋腱よりも浅層で
      a.動脈
      b.神経
    B.浅指屈筋腱よりも深層で……l77
    C.筋
  PART 2 上肢伸側
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.皮静脈・皮神経
   4.筋
      a.肩部上腕にて
      b.前腕にて
       (1)浅層 179 (2)深層
   5.血管と神経
   6.関節
      a.肩関節
      b.肘関節
      c.手の関節
   7.手背
 ROUND
  PART 3 前腹壁,側腹壁
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.皮静脈
   4.筋
      a.外腹斜筋
      b.腹直筋
       (1)腹直筋鞘 188 (2)錐体筋,上・下腹壁動脈
      c.内腹斜筋
      d.腹横筋
   5.鼠径輪および嵐径管
      a.浅鼠径輪
      b.鼠径管
      c.鼠径管の内容物
      d.鼠径靱帯
      〔前腹壁の切開〕
 ROUND
  PART 3 腹膜,小腸と大腸の血管・神経
   6.腹膜
    〔腹腔と腹膜腔,壁側腹膜と臓側腹膜〕
    A.前腹壁
    B.間膜
      a.胃間膜
      〔網嚢〕
      b.大網
      c.(小)腸間膜
      d.結腸間膜
   7.腹部の臓器一全般-
   8.小腸から直腸までの血管・神経
      a.空腸から横行結腸までの血管・神経
      b.下行結腸から直腸まで
   9.小腸と大腸
      a.空腸と回腸
      b.盲腸,虫垂,結腸
      〔空腸と回腸の肉眼的差異〕
 ROUND IVとV
  PART 3 上腹部の臓器と血管
   10.上腹部の血管(腹腔動脈と門脈系)
      a.腹腔動脈
      b.門脈系
   11.上腹部の臓器
    A.肝臓
    B.胆嚢と胆嚢管
    C.胃
    D.十二指腸と膵臓
    E.脾臓
 ROUND
  PART3 腹膜後器官
   12.腹膜後器官と筋およぴ関連の血管・神経
    A.腎臓,副腎
     〔腎臓の摘出〕
    B.尿管
    C.上行腰静脈
     奇静脈〔系〕
    D.交感神経幹
    E.後腹壁のリンパ節
    F.筋
      a.腰方形筋
      b.腸腰筋
    G.神経――腰仙骨神経叢
      a.腰神経叢
      b.仙骨神経叢
    H.横隔膜
 ROUND
  PART 3 骨盤内臓
    〔上・下半身の離断と下半身の正中断〕
   1.骨盤部の腹膜
   2.膀胱,尿管
   3.直腸
   4.男の生殖器
      a.陰嚢
      b.精巣,精巣上体
      c.精嚢
      d.前立腺,尿道球腺
   5.男の外生殖器
   6.女の生殖器
      a.卵巣,卵管
      b.子宮
      c.膣
   7.女の外生殖器
   8.会陰-男女対照表-
      a.会陰
      b.血管と神経
   9.骨盤壁の血管・神経・筋
      a.総腸骨動脈
      b.腰神経叢
      c.仙骨神経叢の根
      d.陰部神経叢の壁側枝
      e.尾骨神経叢
      f.筋
      g.仙腸関節
 ROUND
    下肢伸側および足背,足底
   1.体表観察
   2.皮切りと皮剥ぎ
   3.皮静脈・皮神経・リンパ節
      a.大伏在静脈
      b.伏在裂孔と浅鼠径リンパ節
      c.皮神経
   4.筋
    A.大腿にて
    B.下腿にて
   5.血管と神経
    A.血管
      a.大腿動脈
      b.膝窩動脈
      c.前脛骨動脈
      d.後脛骨動脈
    B.神経
      a.大腿にて
       大腿神経
      b.下腿にて
       浅腓骨神経 深腓骨神経
   6.関節
      a.股関節
      b.膝関節
      c.足の関節
 ROUND
    足背,足底
   7.足背
   8.足底
 ROUND VIII 中枢神経系
 脳
    〔脳の摘出-開頭〕
    〔脳の材料と観察方法〕
   1.脳の髄膜,硬膜静脈洞,脳神経および脳の血管
      a.大脳鎌,小脳テント,小脳鎌
      b.硬膜静脈洞,中硬膜動脈・静脈,クモ膜顆粒
      c.脳神経
      d.大脳動脈輪
   2.脳の概景
      a.脳の区分
      b.上面および外側面
      c.皮質の区分
   3.大脳半球
      a.前頭葉
      b.側頭葉
      c.後頭葉
      d.頭頂葉
      e.島
   4.脳の正中断
      a.大脳皮質内側面
      b.脳梁
      c.前交連
      d.脳弓
      e.透明中隔
      f.嗅脳
      〔辺縁系〕
      g.視床
      h.視床下部
      i.中脳
       (1)中脳蓋 288 (2)大脳脚
      j.小脳
      k.橋
      l.第4脳室
      m.延髄
   5.脳神経I-VIIが脳を離れるところ
   6.脳幹
      〔脳幹の離断〕
      a.中脳
      b.橋
      c.延髄
   7.小脳と菱形窩
      〔小脳の離断〕
      a.小脳
      b.菱形窩
   8.脳の内景と側脳室
     〔脳の水平断〕
     〔側脳室の開削〕
     〔脳の前頭断〕
 脊髄
     〔脊髄と脊髄神経根の剖出〕
      a.脊髄髄膜
      b.脊髄全体について
      c.脊髄の横断面
      d.脊髄神経ならびに脊髄神経節
      〔脊髄神経の構成〕

 索引