やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 私の専門は,歯科人類学である.
 人類学といっても,研究分野は現生人類で,テーマは現代人の歯と歯列と顎である.歯は,第三大臼歯を選んだ.
 なぜ,第三大臼歯なのか.
 私は天(あま)の邪鬼(じゃく)だったので,誰もやらないことをやろうと考えた.そこで,誰もが等閑視していた(実は,見過ごしている)学問領域の隙間に独り潜り込んだ.
 今や,第三大臼歯に関心を寄せる歯科医師や研究者は少ない.けれども唯一,退化にかかわる歯であることから,私にとっては格好の研究対象となった.それに,第三大臼歯はほかの歯に比べて,研究材料として格段に入手しやすい.
 本書は,歯の退化と変化,咬合様式と矯正治療,歯列と顎の変化を主題とする.内容は,すべて私の最近八年間の形態系研究を再構成した.研究手法がシンプルなので,雑巾(頭脳)の絞り方が甘い点はご寛容いただきたい.
 あわせて,志ある若い諸君に,私の研究観を伝えたいという一心から,処(しょ)々(しょ)に独り善がりな余談を記した.この点も,ご笑読いただきたい.
 私の共同研究者である,高橋正志,西巻明彦,陶粟嫻,亀田晃,亀田剛,影山幾男,関本恒夫,宮川行男,後藤真一,石山巳喜夫,下村浩巳,G・C・タウンゼント,および中原貴の諸氏に感謝する.
 なお,本文中の氏名の敬称は,省略させていただいた.
 五〇冊目の著書を脱稿して
 中原 泉
 はじめに

1 歯は退化しているか
  科学に古典はない
  歯数の辿ったプロセス
  第三大臼歯の消え去る日
  退化は進行したか
  退化が逆行した!
  欠如と栄養は反比例する
  性差とは欠如の多寡
  第三大臼歯退化逆行説
2 退化には人種差がある
  アジア圏五か国の国際調査
  日本,中国の成都と上海
  台湾,フィリピン,タイ
  退化状況はモザイク状
3 人種とエナメル質の様相
  研究は芋蔓式に進む
  硬度,組織構造をみる
  エナメル質の元素を分析
  エナメル質形成遺伝子は
4 最初に生える永久歯の謎
  第一位萌出永久歯は?
  第一位の萌出順位が逆転
  世界五〇か国の国際比較
  第一位萌出永久歯は二タイプ
  二割が順位を逆転した
  なぜ,逆転したのか?
5 なぜ生える方角がわかるのか
  歯の萌出のメカニズム
  萌出経路を追試する
  つくられる萌出環境
6 原生アボリジニの咬合様式
  オーストラリア原住民
  原生アボリジニ研究の宝庫
  原生アボリジニの咬耗咬合
  先天性と後天性を混同
  咬合の移行はあったのか
7 咬合様式の変化と矯正治療
  咬合様式の経年的変化
  正常咬合と不正咬合と
  不正咬合の三分の一が治療不要
8 永久歯列の成長変化をみる
  成長に伴う経年的な移動
  歯列弓は前後的に縮小した
  固定性ブリッジへの警鐘
9 顎は大きくなっているが
  顎は小さくなっているか
  顎はひと回り大きくなった
  第三大臼歯退化逆行説の傍証
  上・下顎幅径に一・九mmの較差
  現代人の上下顎成長較差説

 著者関連論文
 おわりに