やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版まえがき

 本書は,1993年(平成5年)に発行された『デンタルプラーク細菌の世界』の改訂版である. この第2版では,デンタルプラーク細菌が齲蝕と歯周病の病原性を示すことに加えて,口腔内の細菌がわれわれの健康を脅かし,命さえ狙うことなどについて最新の知見を加えて解説した. 例えば,高齢者の肺炎の予防は,歯科医療担当者の役割である根拠を微生物学の立場で解説した. また,歯周病原菌を中心とした口腔内のグラム陰性菌群などが循環障害,心疾患に関与すること,ならびに骨粗鬆症や糖尿病の増悪因子となることについても具体例をあげて説明した.
 新しく出現したエイズなどの感染症は,新興感染症(emerging infectious diseases)とされている. 新興感染症には,集団発生がみられる腸管出血性大腸菌感染症も含まれている. 一方,一時期減少した感染症が世界的規模で再び逆襲に転じ増加している. 結核症などに関しては,再興感染症(re-emerging infectious diseases)とされ,WHOは21世紀の死亡原因のトップが結核症になると明言している. 改訂版では,このような新しい感染症や再流行の感染症,さらにはプリオンについても紹介した.
 最後の11章に「歯科医療における感染予防」を取り上げたが,改訂版では,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に対する対策を追加した. また,多剤耐性結核菌(MDR-TB)の出現,バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)が脅威となっていることも追加した. 抗生物質の使い方などの基本的なことに加えて,抗ヘルペスウイルス剤など化学療法剤の最新情報も記載した. さらに,院内感染予防や要介護者などの易感染性宿主への的確な感染予防対策がなくては,信頼される医療が築けないことなどについても解説した. このようなことは,歯科衛生士の方々にも役立つものと確信している.
 本書に写真の掲載を承諾してくださった諸先生方,校正などを手伝って頂だいた微生物学講座の先生方,ならびに文章に手をいれてくれた妻ひろみ,図を画いてくれた娘みのりとたまきに感謝の意を表します. また,改訂版出版の機会を与えられた医歯薬出版(株)に感謝いたします.
 1999年(平成11年)4月30日 奥田克爾
まえがき
参考図書および文献……219
微生物名一覧……222
索引(和 ・欧)……225 ・230

第1章 武器を備えて逆転に転じた細菌……1
 1 細菌は生命の源……1
  1 細菌の起源……1
  2 デンタルプラークによって明らかにされた細菌の存在……1
  3 天才化学者Pasteurと病原細菌の狩人Koch……2
  4 口腔細菌学の父W.D.Miller……3
 2 テリトリーをもって棲みつく細菌たち……4
  1 どのくらいの数の細菌が棲みついているか……4
  2 口腔細菌の築く縄張り……5
  3 プラーク細菌にも役割がある……5
 3 小さくても精巧な細菌細胞……7
  1 細菌の大きさと形……7
  2 生きるための構造物……8
 4 細菌が増殖する条件……14
  1 地球の温暖化は感染症の増加をもたらしている……14
  2 細菌が必要とする栄養素……15
  3 細菌の増えるスピード……16
  4 複雑な細菌の代謝……17
   1)炭水化物の代謝……18
   2)発酵と呼吸……18
   3)多糖体の合成……19
   4)窒素化合物の代謝……19
   5)アミノ酸の利用……19
 5 細菌の産生する毒素……19
  1 外毒素はタンパク毒素……20
  2 多彩な活性を示す内毒素……20
 6 耐性を獲得する細菌……22
  1 順応して生き延びるための変異……22
  2 耐性菌を作り出す背景……22
  3 O157はどのようにして出現したか……23
  4 21世紀の死亡原因のトップは結核症……24
 7 胃潰瘍も感染症……24
  1 ピロリ菌……24
  2 感染症とかかわりのある疾患……26
第2章 バイオテクノロジーが歯科医療を変える……27
 1 DNAが遺伝物質である証拠……27
  1 脈々と受け継がれるDNA……27
  2 DNAのみで増殖するウイルス……28
 2 DNAらせん構造の多様性……29
  1 遺伝子を構成するわずか四つの暗号……29
  2 DNAの巧みな複製……31
 3 セントラルドグマとは……32
  1 三文字コドンで指令するタンパク質合成……32
  2 発現を制御する遺伝子……33
 4 遺伝子操作に使われる道具……34
  1 DNAの切断と糊付け……34
  2 遺伝子を運搬するベクター……34
 5 遺伝子のクローニングとは……35
 6 遺伝子診断……38
  1 遺伝子増幅法……38
 7 遺伝子治療……39
第3章 ミクロの戦士たち……40
 1 敵と味方の識別……40
  1 非自己が抗原である……40
  2 鍵と鍵穴の関係が基本……41
 2 全身が免疫反応にかかわる……41
  1 免疫担当細胞産生工場である骨髄……41
  2 エリートを育む胸腺……42
   1)二葉からなる胸腺……42
   2)寿命さえコントロールする胸腺……42
   3)T細胞は胸腺で修練を受けたリンパ球……43
  3 レーダー網であるリンパ節……43
  4 免疫応答の場である脾臓……44
  5 “病は気から”は免疫応答でも証明される……44
 3 連携する免疫担当細胞群……45
  1 異物をキャッチして情報を伝えるマクロファージ……45
  2 T細胞とB細胞の違い……45
  3 連携プレーを支配するHLAとは……46
 4 エリート細胞集団の働き……49
  1 細胞同士の連絡に使われる言葉といえるサイトカイン……50
  2 ヘルパーT細胞の多様な働き……51
  3 自己防衛群として働くリンパ球集団……52
 5 侵入者に結びつく抗体……53
  1 特異性をもって結合する免疫グロブリン……53
  2 抗体の基本構造は四本のペプチド……53
  3 少ない遺伝子で多種類の抗体を作る……54
  4 抗体の種類とそれぞれの働き……55
 6 尖兵として働く補体……58
  1 抗体は司令官で補体は鉄砲隊……58
  2 抗体の司令なしでも働く……58
 7 細胞性免疫……60
  1 免疫応答を調節するサイトカイン……61
  2 細胞を傷害するサイトカイン……64
  3 インターフェロンもサイトカイン……64
  4 治療に応用されるサイトカイン……65
 8 癌の免疫療法……66
  1 免疫能の低下と癌年齢は一致する……66
  2 癌細胞を攻撃する免疫機構……67
  3 煙幕を張る癌細胞……68
第4章 口腔内の免疫学的防御機構……69
 1 口腔領域はリンパ組織が密集している……69
  1 口腔を取り巻くリンパ系……69
  2 粘膜面は皮膚の面積の200倍以上……69
  3 粘膜関連リンパ組織……71
  4 粘膜系免疫の特徴……71
 2 口腔内の感染防御の第一線で働く分泌型IgA……72
  1 唾液腺に集積するIgA産生細胞……72
  2 粘膜面で免疫を誘導するリンパ組織……73
  3 粘膜面で分泌型IgAを放出する実効組織……74
 3 唾液中の非免疫性抗菌性物質……75
 4 歯肉溝液中のミクロの戦士……77
  1 歯肉溝液中の抗体はIgG……78
  2 歯肉に集まるリンパ球……79
  3 歯肉溝液中の白血球の働き……79
第5章 アレルギーと歯科疾患……81
 1 生体に犠牲をもたらす非自己の排除……81
  1 アレルギーの語源……81
  2 アレルギー反応の種類……82
 2 アナフィラキシー……82
  1 引金はアレルゲンとIgEの出会い……82
  2 肥満細胞の放出する化学伝達物質……83
  3 気管支喘息と花粉症……84
  4 蕁麻疹と食物アレルギー……84
  5 アトピー……84
  6 アナフィラキシー型アレルギーの予防と治療……85
 3 自分自身の細胞を攻撃するII型アレルギー……86
  1 細胞を傷害する二種類のメカニズム……86
  2 溶血性貧血……87
  3 重症筋無力症と甲状腺機能亢進症……88
 4 型アレルギー……89
  1 免疫複合物が引金となるIII型アレルギー……89
  2 歯根端病変もIII型過敏症によって大きくなる……89
  3 糸球体腎炎とプラーク細菌……90
 5 遅延型アレルギー……90
  1 IV型アレルギーの起こり方……90
  2 歯科用金属が引き起こすアレルギー性接触性皮膚炎……91
  3 遅延型アレルギー反応による歯根端病変……93
 6 ストレスタンパク質と疾患……94
第6章 高齢者を脅かす日和見感染症……95
 1 激増している易感染性宿主……95
 2 免疫不全症……96
  1 原発性免疫不全症……96
  2 続発性免疫不全症……97
  3 食細胞機能異常症……99
 3 自己免疫疾患……101
  1 自己免疫疾患はどのようにして起こるのか……101
  2 全身性自己免疫疾患……101
  3 臓器特異的自己免疫疾患……103
 4 日和見感染症を起こす細菌……104
  1 MRSAを中心としたブドウ球菌……104
  2 はびこる死神 ― 緑膿菌とレジオネラ菌……106
 5 口腔粘膜を標的とするヘルペスウイルス群……106
  1 ヘルペスウイルスの特徴……106
  2 顔面神経麻痺もヘルペスウイルス感染症……107
  3 ヘルペスウイルスに有効な抗生物質……110
 6 口腔内に棲みつく厄介なカンジダ……110
  1 義歯に付着するカンジダ……110
  2 カンジダは簡単に検出できる……111
第7章 プラーク細菌の懲りない面々112
 1 プラーク細菌の数と栄養源……112
  1 高密度で存在するプラーク細菌……112
  2 プラーク細菌の栄養源は唾液と歯肉溝液……112
 2 数で最も多いレンサ球菌……113
  1 口腔内レンサ球菌……113
   1)口腔内レンサ球菌の分離と分布……113
  2 ミュータンスレンサ球菌……114
  3 デンタルプラークに最も多いStreptococcus sanguis……116
  4 Streptococcus mitisグループ……116
  5 唾液レンサ球菌……117
  6 Streptococcus angionosusグループ……117
  7 腸球菌……117
  8 嫌気性のレンサ球菌……117
 3 放線菌……118
  1 顎放線菌症の主な原因菌Actinomyces israelii……118
  2 Actinomyces viscosusとActinomyces naeslundii……119
 4 乳酸桿菌などのグラム陽性桿菌……119
  1 乳酸桿菌……119
  2 歯石形成にかかわるCorynebacterium matruchotii……120
  3 Propionibacterium acnesとRothia……120
 5 黒い集落となる口腔固有の嫌気性菌……121
  1 成人性歯周炎の原因菌Porphyromonas gingivalis……122
  2 感染根管から検出されるPorphyromonas endodontalis……123
  3 妊娠性歯肉炎を起こすPrevotella intermedia……123
 6 外毒素も産生するActinobacillus actinomycetemcomitans……124
  1 歯周病原性因子……124
 7 紡錘状の菌群……126
  1 紡錘菌Fusobacterium nucleatum……126
  2 大型の菌Leptotrichia buccalis……126
  3 滑走するCapnocytophaga……127
  4 Bacteroides forsythus……128
  5 Eikenella corrodens……128
 8 歯周ポケットで動き廻る桿菌群……129
 9 歯周局所に居座るスピロヘータ……130
  1 スピロヘータはどのようにして運動するのか……130
  2 口腔内スピロヘータの種類……131
  3 Treponema denticolaが居座れる根拠……131
 10 ナイセリアとベイヨネラ菌群……132
   1)NeisseriaとVeillonella……132
 11 細胞壁を失ったマイコプラズマ……132
第8章 齲蝕・歯周病はプラーク細菌感染症……134
 1 口腔感染症の特性……134
  1 内因感染とは……134
 2 齲蝕症……135
  1 齲蝕病原菌……136
  2 増えている根面齲蝕……136
  3 スクロースの齲蝕誘因……137
  4 齲蝕を作らない甘味料……139
  5 齲蝕の細菌学的診断……141
  6 齲蝕予防ワクチン……142
 3 歯周病……143
  1 プラーク細菌の歯周病原性因子……143
  2 免疫学的歯槽骨の破壊……145
  3 各型歯周病の発症と進行にかかわる細菌……147
   1)成人性歯周炎……147
   2)若年性歯周炎……148
   3)急性壊死性潰瘍性歯肉炎……150
   4)妊娠性歯肉炎……150
  4 歯周病の細菌学的・免疫学的診断……150
   1)局所細菌の検査法……150
   2)免疫学的検査法……152
  5 老化と喫煙は歯周病のハイリスク因子……154
  6 歯周病の化学療法……155
   1)テトラサイクリン系抗生物質が使われる根拠……155
   2)化学療法の限界……156
  7 歯周病予防ワクチンを探る……157
第9章 命を狙うプラーク細菌……158
 1 細菌性心内膜炎を起こすプラーク細菌……158
  1 菌血症と敗血症……158
  2 弁膜障害のある場合はハイリスク……159
 2 口腔細菌による動脈硬化……160
  1 プラーク細菌の毒性成分の侵入……160
  2 動脈硬化を引き起こすメカニズム……161
 3 プラーク細菌による循環障害・心疾患……161
 4 老人性肺炎を起こす口腔細菌……163
  1 高齢者の死因のトップは肺炎……163
  2 原因菌は歯周病原菌……165
  3 老人性肺炎の予防は歯科医療担当者の役割……166
 5 糖尿病と歯周病の関係……166
 6 妊娠トラブルを起こす歯肉炎……168
  1 女性ホルモンを発育素とする歯周病原菌……168
  2 未熟児出産の原因となる内毒素……169
 7 歯性病巣感染……170
第10章 プラークコントロールの意義……172
 1 プラーク細菌の潜在的病原性……172
  1 齲蝕病原性……172
  2 歯周病原性……172
 2 細菌の付着を誘導するペリクル……173
  1 歯を保護するペリクル……173
  2 ペリクルへの細菌の付着メカニズム……173
 3 プラーク細菌の巧みな付着機序……174
  1 付着性線毛……174
  2 レクチン様リガンド……175
  3 菌体表層の疎水性……176
  4 粘着性多糖体……176
  5 共凝集……176
 4 プラークの形成過程……178
 5 プラーク細菌の共生と拮抗……181
  1 共生するプラーク細菌……181
  2 縄張り争いをするプラーク細菌……181
 6 歯石を作るプラーク細菌……182
  1 歯肉縁上歯石と歯肉縁下歯石……183
  2 歯石の無機塩類と毒性物質……183
  3 プラーク細菌の石灰化スピード……184
 7 プラークコントロールの臨床……184
  1 プラーク指数……184
   1)O'Learyらによるプラーク指数……185
   2)Quigley-Hein指数に基づくプラーク指数……185
  2 歯肉縁上のプラークコントロールは歯周ポケット内細菌の減少をもたらす……185
  3 スケーリングによる歯周ポケット内細菌の排除……187
  4 洗口剤によるプラークコントロール……187
   1)酵素……187
   2)抗菌剤……187
  5 口臭防止の基本はプラークコントロール……190
第11章 歯科医療における感染予防……191
 1 はびこるMRSA……191
  1 黄色ブドウ球菌の病原性……191
  2 増えているMRSA感染症……192
  3 MRSAの感染予防……193
 2 化膿レンサ球菌……194
  1 化膿レンサ球菌の病原性……194
  2 化膿レンサ球菌感染の続発性疾患……195
 3 ウイルス感染症……195
  1 ウイルスの一般的性質……195
  2 ウイルスの感染と増殖……196
  3 インターフェロンは究極の抗ウイルス剤か……197
 4 エイズウイルス……197
  1 HIVの特性……197
  2 HIVの感染経路……199
  3 巧妙に増殖するHIV……199
  4 急がれるHIV感染予防ワクチンの開発……199
  5 HIV針刺し事故への対応……200
 5 肝炎ウイルス……200
  1 肝炎ウイルスの種類……200
  2 B型肝炎ウイルスの特性……200
  3 日本人のHBVの保菌者は2〜3%……201
  4 死亡率の高い劇症肝炎……202
  5 B型肝炎ウイルスの感染予防ワクチン……203
  6 C型肝炎ウイルス……203
 6 口腔領域のウイルス感染症……203
  1 流行耳下腺炎ウイルス……203
  2 コクサッキーウイルス……204
 7 抗生物質の使い方……204
  1 抗生物質の作用機序……204
   1)細胞壁合成阻害剤……206
   2)細胞質膜傷害剤……206
   3)タンパク質合成阻害剤……207
   4)核酸合成阻害剤……208
   5)抗ウイルス剤……208
   6)その他の化学療法剤……209
  2 抗生物質の抗菌力測定……209
  3 抗生物質の投与法……209
 8 院内感染……210
  1 院内感染とは……210
  2 院内感染を起こす微生物……211
 9 歯科医療機関内感染予防……212
  1 滅菌法……213
   1)オートクレーブによる滅菌……213
   2)ガス滅菌……213
  2 消毒……214
   1)消毒薬の種類……214
   2)手指の消毒……216
   3)口腔粘膜の消毒……217
   4)菌血症の予防……217
   5)バーやリーマーの消毒……218