やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 「予防歯科を始めたいけれど何から手をつけていいのか悩んでいませんか?」
 この本には,予防歯科を始めようとしてもなかなかうまくいかないと思っている方の参考になることがたくさん詰まっています.予防歯科をどう考えたらいいか迷っておられる方,この本の第1章から読み始められて,研究会の25年の歩みをたどりながら,“ヘルスプロモーション”について考えてみて下さい.
 私たち「福岡予防歯科研究会」は活動を始めて25年の月日が流れました.その中で蓄積したこと,また出会った人々とのことがこの本の中には書かれています.
 私たちの25年の歩みは,“虫歯の洪水“の中でう蝕はあってはならない,う蝕をなくそうという病気の否定から出発しました.今,私たちはう蝕を作らないことを目標にするのではなく,毎日の生活の中でQOLを高めようという目標に向けての活動,またターゲットを病気から健康をつくることへとシフトさせながら活動を展開してきています.この活動のベースに置いている考え方が“ヘルスプロモーション”です.
 このヘルスプロモーションは,1986年にWHOが提唱したオタワ憲章の根幹をなす新しい健康戦略です.このヘルスプロモーションが従来の公衆衛生の考え方に取って代わりWHOの健康戦略となったのは,慢性疾患が感染症をしのぎ,個人のライフスタイルを見直し,個人の行動変容が健康への鍵となり,行政のトップダウンによる一方的な健康計画作りではなかなか効果があがらないという問題が出てきたからです.
 私たちはこのヘルスプロモーションの考え方を出発点にしています.今までの保健指導とは違い,“健康教育“という教育的アプローチによって患者さんの“気づき”を引き出して,患者さんがセルフケアの能力を獲得し,健康を自分で創り育てることができるようになることを目標としています.
 「スズメの学校からメダカの学校へ」という言葉のように,ムチを振り振り指導するのではなく,誰が生徒か先生か分からないという表現で表されるように,医師のトップダウンの情報の一方通行ではなく,お互いが学習し,その中で生活者としての患者さんが自立していくことが目的となります.そのために,ヘルスプロモーションの考え方は,「健康のデモクラシー」「健康のルネッサンス」と言われています.
 健康をどう考えるか,患者-医師関係をどう築いていくかを考えることも必要です.また,診療室内にこのヘルスプロモーションの考え方を導入し,実践されている先生方の診療室では,スタッフとの関わり,システムの導入も重要になります.
 治療の主体は医師ですが,予防の主体は患者さんであり,その効果は患者さん,医師とそのスタッフのコミュニケーションによって大きく左右されるからです.そのためのノウハウも実践編にはたくさん書かれています.
 この本には医療従事者と患者さんとの,また医師とスタッフとのコミュニケーションをどう結んでいくか,いろいろな人との出会いをどうネットワーク作りに生かしていくことができるかということも書かれているはずです.
 “予防“という言葉でこの本を開かれた先生方は,この“ヘルスプロモーション”という考え方に少し戸惑われるかもしれません.何回も何回もこのヘルスプロモーションの考え方の部分を繰り返し読まれて,先生の心の中にあるヘルスプロモーションの種を見つけて下さい.このヘルスプロモーションの種を大きく育てるヒント,ノウハウが以下のシステム導入実践編の中に詰まっています.
 すぐ明日から実際に診療室での予防を始めたい方は,第2章と第3章を読まれて下さい.予防システム,患者さん(クライアント)のサポートシステムの基本的考え方,方法論が飲み込めるはずです.
 この章は,ヘルスプロモーションの考え方とプライマリーヘルスケアの考え方を車の両輪としてうまく機能させながら,患者さんのセルフケア能力を高め,8020運動の実現,QOLの向上に向けてシステム作りをされている先生方の記録です.この中ではヘルスプロモーションとプライマリーヘルスケアの調和が,患者さんの健康のサポートにどんなに大切かがわかると思います.
 実際に予防を始めたけれど今一つと悩んでいたり,挫折したり立ち往生をされている方,逆にもっともっとパワー・アップしたいと思っておられる先生は,第4章から目を通されてください.
 「福岡予防歯科研究会」にはたくさんの人々が関わっています.歯科医師は勿論のことですが,たくさんの歯科衛生士,学生,看護婦,お父さん,お母さん,お兄さん,お姉さん,老若男女の本当に様々な人々のネットワークの根に支えられて大きく繁ってきています.その中で,このネットワークを大きく育てている先生方の工夫のいろいろと,その実例が書かれています.予防歯科のみならず,いろいろな場面に応用できる智恵の宝庫です.また,第6章Q&Aでも今日から実践できる工夫がたくさん見つかると思います.
 まず患者さんは,診療室に来られる時は何か生活の困り事を抱えて,文字どおりの患者さんとしておいでになります.その後,困り事がなくなって定期健診においでになるときは,患者さんではなく「患」の字ははずして,生活者としておみえになると思います.その時は私たちも治療をする者ではなく,“健康の支援者”として関わっていけるのではないでしょうか.この本の中でも患者さんと一方的に呼ぶのではなく,子供たち,来院者,クライアントなどたくさんの呼び方を使っているのはそのためです.今あなたの診療室に来られている方々をなんと呼びますか?考えてみて下さい.
 そして第5章に書かれていることは,予防歯科が診療室の中だけで完成されるものではないということの実践です.セルフケアの確立,プロフェッショナルケアの充実,もう一つのケアとしてコミュニティーケアのための活動もこれからは活発になることと思います.8020運動の達成のためには,地域保健,産業保健への期待も高まっていきます.どうぞそのためにもこの本を活用して下さい.
 私たちは今後ももっと広く地域に対して,このクライアントとサポーターとしてのコミュニケーションのネットワークを広げていくためにチャレンジしていくつもりです.
 先生方も今日からこの本を読んで始めませんか?
 (松岡奈保子)
はじめに 松岡奈保子

第1章 臨床予防歯科って,何をどう考えたらいいの? 中村譲治
 I 予防歯科の基本的な位置づけ
   1.福岡予防歯科研究会の考え方の変遷
   2.診療室でのヘルスプロモーションの展開とは
   3.定期健診のねらいと考え方
 II 新しい患者-医師関係を築こう
   1.主観的健康観と客観的健康観
   2.今までの患者-医師関係を見直す
   3.新しい患者-医師関係を作る
 III 定期健診を定着させるためには?――健康学習の展開
   1.主役は患者さん
   2.健康教育って保健指導とどう違うの?
   3.健康教育から健康学習へ
   4.患者さんと病気の位置関係を見極めよう
 IV 仕方を変えるのではなく仕組みを変える
   1.新しいシステムをみんなで作ろう
   2.治療の目から予防の目へ
   3.般若の目ってご存じですか?
   4.時間と空間を分離する(環境を整備する)
   5.スタッフはパートナー
第2章 診療室に予防システムを導入するためには 柏木伸一郎
 I リコールシステムを作ろう
   1.リコールの海に飛び込もう
   2.子供の歯を守る会
   3.会員カード
   4.会報の発行
   5.漏れのないリコールシステム
   6.コンピュータの導入
   7.リコールシステムを維持するその他のグッズ
   8.キャンセルへの対応
 II う蝕予防にどう取り組むか?
   1.経過を見ながら判断しよう
   2.う蝕の進行性を判断するには
   3.経過観察か治療か
   4.リコールの中での予防とは
   5.フッ化物の応用
   6.フッ素洗口のすすめ方
   7.フッ素洗口継続の工夫
 III リコールですべき内容は
   1.リコールに関するオリエンテーション
   2.カルテの記載
   3.歯磨きの動機付け
   4.リコールで行う予防処置
   5.隣接面サホライド塗布
   6.サホハイボンド
   7.リコール間隔について
   8.低年齢児のリスク分けについて
   9.乳歯列期の予防のポイント
   10.混合歯列期の予防のポイント
   11.永久歯列期の予防のポイント
   12.セルフケアを確立するために
    * セルフケア確立のための歯科衛生士の役割 西方寿和
 IV リコール関係のデータ
第3章 歯周病予防にどうとりくむか
 I 歯周病予防の考え方 松尾 健
   1.歯周病の予防をどう考えるか
   2.メインテナンスからSPTへ
 II SPTの手順
   1.SPTの手順はどのようですか
 III PMTCの実際
   1.PMTCの器材
   2.PMTCの手順
 IV セルフケアを支援するために必要なこと 福光保之
   1.いつのまにか始まったセルフケア
   2.仲間と出会って考え方と方向性の明確化ができた
   3.セルフケアを支援する体制づくり
   4.セルフケアの拡大
第4章 私達はこうして予防歯科を始めました
 I 健康づくり型医療への転換 西本美恵子
   1.初めのころの診療室
   2.そして,患者が減ってきた
   3.健康づくりってなあに?
   4.健康づくりを診療室で
   5.いろいろな情報を共有化
   6.みんなでいっしょにエンパワーメント
   7.マザースクールも変わりました
   8.お任せ医療から参加型医療へ
    * みんなで,いっしょに 久保慶子
   9.これからの夢
 II How toは学んだけれども実践できない,そんな壁をのりこえました!―予防ケアに来る人が倍増して,スタッフとも楽しく働くことができるコツ― 築山雄次
   1.治療から予防へのギャップ
   2.“研修コース”に参加してからの苦悩の日々
    * リコールシステムの改革を担当して 横尾聡子
   3.まとめ
 III パソコン使い楽々リコール管理 梶谷 彰
   1.リコール管理が楽になった!
   2.定期検診を始めたころ
   3.パソコンを買ってみたものの
   4.マックとの出会い
   5.パソコンはものぐさ向き
   6.具体的な使用目的をもつ
   7.パソコンと仲良くなる
   8.データベースを作ってみよう
   9.漏れのない管理を行うには
   10.長続きの秘訣は
第5章 診療室から地域へ 堀口逸子・筒井昭仁
   1.健康づくりは生活の場から
   2.支援者としての実践方法
   3.地域のなかに力はある
第6章 Q&A 菅原武道・大塚政公・中村清徳・川上 誠・神崎昌二・伊藤恭子・沼口千佳
    Q1 フッ素洗口とフッ素スプレーとフッ素歯磨き剤の重複使用は問題ありませんか?
    Q2 フッ素洗口はかならず必要ですか? フッ素洗口は継続が難しいのでフッ素入り歯磨剤の代用はどうでしょう?
    Q3 フッ素塗布の方法,使用器具は? フロアゲルをいやがる子どもに対しては? イオン導入法はどうでしょう?
    Q4 フッ素洗口液は一般の家庭で使用する場合,3カ月間の常温での保存は衛生面,品質面で大丈夫なのでしょうか?
    Q5 全ての人にシーラントをするのですか? そうでなければ判断基準は?
    Q6 たくさんのう蝕がある子どもが来院した場合,どのように対処したらよいのでしょうか?
    Q7 SPTって何ですか?
    Q8 PMTCって何ですか?
    Q9 PMTCとPTCの違いって何ですか?
    Q10 スタッフ教育はどのようにしたら良いのでしょうか? また,どのくらい時間をかけたら良いのでしょうか?
    Q11 町の中のビル開業で,狭くて予防のスペースがとれないのですが,どのように対処したら良いのでしょうか?
    Q12 治療を主訴として来院された患者さんを,スムーズにリコールに移行するためのモチベーションはどのようにしたら良いでしょうか?
    Q13 リコール時の予約の変更,あるいは連絡なしのキャンセルの場合,再予 約のシステムはどのようにしたら良いですか?
    Q14 予防歯科をやって経営的には大丈夫なのでしょうか?
    Q15 セルフケアができるようになったらリコールは必要なくなるのでは?
    Q16 リコール時の料金はどうしていますか? 保険でできるのですか?
    Q17 治療とリコールが診療室でスペース的にも診療内容的にも,うまく分離できず混乱しています.どのように対処したら良いのでしょうか?
    Q18 リコールをはじめるにあたって必要なものはどんなものですか?
    Q19 小児のリコール時のチェアータイムはどれくらいとったらいいのでしょうか?
    Q20 小児のリコールはしているが来院率が低く,来院率を向上させたいのですが,どのようにしたら良いのでしょうか?
    Q21 中高校生の定期健診時の話しかけや,対応の仕方を教えて下さい.

あとがき 菅原武道
付1「福岡予防歯科研究会」の軌跡
付2 臨床予防歯科グッズリスト
索引