やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 矯正臨床を学ぼうとする歯科医のために,すでに多くの入門書が発刊されている現状から,さらに斬新で魅力のある出版物とするために,臨床での疑問を日々解決なさっておられる優れた臨床家に執筆をお願いすることにした.
 本書の特徴は,日常の矯正臨床におけるアイデアやコツなどがふんだんに盛り込まれていること,さらにより臨床に密着したQ & A31項目が設けられていることなどである.本書はあくまで矯正臨床を学ぶための導入本を意図したものであり,矯正臨床の基本的手技はもちろんのこと,診断,治療のみでなく,治療室の設計から患者さんとの対応の仕方まで幅広い知識が網羅されている.また,内容を平易なものとし,写真,図なども多く用いビジュアルなページ構成とし,理解しにくい項目や専門用語などには欄外に解説文を設けた.さらに近年の機能的検査機器の発達は機能的な数々の未解決の現象を明らかにしつつあるので,機能検査,分析の必要性についても強調したつもりである.
 顎関節症と矯正学との関わりについても現在興味のもたれている話題でもあり,外科的矯正の診断と治療などとともに項目を立てて詳しく記述したほうがよかったかもしれない.しかし,全体の流れのなかにはそれらの最新の考え方,治療法についてもふれられているので参考にされたい.出版に際しての反省点もあるが現段階では入門書としてはよくまとまっていると自画自賛している.
 当然のことながら,矯正学のみならずすべての歯科臨床にいえることであるが,本を見たり,短期の講習会に参加したりすることなどによって技術がマスターできるほど歯学は簡単な仕事ではない.とくに,矯正臨床は一生を通じても診療できる患者さんの数に限りがあり,他の歯科の分野に比べて経験する機会が極端に制限される.一人の患者さんを診断,治療して,術後のケアをして終了にもっていくのには最低2〜3年の年月が必要であり,同じ経験を繰り返し体験することができない.先輩の臨床を見て,聞いて,自ら研鑚し,一つひとつ学び取り,消化するしか方法がない.
 歯を移動させるには適当な矯正力と方向を与えればよい.現在ではこれはさして困難な作業ではない.しかし,移動してはならない歯をその場にとどめておくことは難しい.矯正力を加えるとすべての歯は移動し,動かしたくない歯までも移動する.このような矯正装置の設計と診断,すなわちフォース・システムと歯の移動という生物学的な現象を体験できることは矯正学の魅力の一つである.矯正学は歯学のなかでも最も面白い学問の一つであろうと考えている.この入門の書が多くの人に読まれ,矯正学を愛する同好の士が増えることにつながれば望外の喜びである.
 最後になりますが,この本の企画に賛同され,快くご執筆下さった先生方に厚くお礼申し上げますとともに,出版の遅れに対してご理解いただいたことに重ねてお礼申し上げます.
 平成10年4月 桑原洋助 柴崎好伸 出口敏雄
I.矯正治療の前準備
1章:これだけ必要−矯正器具・材料
 分析,診断に必要なもの
 治療用器具・材料
2章:矯正治療のための基本テクニック
 セパレーション
 バンディング
 ダイレクトボンディングシステム(DBS)
 ディボンディング
 ワイヤーベンディング
 ウェルディング
3章:患者マネージメント
 初診;受付の対応
 診査;初診申込書・問診表/相談・問診/検査
 コンサルテーション;診断結果/治療方針/費用/矯正治療に伴うリスク/治療契約書/来院ごとのコンサルテーション
 ブラッシング指導;矯正治療特有の問題点/指導時期/各矯正装置ごとの指導方法/歯周疾患患者への対応/指導スタッフの教育
 矯正装置装着に関する指導;歯間分離/装置装着直後の説明/矯正装置の説明と注意事項/痛みの対処
 矯正治療中に生じる問題;通院/協力/転医(進学,転勤)/治療方針の再検討/その他
 患者や家族とのコミュニケーション;ニュースレター/バースデーカード,クリスマスカード,年賀状/その他
 他医とのコミュニケーション;地域の矯正専門医/大学病院など
 矯正治療費;費用の設定/徴収方法/医療費控除
 資料保管;カルテ/写真,X線写真/模型/コンピュータの導入
 感染予防
II.症例の見分け方
1章:どのような検査が必要か
 どのような診査・検査を行い,その結果をどう読みとるか;一般検査/顔貌診査/口腔内診査/模型診査・分析/X線診査・分析/成長発育分析/機能分析/生化学的検査/習癖の診査/その他/結果の読み方
 診査・検査結果のまとめ方=症例の特徴づけ=診断
2章:やさしい症例,むずかしい症例の見分け方
 骨格性咬合異常;成長期における骨格性咬合異常の治療のタイミング/骨格性分類による治療の難易判定
 歯槽性咬合異常;歯槽性の歯の移動における難易鑑別のポイント
 機能性咬合異常;やさしい症例の見分け方/むずかしい症例の見分け方/矯正臨床における機能検査
 その他の咬合異常;歯周病を原因とした症例/補綴前処置を必要とする症例/埋伏歯の誘導/唇裂口蓋裂の症例
III.矯正治療の進め方
1章:矯正装置の設計法
 矯正装置設計のための基礎知識;歯の移動についての基礎的知識/固定の種類とその具体例/抵抗の性質による固定の分類/装置設計のための基本的考え方
 代表的矯正装置の使用例と具体的設計;舌側弧線装置/床装置/顎外固定装置/エッジワイズ法/上顎拡大装置/固定式保定装置
2章:癖の治し方
 指しゃぶり;指しゃぶりの指導/指導で配慮する問題/指しゃぶりと精神的な問題とのかかわり
 舌突出癖;舌突出癖の原因/乳歯列期,混合歯列期の舌突出癖の指導(歯槽性の開咬)/舌突出癖と鼻咽頭疾患とのかかわり
3章:乳歯期に必要な矯正治療
 乳歯期の診査と処置
 反対咬合
 上顎前突
 開咬
 臼歯交叉咬合
 臼歯鋏状咬合
 症例
  症例1 機能型不正要因と骨格型不正要因による反対咬合
  症例2 骨格型不正要因,とくに上顎骨の劣成長による反対咬合
  症例3 骨格型上顎前突
  症例4 乳犬歯の誘導による交叉咬合
  症例5 上顎歯列弓狭小による交叉咬合
  症例6 反対咬合と臼歯鋏状咬合
 付)乳歯期の咬合調整法
4章:咬頭干渉の治療方法
 診査・診断
 治療
 症例
  症例1 狭窄歯列による咬頭干渉
  症例2 乳犬歯咬頭干渉
  症例3 右側側切歯咬頭干渉
  症例4 上顎歯列狭窄による咬頭干渉
  症例5 左側第二大臼歯の鋏状咬合による咬頭干渉
5章:骨格性不調和の治療法
 顎の前後的不調和;上顎前突/下顎前突
 顎の垂直的不調和;顔面高径の低いタイプ/顔面高径の高いタイプ
 顎の左右的不調和
  症例1 上顎前方位,下顎後方位の合併症
  症例2 上顎後方位,下顎前方位の合併症
6章:混合歯列期の歯および歯列の不調和の治療法
 ディスクレパンシー症例;叢生症例/空隙のある症例
 水平的異常;上顎前突/反対咬合
 垂直的異常;開咬/過蓋咬合
7章:埋伏歯に対する処置
 埋伏歯とは
 埋伏歯の出現部位と頻度
 埋伏の原因
 埋伏歯の障害
 診断に際して
 治療方針
 牽引の時期および牽引力
 一般的な処置方法
 埋伏歯に対する治療の実際
  (1)上顎中切歯の埋伏
   症例1 歯牙腫および乳歯の晩期残存を伴う中切歯の埋伏
   症例2 上顎中切歯の水平埋伏(その1)
   症例3 上顎中切歯の水平埋伏(その2)
  (2)犬歯の埋伏
   症例4 上顎側切歯の歯根部に犬歯が埋伏
   症例5 上顎中切歯の歯根部に犬歯が埋伏
   症例6 歯冠嚢胞を伴う上顎犬歯の埋伏
   症例7 歯牙腫を伴う下顎犬歯の埋伏
  (3)下顎小臼歯の埋伏
   症例8 多数歯欠如症例における下顎第二小臼歯の埋伏
   症例9 下顎第二乳臼歯の早期喪失によると考えられる第二小臼歯の埋伏
  (4)下顎大臼歯の埋伏
   症例10 近心へ著しく傾斜した第一・第二大臼歯の埋伏
  (5)第三大臼歯の埋伏
8章:筋機能の異常に対する治療法
 診査と検査
 口腔習癖の種類;指しゃぶり/舌前方突出癖/口唇の筋無力的な離開/下唇の吸引,弄唇癖/上唇の吸引,弄唇癖/上下唇の吸引癖/舌の側方突出癖
 筋機能異常の治療法;本人および家族への自覚/口腔筋機能療法/舌癖除去装置・ハビットブレーカー/治療の進め方
 症例
9章:永久歯列の治療法
 非抜歯症例の治療の進め方
  Angle I級-わずかな叢生
  Angle II級-叢生がなく成長発育途中の症例
  Angle III級-叢生がなく成長発育途中の症例
 抜歯症例の治療の進め方
  Angle I級-前歯部叢生
  Angle II級1類-叢生がある成長発育途中の症例
  Angle III級-前歯部反対咬合
10章:保定はなぜ必要か
 保定の種類;自然的保定/器械的保定/永久保定/その他
 保定装置の種類;可撤式装置/半固定式装置/固定式装置/永久保定
 咀嚼指導
 不正咬合の種類と保定;歯列弓の長さと幅の変化/空隙歯列弓/捻転/近遠心関係/水平的関係/垂直的関係
11章:各種装置の特徴
 代表的なマルチブラケット装置;エッジワイズ法/最新のエッジワイズ装置:ストレートワイヤーアプライアンスなど/バイオプログレッシブセラピー/Begg法,キャットテクニックおよびティップエッジなど
 リンガルアプライアンス
 マルチブラケット装置以外の装置;舌側弧線装置/床矯正装置/拡大装置/顎外固定装置
IV.診療室の設計,設備
 矯正歯科診療所の設計;来院者および来院者の動線/診療所の照明/診療所の雰囲気づくり
 矯正歯科診療所の設備;受付/診療室(オペレーションエリア)/診療室内の設備
Q&A
 1)ペリオの症例について
 2)MTMの症例について
 3)成人矯正の症例について
 4)顎関節症に関する症例について
 5)矯正歯科治療の前準備,患者のマネージメントについて
 6)乳歯列,混合歯列の症例について
 7)永久歯列の症例について
 8)保定について
 9)その他