やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序

 本書の初版が発行されてからすでに10年が過ぎた.この間の医学の進歩は著しく,新しい知見が得られるに従って,新しい検査法や治療法が開発され,診断・治療面においても飛躍的な発展がみられる.最近では,耳鼻咽喉科学に代わって,耳鼻咽喉科・頭頚部外科学という名称が用いられるようになっている.
 歯科大学・歯学部では,平成6年から耳鼻咽喉科学を教授要綱に組み込み,4年次以降の学生に「歯科医学の基礎知識として,歯科医療を全身からとらえ,また全身と口腔との関連から臨床医学を修得させる」ことを目的として講義を行っている.このたび,旧版を新しい「歯科医学教授要綱」に準拠した内容にするために,「歯科医のための耳鼻咽喉科学」の改訂出版を企画した.
 改訂にあたっては,執筆者として,櫻井榮,椿茂和博士のほかに,あらたに飯沼壽孝,五十嵐文雄,伊藤明和,佐藤信清,白幡雄一,進武幹,広瀬毅氏に加わっていただいた.各氏とも歯科大学・歯学部で「耳鼻咽喉科学」の講義を担当し,歯科学生・歯科医師の現状を十分に把握している方々である.
 編集会議で十分に討議したうえ,簡潔でわかりやすい教科書・参考書に,また歯科学生が将来の歯科臨床にも十分活用できるような書籍にするために,思いきった改訂を行うことになった.編集にあたっては,各自の専門領域について合議し,各項目に最も精通し,経験豊富な方々に執筆をお願いした.
 初版と異なる点は,本書全体を通じて全身と口腔との関連性に重点をおいたこと,各章のはじめに,歯科診療と関係の深い重要な点を「要点」として箇条書きしたこと,本文の理解を助けるために参考となる病変・疾患,検査法,難解な学術用語,省略語などの解説を「メモ」として入れたこと,歯科学生の視野を広くするための話題や,新しく注目を浴びつつある疾患あるいは検査法を「トピックス」として記述したこと,近年進歩の著しい再建外科を含め「頭頚部外科学」をあらたに加えたこと,歯科学生が読んでおきたいやさしい入門的参考書を紹介したことなどである.
 隣接医学としてのこの耳鼻咽喉科学書が,アンダーグラデュエートからポストグラデュエートにかけて役立つことを念願して執筆されたが,まだまだ不備な点があるかもしれない.読者の方々のご批判やご指摘で,さらによりよいものにしていきたいと考えている.
 1996年3月 毛利 学



 歯科医学は医学部門の一分野であるが,教育のあり方では歯学部と医学部の間に大きな違いがあるように思われる.医学部の学生はその在学期間中に全科目を教授され,進歩した最先端の医学情報を含めて教育されているが,医師としてはまったく未完成のままである.卒業後はじめて自己の専攻科目を選択し,医師として歩み始めるが,それぞれの専門医となるには数年あるいは十数年の年月が必要である.
 一方,歯学部では入学時すでに歯科医になることが決定されている.歯科大学在学中に専門家としてのハードな技術的訓練を受け,卒業後はただちに独立した歯科医として活躍することさえ可能である.もちろん歯科医,医師いずれも生涯教育,生涯研鑽の必要な職業である.
 歯学部で耳鼻咽喉科学の講義があるが,上に述べたような事情や条件からも,学生時代に耳鼻咽喉科の意義や役割を理解し把握するには多くの制約がある.
 耳鼻咽喉科周辺の現状をみると,形成外科や脳外科の独立があり,一方,内科学もいくつかに分科してきている.口唇・口蓋裂は,耳鼻咽喉科や整形外科などいくつかの科で手術されてきたが,だいたい形成外科に集約される傾向にある.聴神経腫瘍の診断は,耳鼻咽喉科で行われることが多いが,手術となると,脳外科に依頼したり,脳外科医の協力が必要となる一方,脳外科の一部には,手術に際し耳鼻科医の協力が必要なものもある.機能的再建手術を行う腫瘍摘出後の形成は,将来,耳鼻科で行うよりも形成外科との共同作業として取り組まれる可能性が大きい.
 耳鼻咽喉科学から他科に移行していった分野がある反面,耳鼻咽喉科領域の専門化も進み,カリキュラムの作成や専門医制度が確立されるようになった.
 しかし一方では,一般医すなわちGP(general practtoner)とか,プライマリー・ケアの重要性が力説されている現状でもある.これは細分化,専門化の方向のなかで,逆に人間を全体としてとらえる必要性が緊急なものとなっているためであろう.疾病の診断や治療を,ある科が単独で行う領域が確立してくると同時に,十分に発達した医学水準での診断や治療には,他科との連携が必要になってくる.専門医として水準の向上が要求されるが,GPとしての判断や知識の豊富さが重要な時代である.口腔を歯科の専門領域とすると,当然のように隣接医学である耳鼻咽喉科学の勉強が必要なものになる.
 歯科医学を専門とする歯科医が耳鼻咽喉科学の理解を深めようとするとき,耳鼻咽喉科専門医の勉強のあり方や,取り組み方とは異なってくる.自ら専門領域の歯科医学を勉強するのと,他科である耳鼻咽喉科学を勉強する方法は異なってよい.自己の専門領域が休みなく進歩し,かなりのエネルギーをそれに向ける必要があるとき,隣接とはいえ耳鼻咽喉科学に同等の時間や労力を割くことはむずかしい.それだけに歯科医のための耳鼻咽喉科学書が必要な時代になっているといえる.専門医として独立後も,他科領域を勉強する必要に迫られることがますます増加しているとき,アンダーグラデュエートからポストグラデュエートにかけての一貫した歯科医のための耳鼻咽喉科学書を提供することは重要である.
 以上の趣旨から,歯科大学に勤務し,また歯科学生に耳鼻咽喉科学を講義するわれわれ5人の著者で,本書の執筆を企画したわけである.
 耳鼻咽喉科学を形成してきた古典的な知識を重視すると同時に,最新の情報や発展を取り入れることにも積極性を示した.耳,鼻,咽,喉,音声,言語の各配分にも,耳鼻咽喉科専門医や,他医科領域専門家のためのものとは異なった配慮をした.
 記載の順序には,従来の医学教科書や参考書の体裁をとりながらも,その型にとらわれない方法を採用した.
 しかしこれで十分とは考えておらず,読者の方々のご批判やご指摘で,内容や著述の形式もよりよいものに改めていきたいと念願している.
 なお,本書は医歯薬出版の編集の方々のご尽力によって,はじめて刊行できるようになったと思う.深甚の謝意を表明する次第である.
 昭和59年6月 著者一同
1章 耳科学
   1.聴覚系の解剖……伊藤明和
     1)外耳
     2)中耳
     3)蝸 牛
   2.聴覚系の機能……伊藤明和
     1)外耳
     2)中耳
     3)内耳
     4)蝸牛の電気現象
     5)内耳液
     6)聴覚中枢路,聴皮質中枢
   3.聴覚系の検査……伊藤明和
     1)一般検査
     2)耳管機能検査
     3)聴力検査
   4.平衡系の解剖……椿茂和
     1)前庭器(耳石器)
     2)半規管
     3)前庭神経と中枢路
     4)血管
   5.平衡系の機能……椿茂和
     1)前庭器の機能
     2)半規管の機能
     3)前庭反射
   6.平衡機能検査……椿茂和
     1)立ち直り検査,偏倚検査
     2)自発眼振,誘発眼振検査
     3)負荷眼振検査
     4)動眼機能検査
   7.耳疾患……佐藤信清
     1)外耳疾患
     2)中耳疾患
     3)内耳疾患
2章 鼻科学
   1.鼻の解剖……飯沼 壽孝
     1)外鼻
     2)鼻腔
     3)副鼻腔
     4)鼻・副鼻腔血管
     5)鼻・副鼻腔神経
   2.鼻の機能……飯沼 壽孝
     1)呼吸機能
     2)嗅覚
     3)音声
   3.鼻の検査……飯沼 壽孝
     1)鼻・副鼻腔視診
     2)機能検査法
     3)画像診断法
   4.鼻疾患……白幡雄一
     1)鼻・副鼻腔炎
     2)鼻茸,鼻ポリープ
     3)鼻中隔疾患
     4)鼻出血
     5)鼻・副鼻腔の嚢胞性疾患,良性腫瘍
     6)鼻・副鼻腔の悪性腫瘍
     7)顎顔面骨折
3章 口腔・咽頭科学
   1.口腔・咽頭の解剖と機能……佐藤信清
     1)口腔の解剖と機能
     2)咽頭の解剖と機能
   2.口腔・咽頭の症状……佐藤信清
     1)開口障害(牙関緊急)
     2)嚥下痛・咽頭痛
     3)嚥下障害
     4)構音障害
     5)味覚障害
     6)唾液分泌機能障害
     7)口臭
     8)異常感
     9)舌苔
   3.口腔・咽頭の検査……佐藤信清
     1)視診・触診
     2)味覚検査
     3)唾液分泌機能検査
     4)咽頭の観察
     5)画像診断
   4.口腔・咽頭の疾患……毛利学
     1)口腔の疾患
     2)唾液腺の疾患
     3)扁桃の疾患
     4)咽頭の疾患
4章 喉頭科学……進武幹
   1.喉頭の解剖
     1)喉頭腔
     2)喉頭の軟骨
     3)声帯の構造
     4)喉頭の筋
     5)喉頭の神経
     6)喉頭の血管
     7)喉頭のリンパ管
   2.喉頭の機能
     1)発声
     2)呼吸
     3)防御反射
   3.喉頭の検査
     1)喉頭の視診
     2)機能検査
     3)病理組織検査
     4)画像診断
   4.喉頭の疾患
     1)先天性奇形
     2)喉頭外傷
     3)喉頭異物
     4)喉頭の炎症
     5)炎症関連疾患
     6)喉頭の腫瘍
     7)喉頭麻痺(反回神経麻痺)
5章 気管・食道科学……進武幹
   1.気管・気管支の解剖
     1)気管・気管支の構造
   2.気管・気管支の機能
     1)気道
     2)気道防御作用
   3.気管・年管支の検査
     1)内視鏡検査
     2)画像診断
   4.気管・気管支の疾患
     1)急性気管・気管支炎
     2)慢性気管・気管支炎
     3)気管腫瘍
     4)気管・気管支異物
     5)気管切開術
   5.食道の解剖と生理
     1)形態,組織,運動
     2)生理的狭窄部位
   6.食道の検査
     1)食道内視鏡検査
     2)病理組織学的検査
     3)画像診断
   7.食道の疾患
     1)食道異物
     2)腐蝕性食道炎および食道狭窄
     3)食道癌
6章 音声言語医学……櫻井 榮
   1.音声医学
     1)音声の生理
     2)音声障害の症状
     3)音声の疾患
   2.言語医学
     1)構音
     2)言語の発達
     3)言語中枢および神経中枢
     4)言語障害の症状
     5)言語の疾患
7章 頭頚科学
   1.顔面・頚部の発生……五十嵐文雄
     1)顔面の発生
     2)頚部の発生
   2.顔面・頚部の解剖……五十嵐文雄
     1)顔面の筋肉
     2)頚部の筋肉
     3)血管
     4)リンパ管およびリンパ節
     5)神経
   3.顔面・頚部の検査……五十嵐文雄
     1)視診・触診
     2)X線検査
     3)超音波検査
     4)核医学的検査
     5)病理学的検査
   4.顔面・頚部の疾患……五十嵐文雄
     1)顔面の疾患
     2)頚部の疾患
   5.顔面・頚部の形成再建……広瀬毅
     1)顔面・頚部の再建に繁用される手技
     2)歯科と関係のある顔面・頚部の疾患

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