やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 “すれ違い咬合“の由来は戦後間もない頃にさかのぼります.当時,多くの欠損補綴症例を経験して一応の自信がつき始めた青年時代.たまたま厳しい難症例に遭遇して問題解決に思い悩みましたが,その原因が“すれ違い咬合”にあると判ったのは,しばらくたった昭和27年ラジオドラマ“君の名は”が街中の話題をさらった頃のことです.悲恋物語のすれ違いをヒントに思いつきましたが,上下残存歯どうしが咬み合っていないのに,咬合という用語を使うことに多少の後ろめたさを感じて,診療中の患者さんとの話し言葉として使い始めました.その後,臨床用語として簡便で理解しやすいことから,いつしか学会口演や講演会などで使うようになり,近年では文献にもみられるようになりました.
 その間,約半世紀にもなろうとしています.その後,現在までに蓄積した“すれ違い咬合”に関する研究業績の集大成を数年前から考えてきました.幸いにして鶴見大学歯学部の創設以来,私の両腕となって活躍された大山喬史,細井紀雄の両教授に編集の中心となっていただき,同門教室員の協力を得て出版の運びになりました.
 もとより私の補綴学研究に対する考え方は,臨床に出て臨床に戻ること.すなわち臨床経験を蓄積して臨床的研究へと進め,さらに基礎的研究によって問題点を検証し,その成果を臨床に活用する,いわば臨床補綴学の推進にあります.
 すれ違い咬合は欠損補綴のうちで,もっとも難症例でありますので,部分床義歯患者の診断および設計の基本原則に立脚して,はじめて成功に導くことのできる症例といえます.したがって本書は,より良い補綴診療をめざす多くの歯科医の臨床の一助として,また臨床実習の学生諸君および研修歯科医の参考書として広く活用していただけるものと思います.
 本書の刊行を機に歯科補綴学へ導いて下さった今は亡き恩師の長尾優先生をはじめ,ご指導を賜った諸先生ならびに学兄に衷心より感謝申し上げ,序といたします.
 平成6年立春 尾花甚一

編集にあたって

 尾花甚一教授から御自身の臨床補綴学の集大成として,パーシャルデンチャーの難症例中の難症例と言われる“すれ違い咬合症例“を本にまとめてみたいというお話を伺ったのは,1990年の初秋の頃でした.長年,暖めてこられた構想が堰を切ったように私達に示されましたが,その内容の豊富さと新規性に,著書として是非まとめたいという魅力に取りつかれました.すれ違い咬合症例の補綴→パーシャルデンチャーの難症例→欠損補綴の難症例→不安定咬合症例の補綴という尾花教授の思考過程から,歯列の遊離端欠損に始まる咬合位の不安定は,機能回復の大きな障害になるとして,本のテーマを最初は“不安定咬合症例の補綴”にしたいと提案されました.不安定咬合の代表例が“すれ違い咬合“であるという解釈でした.年が明けて,1991年2月1日,第1回の編集会議が開かれ,まず不安定咬合の用語について論議が重ねられました.結局,すれ違い咬合は補綴学用語として定着しており,すれ違い咬合症例を中心に的を絞った方が,本の性格が特徴づけられるという結論に至りました.さらに,教科書の体裁ではなく,臨床に即した診査,診断,設計と診療の指針となるように,図,写真を駆使して,平易に理解し易くすることを編集方針としました.この方針に沿って,前半を理論編,後半を臨床編とし,特に抗沈下能と抗回転能に力点をおき,義歯の剛性を高めるという内容を骨子とする目次立てが固まってきました.尾花教室の門下生を中心とする執筆者を決定し,原稿依頼となりましたが,最終的には尾花教授が全原稿に目を通し,朱を入れ,推敲を重ねました.本年暮に新装なった医歯薬出版の会議室で,ゲラ刷りを見せて頂いた時に,上梓の目安が立ち,ようやく出版が現実のものとなりました.1章の「“すれ違い咬合”を考える」から14章の「すれ違い咬合に準ずる症例への対応」まで,どの章も尾花教授の独創的なお考えに基づく,斬新な学説と技術に裏打ちされた内容となっており,かならず読者の先生方の診療のお役に立つことと確信致します.
 最後に本書の編集,執筆にあたり,ご協力頂いた教室の先生方,ならびに医歯薬出版株式会社に感謝の意を表します.
 1993年クリスマス 編集委員 大山喬史 細井紀雄
序 編集にあたって

第1章 “すれ違い咬合”を考える……1
   1.部分床義歯にとって分類とは……2
   2.なぜ,すれ違い咬合は難症例か……3
    ――すれ違い咬合の問題点――
   3.すれ違い咬合の分類……6
   4.すれ違い咬合の現況……10
第2章 可撤性支台装置……15
   1.キャップクラスプ……16
   2.連続切縁レスト……23
   3.コーヌスクローネ……25
   4.コーピングテレスコープ……29
   5.OPAアタッチメント……34
第3章 金属構造義歯……37
   1.金属構造義歯とは……38
   2.義歯の構造力学……41
第4章 リモールディング……49
   1.いかにして義歯の動きをくいとめるか……50
   2.粘膜支持の有効な利用……51
   3.義歯の安定と筋圧面……52
   4.リモールディング……53
   5.リモールディングの特色と適応症……56
   6.リモールディング用レジンとは……57
第5章 診査と診断……59
   1.診査項目と診査法……60
   2.診断用義歯の活用……64
第6章 設計指針……67
   1.すれ違い咬合の力学……68
   2.設計の基本方針……77
   3.前後すれ違い咬合の設計指針……82
   4.左右すれ違い咬合の設計指針……87
   5.複合すれ違い咬合の設計指針……91
第7章 前処置……95
   1.ティッシュコンディショニング……96
   2.マウスプレパレーション……98
第8章 印象と咬合採得……103
   1.機能印象……104
   2.咬合採得……106
第9章 金属構造義歯の製作……113
   1.キャップクラスプを用いた鑞着法による金属構造義歯の製作……114
    ――パターン用レジンによる間接法――
   2.キャップクラスプと連続切縁レストを用いた金属構造義歯の製作……122
    ――コバルトクロム合金を用いたワンピースキャスト法――
   3.コーヌステレスコープを用いた金属構造義歯の製作……132
   4.コーピングテレスコープを用いた金属構造義歯の製作……140
第10章 装着……143
   1.義歯床の適合試験法……144
   2.義歯の装着……152
   3.リモールディングの実際……160
第11章 術後管理……167
   1.ホームケア……168
   2.欠損歯列用歯ブラシとその使い方……168
   3.定期診査と指導……170
第12章 咬合の生涯保持のために……177
    いかにして“すれ違い咬合”にいたるか……178
第13章 臨床例と経過……183
   1.コーヌステレスコープ,歯根アタッチメント,連続切縁レストを用いた症例……184
   2.20 年使用した連続切縁レスト……188
   3.矢状面回転阻止能を付与した連続切縁レストの症例……192
   4.レジン床義歯でうまくいった症例……194
   5.義歯の回転変位抑制に難渋している症例……196
   6.オーバーデンチャーによる対応……198
   7.顎関節症を伴うすれ違い咬合症例……201
   8.オーバーデンチャーとリモールディングで対応した症例……205
   9.ダブラクラウン型コーピングを用いた症例……208
   10.キャップクラスプを主に用いた金属構造義歯……211
   11.オーバーデンチャーによる成功例……213
   12.歯周疾患を伴った支台歯への対応……216
   13.レジン床義歯による対応……218
   14.固定性補綴装置によるクロスアーチスプリント……220
第14章 すれ違い咬合に準ずる症例への対応……223
   1.低位咬合……224
   2.頬舌的すれ違い咬合……232
   3.少数歯残存症例……238
   4.シングルデンチャー(片顎全部床義歯)……248
   5.上顎全部床義歯に対する下顎両側遊離端義歯……257
   6.顎補綴……260

参考文献……264
索引……273