やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 巷には歯周病に関する情報があふれている.そのなかで,このBASICシリーズの読者になるであろう若い歯科医師に何を伝えなければならないのか?イメージはなかなかまとまらなかった.
 幸い,「臨床歯科を語る会」という全国のスタディグループが集まる会のメンバーから中堅の三人の人材を見つけることができ,構想を話し合った.私はこの三人に,自分にはないものを求めたように思う.精緻な観察力と洞察力を備えた千葉英史君,欠損補綴に関して卓越したセンスをもっている永田省藏君,大学の歯周病教室に在籍歴のある佐々木勉君,そこに医歯薬出版の編集者も加え,それぞれに強い個性をもった集団が出した結論は,「一人でする歯周病治療」と「経過のなかでみる歯周病治療」を軸にすることであった.
 この第1巻では,歯周病治療の基本のすべてを歯科医師が一人で行うことを前提に話を進め,スタッフとのかかわりを含めた診療室のシステムのこと,診断,処置の両面でさらに深い組み立てが必要な症例への対応については,第2巻でふれることとした.
 第1巻のそれぞれの分担の書き上がりを見てみると,解剖学や病理学,細菌学といった基礎の分野には全くといってよいほどふれていないし,技術的にも深くは掘り下げていないことにあらためて気がついた.このことは,決してそれらが不必要と考えたわけでなく,われわれが半端なことを書くよりは,よくまとまった成書,文献を参考書としてあげ,それらを読んでいただくほうがよいと考えた結果である.逆に「患者さんとのかかわり論」は,初期の段階で必要な認識として,ある程度の分量を割くことになってしまった.
 その意味で,本書はいわゆる教科書ではない.従来の歯周病のテキストブックでは必ず述べられていたことがらに,全くふれていない部分も多々ある.しかし,四人とも一般開業医であり,患者さんとの長いかかわりをもちやすい立場にいることから,歯周病治療では「経過」,「推論」,「処置」,「経過」,「評価」という姿勢をもち続けてほしいという著者共通の願望を最優先とした.
 その意味もあって,症例は経過の取れているものを使用することを原則とし,処置後,評価に値する年数が経った状態をイメージできるように組み立てたつもりである.
 分担執筆をしたことと個性的集団ゆえに,同一事項に関する記述に若干のニュアンスのちがいがある.おのおのの言わんとするところを汲み取っていただきたい.
 かなり型破りな内容となったことは自認しているが,一人でも多くの若い歯科医師が,楽しみながら歯周病治療に取り組むきっかけになれば本書の目的は達成される.
 1999年8月 北川原健

BASIC 序

 6年間の歯学教育を終えていよいよ臨床と向き合ったとき,いいようのない不安を感ずるということは,いつの時代でも変わらない.歯学教育のカリキュラムや方法,期間や制度の問題を検討しても,それはこれからの課題であって,いま目前にある問題が解決されるわけではない.ともかく,現在どうすべきかを考えなければならない.これからの長い道のりを,どんな目標に向かって,どんなふうに進んでいけばよいのか?だれでもが一度は立ち止まり,考え,道標を探そうとする,ちょうどそんな所に1本の蝋燭を灯せれば,といった思いから本シリーズは誕生した.
 良くも悪しくも現代社会の潮流はますます速さを増し,それに同調して歯科医学を取り巻く情勢の流れも速い.歯科医師になれば,すぐにその流れのただなかに立たされる.情報の選択に失敗すると,そのどれもがすぐにでも自分の臨床に必要不可欠だと思い込むことになる.不安の多くは先端技術への過剰反応にある.だが当面,最先端の医学を知らなければ臨床がなりたたないわけではない.医療を支える基本は,決して流行を追うことにあるのではない.むしろ,人間と向き合う臨床医学の底流は,その大部分がしっかりと根をおろして,短期間のうちに変わることは少ない.
 次々に湧き出てくる新しい情報に比べ,すでに確立されている理論と術式は,一見陳腐に見えるかもしれない.しかしこれらは,長い臨床のなかで多くの努力と叡智のもとに育まれた結果築かれてきたものである.そうした結果は大切にしたい.そのためには,まずそれがどんな知識であり,どんな技術であるのかを選択する目が必要である.そのうえで,この変わらぬ部分の知識と技術をしっかりと自分のものにすることが,本当の自信を獲得するための基盤となる.
 読後感として,このシリーズの前半の巻は多少基本的にすぎると思うかもしれないが,もしそう感じたとすれば,それは編者の意図するところであり,それが必要な理由は上述したとおりである.大学で教わった各科の基本も頻繁に顔を出すが,そこに経験豊富な臨床家が加える臨床的基本も随所に盛り込まれているはずである.
 理論と実際は大きくかけ離れることはないが,だからといって決して同じではない.卒後3〜5年はこのギャップが悩みの種になるだろう.しかし,この3〜5年の経験は辛いがとても重要だ.こんな悩みを経験せずに飛躍することはありえない.本書はこのような経験をどのように考え,解決すべきかの入門書でもある.執筆に加わっていただいた先輩諸氏も,出発点は皆“卒直後”であり,同じ経験をしてきたはずである.経験し,思考し,実践したからこそ,ユニークな臨床手法が用いられているのだ.
 もちろん,単に経験さえ積めば,臨床のすべてが解決されるわけではない.治療の意味と手段の適応を考え,細心の注意をはらった経験だけがものをいう.
 本書にはそんな経験の積み重ねが満載されている.お役に立てることを心から願ってやまない.
 1992年11月 鈴木 尚・宮地建夫
1 オリエンテーション
  1.日常臨床での歯周病治療の占める位置
   従来型の治療システムからの脱却 北川原健……2
  2.歯周病治療の特殊性
   四つのハードル 北川原健……6
2 治療開始時の診査
  1.診査の概要
   「人」と「病態」を知る 永田省藏……12
  2.歯肉を診る
   外から診る歯周病 永田省藏……16
  3.プロービング
   プローブはドクターの目 佐々木勉……20
  4.プロービングの実際
   より有益な情報を得るために 佐々木勉……24
  5.X線診査
   多くの情報を正しく得よう 千葉英史……28
  6.X線写真を読む
   歯槽の中の神秘にふれよう 千葉英史……32
  7.動揺を診る
   動揺は結果,その原因を探ろう 千葉英史……38
  8.根分岐部を診る
   三次元的な病変の広がりを意識して 佐々木勉……42
  9.その他の診査と記録
   より正確な予後診断のために 北川原健……46
3 診断・説明・モチベーション
  1.急性炎に注意
   急がばまわれ 千葉英史……52
  2.エンド・ペリオ病変の鑑別診断
   順序立てた診査・治療の大切さを学ぼう 千葉英史……56
  3.抜歯の基準
   一つの基準で抜歯はできない 千葉英史……60
  4.診査結果と治療方針を説明する
   患者との想いの共有化のために 北川原健……64
  5.モチベーション
   歯周病治療の成否のカギ 佐々木勉……70
4 治療と再評価
  1.プラークを取る
   患者の手による原因の除去 北川原健……76
  2.歯石を取る
   根面を郭清することの意味 永田省藏……84
  3.歯牙の移動と暫間固定
   相反する二つの処置の選択 北川原健……92
  4.再評価
   「病態」と「人」に対する対応の見なおし 北川原健……96
  5.ブラインドでのルートプレーニング
   患者にやさしい処置で歯周病のコントロールを 佐々木勉……100
  6.外科処置の意味
   それによって得られるものは何か 北川原健……104
  7.フラップ手術の基本
   根面に対するより的確な処置をめざして 佐々木勉……108
5 症例から
  1.何を考え,何をして,どうなったか
   症例1 北川原健……114
  2.歯牙の欠損がなかったケース
   症例2 北川原健……132
  3.少数の歯牙欠損を伴ったケース
   症例3 永田省藏……138

参考文献・参考図書……146
使用器材一覧……150
執筆者一覧……152