やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 歯科臨床もいろいろな分野が細分化し,さらに再統合(scrap & build) が行われている.これは時代の趨勢を象徴したもので,学際的にも大きな進歩を意味するものである.すなわち,臨床科目の再統合は,従来の縦割的発想からクロスオーバーした横割的な考え方がその根底におかれている.事実,大学教育においても,学問の自主大綱化も自己評価というカリキュラムの独自性が要求され,1992年4月から発足の予定となっている.
 本書,『歯周補綴アトラス』の編集を手掛けたのは1987年(昭和62年)9月であった.その後,何回か編集会議を重ね,途中,原稿依頼,執筆者の変更を余儀なくされ,上梓が今日に至ったのは,編集者としてその責任を痛感している.しかし苦労したゆえに本書に対して,誇りと自負を表明したい.従来,歯周補綴に関する成書はアメリカを主体とした考え方,北欧,ヨーロッパを主体とした考え方などがあるが,各国においても教育方法,経済状態なども異なり,本邦においては現実に受け入れ難い点が多くみられた.わが国においても,歯周補綴と称する成書は2,3出版されているが,いずれも臨床像を主体とした解説書である.本書は,一見教科書風の記載部分もみられるが,歯周と補綴とを合わせた学問体系とは何か,今,なぜ歯周補綴が必要なのかなど,そのコンセプトやフィロソフィーが根底に盛り込まれているのを理解していただきたい.
 歯周補綴は高度に進行した歯周疾患の固定に用いる方法だと定義している学者もいるが,われわれの提唱する歯周補綴はさらに広義に解釈している.すなわち,歯周疾患に罹患した歯を臨床的に健康な歯周組織に変えた上で,補綴処置に対処する方法と考えている.それには口腔内環境の改善で,将来,補綴処置に耐えられる環境要因の再構築を目的として進めていく必要がある.炎症のある歯肉にクラウンを装着するのではなく,基本的な原因除去療法が行われて,歯周組織の回復により,咬合による咀嚼機能が十分に活動し,維持できる口腔内を構成するのが必要条件といえよう.咀嚼・咬合を考える際,全身の生体における宿主反応,局所の口腔・顎機能の調和,歯周組織の保全は予後の予測性を追跡する意味からも大切な指標となるものである.とくに,補綴処置終了後のメインテナンス治療の問題は大きくクローズアップされている.ライフスパンが非常に延長された今日,補綴修復物の予後をリコールシステムで確実に管理することは,患者の信用の上でも,また歯周補綴の予後の実態調査にもきわめて重要な課題となる.
 最近は「開かれた医療」ということで,インフォームドコンセントの概念が歯科医師のみならず患者側においても認識され,患者の「知る権利」については,医学一般の常識となりつつある.患者の意識向上と歯科医師側の対応は,単に技術的なものにとどまらず,全人的な人格の問題として,またバイオエシックスという新しい分野にまでみられるようになってきた.このような時代背景のもとに歯周病学,補綴学が別個に尖鋭的に進むのではなく,その接点を広けながら,両者の学問的体系の位置づけが問題点として提起されている.
 本書は,単に歯周治療,補綴処置の「ノウハウ」でなく,今後のこれらの諸問題に一石投じられれば幸いと思っている.
 執筆者に対しては長期間にわたり,種々ご迷惑をかけたことをお詫びし,またその間,原稿の編集・整理にご努力をいただいた医歯薬出版株式会社に心から御礼を申し上げたい.
 1992年1月 鴨井久一 横塚繁雄
1 歯周補綴……1
   1.歯周補綴の考え方……1
   2.歯周補綴の目的と方法……2
     1)歯周組織の炎症除去とその保全……2
     2)咬合機能の回復……2
2 歯周組織の形態……5
   1.補綴物と歯周組織……5
     1)歯周疾患と歯周組織……5
     2)歯周組織と補綴物との接点……7
     3)医原性疾患の防止……8
     4)歯周組織の構成……9
   2.歯 肉……12
     1)歯肉の構成要素……12
     2)歯肉の炎症性変化……16
   3.歯根膜の変化……17
   4.歯槽骨のとらえ方……18
     1)歯槽骨の成立機序……18
     2)歯槽骨の吸収機序と吸収形態……19
     3)歯槽骨の吸収と固定……19
   5.セメント質と歯周疾患……20
     1)セメント質と歯周疾患……20
     2)セメント質とアタッチメントレベルとの関連……20
   6.歯周炎の成立までの病理組織学的変化……21
   7.補綴物形態の歯周組織に及ぼす影響……23
   8.物理的(機械的)刺激による歯周疾患……25
     1)食片圧入……25
   9.歯周組織の創傷治癒……26
   10.まとめ……27
3 歯周補綴に際しての歯周組織の診査……28
   1.全身的診査……28
   2.局所的診査……29
     1)歯周組織の形態的診査……29
     2)歯肉溝滲出液の診査……39
     3)歯肉溝内細菌の診査……41
     4)歯周疾患診断のためのX線診査……45
     5)顎口腔系の生理と機能異常……49
4 咬合性外傷……62
   1.咬合性外傷の考え方……62
     1)定 義……62
     2)咬合性外傷の歴史的変遷……62
   2.外傷性咬合による歯周組織の変化……64
   3.顎機能異常と咬合……70
     1)顎口腔系の概念……70
     2)顎口腔系の機能異常と診査……73
     3)咬合修復……78
5 歯周補綴のための歯周治療……81
   1.イニシャルプレパレーションとは……81
   2.イニシャルプレパレーションの意義……81
   3.イニシャルプレパレーションの内容……81
   4.モチベーション(動機づけ)による患者教育……83
   5.モチベーションの難しさ……83
   6.モチベーションの実際……84
     1)動機づけの各段階……84
     2)臨床への応用……84
   7.プラークコントロールの意味……85
   8.プラークコントロールの方法……86
   9.スケーリング,ルートプレーニングの有効性とその限界……87
     1)スケーリング,ルートプレーニング後の根面の状態……87
     2)スケーリング,ルートプレーニングの限界……89
     3)スケーリング,ルートプレーニングの実際……90
     4)スケーラーの選択……91
   10.補綴処置のための外科治療……92
     1)Modified Widman……92
     2)Pocket elimination……93
     3)縫合法……96
6 歯周補綴における歯内療法……100
   1.歯周補綴における歯内療法の位置づけ……100
   2.歯髄病変の診査・診断……100
     1)問 診……100
     2)視 診……100
     3)触 診……101
     4)打 診……101
     5)動揺度検査……101
     6)温度診……101
     7)電気診……102
     8)化学診……102
     9)X線診査……102
     10)齲窩の電気抵抗値検査……102
     11)麻酔検査……103
     12)切削による検査……103
     13)待機的診断法……103
   3.有髄か無髄か……103
     1)歯の保存……104
     2)歯の形成……104
     3)根管の拡大・形成(根管形成)……105
     4)根管充填……107
   4.歯内-歯周病変の関連とその治療……109
     1)歯髄と歯周組織の交通路……109
     2)歯髄疾患ならびに歯内治療が歯周組織に及ぼす影響……110
     3)歯周疾患ならびに歯周治療が歯髄に及ぼす影響……111
     4)歯内-歯周疾患の臨床的分類……112
     5)鑑別診断……113
     6)治療方針……115
7 歯周補綴における矯正治療……118
   1.歯周補綴における矯正治療の位置づけ……118
   2.歯周補綴患者の一般的特徴……118
   3.矯正治療計画……118
   4.歯周補綴患者における矯正治療の特徴……119
   5.歯周組織の診査……119
   6.矯正装置の選択と歯の移動様式……119
   7.欠損歯と矯正治療……120
   8.歯根吸収……121
   9.歯の動揺……122
   10.保定と補綴処置……122
   11.歯周補綴における矯正治験例……122
   12.おわりに……132
8 根分岐部病変と歯周補綴への対応……133
   1.根分岐部病変とは……133
     1)根分岐部病変の原因別分類……133
     2)根分岐部病変の進行程度による分類……133
   2.根分岐部病変の診査……134
   3.根分岐部の解剖学的特徴……134
     1)エナメル突起……134
     2)根面溝……134
     3)根分岐部の離開……135
     4)根 幹……135
   4.根分岐部病変の処置……135
     1)プラークコントロール……136
     2)スケーリング,ルートプレーニング……136
     3)ファルカプラスティ……136
     4)トンネル形成……137
     5)歯根分割……138
     6)歯根切断……138
     7)分割抜歯……140
     8)抜 歯……143
9 プロビジョナルレストレーション……145
   1.はじめに……145
   2.プロビジョナルレストレーションの基本的要件……146
   3.少数歯のプロビジョナルレストレーション……146
     1)少数歯のプロビジョナルレストレーションの考え方……146
     2)少数歯のプロビジョナルレストレーションの実際……149
   4.多数歯のプロビジョナルレストレーション……152
     1)多数歯のプロビジョナルレストレーションの考え方……152
     2)多数歯のプロビジョナルレストレーションの実際……155
   5.義歯を含むプロビジョナルレストレーション……158
     1)義歯を含むプロビジョナルレストレーションの考え方……158
     2)義歯を含むプロビジョナルレストレーションの実際……159
10 最終補綴……162
   1.永久固定の目的……162
   2.永久固定の種類……162
     1)インレー……162
     2)3/4クラウン・4/5クラウン……162
     3)ピンレッジ……162
     4)ノン・パラレルピン……163
     5)前装鋳造冠……163
   3.歯周補綴の実際……164
     1)プロビジョナルレストレーション……164
     2)支台歯の条件……164
     3)フィニッシングラインの設定……167
     4)支台歯形成……167
     5)分岐部歯根の形成……168
     6)印象採得・模型作成……169
     7)作業模型による咬合運動……169
     8)補綴物の設計と作製……169
     9)臨床例……171
     10)まとめ……178
   4.歯周疾患に罹患した少数残存歯の補綴……180
     1)フルブリッジ……180
     2)可撤式補綴……188
11 歯周組織とインプラント……203
   1.歯周組織からみたインプラント……203
     1)歯周組織……203
     2)インプラントと周囲組織……203
     3)インプラントと上皮組織,結合組織との関係……203
     4)インプラントと骨組織との関係……204
   2.インプラントの種類と埋入方法……205
     1)インプラント体に要求される条件……205
     2)埋入部位による分類……206
     3)インプラントの埋入方法……206
   3.上部構造……208
     1)天然歯への連絡の有無……208
     2)咬合面形態……208
   4.インプラントの植立に際して歯周組織からの対応……210
     1)Osseointegrated implantsの適応と禁忌……210
     2)インプラントの成功基準……210
     3)インプラント周囲組織のメインテナンス……210
     4)インプラント患者の口腔衛生……211
     5)メインテナンス期に生じた歯肉増殖への対応……213
12 メインテナンス治療の役割……217
   1.歯周補綴でなぜメインテナンス治療が重要視されるか……217
     1)口腔内環境の再整備……217
     2)ポケットメインテナンス……218
   2.プロフェッショナル・トゥース・クリーニングとセルフ・トゥース・クリーニングによるメインテナンス……223
     1)プロフェッショナル・トゥース・クリーニング……223
     2)セルフ・トゥース・クリーニング……225
     3)プロフェッショナル・トゥース・クリーニングとセルフ・トゥース・クリーニングの研究のまとめ……225
   3.長期観察によるリコールの回数……228
     1)リコール治療の確立……228
     2)コンピュータによる管理……229
     3)メインテナンス所要時間……230
   4.歯周補綴の現状と将来における問題点……231
     1)歯周組織と補綴物との接点……231
     2)歯周治療から補綴処置へ向けて……232
     3)メインテナンス治療……232