やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文 本書のねらい
 本書は,ICHG研究会がこれまで蓄積した科学的根拠(EBM;Evidence Based Medicine)に基づいた感染予防対策に関するデータを基に歯科領域の国際標準に沿った感染予防対策の基本と手順に関してまとめたものである.
 情報には,「インフォメーション」と「インテリジェンス」がある.インフォメーションには,ガイドライン,文献,インターネット等があり,誰でも得ようと思えば得られる.一方,インテリジェンスは人を介してしか得られない具体的な情報でなかなか得にくいのが現状である.インテリジェンスは,研修会・ディスカッション・視察等から人を介してしか得られない.通常の記述文章からインテリジェンスは得にくいが,本書ではそれらができるだけ得られるように記載した.
 本書の読者対象としては,歯科医療機関・歯科医療関係学校等の感染予防対策担当者を想定している.また,教育機関においても教科書的に使用できるように編集している.
 内容は,広く欧米の文献・視察を基に記載している.感染予防対策の基本と手順は,世界共通であり,また悩みも共通である.決して外国だから,医療制度が違うから,文化が違うからといって異なるといったものではない.編集にあたっては,「なぜそうしなければならないのか」理由を記載している.文書は,短い肯定形で書かれゴールが記載されている.したがってダブルスタンダードや「今後の課題」,「望まれる」といった文章の記載はない.また,何時の時代でも変わらない基本・定義を記載している.
 ICHG(Infection Control Hospital Group)研究会は,院内感染予防対策を勉強する会として,医師,歯科医師,薬剤師,看護師,歯科衛生士,検査技師,栄養士,ハウスキーパー,建築家及びコンサルタント等,感染予防にかかわりを持つ者が自然発生的に結集したグループである.これまでに『標準予防策実践マニュアル』(南江堂),『国際標準の感染予防対策 滅菌・消毒・洗浄ハンドブック』(医歯薬出版)をはじめとする感染予防対策に関する書籍・小冊子を十数冊発行してきた.
 ICHG研究会のポリシーは,以下のとおりである.
 (1)患者のためになっていること
 (2)医療従事者が保護されていること
 (3)環境に配慮されていること
 (4)経済的であること
 ICHG研究会の会員は,職種を超えたパーソンミックスで構成され,対等な会話を通してそれぞれに専門的見解と意見を持ちよることによって,本編を完成させることができた.世の中は急速に変化している.このような中でポリシーマニュアルの見直しは常に必要であり,新しい知見が入ればいつでも検討し,受け入れる態度が必要であると考えられる.
 本書を読んでいただくことにより,感染予防対策のポイントが整理でき,合理的な対策が日常業務の中で実践されることを願っている.
 2021年9月
 ICHG研究会一同
I 患者主体の感染予防対策
 1.医療を取り巻く変化
 2.感染予防対策に必要なポリシー(方策)とは
 3.患者の顔が見える対策とは
 4.患者への情報提供とは
 MEMO
  一律の対策は,不経済
II 感染予防対策の基本
 1.感染予防対策の基本的事項
  (1)感染予防対策の基本
  (2)根拠に基づく医療EBM(Evidence Based Medicine)
  (3)データに基づく医療
  (4)院内感染の国際定義
  (5)感染のリンク(連鎖)
  (6)感染症の成立機序
  (7)内因性感染症と外因性感染症
 2.感染リスクと対策のレベル
 3.感染経路別隔離予防対策の考え方(空気感染・飛沫感染・接触感染)
 4.標準予防策の考え方
 5.隔離
 MEMO
  感染源隔離と予防隔離
  根拠に基づく医療(EBM:Evidence Based Medicine)
  原著論文のチェックポイント/「must」と「should」
  院内感染の国際定義/忘れないこと!
  内因性感染症と外因性感染症
  「乾燥していて清潔」とは
  麻しん・水痘の感染予防対策
  どうして結核は空気感染なのか
  標準予防策の目的
  標準予防策における具体的対策
III 歯科医療における滅菌・消毒・洗浄
 1.滅菌・消毒・洗浄の基本的考え方
  滅菌・消毒・洗浄の定義
 2.滅菌
  (1)滅菌する際の基本的条件
  (2)滅菌工程のモニタリング
 3.熱,温湯・熱湯による消毒
  (1)熱による消毒
  (2)温湯・熱湯による消毒
 4.消毒剤による消毒
  (1)消毒剤の選び方
  (2)消毒剤の抗微生物スペクトル
  (3)消毒剤の適用対象と特性
  (4)消毒剤の使い方
  (5)生体消毒の基本とは
  (6)環境消毒の基本とは
 5.洗浄
  (1)一次処理と最終処理
  (2)血液・体液が付着した器具・器械の洗浄方法
 MEMO
  バイオバーデン(Bioburden)とは
  ウォッシャーディスインフェクター・食器洗い乾燥機/超音波洗浄機の注意点
  2種類のアルコール
  次亜塩素酸ナトリウム製剤を第一選択剤にする理由/次亜塩素酸ナトリウム液の浸漬による消毒の考え方
  ポビドンヨード製剤の使用上の注意
  消毒の3要素
  消毒後,被消毒物に残存しない消毒剤
  医薬品,医薬部外品,雑貨の違いについて
IV 歯科医院における感染予防対策
 1.感染予防対策の組織的対応
  (1)小規模医療機関(歯科診療所等)における感染予防対策
  (2)歯科診療所での組織的体制
 2.歯科医療と感染リスク
  (1)治療内容と感染リスク
  (2)患者の口腔内状況と感染リスク
  (3)患者の全身的な状態と感染リスク
 3.歯科医療従事者の感染防御
  (1)防御具(PPE:Personal Protective Equipment)の装着
  (2)診療介助の役割分担
 4.歯科治療時の感染リスク対策
  (1)日常的な口腔衛生管理の確立
  (2)消毒剤の準備
  (3)口腔衛生管理とうがい
  (4)口腔衛生管理と誤嚥性肺炎
 5.歯科診療室のハードウェア
  (1)手洗い設備
  (2)チェアーユニット等の大型機器
  (3)チェアーユニットの水質
 MEMO
  院内感染予防対策のための指針
  感染リスクが高い患者
  ポビドンヨードガーグル
  日常生活におけるうがい
V 歯科医院における感染予防対策の実際
 1.来院から診療開始までの手順
  (1)患者への準備
  (2)診療開始時の手順
  (3)チェアーユニット等の準備
 2.医療従事者が行う感染予防対策の共通手順
  (1)手指衛生と手洗い
  (2)防御具の適切な使用
 歯科治療の流れからみる感染予防対策
 歯科用器具・器械の滅菌・消毒・洗浄の実際
 3.訪問歯科診療における感染予防対策
  (1)前処置─口腔ケア(口腔洗浄,ブラッシング指導)
  (2)観血的処置─抜歯,切開等
  (3)観血的処置に準ずる処置
  (4)非観血的処置
  (5)訪問診療終了後の感染予防対策
  (6)リネン類の処理
 4.感染性廃棄物の分別・保管・運搬・処理
  (1)感染性廃棄物の判断基準
  (2)感染性廃棄物の処理
  (3)廃棄処理時の注意
  (4)保管場所
  (5)処理
  (6)その他の注意
 MEMO
  患者のゴーグル装着
  スピットンの具体的清掃方法
  医療に供される水の種類
  手指衛生のガイドライン
  速乾性すり込み式手指消毒剤の使用条件
  速乾性すり込み式手指消毒剤の使用が想定される場面
  日常手洗いのタイミング
  衛生的手洗いのタイミング
  流水と消毒剤を使用する手洗いに用いる消毒剤
  WHOが推奨する歯科診療所での手洗いのタイミング
  洗った手は,3枚以上のペーパータオルを用いて手を十分に乾燥させる
  保湿剤の利用(ハンドローション・クリーム)
  手荒れの予防は個人の責任
  手洗い設備の検証 清掃と備品の確認
  手洗いのポイント
  防御具の使用目的
  手袋装着の目的
  手袋とパソコン
  未滅菌手袋の箱を開封した後の管理
  手袋とアレルギー
  歯科医療従事者の服装
  サージカルマスクの使用目的
  サージカルマスクのサイズ
VI 歯科医療従事者の感染予防対策
 1.歯科医療従事者の健康管理
  (1)歯科医療従事者の免疫
  (2)歯科医療従事者の健康管理と出勤停止
 2.歯科医療従事者のリスクマネジメント
  血液・体液曝露事故対策
 3.針刺し切創事故防止対策
  (1)針の取扱いの基本原則
  (2)針刺し切創事故防止対策
  (3)針刺し切創事故の多発する危険な行為
  (4)針棄て容器
  (5)針刺し切創事故後の対策
 4.医療従事者の免疫と健康管理
  (1)医療従事者の健康診断
  (2)医療従事者への教育
  (3)医療従事者の免疫データの保管
  (4)安全な就業環境の整備
  (5)ワクチン接種計画
  (6)就業制限
 5.感染症に罹患しないために
  免疫機能
 MEMO
  歯科医療従事者の就業制限/事故発生後の対応
  針刺し切創事故によって健康被害を生じる主な病原体
  針刺し切創事故防止対策のポイント/針棄て容器の配置・管理
  針棄て容器の要件/針棄て容器の管理
  針刺し切創事故と組織的対応
  体を冷やさない対策
VII 微生物学と感染症の基礎知識
 1.微生物の種類と大きさ
  (1)細菌
  (2)細菌以外の病原体
  (3)微生物の大きさ
 2.常在細菌叢の役割と温存
  (1)常在細菌叢とは
  (2)口腔内常在細菌叢
  (3)口腔の環境と細菌の存在様式
  (4)細菌叢の遷移
  (5)口腔感染症と原因菌
  (6)口腔内の日和見感染菌
  (7)ウイルスと常在細菌叢
 3.免疫と感染
  (1)生体防御機構(免疫反応)
  (2)易感染状態と免疫低下状態
 4.細菌・ウイルスの培養と細菌検査
  (1)細菌の培養
  (2)ウイルスの培養
  (3)細菌のグラム染色
  (4)細菌検査と培地(細菌の培養)
  (5)歯科医療とウイルス
  (6)うがいと口腔内消毒
 5.抗菌薬の適正使用
  (1)抗菌薬の適正使用
  (2)抗菌薬の開発と薬剤耐性菌
  (3)多剤耐性菌の影響
  (4)抗菌薬の使用量と薬剤耐性率
  (5)抗菌薬耐性菌を減少させるための戦略
  (6)抗菌薬の使用の是非
  (7)耐性菌の出現を減らすためには
 MEMO
  レジオネラはなぜ怖いのか
  グラム陽性菌とグラム陰性菌
  培地の種類/日本薬局方における主な単位(一部抜粋)/細菌検査結果がマイナスの場合
  多剤耐性菌の影響
  抗菌薬の適正使用のポイント
VIII 疾患別感染予防対策
 1.結核(症)
 2.薬剤耐性菌感染症
  (1)MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染症
  (2)VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)感染症
  (3)PRSP(ペニシリン耐性肺炎球菌)感染症
  (4)ESBL産生グラム陰性桿菌感染症
  (5)メタロβラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌感染症
  (6)VRSA(バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌)感染症
 3.血中ウイルス感染症
  (1)HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染症
  (2)HBV(B型肝炎ウイルス)感染症
  (3)HCV(C型肝炎ウイルス)感染症
 4.ウイルス感染症
  (1)水痘・帯状疱疹
  (2)麻しん
  (3)流行性耳下腺炎(ムンプス)
  (4)風しん
  (5)単純ヘルペス感染症
  (6)インフルエンザ
  (7)アデノウイルス感染症
  (8)RSウイルス感染症
  (9)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
 5.腸管感染症
  (1)ロタウイルス
  (2)病原性大腸菌
  (3)クロストリジウム・ディフィシル菌
  (4)その他のウイルス感染症
  (5)寄生虫
  (6)食中毒菌等(サルモネラ,腸炎ビブリオ等)
 6.疥癬