やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 近年,障害児者を取り巻く環境は変化し,どのような障害があってもさまざまな社会資源を利用し,支援を受けられる時代になってきました.高度な医療機器を使用しながら在宅で生活する医療的ケア児と呼ばれる子どもたちや,適切な診断や療育を受けられるようになった発達障害児者も増加しています.病院の医師,開業医師,看護師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,臨床心理士,ケースワーカー,保育士,ヘルパー,教員など,さまざまな職種が協働して障害児者を支えています.障害があってもなくても,同じように外に出て,その町で暮らすことができる世の中になることが理想です.
 そのため,歯科においても,「障害児者は専門病院で診る」,「齲蝕ができたら全身麻酔で治療する」といった方法は最終手段とし,歯科疾患を予防し,口腔機能を維持向上するために,まずは地域で診ることができる社会にしていく必要があると考えています.歯科医療を通じて本人や家族に寄り添い成長を見守る,障害児者の健康を口腔から守る,これこそがこれからの歯科医療のあるべき姿ではないでしょうか.
 本書では,いわゆる歯科治療のノウハウは記載していません.そのかわり,障害の特性についての記載やコミュニケーションの方法について,多く取り上げています.この本を参考に,障害児者と歯科医療従事者との信頼関係を築き,一歩先の歯科医療の実現に役立てていただければ幸いです.
 社会福祉法人鶴風会東京小児療育病院
 小坂美樹


 障害児者が歯科受診を希望した場合,ぜひとも地域の歯科医院が窓口になってください.本書は,そのための口腔内の診かたと口腔管理を実施するためのコツ,そして障害者歯科医療を地域で進めていくためのガイドブックです.
 患者の障害の程度によっては,歯科治療が困難であることはよくあることです.また,障害児者に対する齲蝕や歯周疾患などの歯科治療は,治療の環境にも左右されるため,難易度は極めて高くなる場合があります.ただし,障害児者への治療はできなくても,「口腔内診査をおこない,患者の特性を記録する.歯科的な相談を受け,早期受診を推進し,定期診査の必要性を説き,予防対策を進め,自院でできない治療については高次医療機関へ紹介する」など,歯科医院が行う歯科医療はたくさんあります.
 本書の目的として,歯科医院で障害児者への歯科医療を支えている歯科医師や歯科衛生士の方々が歯科治療のみに目を向けて障害児者に接するのではなく,治療,診療,医療の3つの関係のなかでさまざまな医療機関と連携を取りながら障害児者を地域で診るという意識を持つことを推進するというものがあります.すべての障害児者を受け入れて,それぞれの地域で固有の「障害児者の診かたと口腔管理」のシステム創りを目指していきましょう.
 東京都立小児総合医療センター
 小方清和
 執筆者一覧
 はじめに
1章 障害児者についての理解を深める
 1.歯科医院で行う障害者歯科医療─障害と歯科医療の関係(小方清和)
 2.障害のある人への制度と関係者(稲田 穣)
 3.障害のある人の「生活」─医療はどこに入るか(尾崎 勉)
 4.医療はなにをするのか(小沢 浩)
2章 歯科医院で障害児者への診療に備える
 1.歯科医院での障害者歯科診療の基本的な進めかた(小方清和)
 2.障害児者への診療における歯科医院での配慮(横山雄士)
 3.障害児者への歯科診療の実際(小坂美樹)
 4.障害児者の口腔ケア(小坂美樹)
3章 各疾患・症状からみた障害児者への診療と対応
 1.障害者歯科医療の進めかた・本章で扱われていない疾患の考えかた(小方清和)
 2.発達障害とは─概論─(小坂美樹)
 3.発達障害(1)自閉スペクトラム症(ASD)(小坂美樹)
 4.発達障害(2)注意欠如・多動性障害(ADHD)(稲田 穣)
 5.発達障害(3)学習障害(LD)(小坂美樹)
 6.知的能力障害(山田裕之)
 7.脳性麻痺とてんかん(小方清和)
 8.ダウン症候群(山田裕之)
 9.視覚障害(三井園子)
 10.聴覚障害(三井園子)
4章 障害児者や子どもを診るうえで知っておきたいトピック
 1.摂食機能障害(田村文誉)
 2.アレルギー(小口莉代)
 3.やせ・肥満(小口莉代)
 4.医療的ケアと重症心身障害(小方清和)
 5.児童虐待と障害者歯科診療(小方清和)
 6.歯科恐怖(島津貴咲)
 7.トランジション(小口莉代)
 8.齲蝕にしないための食事習慣と上手な糖類の取りかた(小方清和)
 9.口腔機能発達不全症(田村文誉)

 索引