やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者 序
 今日は新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態宣言明けの6月,梅雨入り前の快晴の日曜日である.パラダイムシフトとは自分で仕掛けるものではなく,向こうからやってくるものなのかと感じている.
 2018年に出版されていた『Evidence-Based Orthodontics 2nd Edition』の存在に私が気づいたのは2019年春であった.後半2/3に矯正トピックの見開きのサマリーが並んでおり,自分の矯正臨床の即戦力になりそうだと考えた.また,「1st Edition」に比べ,「2nd Edition」はブラッシュアップされており,これを多くの矯正医に知ってもらいたいと考えた.2019年の梅雨入りとともに翻訳に取りかかったが,1年の歳月を要してしまったのは訳者の浅学菲才の所為である.
 一方で,本書を世に送り出すことができるのは,多くの方々に助けていただいたからにほかならない.鶴見大学歯学部歯科矯正学講座 友成 博教授をはじめ,EBM-Tokyo,神奈川EBM,Student CASP等のEBMの勉強会,抄読会,ワークショップではメンバーにいろいろと教えてもらった.唇顎口蓋裂のセクションでは,朝日藤寿一氏(新潟市・あさひとう矯正&こども歯科クリニック)に用語を教えてもらった.心より感謝申し上げたい.
 家族である麻子,光雄,瑛美子,皓雄にも,遅々として仕事の進まない訳者を励ましてくれたことを感謝している.
 本書が多くの矯正歯科医や学生・研究者にとって有益な書となることを願ってやまない.
 高幡台の事務所から街の夜景を眺めながら
 2020年6月吉日
 訳者 島田達雄


発刊に寄せて
 EBMが世に登場したのは1991年.それから四半世紀経ち,各専門分野に広く知れ渡った.一方で言葉が独り歩きして,有意差が示された研究があれば,ただちにその治療を行うべきと誤解されがちだ.EBMはエビデンスそのものではなく,診療の質を高めるための道具の1つである.エビデンスに対して適切に批判的吟味を行い,個々の患者にどのように活かすかを追求するのがEBMなのだ.
 エビデンスも時代とともに変遷している.基礎医学研究から疫学研究,臨床試験の興隆を経て,2000年前後からシステマティックレビューと診療ガイドラインという,エビデンスの集大成の時代に入った.今やシステマティックレビューは,研究デザインの1つとしてエビデンスヒエラルキーの最上位に君臨するのではなく,エビデンスの統合と評価という本来的な意味を発揮して欠かせない存在となった.しかし,だからこそ個々の研究デザインについての理解と,それを批判的に吟味する能力が必要で,それなくして診療ガイドラインを利用することも,エビデンスを語ることもできない.
 本書は,私がEBMを学び始めた頃からの畏友である島田達雄さん(EBMワークショップでは,フラットな関係を大事にして「さん」付けで呼び合う)の翻訳によるもので,こうしたEBMの歴史と基礎をコンパクトに教えてくれる良書である.矯正歯科治療のエビデンスの具体的な読み方も示されている.
 さぁ,矯正歯科治療のエビデンスを追う旅を始めよう.
 独立行政法人地域医療機能推進機構 東京城東病院 総合診療科
 南郷栄秀


原著 序
 Evidenced based orthodontics(EBO)=エビデンスに基づいた矯正歯科治療は,個々の患者を治療するにあたり,代替治療法のメリットとリスクを正しく知るために適切な研究論文を得ることができるツールを提供してくれる.
 エビデンスに基づいた医療(EBM)という用語は,1991年に医学文献に最初に登場した.そしてすぐにマントラ(呪文)のようになってしまった.時として,EBMは無作為化比較試験に執着した視野の狭いもの,あるいは,病院経営者が扱いに困った医師をコンロールしたり,言うことを聞かせるためのものであるくらいの認識である.実際は,EBMやEBOはあらゆるタイプのエビデンスの情報に基づいた効果的な使用方法であり,具体的にはそれは医学論文だけからではなく,患者の治療におけるエビデンスに基づくものである.
 EBMはさまざまな分野に広まっており,いまや最適な医療の提供が,エビデンスに基づく看護,理学療法,作業療法,足病学(足専門の医学),そしていろいろな専門分野に至っている.わたしたちにはエビデンスに基づいた産科,婦人科,内科,外科も,そして整形外科,神経外科も必要である.もちろんエビデンスに基づいた矯正歯科治療も必要となる.個々の患者に対する治療の決断にEBOを適用するということは,研究デザインのヒエラルキーを使って,最上の場合は個々の患者に信頼性のある質の高い無作為化比較試験を直接適用する,ということから,最低の段階では,医学的論拠や少数の同じような患者の過去の治療体験を頼るというところまでが含まれる.理想的には,システマティックレビューやメタアナリシスにより使用可能な最良のエビデンスとしてまとめられる.エビデンスに基づいた医療の質が高いということは,個々の患者への臨床判断に際し,医療者がエビデンスの質のみならず不確実性も理解しているということにほかならない.
 EBOの実践に必要なものは何か? 矯正医は臨床判断に文献の結果を適用するために,臨床的な問題をどのように組み立てるかを知る必要がある.エビデンスに基づいた矯正歯科治療を実践するために,自分の疑問に関連して利用可能な最良の証拠を得るための効率的な文献検索の方法を知っておく必要があり,検索された研究方法の妥当性を評価し,臨床メッセージを抽出し,それを患者に適用し,似たような患者に直面したときのために保存しておく.
 今まで歯学部も医学部も大学院プログラムも,これらのスキルを教えてこなかった.現在ではこの状況は変化しつつあるが,研修医たちの診療に大きな影響を与える,臨床の手本となる人物のなかにEBO実践者がいることはいまだにまれである.臨床研修を修了した後に必要なスキルを習得しようとする者にとっては,状況はさらに困難である.
 本書は,主に研修生と研修を修了した矯正医の両方のニーズを取り上げている.EBMという用語がつくられてから25年以上経って登場した本書は,さまざまなランドマークを表している.矯正歯科治療のEBO関連の学習ニーズに包括的に対処し,矯正歯科治療への実践に成功した取り組みを表している.エビデンスに基づいた矯正歯科治療の実践を容易にするという目標を達成するために,本書は原著論文評価ツールの紹介に始まり,研究のデザイン,適切な研究論文の選択,そして無作為化比較試験とシステマティックレビューの説明へと至っている.文献を評価し,患者の治療にどうやって適用するかという問題をより深く掘り下げることに興味がある読者は,本格的なテキスト,『User's Guide To the Medical Literature』(Guyatt G et al. 3rd edition,McGraw-Hill Education,2015)を参考にするとよい.
 本書は,矯正歯科治療で鍵となる一般的な問題について,それぞれのエビデンスの要約を提供している.本稿執筆時点での徹底的かつ最新の情報に基づいて,エビデンスに基づいた最新の矯正歯科治療への決定的なガイドを示し,セルフライゲーティングブラケットと通常のブラケットの比較,矯正歯科治療が歯根吸収に与える影響,そして歯科矯正用アンカースクリューの成功率を含む,50編以上に及ぶ最新のエビデンスの簡単な要約も示してある.
 エビデンスはもちろん変わるだろう.ある分野では急速に変わるであろう.したがって,臨床医は本書を最新のテキストとしてだけではなく,知識更新のためのガイドとしても使用する必要がある.いずれ,エビデンスに基づいたメンタルヘルス(心の健康),エビデンスに基づいた看護,内科領域のACPジャーナルクラブにみられるような,すでに出版されているものと同様に,エビデンスに基づいた矯正歯科治療の二次情報学術雑誌の出現を願うものである.二次情報誌には,その分野に関連する多数の学術雑誌を調査して関連性と妥当性のスクリーニング基準を満たした個別の研究やシステマティックレビューが掲載される.臨床医が個別の患者にその情報を適用できるか,臨床現場で必要な鍵となる情報が構造化抄録で提示されるが,この方式は本書の第2章に示してある.やがてこの手法を活用したエビデンスに基づいた矯正歯科治療を実践するグループが誕生することが望ましい.
 未来がエビデンスに基づいた診療の効率の向上に向かって進むならば,本書は,最新の矯正歯科治療に欠かせない臨床上の問題解決法提供の嚆矢となるであろう.
 Dr.Gordon Guyatt
 訳者 序
 発刊に寄せて
 List of Contributors
 原著 序
1 エビデンスに基づいた矯正歯科治療―展開と臨床での応用
 (Katherine W.L. Vig)
2 臨床研究デザイン
 (Robert J.Weyant)
3 臨床研究のネット検索
 (Anne Littlewood)
4 無作為化比較試験とシステマティックレビューの意味を理解する
 (Kevin O'Brien)
5 エビデンスを理解し改善する
 (Padhraig Fleming,Greg J.Huang,and Nikolaos Pandis)
6 顔貌に影響を与える因子
 (Stephen Richmond,Caryl Wilson-Nagrani,Alexei Zhurov,Damian Farnell,Jennifer Galloway,Azrul Safuan Mohd Ali,Pertti Pirttiniemi,and Visnja Katic)

 厳選されたシステマティックレビューのサマリー
  サマリー目次
  サマリー序文
  サマリー
  追加文献

 歯科矯正学のシステマティックレビュー

 索引