やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯学教育における「小児歯科」は,歯科医学の進展により新しい知見が増え,対応すべき領域の広がりにより,学ぶべき知識や医療技術も増えています.しかし,歯科大学での授業時間は限られ,また,臨床実習で直接小児患者やその保護者に接する機会も限られているのが現状です.「かかりつけ歯科医」として地域の歯科医療を支える開業歯科医にとって,小児歯科は“やや経験不足”になりがちな分野でもあり,実際の小児患者やその保護者と向き合ったとき,どう対応したらよいか,どう治療を進めていったらよいかと迷われることも多いのではないでしょうか.
 本書の前版である『かかりつけ歯科医のための小児歯科マニュアル』は,「かかりつけ歯科」という用語が保険収載される際に企画され,緒方克也先生・進士久明先生の編著のもとに2000年に第1版が出版され,2007年には第2版と版を重ねました.かかりつけ歯科医として小児の歯科診療を行っている一般開業歯科医師の大きな力になってきたと聞いております.
 しかし,最近の目まぐるしく変化する社会状況のなかで,子どもを取り巻く環境も大きく変化し,子どもへの対応ばかりでなく,育児不安を抱えた保護者への対応に苦慮することも少なくなりました.そして,歯科医療においても,2016年の齲蝕や歯周病の重症化予防を目指した「かかりつけ歯科医療機能強化型歯科診療所」や,2018年の口腔機能の管理も歯科医師の役割とする「口腔機能発達不全症」「口腔機能低下症」の保険収載など,その考え方や内容が徐々に変化してきています.このような現状を踏まえて,さらに新しい小児歯科医療に対する考え方や治療方法などをお伝えしたく,新たなメンバーを加えて本書の作成に当たりました.
 この本が,かかりつけ歯科医の皆様の日常臨床の一助となり,多くの子どもたちの口腔と全身の健康に寄与することを切に願います.
 2019年9月
 編者代表 井上美津子
 はじめに
 この本の目的と使い方
 かかりつけ歯科医における小児歯科医療
 Introduction(井上美津子)
基礎編
 I 診療をはじめる前に
  01 子どもを知る手がかり(井上美津子)
    子どもの成長・発達を知ろう /子どもの口腔機能の発達
  02 疾患の背景を知る手がかり(落合 聡)
    疾患の原因およびその背景 /生活環境に注目する /基礎疾患や障害が背景にある齲蝕・歯周疾患 /口腔内固有の問題
    Note 疾患の背景を知るために大事なこと /保護者の安全管理に対する意識(外傷の受傷のしやすさ)
 II 診療の流れ
  01 子どもの初診の進め方(落合 聡)
    初診で来院したときの子どもの状態 /子どもとの最初の接し方〜基本は声をかけること! /診察を始めるときに注意すること /年齢別の対応方法 /診断と治療の説明 /初診は健康推進の第一歩
    Hint 抑制治療についての考え方 /発達障害が疑われる場合
    Note 治療費についての説明
  02 子どもへの口腔保健指導(井上美津子)
    かかりつけ歯科医の役割 /子どもの1日の生活リズムと口腔内環境を評価する /子どもへの口腔保健指導
    Hint 「齲蝕」「歯肉炎」は生活習慣から
  03 子どもへの歯磨き指導(井上美津子)
    歯磨き習慣形成のステップ /歯磨きを嫌がる子どもへの対応 /歯ブラシの選び方 /デンタルフロスの使用 /歯磨剤の使用と選び方
    Note 第一大臼歯,第二大臼歯の歯磨き指導 /歯磨剤の選び方と保護者への注意
  04 齲蝕の予防(井上美津子)
    歯科医院で行われる齲蝕予防 /家庭で行う齲蝕予防
    Note 高濃度フッ化物配合歯磨剤の応用
  05 歯周疾患の予防(落合 聡)
    歯科医院での歯周疾患の予防法 /家庭での歯周疾患の予防法
    Hint 良好な食生活習慣を身につけるには /歯磨きはいつでもかまわない?
  06 乳歯列から永久歯列への交換(進士久明)
    歯の交換の問題 /永久歯の萌出異常 /歯列不正の兆候
    Note 大まかな歯の交換(萌出)時期 /永久歯の萌出遅延が見られる全身疾患 /モイヤースの混合歯列分析法 /小野の回帰方程式
    Hint 交換期乳歯の抜歯基準
  07 歯列・咬合異常を“診る”ための基本(石谷徳人)
    “適切な対応”が意味するもの /歯列・咬合異常のスクリーニング /歯列・咬合異常の経過観察 /歯列・咬合異常における早期治療 /早期治療の問題点 /早期治療で求められること /各専門医との医療連携
    Hint 「経過観察」についての説明 /早期治療は簡単ではない /早期治療によるトラブル /患者資料の重要性
    Note 学校歯科における歯列・咬合判定 /ブラックボックス化する早期治療
  08 歯の形態や色調の異常(進士久明)
    歯の形態異常 /歯の色調異常
    Note 歯髄充血と歯髄壊死
  09 不協力な子どもへの対応(井上美津子)
    子どもが歯科で不協力になるわけ /子どもの年齢・発達状況と成育環境との関係 /不協力児の行動管理法 /不協力な子どもへの対応
    Note 母子分離
  10 障害児・有病児への対応(柳田憲一)
    障害児・有病児への対応の基本 /障害児への対応のポイント /有病児への対応
    Hint パルスオキシメータ /脳性麻痺児の診療体位・姿勢
    Note 薬物を使った行動調整法の種類 /揃えておきたい機器 /心内膜炎のガイドライン
  11 発達障害児への対応(石倉行男)
    発達障害児の特徴 /発達障害児への対応 /発達障害に気づいたら /“多様性”をキーワードにかかわる /発達障害の子どもに寄り添うためのヒント
    Note 神経発達症 /発達障害児の状況 /発達障害と精神疾患 /ラター博士小児生活行動評価表
    Hint 障害児・者の意思決定 /フラッシュバック /不安はなくさない
  12 専門医への紹介(落合 聡)
    専門医への紹介も実力のうち /紹介したほうがよい症例 /紹介状の書き方
  13 診療記録の残し方(落合 聡)
    診療録(カルテ) /顔面および口腔内写真 /スタディモデル /X線写真
  14 かかりつけ歯科医の口腔管理(井上美津子)
    歯科医療と口腔管理の考え方 /かかりつけ歯科医が行う口腔管理の実際
    Note 小児患者の口腔機能管理と口腔機能発達不全症 /管理記録
  15 小児歯科の安全管理(落合 聡)
    治療以外の場面で生じる偶発症とその対応 /治療中に生じる可能性のある局所的偶発症とその対応 /治療中に生じる可能性のある全身的偶発症とその対応
    Note 咬傷の予防のために /救命処置の方法を学ぶには
実践編
  01 健全な歯への齲蝕予防(進士久明)
    シーラント(窩溝填塞) /フッ化物局所応用法 /患者さんからの質問に対する回答の例
    Note シーラントの適応症 /充填材料の種類 /リン酸酸性フッ化ナトリウムゲルの味つけ /フッ化物の毒性・有害性について
    Hint シーラントのポイント
  02 齲蝕に対する処置(本間宏美・櫻井敦朗・新谷誠康)
   1.齲蝕の診断
    齲蝕の範囲の診断 /治療方針の決定に考慮する因子
   2.乳歯齲蝕/軽度の齲蝕(〜C2)
    1)齲蝕部位にかかわらず行う一般的な対応
    2)平滑面の齲蝕(唇側,舌側)
    3)隣接面の齲蝕
    4)小窩裂溝部の齲蝕
   3.乳歯齲蝕/重度の齲蝕(C3〜)
    1)大きな齲蝕があるときの対応
    2)症状別の対応
   4.永久歯齲蝕/軽度の齲蝕
    1)平滑面の齲蝕(頬側,舌側)
    2)隣接面の齲蝕
    3)小窩裂溝部の齲蝕
   5.永久歯齲蝕/重度の齲蝕
    1)大きな齲蝕があるときの対応
    2)症状別の対応
   6.多数重症齲蝕の小児に対する対応
    Note 齲蝕リスク検査 /齲蝕リスクに影響する因子 /国内で適応可能なおもなフッ化物利用法と留意点 /ホルモクレゾールの使用 /齲蝕以外に生じる咬合時痛の原因 /小児の歯科治療に用いられる薬剤 /小児歯科専門医との連携 /幼若永久歯のインレー,鋳造被覆冠 /痛みの種類と症状 /部分的生活歯髄切断と歯頸部生活歯髄切断 /アペキソゲネーシスとアペキシフィケーション /歯根膜炎 /年齢ごとの齲蝕の好発部位
  03 歯周疾患に対する処置(落合 聡)
   1.小児の歯肉炎
    萌出性歯肉炎 /不潔性歯肉炎 /口呼吸性肥厚性歯肉炎 /急性の熱性疾患による潰瘍性歯肉炎 /思春期性歯肉炎 /その他の歯肉炎
   2.小児の歯周炎
    侵襲性歯周炎
    Note イオン飲料やスポーツ飲料は上手に摂りましょう /侵襲性歯周炎の診断のポイント
  04 口腔軟組織疾患の診断と処置(落合 聡)
    口内炎 /粘液嚢胞 /舌小帯付着異常 /上唇小帯付着異常
    Note 口内炎へのレーザー治療 /ウィルス性口内炎の場合の食事指導 /ブランディン-ヌーン腺嚢胞・ガマ腫 /Blanch Testとは
    Hint口内炎と鑑別診断が必要なもの
  05 外傷への対応法(宮新美智世)
    外傷患者さんが来院されたときの対応 /歯が外傷を受けた場合の損傷の実態 /外傷患者さんの診査 /口腔外傷に対する初期治療のポイント /動揺した歯の治療 /脱落した歯に対する処置 /歯冠の破折に対する治療 /歯根の破折 /外傷後に観察される特徴的所見について
    Hint外傷患者さんが来院されたときに特に伝えたいこと /乳歯の陥入への対応 /患児および保護者に与える注意事項
    Note 乳歯の受けた外傷が後継永久歯に与える影響
  06 顎関節の異常(旭爪伸二)
    顎関節の雑音 /下顎の異常運動 /顎関節の疼痛 /顎関節の脱臼 /患者さんからの質問に対する回答の例
    Note TCHに注意!
  07 歯の萌出異常への対応(藤岡万里)
    発育不全(遅延) /埋伏過剰歯 /第一大臼歯の異所萌出
    Hint X線写真と口腔内写真の撮影について /X線写真撮影の必要性 /異所萌出の好発部位
    Note 異所萌出
  08 歯列・咬合異常における早期治療の実際(石谷徳人)
    かかりつけ歯科医に求められる治療とは /乳歯列期における対応 /混合歯列期における対応 /永久歯列期における対応 /かかりつけ歯科医にとって注意すべき症例とは
    Note オーダーメイド医療としての治療装置 /かかりつけ歯科医も専門医と同じ治療結果を求められる! /側方拡大の限界 /上顎前突の早期治療への否定的見解
    Hint 手根骨のX線写真による骨成熟度の評価 /抜歯治療について
  09 習癖への対応(旭爪伸二)
    指しゃぶりの魅力 /舌癖・舌の突出癖 /咬唇癖 /口唇閉鎖不全(お口ポカン)
    Hint 指しゃぶりへの対応
    Note 子どもの様子をチェックしましょう /子どもの「アレルギーマーチ」とは
  10 歯科でみられる先天異常・遺伝性疾患(落合 聡)
    唇顎口蓋裂 /外胚葉異形成症 /低フォスファターゼ症
    Note Hotz型人工口蓋床
  11 口腔機能発達の問題への対応(井上美津子)
    「食べる機能」の発達の問題と対応 /「話す機能・呼吸機能」の発達の問題と対応
    Note 子どもの発育からみた離乳開始の目安 /「口腔機能発達不全症」とは? /小児口腔機能管理加算
  Column 虐待・マルトリートメントへの対応

 処置のポイント
  1 ラバーダム防湿の実際
  2 コンポジットレジンジャケット冠(CRJK)による修復
  3 乳歯冠による修復
  4 幼若永久歯に対する暫間的間接覆髄(IPC)法
  5 乳歯に対する生活歯髄切断法(生切)
  6 幼若永久歯に対する生活歯髄切断法
  7 乳歯に対する抜髄法
  8 幼若永久歯に対する抜髄法
  9 乳歯に対する感染根管治療
  10 幼若永久歯に対する感染根管治療
  11 乳歯の分割抜歯

 索引
 執筆者一覧