やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば
 急速な医学の進歩により,各診療分野はそれぞれ高度に細分化されてきました.その結果,医師同士であっても診療科が異なると診療情報の内容が正確に伝わらないことが散見されます.このことは,医師─歯科医師間であればなおさらでしょう.医師は歯科医師に診療情報をどのように提供すればよいかを熟知しておらず,歯科医師は医師からの診療情報提供書の理解に困ることもあるでしょう.患者の高齢化により,一人の患者が複数の疾患を抱え,多くの薬剤を内服しているポリファーマシーの状況も理解をより困難にしていると思われます.
 近年重要視されている医療安全の観点からも,質の高い診療情報提供書の必要性は高まっていますが,診療情報提供書の書き方を教える書籍は少なく,ましてや医師─歯科医師間における診療情報提供書の指南書という書籍を今まで私は見たことがありません.その理由の一つは,おそらく医師側と歯科医師側の両者を理解できる人が少ないからでしょう.その意味では,歯科医師であり総合診療科の医師である栗橋健夫氏が,両者の立場に立った視点から,このようなきめの細かい指南書を執筆されたことは,時宜を得た仕事と思われます.この書籍が多くの歯科医師に利用され,医師─歯科医師間における患者の医療情報に対する理解が深まることを祈念して止みません.
 東京医科大学 総合診療医学分野
 平山 陽示


発刊によせて
 歯科疾患実態調査(2016年)によれば,80歳以上で自分の歯を20本以上維持できている者の割合は,「健康日本21」で掲げた中間目標の20%をはるかに超え,実に,約45%の国民が該当するとのことです.また,若年層(特に10代)のう蝕を持つものの割合は20年前に比べて約1/3まで激減しています.一方で,心疾患・糖尿病・脂肪肝・大腸がん等とのかかわりが指摘されている歯周病は増加傾向にあり,口腔機能低下症などQOLへの影響が社会問題となっています.今後,歯科医師はこうした疾病構造の変化を理解し,多職種連携で高齢化社会の医療の一翼を担わなければなりません.
 本書の著者である栗橋教授は,当クリニック総合内科の常勤医師として診療に当たっておられますが,一方で,今でもリーマーやタービンを使って歯科治療を実践されている歯科臨床医でもあり,歯科医師目線で内科学を解説されているのが,本書の特徴です.われわれ歯科医師にしてみると,学生時代に暗記したものの最近では自身の健康診断などで気にする程度でしかない臨床検査データも,その意味するところを親しみやすい語り口調で解説されているので,飽きることなく読み進めることができます.歯学部学生はもちろん,ベテランの臨床家にとっても医科歯科連携を実践していくうえで必携の一冊となることは間違いありません.本書が歯科臨床の現場で十分に活用されることを心より願い,ここにご推薦申し上げます.
 神奈川歯科大学附属横浜研修センター・横浜クリニック 院長
 神奈川歯科大学大学院歯学研究科高度先進口腔医学講座 補綴学領域教授
 井野 智


はじめに Wake Up Dentist! 歯科医師は,プライマリ・ケア医たれ!
 筆者が医学部卒業後,医師として初めて他科からいただいた診療情報提供書は,歯科医師からの照会状でした.照会状を持参してきた糖尿病と高血圧で治療中の患者さんについて,「抜歯をするにあたり,可否と注意点をお知らせください」ということだけが書かれた,たった2行の照会状でした.自分はたまたま歯科医師でもありますから,その場で患者さんに抜歯の部位や抜歯が必要になった経緯を尋ねて,担当医の希望に沿った返信を作成したことを覚えています.
 実際,一般の医師で歯を抜くところを見たことのある人は皆無に近いのが現実です.したがって,医科の現場では抜歯やインプラント治療,歯周外科処置でどの程度出血するのか想像もつかないのが現実です.そのような状況で歯科から送られてくる,目的の明確でない漠然とした内容の照会状や診療情報提供書にどうやって返書をするか悩ましく思っている医師が多いのです.
 では,何故そんなことが起きてしまうのでしょうか.大まかにいうと,
 (1)高血圧,糖尿病,脂質異常症などの全身疾患の治療のため内服薬を4〜6剤以上飲んでいる人が多く,現状が複雑(ポリファーマシーの問題)
 (2)3〜5年ぐらいのスパンで内科領域の疾患概念や治療法が激変することも多くなり,次々と内服薬が変更されるケースも多い
 (3)一般医師に歯科治療の知識がほとんどない
 の3点に尽きると思います.
 つまり,実は医学という体系が歯科医学に比べて未完成で,疾患概念や標準治療が3年から5年ごとに変化しているので,歯科医師が過去に得た医学の知識がすでに古いものとなり現状に合わなくなってきているため,医師と歯科医師のやりとりに齟齬が生じていると考えられるのです.
 そこで,本書籍ではいくつかの診療情報提供書と返書の実例を示して,さらに代表的な内科疾患の標準治療の概要をわかりやすく解説し,「結局歯科医師は何を知っていればいいのか」一刀両断にまとめています.筆者が,歯科医師としての立場で内科主治医へ照会状を書き,同じ患者さんの返書を内科医としての立場で書き,さらに救急時の対処法や紹介法まで実例をもとに解説しました.
 筆者の記憶では,歯科医院での初診時の問診票や,もらった紹介状の読み方を解説している書籍は皆無です.そして,この本では返書を通して,読み方を解説し,気が付けば標準内科治療の肝キモを会得できることがねらいです.
 歯科医師を理解している内科医として思うことは,「歯科医師こそが,プライマリ・ケア医を担うべき!Wake UP Dentist!」ということです.「ヒッカムの格言」という臨床診断の原則があります(Hickam's dictum:50歳以上では1つの疾患だけにかかっているとは限らないと肝に銘じること.本書75ページ参照).
 とある歯科医師から,下顎の痛みを主訴に受診した78歳の男性について該当歯が見当たらないということで内科疾患を疑い,筆者のクリニックに紹介していただきました.その患者について問診などを進めると,痛みにピークはなく持続しているとのことで,心電図をとると急性心筋梗塞でした.すぐに救急車でCCU(循環器疾患に対するICU)のある病院へ搬送し,前下行枝から回旋枝にも梗塞が拡大する寸前にカテーテルインターベンションで救命することができました.「ヒッカムの格言」がいうように,高齢の患者では一つの症状(この場合は歯痛)の裏に複数の原因が隠れているかもしれないことを疑い,適切な対応に至ったものといえます.ちなみに,患者を紹介してきた歯科医師は,筆者のセミナーの受講者でした※.
 超高齢化に伴い,総合内科医は不足しています.患者さんに薬を処方するのは最短でも30日,長ければ90日の処方となり,この場合,年に4回しか患者さんは医師に会いません.一方で,歯科において一口腔単位で治療を開始すると,毎週患者さんと会っていたとしても,全ての治療が終了するのに3年程度かかることもあります.つまり,歯科医師こそが,未治療の高血圧や糖尿病などの疾患を見つける,プライマリ・ケア医としての役割を果たすチャンスが多いのです.しかし,何よりも疾患自体を知らなければ,疑うことすらできなという厳しい現実もあります.「知識は良心」という歯科大時代の恩師の言葉を噛みしめる毎日です.
 本書は筆者にとって初めての試みですので,至らない点も多々あることと存じます.皆様からの積極的なご批判やご意見をいただければ幸いです.
 神奈川歯科大学附属横浜クリニック 内科診療科長 特任教授
 東京医科大学病院 総合診療科
 医師・歯科医師 歯学博士 栗橋 健夫

 ※神奈川歯科大学附属横浜クリニック:「歯科医師のための内科学」セミナー
 http://www.hama.kdu.ac.jp/medical_relation/seminar/open_seminar/internal_schedule.html
 推薦のことば(平山陽示)
 発刊によせて(井野 智)
 はじめに
1章 問診票と診療情報提供書(照会状・照会状)の意義と目的
2章 知っておきたい医科疾患の疾患概念と標準治療
 1.高血圧症
 2.循環器疾患
 3.内分泌・代謝疾患(糖尿病・甲状腺疾患)
 4.神経疾患
 5.呼吸器疾患
 6.腎泌尿器疾患
 7.消化器疾患
 8.血液疾患
 9.感染症
 10.周産期と婦人科疾患
 11.膠原病
 12.精神疾患
3章 かしこい照会状の書き方・診療情報提供書の読み方
4章 歯科医院での救急対応の実際と診療情報提供書
5章 検査データの読み方と用語・略語解説,抗菌薬の略語

 文献一覧
 コラム:歯科医師こそがプライマリ・ケア医!!〜オッカムか,ヒッカムか?〜