やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 2012年4月の診療報酬改定において「周術期口腔機能管理」が歯科診療報酬に新設された.その後の改定時にほとんどの点数が増点されたことや,適用範囲の拡大,医科手術点数への加算なども行われたことは,この新しい形の歯科医療に対する国民の期待の表れであると考えられる.しかし,周術期口腔機能管理は,多くの歯科医師にとって戸惑いをもって受け止められた感は否めず,その方法,適応範囲,有効性などについてはいまだに明らかにされているとは言い難い.
 周術期口腔機能管理は,がん手術,心臓手術,臓器移植手術,放射線治療,化学療法,緩和ケアなどの際に歯科が介入することにより,治療に伴う有害事象の予防,原疾患に対する治療の完遂,患者のQOL向上などを主な目的とするものである.周術期口腔機能管理=周術期の口腔ケアと考え,プラークや歯石を減少させさえすれば有害事象が予防できるという認識をもつ医療関係者もいるように感じている.ブラッシングやスケーリングで歯面あるいは歯周ポケット内のプラークを除去することにより,う蝕と歯周疾患という歯科の2大疾患の予防が可能となり,小児のう蝕の激減,高齢者の残存歯数の増加など,輝かしい成果を上げてきた.それでは同じようにプラークや歯石を除去することが,がん治療時の有害事象の予防につながるのだろうか? もしそれが事実なら完全にプラークがゼロでかつ歯周ポケットがゼロの無歯顎者では有害事象の発症頻度は少ないのだろうか?
 周術期口腔機能管理が開始されて6年が経過した今,もう一度振り返って,どのような疾患の治療時にどのような口腔管理を行えばいいのか(=口腔管理方法の標準化),実際に口腔管理により当初の目的は達成できているのか(有効性に関するエビデンスの検証)の2点について考えてみようというのが,本書を企画した目的である.
 CHAPTER-1では,長年口腔がんの治療に従事しており,かつ近年ではその知識を生かして周術期口腔機能管理に関する臨床研究をリードしている梅田正博先生に,周術期口腔機能管理の定義や目的などについて解説をしていただいた.
 CHAPTER-2では,医学部歯学部併設の大学附属病院,医学部附属病院,がん拠点病院,一般病院で周術期口腔機能管理に関わっている先生方に,各病院の特徴に基づいてどのようなシステムを構築して周術期口腔機能管理を実施しているのかを具体的に紹介していただいた.
 CHAPTER-3では,これから周術期口腔機能管理を開始しようとしている医療関係者を念頭において,現在周術期口腔機能管理に従事している先生方に周術期口腔機能管理の一般的な方法について紹介していただいた.
 CHAPTER-4は本書の中心をなす部分である.私ども長崎大学病院周術期口腔管理センターで周術期口腔機能管理を実施している歯科医師や歯科衛生士が実臨床で疑問に思ったこと,カンファレンスや勉強会で疑問として出されたことをClinical Questionとしてあげた.そして,それぞれの疑問点に関して研究を行い,その成果について学会発表や論文発表を行っている歯科医師や歯科衛生士に,Clinical Questionに対する解説を依頼した.
 本書が周術期口腔機能管理を実際に行っている医療関係者の方々の疑問に少しでも答えることができ,お役に立てれば幸いである.
 最後に,本書の編集に多大なるご尽力をいただきました医歯薬出版の皆様に深謝申し上げます.
 2018年10月吉日
 編集委員 長崎大学病院周術期口腔管理センター 五月女さき子
 はじめに
CHAPTER-1 周術期口腔機能管理とは
 1 周術期口腔機能管理とは
  (1)周術期口腔機能管理の目的
  (2)どのような合併症が起こるのか
  (3)口腔ケアと口腔管理の違い
CHAPTER-2 周術期口腔機能管理のシステム
 1 周術期口腔管理センターを設置した例
  1 包括的依頼による全例介入 2 周術期口腔管理センターの診療態勢 3 システム導入による効果
   成功のKEY 医科からの依頼文書を不要としたことによる省力化と電子カルテの活用
 2 歯科口腔外科で実施している例
  1 当院での周術期口腔機能管理システム 2 システム導入による効果
   成功のKEY 科学的根拠に基づいたプロトコルの作成と診断.緊密な医科歯科連携の確立
 3 非常勤歯科医師で実施している例
  1 当院での周術期口腔機能管理システム 2 当院での周術期口腔機能管理実施件数
   成功のKEY 常勤の歯科衛生士を軸とした院内の連携と地域歯科医師会との緊密な連携
 4 歯科のない病院で実施している例
  1 当院での周術期口腔機能管理 2 南歯科医師会との連携 3 他の地域の取り組みの紹介
   成功のKEY 連携の中心となる歯科医院の存在と,歯科が気軽に往診できる環境
CHAPTER-3 周術期口腔機能管理の実際
 1 がん手術
  1 がん手術時の周術期口腔機能管理の目的 2 がん手術時の口腔管理の実際 3 がん手術時の周術期口腔機能管理の事例
 2 心臓手術
  1 代表的な心臓疾患と手術時の周術期口腔機能管理の実際 2 かかりつけ歯科との情報共有(IE予防手帳)
 3 臓器移植手術
  1 臓器移植の現状 2 歯科治療上とくに留意すべき臓器移植手術
 4 放射線治療
  1 頭頸部への放射線治療による有害事象と予防のための周術期口腔機能管理
  2 NCCNガイドラインに記載されている口腔管理方法
  3 MASCC/ISOOガイドラインに記載されている口腔粘膜炎対策 4 当院で行っている有害事象予防バンドル
 5 化学療法
  1 化学療法における周術期口腔機能管理の目的
  2 化学療法前の周術期口腔機能管理―感染源の除去をどの程度行っておくべきか
  3 化学療法開始後の周術期口腔機能管理
 6 挿管患者
  1 挿管患者における周術期口腔機能管理の必要性 2 VAP予防法の実際
 7 骨吸収抑制薬投与患者
  1 骨吸収抑制薬による顎骨壊死 2 骨吸収抑制薬投与時の口腔管理の留意点
 8 緩和ケア
  1 近年のがん治療と緩和ケアの考え方 2 緩和ケアと口腔ケア(がん治療期から終末期における口腔ケアのエビデンス)
  3 緩和ケアを取り巻く日本の社会情勢 4 緩和ケアにおける歯科の役割 5 終末期患者のADL
  6 終末期患者への歯科介入について
 9 口腔ケアと検査値の読み方
  1 歯科衛生士がスケーリング,SRP,プロービングを行う場合に把握すべき点
CHAPTER-4 周術期口腔機能管理に関するClinical Question
 Q1 周術期口腔機能管理により術後肺炎を防げますか?
 Q2 周術期口腔機能管理により手術部位感染(SSI)を防げますか?
 Q3 周術期口腔機能管理により放射線性口腔粘膜炎を防げますか?
 Q4 がん手術時の口腔ケアの適切な方法は?
 Q5 口内炎にステロイド軟膏を塗布すると口腔カンジダ症を発症するのでしょうか?
 Q6 放射線性う蝕の予防法は?
 Q7 放射線性顎骨壊死(ORN)を防ぐためにはどうすればよいでしょうか?
 Q8 血液がん化学療法時の重症口内炎にはどのように対処したらよいでしょうか?
 Q9 血液がん化学療法時の抜歯や歯科治療はいつ,どこまでするのでしょうか?
 Q10 分子標的薬による口腔有害事象にはどのような対策をとればよいでしょうか?
 Q11 感染性心内膜炎(IE)を予防するためにはどのような対応が必要でしょうか?
 Q12 抗血栓療法患者の抜歯時に注意すべきことは?
 Q13 肝移植前患者の抜歯時に注意すべきことは?
 Q14 挿管患者の口腔ケア時に咽頭洗浄は必要?禁忌?
 Q15 骨吸収抑制薬投与患者の顎骨壊死(MRONJ)予防のためにはどのような口腔管理をすればよいでしょうか?
 Q16 骨吸収抑制薬投与患者の抜歯時に休薬は必要でしょうか?
 Q17 顎骨壊死を生じたらどのように対応すればよいでしょうか?
 Q18 終末期患者の口腔管理の実際と課題とは?
 Q19 口腔内に痛みがある患者の口腔ケアにおける注意点
  −1 ブラッシングの工夫を教えてください
  −2 付着物除去の工夫を教えてください
  −3 舌清掃や含嗽剤の選択はどのようにしたらよいでしょうか?
  −4 骨髄抑制があり出血を伴う場合はどのようにしたらよいでしょうか?

 おわりに
 索引