やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 ドイツの哲学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェは「事実というものは存在しない.存在するのは解釈だけである」という言葉を残している.かつて筆者は,臨床歯科医学が自然科学を基盤とする科学であるならば,再現性があるはずだと考えていた.そして,歯科医師の間で処置方針が異なることに違和感を感じていたことがあった.しかし,その違和感は誤りであったことにすぐに気づいた.臨床歯科医学は科学の実験ではない.1 世紀以上前のアメリカの内科医ウィリアム・オスカーは「臨床医学とは,不確実性のサイエンスであり,確率のアートである」と述べている.究極的にはどのようにすれば良いのか確実にわからないときに,決断を下さなければならない宿命を負っているのが臨床医である.臨床医が患者に適応する医療行為を選択するにあたり,自由裁量権が任されている範囲は広範囲にわたる.臨床医が患者にとって最善の医療を提供するためには,サイエンスとアートのバランスを保った選択が重要であることは言うまでもない.つまり,最善の歯科医療を提供するためには,それぞれの治療におけるサイエンスに基づいた論理(logic)の構築を行ったのち,最大の患者利益をもたらすための医療行為を選択する必要がある.したがって,論理(logic)の伴わない医療は治療とは言えない.また,それぞれの患者にとって最適な治療が選択されなければ,それもまた医療とは言えないであろう.これらを一言で表したのがEBM(Evidence Based Medicine)なのである.EBMとは「現時点において入手可能で最良の科学的根拠を把握して,個々の患者に特有の臨床状況と価値観に配慮した医療を行うこと」である.それがゆえに,臨床においては患者利益を最大限に追求するため,個々の患者で処置方針が異なることがあるのである.サイエンスにサポートされた事実をまず把握し,その事実に基づいた論理(logic)を構築し,その論理に基づいて「解釈」を行い,個々の患者に最善な術を選択することが重要なのである.これらの過程を経て医療を行うことは,われわれ臨床医の役割である.
 本書が,読者の先生方の“ 歯内療法を成功させるためのlogic” の構築,そして個々の患者にとって最適かつ最善な歯科医療は何かを解釈し,それを正しく選択するための一助となれば幸いである.
 2018 年9 月 ~戸 良
第I編 原理原則に則った歯内療法の基本
 CHAPTER 1 根尖性歯周炎の原因から考える 無菌的処置環境の重要性
 CHAPTER 2 適確に問題解決を行うための 診査診断
 CHAPTER 3 歯髄を保存するための 生活歯髄療法
 CHAPTER 4 根管内細菌除去の中心的役割を果たす 根管拡大形成
 CHAPTER 5 根管拡大形成を補うための 根管洗浄
 CHAPTER 6 細菌除去をより効果的なものにするための 根管貼薬
 CHAPTER 7 適切に根管系を封鎖するための 根管充填
 CHAPTER 8 根管系への再感染を防ぎ,良好な予後へと導くための 歯内療法後の修復処置
第II編 歯冠側からの感染除去による問題解決が行えなかった場合の外科的歯内療法
 CHAPTER 1 外科的歯内療法 Part 1 歯根端切除術
 CHAPTER 2 外科的歯内療法 Part 2 意図的再植術
第III編 再治療介入を困難にさせる要因への対応
 CHAPTER 1 安全かつ効率的に再根管治療を行うための 歯冠修復物・ガッタパーチャの除去
 CHAPTER 2 予防法と対応法から考える 偶発症への対応
 CHAPTER 3 患者利益を追求した 歯内療法介入の意思決定

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 索引

 COLUMN
  1 非外科的歯内療法と抗生物質の内服
  2 ディスポーザブル器具
  3 術後疼痛
  4 ProRoot MTAの操作性を向上させる方法
  5 歯内療法の術後評価
  6 再治療介入の意思決定
  7 痛みを主訴にしている患者と歯内療法