やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はしがき
 わたしは2010年に『デンタルバイオフィルム 恐怖のキラー軍団とのバトル』を歯学生や歯科医師向けに医歯薬出版から,そして,2001年に『命を狙う口のなかのバイキン』,2010年に『口に潜む恐怖のバイキン集団』を歯科医院の待合室用に一世印刷から出してきました.
 今回,『史上最大の暗殺軍団デンタルプラーク』を医歯薬出版から発行するきっかけは,抜歯後に敗血症で命が奪われた患者さんの訴訟事例に関わったこと,増え続けている感染性心内膜炎の症例や中学生の矯正治療の便宜抜歯後に膝関節腔内でバイオフィルムが形成されて2ヶ月間入院した症例などの相談を受けていたことです.それらの病原体は,誰もの口腔内に棲みついている細菌でした.
 デンタルプラークが口腔内感染症の原因だけでなく命さえ奪うテロ集団であることをターゲットにしています.肩が凝らないように読んで欲しいと願いながら,今までの出版本や雑誌で発表してきた内容に,口が病気の入り口にならないためにどうすべきか最新情報を加えたものです.
 デンタルプラークは歯垢とされていますが,実態は100%が細菌と細菌がつくったぬるぬるの物体です.健康破綻は口から始まることについて過去の発表を解説したうえで,健康ライフを送るためにデンタルプラーク細菌を暗躍させないためにはどうすべきか,細菌学の視点で書きました.厚生労働省の長寿科学総合研究事業に,12年間にわたり係わることができ,口腔ケアに関して他大学との共同研究,臨床系大学院生の研究,歯科衛生士の口腔ケアの取り組みなども本書に取り入れています.
 根拠に基づく医療(EBM)とは,予防を含めて「良心的に,明確に,分別をもって,最新最良の医学的知見に基づく医療」です.治療効果,副作用,予後,予防を客観的に評価した臨床データに根拠を求めることが基本にあります.EBMには,イギリスの国民保健サービスによるコクラン共同計画からの情報が広く活用されています.コクラン共同計画は,医療関係者に限らず人々がヘルスケアの情報を知り判断することに役立つ国際プロジェクトです.本書では,コクラン共同計画の歯科医療や口腔疾患予防に関する情報も紹介します.
 山田 毅先生は,大阪大学医学部を出られて大阪大学微生物研究所に勤務された後,長崎大学歯学部で教鞭を取られた結核菌研究などの第一人者です.わたしは,非常勤講師として長崎大学で講義する機会をつくっていただき,口腔内細菌の病原性を熱く語り合うことができました.山田先生は,『病原体とヒトのバトル』を医歯薬出版から2005年に発刊されています.次いで,『口腔病原体が誘う死のスパイラル』を2012年に上梓されています.それらの本は,医学,歯学,薬学などの学生を対象に書かれており,わたし達の研究内容もいくつも紹介されています.それらの本に啓発されながら,本書では臨床に則した内容を分かりやすく書くことを心掛けました.
 数百種類の細菌がコミュニケーションを取りながら,唾液や歯肉溝液を主な栄養源としてバイオフィルム集団となるデンタルプラークは,う蝕や歯周病の原因であるだけではなく,毎日数百人もの日本人の命を奪う肺炎の原因となっています.また,デンタルプラーク細菌は,血流に入り込んで循環障害の引き金になり,動脈硬化症の新しいバイオマーカーとして歯周病が取り上げられるようになりました.さらに,デンタルプラーク細菌集団は糖尿病,脳内出血,動脈硬化,アレルギー疾患などを引き起こすこともあります.新型インフルエンザに対する恐怖が高まるなか,咽頭を含む口腔内バイオフィルム細菌集団は,インフルエンザウイルスのサポーターとなってしまうこと,インフルエンザ流行の季節になってからでなく日頃からオーラルヘルスが肝腎であることも盛り込みました.
 本書が多くの人達に読まれて,「健康ライフはオーラルヘルスから」を知って欲しいと願っています.
 はしがき
第1章 繰り返されてきた証言「健康破綻は口から始まる」
 息子がう蝕で命を奪われた歯科医師の取り組み
 「死と歯科医学」の衝撃
 医学部教授が明かした「歯の病気が命を奪う」
 口腔内の善玉菌ジキルは暗殺者ハイドに変身する
第2章 魑魅魍魎がバイオフィルム集団となって棲みつく
 談合してバイオフィルム集団になる懲りない面々
 細菌は共通語をもって会話している
 悪玉菌,善玉菌,日和見菌の違い
 各部位につくられる固有の細菌フローラ
 腸内細菌フローラは免疫系・神経系を支配する
 健康長寿を脅かすバイオフィルム感染症
第3章 数千億のテロ集団が棲みつく口腔内
 口腔内は何百種類もの細菌の巣窟
 口腔内は細菌の栄養源で満ちている
 複数細菌種が談合してデンタルプラークをつくりあげる
 夜に暗躍するデンタルプラーク細菌
 デンタルプラークに善玉菌を入り込ませる戦術
第4章 デンタルプラーク細菌と免疫のバトルに終焉はない
 T細胞教育機関の胸腺のはたらき
 コミュニケーションによる細胞の連携
 多彩な口腔内の免疫防御システム
 デンタルプラーク細菌と免疫のバトルの行方
第5章 う蝕原性ミュータンス菌と脳出血の関係
 う蝕は日和見感染症
 砂糖なしでは悪玉菌になれないミュータンス菌
 キシリトールに対するコクラン共同計画の評価
 特定ミュータンス菌は脳出血をもたらす
第6章 歯根尖のバイオフィルム病巣は治せるのか
 求められる感染根管治療だが
 バイオフィルム瓦解戦略に期待する
第7章 有史以来最大の感染症は歯周病
 感染拡大し続ける歯周病原菌
 歯周病原菌の内毒素は諸悪の根源
 歯周病原菌はヒトのストレスを察知して病原性を高める
 歯周病による口臭は免疫系をも撹乱する
 運動は内毒素の炎症性サイトカイン産生を制御する
第8章 歯周病は循環障害をもたらす
 微生物感染が引き起こす動脈硬化症
 血管の細胞にも入り込む歯周病原菌
 歯周病の予防と治療は動脈硬化症予防になる
 歯周病は動脈硬化症のバイオマーカーとなる
第9章 サイレント疾患の糖尿病と歯周病の関係
 歯周病,肥満,糖尿病の密接な関係
 糖尿病患者の増加と増大する医療費
 悪の巣窟となる歯周ポケット
 歯周病を治療すると糖尿病は改善する
第10章 歯科医療に欠かせない血液検査
 消化器内科医が歯科受診を勧めるのにはわけがある
 歯周病原菌とピロリ菌の免疫を介した好まざる関係
 口腔内細菌は免疫を活性化するか
第11章 「いつまでも若く美しく」その秘訣は口のケアにある
 歯周病原菌は安産をじゃまする
 関節リウマチのリスクを下げる口腔ケア
 骨をもろくさせる歯周病原菌の内毒素
 肌荒れと歯周病の関係
第12章 肺炎で死なないための口腔ケア
 虎視眈々と命さえ狙う誤嚥性肺炎病原体
 細菌による肺炎の予防ワクチンは限られる
 神出鬼没のカビの仲間を嗤わせるな
 誤嚥性肺炎予防はマンパワーに支えられた口腔ケア
 口腔ケアで集中治療室患者の命を救う
第13章 インフルエンザウイルスのサポーターは口腔内に潜んでいる
 ウイルスは標的細胞に寄生するパラサイト
 細胞に侵入する鍵と脱出する鋏をもつインフルエンザウイルス
 変身し続けるインフルエンザウイルスの襲来
 「予防に勝る治療なし」はワクチンのこと
 インフルエンザ予防ワクチンはいつも頼りになるわけではない
 新しいインフルエンザ治療薬の開発に期待するが
 口腔内細菌はインフルエンザウイルスの悪友
 口腔ケアがインフルエンザ予防になった
第14章 抗生物質はバイオフィルムモンスターに太刀打ちできるか
 化学療法剤,抗生物質,抗菌薬の違いについて
 抗生物質はバイオフィルム細菌集団に入り込めない
 しっぺ返しがある抗生物質使用
第15章 抗菌性洗口液でオーラルヘルスからの健康長寿
 医師の手に暗殺者が宿っていると告発した医師の悲劇
 副作用の少ない抗菌性洗口液の使用
 抗菌性洗口液による口臭予防
 使い続けて金科玉条

 あとがき