やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 インプラントが臨床に積極的に使われ始めた1990年に比較し,たった四半世紀で日本人の平均寿命は男女ともに5年近く伸び,現在では「人生90年時代」を迎えている.90年の人生を健康で自分らしく生きることは長寿社会に生まれた私たちに与えられた特典であり,その根幹をなすのは,楽しくバランスのとれた食事と適度な運動である.
 日本人はこの四半世紀の間に,全身的にも,残存歯数をみても,10年は若返っている.すなわち,25年前の60歳と現在の70歳はほぼ同じ身体能力をもっているといっても過言ではない.しかし,健康寿命の伸びに限りがあるように,歯の喪失を徐々に起こす傾向はいまだ止められず,歯の喪失に伴う心身の機能的な低下を歯があったときと同等に回復することが高齢者においても求めるようになっており,そのための代表的な方法としてインプラント補綴がある.
 インプラントの適用年齢のピークは50〜60歳と報告されているが,90歳までのスケールで考えると,治療後に30〜40年の機能維持を期待される.また,若年層の欠損をインプラントで回復する場合にはさらに長期間の機能維持が求められる.しかし,30年以上の経過例はほとんど報告されておらず,いまだ未知の世界である.また,適用時の大半は部分欠損症例であるが,長期にわたる経過を観察していると残存歯を喪失する頻度が高くなり,再治療を余儀なくされることも多い.
 インプラント,残存歯ともに長期性を得るためには,条件整備をしておく必要がある.欠損が生じる前から押さえておかなければならないこととしては咬合,下顎位,力に代表される機能的要素があり,さらに,歯および歯周組織の変化や喪失に伴う形態的要素について症例ごとに重みづけをして治療に反映させなければならない.また,口腔内全体の機能変化と患者のライフステージ,再治療を前提とした生涯歯科治療費をも考慮して,どのようにインプラントを適用すべきかを考えていく必要がある.
 1回の華やかなインプラント補綴で,生涯,再治療もなく天寿を全うしていければよいが,現実を見据えた対応が必要であろう.インプラントは思いのほか強固で長持ちするため,そして,従来の方法と違い「足し算の治療」が可能となるため,インプラントの特徴をよく理解し,さらに,残存歯を含めた生体組織の変化を先読みして治療計画を立てていかなければならない.
 本書で述べている考え方をよく理解し,患者に寄り添いながら,その時々で必要なことをインプラントによって具現化していくことを望む.
 2014年8月
 編著者を代表して
 武田孝之
Part 1 ライフステージに応じたインプラント補綴とは
 Chapter1 インプラント補綴の長期経過からみえてきたこと(武田孝之)
 ・ライフステージに応じてインプラントを適切に使用するために,過去のインプラント補綴後の問題を把握し,喪失原因とあわせて治療計画に反映させるべきことを解説しています.
  インプラント単位の問題 残存歯を含めた口腔単位の問題の発生時期と発生率
 Chapter2 座談:症例でみる ライフステージを考慮する必要性
 ・ライフステージを考慮し,いろんな観点から治療計画を立てる必要があることを,症例・座談を通じて提起しています.
 Chapter3 ライフステージに応じたインプラントの適用目的(武田孝之)
 ・インプラントは「足す」ことができるからこそ,正しい使い方により咬合支持を獲得できるようにすべきであることから,欠損歯列のステージや患者の年齢ごとのインプラントの適用目的を解説しています.
  欠損の拡大,歯の喪失傾向とインプラントによる二次予防 欠損歯列のレベル,患者の年代とインプラントの適用目的
Part 2 ライフステージに応じたインプラント補綴に必要な診断と対応
 Chapter4 少数歯欠損における診断と対応(田中秀樹)
 ・インプラント補綴の前提として下顎位・咬合の安定が大切であることを示し,そのために少数歯欠損の段階から押さえておくべき診断・対応のポイントを解説しています.
  残存歯の評価と診断 歯列と咬合関係の診断 咬合力の診断と力のコントロール
  顎関節と下顎位の診断 欠損部における硬組織と軟組織の診断
 Chapter5 喪失原因別の診断と対応(武田孝之)
 ・咬合欠陥から咬合崩壊,そして補綴的終末像に向かわせないためには,喪失原因(カリエスタイプ,ぺリオタイプ,パワータイプ)を反映した治療が必要であることを解説しています.
  歯の喪失原因を考慮する理由 カリエスタイプへのインプラントの適用
  ペリオタイプへのインプラントの適用 パワータイプへのインプラントの適用
Part 3 欠損の拡大を防ぐために
 Chapter6 欠損歯列の病態と評価(武田孝之)
 ・インプラントを「足す」ことによって「咬合支持の損傷」を食いとどめ,欠損歯列としてのリスクを高めないようにするために,まず欠損歯列の評価を行う指標を共有します.
  欠損歯列の評価 欠損歯列としての終末像(エンドポイント) 「上減の歯列」のリスクの回避
 Chapter7 咬合崩壊に陥らせないためのインプラントの適用原則(武田孝之)
 ・インプラントは受圧条件の改善と加圧因子の改変を行える一方,インプラントを「足す」ことで新たにリスクの高い欠損パターンに変え,咬合欠陥を咬合崩壊に陥らせることがあるため,「許容できる欠損パターン」に導くことを意識したインプラントの使い方が必要であることを,主にカマーの分類を使って解説しています.
  欠損パターンから欠損補綴を考える 上下顎欠損へのインプラントの適用原則
  上顎欠損へのインプラントの適用原則 下顎欠損へのインプラントの適用原則
Part 4 超高齢社会に対応したインプラント補綴
 Chapter8 上下顎無歯顎へのインプラントの適用原則(武田孝之)
 ・咬合消失・無歯顎では機能回復を重視し,力学的バランスを維持することが大切なことを解説しています.
  上下顎無歯顎へのインプラントの適用原則 インプラントオーバーデンチャーの原則
 Chapter9 超高齢者へのインプラント補綴(武田孝之)
 ・治療時に健康でも加齢・疾病や介護時のリスクを考慮する必要があること,認知症の場合は「終の治療」を意識する必要があることを解説しています.
  高齢者におけるインプラント適用の是非 高齢者における補綴の目的
  「終の治療」を意識した対応
Part 5 顎口腔系の加齢変化と補綴修復材料の経年変化
 Chapter10 顎口腔系の加齢変化と補綴治療(澤瀬 隆)
 ・ライフステージのなかでの機能と満足度の永続性を考えるうえで,患者側の変化として生体の加齢変化を考慮すべきことを,顎口腔系に焦点を当てて解説しています.
  補綴治療に求められるもの 顎口腔系の加齢変化
 Chapter11 補綴修復材料の経年変化(澤瀬 隆)
 ・補綴装置自体が耐久性に関わることから,材料ごとの破折や破損,摩耗などの経年的な変化を解説しています.
  上部構造のトラブル 金属の摩耗 積層前装材料の破損,摩耗 咬合面材料としてのジルコニア
 Chapter12 変化する生体と修復物の狭間でどう対処するか(澤瀬 隆)
 ・顎口腔系の加齢変化や補綴修復材料の経年変化は画一的ではなく,患者によって変化の速度や補綴装置の耐久性が異なることから,総合的な診断のうえで,上部構造の材料選択も含めた長期的な治療計画が必要となることを解説しています.
 COLUMN
  合併症と併発症 インプラント周囲炎の真実―インプラント周囲辺縁骨吸収の原因は何か?
  文献から考察する「生涯歯科治療費」の考え方