やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 抜歯と同時にインプラントを埋入する方法は,患者さんにとって大きな福音をもたらす.しかし,抜歯即時埋入インプラント,それも,審美領域への適用の是非は,大きく意見の分かれるところであり,この手法の是非を論ずるためには共通の概念が必要となる.
 「抜歯即時埋入」という一つの単語から連想される条件,要素はあまりに多岐にわたり,臨床例を見ても,抜歯時にインプラントを埋入するという行為は同じでも,考え方は全く異なることも多い.
 私は1980年代初頭から10種類以上のインプラントシステムを臨床応用してきた.大半はチタンインプラントであり,現在でも既存骨を対象とする場合には,チタンで特に問題を感じていないが,抜歯即時埋入を行う場合には,HAインプラントを中心に行っている.
 しかし,過去,20年以上前に経験した数種類のHAインプラントは,いずれも成功率が低く,実はHAインプラントには不信感をもっていた.ところが,約10年前に林 揚春先生の臨床を目の当たりにし,さらに多くの症例の経過を見せていただいているうちに,チタンインプラントおよび抜歯待時埋入との概念の違いも理解できるようになると同時に,患者さんにとってのメリットが大きいことが実感でき,自院でも行ってみたいと思い,現在に至っている.
 「抜歯即時埋入」の術式は,既存骨を最大限利用した,患者さんにとって優位性の高い治療法であり,さまざまな負担の少ない方法である.しかし,術者にとっては,感染源の徹底除去,厳密な埋入ポジション,そして軟組織にダメージを与えない上部構造形態としなくてはならないなど,いくつかの重要なポイントをクリアーできないと,わずかなエラーが望ましくない結果をもたらす治療法でもある.どんな条件でも好結果というわけではなく,また理解度やスキルの低い術者が行った場合,すべての症例に対してよい結果を出せる治療法ではない.
 しかし,そのポイントをおさえ,術前診断を的確に行うことで,確実に好結果を得られることは,筆者らの10年にわたる臨床経験が実証している.
 今回,経過から得られた安全で効果的な対応法を本書にまとめた.「審美領域での抜歯即時埋入」という治療法を十分理解し,さらに臨床的技法のポイントを習得していただき,一人でも多くの患者さんに,満足度の高いインプラント治療を提供していただくための参考となればと願っている.
 2013年4月
 武田 孝之

10年の臨床経験が導き出した成功法則
 2007年に発刊した『イミディエートインプラントロジー』に続き,今回,『審美領域の抜歯即時埋入成功の法則/10年の軌跡から』を発刊することになった.
 思い起こせば,「抜歯即時埋入の臨床」は,いまから十数年前,著名な米国の歯科医師の講演会への参加から始まった.その折の講演内容は,チタンインプラントの抜歯即時埋入処置について,抜歯窩とぴったり適合するルートフォーム型のインプラント体を推奨し,抜歯と同時の1 回の処置で審美性と患者さんのQOL が保たれるという主旨だった.
 いまとなっては考えられないことであるが,演者らはインプラント体を埋入することによって,唇側歯槽骨の吸収が抑えられると思っていたのだが,この方法で処置した多くの症例が,術後に唇側歯槽骨の骨吸収により歯肉退縮を起こしたことは周知の事実である.
 しかし,抜歯待時埋入インプラントが主流であった時代である.私にとって,患者さんへの侵襲が少ない「抜歯即時埋入インプラント」は,非常に衝撃的な術式であった.
 この講演会の後,Lindhe らは,「新鮮抜歯窩へのインプラント体の埋入は,抜歯窩骨壁の吸収も同時に起こることを考慮しなければならない」と論じ,抜歯即時埋入処置に警鐘を鳴らした.このインパクトは大きく,現在でも「リスクの高い術式」として評価されている.
 私は,2001年からHAインプラントを用いた抜歯即時埋入処置を行ってきたが,使うにつれその有用性を実感し,2004年に「自然治癒を考慮した抜歯即時埋入インプラント」を発表した.その後もさまざまな試行錯誤を繰り返し,しかし基本的には同じコンセプトと術式を変えることなく,現在,10年経過症例を見られるようになった.安定した良好な経過を得ており,この方法への自信を深めている.
 当初の経験則によるHA インプラントの審美領域での使用法を,今回の著者である武田孝之,森田耕造,荒垣一彦,桜井保幸らFIDI のメンバーとともに,「成功の法則」として整理してきたが,その成果を多くの症例を提示しつつ,改めて本書によって発表できることはこのうえない喜びである.
 2013年4月
 林 揚春
1章 審美領域における抜歯即時埋入の基本条件
 成功にかかわる3原則
 インプラント体の選択/HAインプラント
 埋入ポジション/triangle of bone
 インプラント特有の上部構造形態/soft-tissue protected profile
2章 埋入条件と予後
 成功率の高い抜歯即時埋入
 成功のための基本的条件/適応症
 審美領域におけるHAインプラントの臨床統計
 条件の厳しい症例への対応
 インプラント周囲組織の基本的な考え方
  Case1 条件に恵まれ良好な審美回復のできた症例
  Case2 天然歯とインプラントの歯肉縁下形態の違い
  Case3 骨の傾斜・陥凹のある条件の厳しい症例
  Case4 埋入位置の変更により望ましい歯頸線を回復できた症例
  Case5 唇側歯槽骨の裂開・吸収が再生した症例
  Case6 即時埋入の非適応症例だがバルコニーが再生した症例
  Case7 唇側ボリュームを非吸収性の骨補.材で回復した症例
  Case8 さまざまな対応を必要とした抜歯即時埋入の限界症例
  Case9 抜歯即時埋入の限界症例でのシンプルな審美回復
3章 抜歯即時埋入の臨床的判断基準とその術式
 治療計画時に検討すべき条件
 インプラント体の埋入時期と埋入時の注意点
 臨床術式
  Case1 1回法の抜歯即時埋入例
  Case2 2回法の抜歯即時埋入例
 創内浄化期後の待時埋入
  Case3 創内浄化期後の埋入例
 抜歯即時埋入で用いる器材
 anatomically guided implant site preparation technique
  Case4 anatomically guided implant site preparation techniqueの臨床例
4章 経過から学ぶ抜歯即時埋入の成功のポイント
 抜歯即時埋入インプラントの過去の原則
 現在の抜歯即時埋入インプラントの基本原則
  Case1 10年という長期間安定して経過している症例
  Case2 埋入ポジションの誤りによるリセッション
  Case3 埋入ポジションの誤りと太い直径の選択による経過不良例
  Case4 術式上のわずかなミスがもたらした経過不安定症例
  Case5 GBRを行ったがバルコニーの喪失をきたした症例
5章 プロビジョナルレストレーション
 プロビジョナルレストレーションの役割
 プロビジョナルレストレーションの形態
 プロビジョナルレストレーションの固定法の原則
 粘膜治癒後のプロビジョナルレストレーション
  Column オッセオインテグレーションの獲得
6章 インプラントの上部構造
 soft-tissue protected profile
 材質の選択
 固定法
 メタルボンドかジルコニアボンドか?
  Column 望ましいスクリューホールの位置
  Case1 1 1を審美的に回復した症例
  Case2 CAD/CAMを利用した上部構造の作製
  Case3 ジルコニアアバットメント(チタンベース)の適応例
  Case4 過蓋咬合の症例
  Case5 ナロータイプの上部構造の選択
  Case6 天然歯とインプラントが混在する場合の材料選択
  Case7 半透明ジルコニアの採用
7章 審美領域における複数歯欠損への抜歯即時埋入
 複数歯欠損へのインプラント治療の留意点
 固定性のプロビジョナルレストレーションの必要性
 長期性を考えた治療計画
 より厳密なインプラントポジションの設定
 インプラント体の埋入位置と本数
  Case1 1 1欠損に対する抜歯即時埋入の有意性
  Case2 隣在天然歯についての判断
  Case3 審美領域の重度歯周病への対応/スプリットクレスト
  Case4 埋入位置を考えることで審美性を向上させた症例
  Case5 下顎前歯部への複数歯抜歯即時埋入
  Case6 骨高不足のために鼻腔底皮質骨に維持を求めた症例

 参考文献
 さくいん