やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 いま歯科界では業界全体が激しく沈み込むと同時に,自由主義・資本主義の名のもとに異常とも思える過当競争が展開されている.しかもその競争は,われわれの本分である「診療行為に関すること」に留まらず,それ以外の部分での競争をも余儀なくされているのが現状である.われわれ開業医は傍観者でいることは許されず,好むと好まざるとにかかわらず熾烈な生き残り競争に勝利すべく,日々努力を強いられているのが現状であろう.
 また,「科学的根拠に基づいた歯科治療」が提唱されて久しくなる.多くの先達の努力により,それはかなりの部分で達成された感がある.しかし,歯科治療も含めて医療行為は,原理原則だけですべて通用するものではなく,多様性を有した宿主である「患者さん」を相手とする,きわめてファジーで繊細な分野である.完璧を期して行った治療でも,100%術前の予想どおりの結果が得られることは少なく,またひとたび成功した治療も,10 年,20 年という時間軸のなかでは,宿主の老化と経年変化による再治療は避けられない.ここに,歯科治療には科学的根拠だけではなく,臨床経験と医療人としての理念が必要とされる理由がある.
 加えてここ数年来,歯科界には大きな変革が起こっている.それはX線や諸資料のデジタル化をはじめとしたコミュニケーションツールの発達であり,レーザー,マイクロスコープ,CTなどの先端機器の普及である.ここでもすべてを持てる者と,何も持てない者という格差が広がってきているように感ずる.これから開業して自分の患者さんに一所懸命によい治療を施そうと考えている若い先生方は,厳しい現状と錯綜する情報のなかで,自分がいま何をすべきか,何をどう学べばよいのか,わからなくなっているのではないかと推測する.
 しかしこのような状況だからこそ,目先の自費診療や派手な症例に飛びつく前に,基本的な治療をしっかり習得する必要があると考えている.本書では,厳しい状況下においても,良心的な診療を目指そうとしている若手の先生方が,真の意味で勝ち残るために大切な基本的事項について,症例を提示し要点をまとめてある.
 Step1では,「補綴臨床」に掲載した内容を再構成し,新たな章も加えて,歯内療法,初期齲蝕,歯周治療,臼歯部の補綴治療について述べ,Step2では,限局矯正(LOT),審美修復,インプラント,総義歯を,Step3では咬合再構成の必要な症例を取り上げた.
 歯科治療は結果にこだわればきりがなく,習得するには相応の時間と経験と情熱とが不可欠である.しかし本気で(ときにはなりふり構わず損得抜きで)取り組めば,必ずよい結果がついてくるものであり,患者さんにも真心が伝わり,好ましい人間関係の輪が広がっていくのを経験する.このような厳しい時代だからこそ,基本治療を習得することに重要な意味があり,それが大きな力となることを確信している.いかなるアドバンスな治療も基本治療の延長線上にしか存在しないこと,基本を疎かにして背伸びしチャレンジした場合のしっぺ返しは予想以上に厳しいことを自戒を込めてつけ加えておきたい.
 上田秀朗

Step 3/ 咬合再構成・問題点の把握・総合診断・治療計画
 これまでStep1Step2では,患者さんの信頼を得るために必要な基本的治療を中心に述べてきた.Step3ではこれまでの総まとめとして,咬合再構成を行ったケースを通して,包括的な歯科治療の進め方について考えてみたい.
 われわれの日常臨床において,患歯1 本の処置だけで完了するようなケースは珍しく,多くの場合は歯だけでなく,歯列,咬合,顎位,願貌までを対象として全顎的に改善を図ることが求められる.
 全顎的治療を行う場合には,これまでに述べてきたような診査,診断に基づいて個々の患者さんに最良で最適と思われる治療計画を立て,それに沿って治療を進めていくことが必要となる.
 その際に重要な点は,治療計画立案の最初の段階で治療のゴールを明確にイメージしておくことである.術者が明確なビジョンをもち,それに沿って治療を進めることで,無駄のない,効率的な治療が可能となる.また,語らずとも術者の自信が患者さんに伝わり,安心感と信頼関係の構築も容易となる.
 そして,さらによい治療結果を目指すならば,エンド,ペリオ,補綴物の適合などをはじめとする基礎治療を的確に行うことはもちろんであるが,「全体的なバランス」を俯瞰的に見る目を養ってっておくことが大切であると考える.
 本書では,まず咬合再構成に取り組む際の心構えと手順を述べ,第2 章以降は,少数歯欠損における咬合再構成,矯正治療を応用した咬合再構成,歯周病症例における咬合再構成,そして多数歯欠損における咬合再構成という項目立てで,いわゆる難症例への対応法を示してみたいと考えた.
 Step 1〜3 までを熟読していただき,天然歯を守り,咬合機能を回復させ,患者さんに信頼される歯科治療を提供するために,このシリーズが読者諸兄のお役に立つことを願って,結びの言葉としたい.
 2012 年冬
 上田秀朗・酒井和正
第 1 章 咬合再構成とは
 1 咬合再構成に取り組む(上田秀朗)
  咬合再構成に際して理解しておくべきこと(基本治療の習熟とアドバンスな治療へのチャレンジ/咬合再構成で目指すべきこと/顎位の模索・確認が必要なこと/天然歯の保存に努める意味/大局的にみる目/治療のゴールのイメージには咬合の理解が必須/新しい技術の利用)
  最後は基本とさらなる向上心という命題に戻る
 2 咬合再構成の手順(上田秀朗・中野稔也)
  咬合再構成を必要とする症例に取り組むには(手順を整理する/資料の収集/現状に至った経緯の推測/問題点の抽出から治療計画へ)
  総合診断と患者さんへの説明(現状を正しく認識していただく/患医の見解が異なる場合)
  治療の技術
  治療の実際(抜歯・歯周基本治療・歯内療法/インプラント治療/歯周外科処置・内部環境の整備/下顎のLOT/歯周外科処置・外部環境の構築)
  プロビジョナルレストレーション
  最終補綴物の作製・装着(理想的な咬合平面・歯列とは/基本となる咬合様式)
  メインテナンス
第 2 章 少数歯欠損における咬合再構成
 1 少数歯欠損にインプラントで咬合支持を獲得した症例(酒井和正)
  症例の概要と治療計画
  治療の実際(4 部へのフィクスチャーの埋入 部へのフィクスチャーの埋入/プロビジョナルレストレーション)
  最終補綴物の作製
  治療の反省点とメインテナンスにおける注意点
 2 LOTによりアンテリアガイダンスを獲得した症例(中島稔博)
  症例の概要
  治療計画
  治療の実際(5 6部へのフィクスチャーの埋入/二次手術と臨床歯冠長延長術/LOTの方法)
  術後の反省点とメインテナンスで注意すべき点
 3 上顎臼歯部の挺出により補綴スペースが不足した症例(小松智成)
  症例の概要
  治療計画
  治療上の注意点(咬合平面の是正/歯の接触と顎関節の環境)
  基本となる咬合様式(1 歯対 1 歯咬合と 1 歯対 2 歯咬合の特徴/側方運動時の咬合様式)
  治療の実際(歯内療法/フィクスチャーの埋入/プロビジョナルレストレーション)
  最終補綴
 4 上顎臼歯部にインプラントで咬合支持を付与した症例(田中憲一)
  症例の概要
  治療計画
  治療の実際(上顎左側臼歯部の処置/下顎前歯部の処置/天然歯の処置とプロビジョナルレストレーション)
  最終補綴物の作製
  メインテナンス
 5 過蓋咬合に包括的アプローチで対応した症例(樋口琢善)
  症例の概要
  治療計画
  治療の実際(スプリントでの顎位の模索 の抜歯とソケットプリザベーション/フィクスチャーの埋入 7 の処置/上顎前歯部の処置)
  最終処置
第 3 章 矯正治療を応用した咬合再構成
 1 矯正により犬歯誘導を付与した症例(甲斐康晴)
  症例の概要
  治療の実際
 2 矯正により前歯部重度歯周病に対応した症例(桃園貴功)
  症例の概要と治療計画
  治療の実際(上顎前歯部の内部環境の整備/LOT/診断用ワックスアップ/プロビジョナルレストレーション)
  術後評価とメインテナンスにおける注意点
 3 歯周病を伴った過蓋咬合の症例(倉富 覚)
  症例の概要
  治療計画
  治療の実際(7 7 へのインプラントの適用/LOT 5 4 部へのフィクスチャーの埋入/歯周外科/顎位の診断)
  最終補綴物の作製
  メインテナンス
 4 咬合支持の欠落により過蓋咬合となった症例(甲斐康晴)
  症例の概要と治療計画
  治療の実際
第 4 章 歯周病症例における咬合再構成
 1 咬合性外傷により臼歯部の骨吸収が進行した症例(中島稔博)
  症例の概要と治療計画
  治療の実際(左側臼歯部の骨縁下欠損と動揺の大きい7 の処置/プロビジョナルレストレーション/LOT)
  最終補綴物の作製(印象採得/連結固定の範囲)
  治療の反省点とメインテナンスにおける注意点(ナイトガード/メインテナンス)
 2 根分岐部病変を伴う重度歯周病の症例(中野宏俊)
  症例の概要
  治療計画と治療目標
  治療の実際(根分岐部病変への再生療法/顎堤増大術/歯周補綴)
  メインテナンス
 3 歯列不正を伴う重度歯周病の症例(樋口琢善)
  症例の概要と問題点
  治療計画
  治療の実際(歯列の拡大,矯正のタイミング/自然挺出/歯周外科/再生療法/フィクスチャーの埋入時期 6 5 4 の処置)
  補綴物の作製と反省点
 4 上顎重度歯周病にマグネットデンチャーで対応した症例(甲斐康晴)
  症例の概要と治療方針
  治療の実際
  治療後の評価
第 5 章 多数歯欠損における咬合再構成
 1 インプラントマグネットデンチャーで対応した症例(重田幸司郎)
  症例の概要と問題点
  治療計画
  治療の実際(即時義歯/LOT/プロビジョナルレストレーション)
  最終補綴物の作製
  治療の反省点とメインテナンスにおける注意点
 2 パラファンクションにより上顎無歯顎となった症例(上田秀朗)
  症例の概要
  治療計画
  治療の実際(下顎のインプラント治療/上顎のインプラント治療/イミディエートローディング時の留意点/下顎残存歯の治療)
  上部構造の作製
  治療の評価と成功させるための鍵
  メインテナンス
 3 重度歯周病により無歯顎となった症例(上田秀朗)
  症例の概要
  治療計画
  シミュレーションソフトとサージカルガイドの重要性
  治療の実際(下顎のインプラント治療/上顎のインプラント治療)
  支台つきサブストラクチャーで対応した上部構造の作製
  治療の評価と成功の秘訣
  メインテナンス

 参考文献
 編著者一覧