やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序にかえて
 今から25年前のワシントン州立大学における夏期セミナーにおいて,Roy C Page先生は「齲蝕や歯周病は本来まれな疾患である」と,静かだがきっぱりとした口調で語り,齲蝕や歯周病の治療に明け暮れていた私達は大いに驚いた.しかしながら,齲蝕や歯周病の病因が明らかになり,その発症や進行には宿主の感受性と病原細菌の複雑な関わりが影響していることなどが理解できるようになると,Page先生の言葉を素直に受け入れられるようになった.なぜならば,多くの齲蝕や歯周病は適切な対応でその発症をコントロールできることを,自らの臨床経験から理解できるようになったからである.
 齲蝕や歯周病の発症と進行を左右するさまざまな因子については,患者個々の問題点を正確に把握することができれば,コントロールすることは可能である.しかし,多くの場合,それらを正確に見極めることはそれほど容易ではなかった.正確に見極め成果を出すためには,術者の疾患に対する知識や技術(スキル)はもとより,臨床経験や患者の協力,歯科医療制度(保険制度)の枠組みに制約されない歯科医療システムの構築など,個々のケースを正しく診断するための要件を十分に満たしていなければならなかったからである.そのうえ,宿主の感受性を定量化することも十分ではなかった.
 しかしながら,Page先生らの開発したOHISは,患者の正確なデータを入力するだけで,リスク評価と歯周病の病状をリスクスコアと疾病スコアとして数値化して分析してくれる.それによってこれまでの臨床的な診断の難しさを,ある意味では一挙に解決してくれたといってもよいだろう.臨床家にとっては非常に心強い評価ツールである.また,治療や再評価,メインテナンスの各ステージを比較することによって,診断と治療の効果の確認,メインテナンスの評価などを適切に行うこともできるようになった.私達はこの評価ツールを臨床に有効に生かし,その情報を患者さんと共有することによってより確実な成果を示していくことができると確信している.
 歯の喪失理由の95%以上は齲蝕と歯周病に起因しているといわれているが,このようなツールを有効に利用することによって齲蝕や歯周病を確実にコントロールし,「齲蝕や歯周病は本来まれな疾患である」と胸を張っていうことのできる日が一日も早く来ることを願っている.本書がOHISの普及や理解のために多くの方に利用していただければ幸いである.
 2008年7月 熊谷 崇
 序にかえて(熊谷 崇)
 謝辞(Roy C Page)
Chapter1 歯周治療におけるOHISの役割(熊谷 崇)
 はじめに
 OHISとは
 OHIS「PAT」の妥当性とその有用性
 実際の患者データから
Chapter2 歯周病,齲蝕,口腔癌のリスク評価と歯周病病状の数値化(Roy C Page 訳:西 真紀子)
 1 イントロダクション
   ・口腔保健医療費の増大
   ・齲蝕と歯周病は宿主因子が重要
   ・修復モデルから健康モデルへ
   ・個々のニーズとリスクに応じた予防と治療の必要性
   ・科学的なリスク評価と病状の数値化
 2 歯周病の罹患率と進行
   ・歯周炎のリスクと発症の関係
   ・歯周炎のリスクと進行は個人差がある
   ・歯周炎の増悪の時期,部位,リスクの区別は難しい
   ・歯周炎は宿主因子への関与が重要
 3 歯周病診断とリスクの関係
   ・歯周炎の重症度とリスクは異なるもの
   ・リスクとは
   ・診断とは
   ・治療計画においてリスクを理解することの重要性
 4 歯周病のリスクファクター
  1.喫煙
  2.年齢
  3.糖尿病
  4.骨粗鬆症
  5.細菌沈着と口腔衛生状態
  6.プロービング時の出血
  7.歯周病の経験と疾患の重症度
  8.遺伝的形質の役割
 5 これまでの歯周病リスク評価と診断
  1.リスク評価
   ・歯周病専門医と一般歯科医のリスク評価の違い
   ・歯周病専門医間でのリスク評価の違い
  2.診断
   ・AAPの歯周病分類
   ・RussellのPeriodontal Index
   ・症例定義
   ・中等度歯周炎と重度歯周炎の症例定義
   ・X線写真上の歯槽骨吸収の範囲とパターン
   ・AAPの慢性歯周炎の診断
   ・Carlosらの歯周病指数
   ・診断システムの展開の必要性
 6 OHIS(TM)を用いた口腔疾患の状態とリスクの数値化
  1.OHIS(TM)
  2.PATにおける疾患の重症度と範囲の数値化―疾病スコア
  3.歯周病リスク評価ツール(PAT)を使った歯周病のリスク評価
 7 歯周病に対するOHIS(TM)の臨床応用
  1.歯周病のリスク評価
  2.齲蝕リスク評価ツール(CAT)を使った齲蝕のリスク評価
  3.口腔癌リスク評価ツールを使った口腔癌のリスク評価
  Reference
Chapter3 歯周病リスク評価ツール(PAT)の使用法と臨床例(熊谷 崇)
 日吉歯科診療所における「PAT」利用の実際
 CaseA:広汎性中等度から重度歯周炎の例
 CaseB:広汎性軽度歯周炎の例
Chapter4 症例によるOHISの有用性の検証(熊谷 崇)
 Case1:自覚症状以上に病状の進んでいたハイリスクの広汎性重度歯周炎(3カ月経過例)
 Case2:セルフケアの確立とメインテナンスにより軽快した広汎性中等度歯周炎(22年経過例)
 Case3:初期治療で大幅に改善し,メインテナンスで安定している広汎性重度歯周炎(22年経過例)
 Case4:禁煙とメインテナンス,治療で安定した重度歯周炎(23年経過例)
 Case5:頻繁なメインテナンスにより高疾病スコア,高リスクスコアでも安定している重度歯周炎(21年経過例)
 Case6:メインテナンスの中断により疾病スコア,リスクスコアが悪化した中等度歯周炎(17年経過例)
 Case7:メインテナンスを中止したためにほとんどの歯を失った中等度歯周炎(21年経過例)
 Case8:メインテナンスにより疾病スコア,リスクスコアが最も低いレベルを維持している例(23年経過例)
 Dr.Pageによる提示症例についての考察(Roy C Page)

 おわりに
 索引