やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 2008年4月より後期高齢者の医療制度が新しく発足します.2年前に導入された介護予防においても,口腔機能向上をめざした口腔ケアは,今や医療・介護の場面で欠くことのできない重要なパートを占めてきました.今まで歯科界が診療室に閉じこもり,訪問診療や病院・施設などで,この分野を真剣に学問として追求してこなかったこともあり,口腔ケアや介護における義歯の問題などを本格的に取り上げた成書がなかなかありませんでした.
 今回,全国訪問歯科研究会「加藤塾」の会員を中心に訪問歯科診療の実践を通し,“食べられる口づくり・口腔ケア&義歯”の本をまとめましたが,これはわれわれ会員が診療が終わった後や休日も利用して訪問歯科診療に出かけ,食べることで困っている人がいれば義歯治療を通して噛めるようになる診療をし,また,病院で口腔機能が低下している人に対しては,咽頭までを対象とした口腔ケアを行い,呼吸が楽になるケアを行うなど,本書のすべての内容が実際の臨床例です.
 われわれ歯科の訪問診療において遭遇する患者さんのレベルは,病院における急性期の摂食・嚥下障害患者さんとは違い,口から食べることが可能でも,発熱,低栄養,口腔環境の悪化や不適合な義歯により口腔機能障害を起こしている患者さんが数多くおります.ですから,訪問歯科診療にあたっては,これらの点に十分注意し,口腔機能をよく観察して,なおかつ口腔ケアとともにリハビリを行ったうえで,適合のよい義歯を装着することが重要です.安定した義歯が入ることにより,その人のリズムに合った咀嚼が行われ嚥下もスムーズになります.
 本書はこのような,実践報告の書ですから,病院での非常にハードなお仕事をされている看護師さん等に,短時間で効率のよい口腔ケアを示すことができると思います.また,施設や在宅において,口腔にかかわるケアをなさっている方々にも,ぜひともご一読していただきたい内容だと思います.
 さらに,リハビリテーションに関係する職種の方々には,“なぜ,落ちない,浮き上がらない義歯ができないのか”という質問に対して,われわれ歯科界の赤裸々な姿を示し,われわれが実践している,装具として有効に働く義歯を患者さんの状態に合わせてさまざまな工夫をこらして装着していることを示しました.歯科関係者は,これらの他職種の疑問に対して真摯な態度で立ち向かっていただければと思います.
 本書が“食べることが困難になっている高齢者の医療・介護,歯科医療”の実践に役立つことができれば幸いです.
 本書を出版するにあたっては,患者さん,ご家族,主治医の先生ならびに歯科関係者,多職種等,多くの方々にご協力をいただきました.この場をお借りしてお礼申し上げます.また,この機会を与えてくれた医歯薬出版株式会社に感謝いたします.
 2007年11月3日
 編者 加藤武彦 黒岩恭子 田中五郎
第1章 時代に即した歯科医療の新しい展開を求めて―なぜ訪問診療を行わなくてはならないのか(加藤武彦)
第2章 食べられることができる口づくりのために
 I.食べられるための口腔ケア(黒岩恭子)
  1.口腔ケアにかかわる機会
  2.舌や口腔内を機能的に清掃する
 II.装具としての義歯―要介護高齢者にとって義歯とは(加藤武彦)
  1.人にとって義歯とは
  2.よい義歯が入ると血色もよくなる
  3.完全咀嚼法(フレッチャーリズム)
  4.咀嚼による免疫力向上とは
  5.在宅・病院・施設における義歯の取り扱い
第3章 食べられるための口腔ケア(黒岩恭子,鈴木知子,小林知子,米山章子,佐々木淳子)
 1.要介護高齢者の「食べられる口」づくりに必要なこと
 2.新しい口腔清掃用具の必要性
 3.「くるリーナブラシ」の開発─プラーク除去から口腔内全体の清掃へ
 4.飲めて,食べられるようになるための口腔リハビリの方法と実際
 5.口腔ケアから咽頭ケアへ
 6.「モアブラシ」の開発
 7.疑似体験を交えた実習の有効性
 8.最終目標は食支援
 9.患者,家族,他職種から学んだこと
  事例
第4章 装具としての総義歯
 I.いま義歯に対して何が求められているか(加藤武彦)
  1.こういう歯科医師が社会から求められている
  2.今の歯科界の現状は
  3.なぜ“こんな義歯”しかできないのか
  4.デンチャースペース義歯の原理は→粘膜センサー
  5.できてはじめて理解が得られる総義歯臨床─技工の習得がこのテクニックの決め手
  6.歯科技工士の教育の必要性に気がつき歯科技工所へ
  7.口腔機能を正常にするための義歯─STは歯科医師に何を求めているのか
 II.リハビリの装具として総義歯を機能させるには(三木逸郎)
  1.義歯は要介護者にとって,最高の装具でなくてはならない
  2.摂食・咀嚼・嚥下障害での装具としての義歯の役割
  3.健常時に口腔機能にマッチしていなかった義歯では,障害をもつと,なおさら使えない
  4.周囲粘膜に適合した“デンチャースペース義歯”
  5.各ステップに判定基準があると,誰でも同じようにできる
  6.義歯が吸着すると顎位が変わる(顎位のリハビリテーション)
  7.難しい症例も考え方は同じ
  8.介護行為としての義歯安定剤の上手な使い方
  9.他職種から評価される訪問歯科チームづくり
第5章 これから訪問歯科診療をはじめる方々へ
 1.訪問歯科診療の場で遭遇した事例(加藤武彦)
  ・訪問歯科診療を行うにあたって
  ・医科との連携のとり方
  ・認知症の患者さんへの対応
  ・摂食・嚥下障害の患者さんへの対応
  ・歯科としての摂食・嚥下障害へのアプローチ
  ・介護技術の習得
  ・器具機材の開発
 2.訪問診療で遭遇する諸問題を解決するために
  1)認知症をよく理解するための8大法則・1原則─認知症の人の世界を理解するために(杉山孝博)
   ・第1法則:記憶障害に関する法則
   ・第2法則:症状の出現強度に関する法則
   ・第3法則:自己有利の法則
   ・第4法則:まだら症状の法則
   ・第5法則:感情残像の法則
   ・第6法則:こだわりの法則
   ・第7法則:症状の了解可能性に関する法則
   ・第8法則:衰弱の進行に関する法則
   ・介護に関する原則
  2)歯科に対して望むこと─STの立場から(竹内茂伸)
   ・はじめに
   ・STが義歯に対して思うこと
   ・義歯との出会い
   ・口腔ケア・口腔リハビリとの出会い
   ・当院のSTと歯科の取り組み
   ・まとめ
  3)医師の立場から歯科界への提言─地域を支える「口のリハビリテーション」の展開を!(栗原正紀)
   ・高齢者の抱える身体的背景
   ・口のリハビリテーションの展開
第6章 事例紹介─地域とのつながり
 1)多職種連携による食支援─中標津ケア研究会の取り組み(内藤 敢,中島綾子,吉田亜希,岡村勝敏,岩永輝明)
  1.食支援,口腔ケアの立ち遅れ
  2.多職種間の相互理解と連携:「中標津ケア研究会」の設立
  3.多職種への口腔ケア,食支援の浸透
  4.多職種参加による食支援:事例報告
 2)入れ歯救援隊がきっかけで訪問診療に(升田勝喜)
  1.私が訪問現場に出かけるようになったわけ
  2.「口から食べたい」講演会の立ち上げ
  3.口腔ケアへの思いと全身への影響
  4.精神活動への影響
  5.口腔ケアの流れ
  6.事例
  7.おわりに
 3)他職種との連携による「食べられるための訪問歯科診療」(藤原修志,藤原啓次,北出貴則,関口恵利,吉村幸代,恵中恵子)
  1.訪問歯科診療の現状
  2.アセスメントチャートを使っての現状把握,EBMに基づいた口腔ケア,口腔リハビリ
  3.介護者,ケアマネジャーとの連携
  4.医師,理学療法士,言語聴覚士,栄養士とのネットワークづくり
  5.まとめ
第7章 訪問診療の際に他職種などから寄せられるQ&A(黒岩恭子,加藤武彦)
 用語解説・索引

 付録DVD
  1.口腔ケアの実際
  2.装具としての義歯の作り方