やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 わが国の少子高齢化と低成長経済の社会は,医療,福祉という国民生活と深いつながりをもつ分野に大きな影響を与えています.歯科医療においても,医療保険というゆりかごから墓場までの社会保障が,社会背景に強く左右されます.一方で,小児歯科の発展は,高度成長初期の齲蝕の洪水時代から数十年を経て,疾患の軽症化,カリエスフリーの時代へと貢献しました.しかしながら実態は地域差が著しく,いまだに広範囲な齲蝕をもつ子どもも少なくはありません.また,乳歯に対する大人の認識も,まだ十分とはいえない地域が存在し,都会と地方の実態の違いは,小児の歯科保健に対するこれからの大きな課題となりました.
 地域における歯科医療の中で,子どもの発達を視点とした歯科医療である小児歯科は,少子化の時代に大きな役割をもつと思われます.時代が変わって子どもたちの様子も変わり,環境に十分適応できない子どもが増え,大人からの虐待に悲惨な結果を迎える子どもたちの話題は,すべてが地域で起きている子どもの姿です.歯科医療もこれらに無関心ではいられなくなりました.「かかりつけ歯科」という医療保険の言葉は消えても,地域医療のなかでは大きな意味をもつ「かかりつけ歯科」は,これからますます大切な位置づけとなると思われます.
 さらに,安全な小児歯科医療が求められています.当然のことですが,子どもの身体的,生理的特性を熟知し,全身管理という見地での小児歯科医療が必要です.このような視点を加え,このたびの改訂は時代に合わせた内容を追加し,より身近な小児歯科を展開するための一冊として編集しました.
 また,一方で小児歯科専門医の存在が位置づけられてきました.専門医は小児の口腔を発達という視点から専門的に診断を行い,困難な症例に対応します.かかりつけ歯科医と専門医との連携によって,さらにレベルの高い歯科医療を小児へ提供することで,歯科医療全体が信頼を得ることとなります.
 今回は大きな改訂ではありませんが,かかりつけの小児歯科をもう一度考えていただくために必要な情報が載せられています.この本が歯科医師をとおして多くの子どもたちに健康をもたらすことを念じてやみません.
 2007年6月
 編者代表 緒方克也

この本の目的と使い方
 (1)この本の目的
 地域の小児歯科医療には,かかりつけ歯科医としての機能が求められ,新しい形で患者さんとの関係を維持することが大切になります.多くの人が小児期に歯科と出会い,その出会いがかかりつけのきっかけとなり,継続的な歯科管理を受けることが21世紀の歯科医療です.ですから,小児患者に対して,口腔の健康づくりとそのための管理を中心に,質の高い歯科医療を提供しなければ,かかりつけ歯科医の機能を果たすことができなくなってしまいます.
 かつて齲蝕治療が中心であった小児歯科医療は,都市部を中心に予防と管理へ変化しており,その傾向は地方へと急速に広まりつつあります.そのような現状を考えたとき,新しい時代に対応したかかりつけ歯科医のための,臨床を中心とした小児歯科医療のガイドブックが必要となりました.つまり,かかりつけ歯科医として必要な小児歯科医療についての臨床的な情報を提供することがこの本の目的です.
 そのため,従来の小児歯科学の教科書とは異なった考え方や表記もあります.どちらが正しいかといった見方でなく,臨床の多様性,あるいは歯科医療の現場に対する見方の違い,と柔軟に考えてください.
 (2)この本の使い方
 この本は,子どもへの歯科医療における臨床での状況や症状をテーマにまとめられています.したがって,チェアサイドで問題点別に検索したほうが効果的に利用できるよう工夫しています.
 また,この本は,かかりつけ歯科医として必要な,小児に対する治療内容を,臨床のテクニックを中心にまとめていますので,診療報酬請求の参考にすることもできます.
 症状や疾患,症例別にその対応法が書かれていますが,加えて年齢,子どもの発達に応じた対応を記しているのも特徴です.疾患の症状に子どもの適応状態を加えて利用してください.
 専門的知識については,他の成書や文献を参考にして,さらに知識を拡げてください.

かかりつけ歯科医における小児歯科医療
 (1)かかりつけ歯科医の機能
 かかりつけ歯科医の機能は,「地域に生活する住民の健康状態を熟知し,健康づくりに関与することであり,あわせて必要に応じて専門性の高い歯科医療機関へ患者を紹介すること」とされています.
 21世紀の歯科医療を考えた医療制度の改革では,医療機関の機能を類系化した効率的な医療の提供がテーマとされています.医療は特別な機材を備えた高度な医療だけではありません.軽微な疾患では健康の回復が容易で,地域医療を担うかかりつけ歯科医には,この部分への対応と健康維持のための管理が求められています.そして,かかりつけ歯科医の機能を越える疾患や,検査を必要とするときは,専門性の高い歯科医療機関へ患者さんを誘導することが責務とされています.
 予防や管理が中心となる21世紀の歯科医療は,かかりつけ歯科医の時代とも言えます.歯科医師はそれに応えて地域の歯科医療に従事することが必要とされています.
 (2)子どもが歯科と出会うとき
 人が歯科とはじめて出会うのは幼児のときの健診です.通常は1歳6か月健診が最初であり,その後,予防と管理のためにかかりつけ歯科医との出会いが待っています.いずれにしても,歯科との出会いは幼児のときであり,そのときから歯科に対するイメージがつくられてしまいます.ほとんどの人々は歯科に対して怖くて痛いというイメージをもち,そのために健康管理としての歯科受診は敬遠され,痛くなるなど症状が進行してからの受診となってしまいます.
 しかし,かかりつけ歯科医の機能が定着すると,齲蝕になる前に健康維持のため受診することが多くなり,歯科医療は痛いという従来のイメージはなくなるはずです.歯科医院への受診は痛くなってからでなく,口腔の健康を守るためという動機がかかりつけ歯科医にはふさわしいのです.
 ですから,かかりつけ歯科医が小児の患者さんと出会う機会を大切にして,継続した管理を子どもの成長に合わせて提供することになります.
 はじめに
 歯科から親子をみてください
 子どもだけでなく親子が患者さんです
 この本の目的と使い方
  1.この本の目的
  2.この本の使い方
 かかりつけ歯科医における小児歯科医療
  1.かかりつけ歯科医の機能
  2.子どもが歯科と出会うとき
基礎編
1 治療を始める前に(緒方克也)
 1.子どもを知る手がかり
  1:まずは子どもの観察から
  2:母子関係の観察
  3:子どもの能力の評価
  4:子どもへの接し方
  5:子どもの姿を見守る
 2.疾患の背景を知ることが大切
  1:齲蝕発生の因子
  2:情報整理の方法
2 子どもの初診の進め方(緒方克也)
 1.子どもの初診をどう進めるか
 2.子どもへのインフォームドコンセント
 3.インフォームドコンセントの基本と進め方
  1:診断(病名)と病気の現状について
  2:治療方針と方法・費用について
  3:治療の危険性とその程度
  4:他の治療方法について
  5:治療の予後について
3 子どもへの歯科保健指導(高木みどり)
 1.口腔に関心をもたせることの大切さ
 2.どんな口腔かを評価する
 3.まず清潔の意味をおしえる
 4.個別の指導が基本
  1:齲蝕のない子と齲蝕の少ない子に対する指導
  2:齲蝕の多い子と齲蝕を再発しやすい子に対する指導
 5.指導の記録と保存
4 子どもへの歯磨き指導(高木みどり)
 1.年齢に応じた指導が必要
  1:3歳未満児への歯磨き指導
  2:3〜5歳児への歯磨き指導
  3:学童期への歯磨き指導
 2.生活に結び付いた指導を
 3.歯ブラシの選び方について
 4.歯磨剤の選び方について
5 齲蝕の予防(高木みどり)
 1.家庭での予防と歯科医院での予防
  1:家庭でできる予防法
  2:歯科医院で行う予防法
 2.効果的な歯磨きの方法
 3.薬物だけが予防ではない
6 乳歯列から永久歯列への交換(進士久明)
 1.歯の交換の問題
  1:早期萌出
  2:萌出遅延
  3:局所異常による永久歯の萌出遅延
 2.永久歯の萌出異常
  1:異所萌出
  2:埋伏歯
 3.歯列不正の兆候
  1:乳歯列期―乳歯列の生理的歯間空隙の総和から見た永久前歯の予測
  2:混合歯列期
  3:専門医との連携
7 歯列と不正咬合の見方(山崎健一)
 1.一般的な咬合管理の流れ
 2.矯正症例の治療難易度
 3.不正咬合の予防と抑制的早期治療
  1:不正咬合の予防
  2:抑制的早期矯正治療
 4.限局矯正
8 歯の形態や色調の異常(進士久明)
 1.歯の形態異常
  1:矮小歯
  2:巨大歯
  3:異常結節
  4:歯髄腔の異常
 2.歯の色調異常
  1:小児によく見られる色調異常
  2:色調異常への対応と処置
9 協力しない子どもへの対応(高木みどり)
 1.非(不)協力の理由を知る
 2.非(不)協力児の行動管理法
  1:行動管理のテクニック
  2:心理的行動誘導法
  3:薬剤による行動のコントロール
 3.強制的な治療は嫌われる
 4.治療が終わってからの言葉かけ
10 障害児への対応(緒方克也)
 1.かかりつけ歯科医と障害児
 2.かかりつけ歯科医を受診する障害児
  1:知的障害児
  2:身体障害児
 3.対応と処置
 4.障害児への歯磨き指導
 5.障害児と齲蝕
 6.障害児と歯周疾患
 7.軽度発達障害
  1:軽度発達障害とされるのは
  2:対応
11 小児歯科専門医への紹介(落合 聡)
 1.紹介したほうがよい症例
 2.紹介状の書き方
12 診療記録の残し方(落合 聡)
 1.診療記録(カルテ)
 2.顔面および口腔内写真
 3.スタディモデル
 4.X線写真
13 かかりつけ歯科医の歯科管理(緒方克也)
 1.歯科管理の考え方
  1:歯科管理の位置づけ
  2:歯科管理の目的
  3:歯科管理は独立した医療行為
 2.歯科管理の実際
14 小児歯科の安全管理(緒方克也)
 1.小児歯科と偶発症
  1:局所的偶発症と対応
  2:全身的偶発症と対応
実践編
1 健全な歯への齲蝕予防(進士久明)
 1.窩溝填塞(シーラント)
 2.フッ化物局所応用法
  1:フッ化物の塗布
  2:フッ化物洗口
  3:その他
 患者さんからの質問に対する回答の例 1
2 齲蝕に対する処置
 1.乳歯齲蝕/痛みのないもの:小さな齲蝕(進士久明)
  1:小窩裂溝部の齲蝕
  2:隣接面齲蝕
  3:平滑面齲蝕
  4:歯頸部齲蝕
 2.乳歯齲蝕/痛みのないもの:大きな齲蝕(高木みどり)
  1:歯冠の崩壊が大きな齲蝕
  2:歯肉に膿瘍(瘻孔)のある乳歯
  3:歯髄の露出(根尖病巣の認められない場合)
 3.乳歯齲蝕/痛みのあるもの:軽度の痛み(旭爪伸二)
  1:時々しみる
  2:咬合時に痛む
 4.乳歯齲蝕/痛みのあるもの:強度の痛み
  1:持続的に痛む
  2:歯が浮いたようでとても痛む
  3:顔面に腫脹が認められるとき
 5.永久歯齲蝕/痛みのないもの:小さな齲蝕(緒方克也)
  1:小窩裂溝部の齲蝕
  2:隣接面齲蝕
  3:平滑面齲蝕
  4:歯頸部齲蝕
 6.永久歯齲蝕/痛みのないもの:大きな齲蝕(進士久明)
  1:歯冠の崩壊が大きな齲蝕
  2:歯肉に膿瘍(瘻孔)のある永久歯
  3:歯髄の露出
 7.永久歯齲蝕/痛みのあるもの:軽度の痛み(高木みどり)
  1:時々しみる
  2:咬合時に痛む
 8.永久歯齲蝕/痛みのあるもの:強度の痛み
  1:持続的に痛む
  2:歯が浮いたようでとても痛む
  3:顔面に腫脹が認められるとき
 患者さんからの質問に対する回答の例 2
 患者さんからの質問に対する回答の例 3
3 口腔軟組織疾患の診断と処置(落合 聡)
 1.口内炎の診断と処置
 2.粘液嚢胞
 3.小帯異常
  1:舌小帯短縮症
  2:上唇小帯短縮症
 4.歯肉炎に対する処置
  1:不潔性歯肉炎
  2:萌出性歯肉炎
  3:口呼吸性肥厚性歯肉炎
  4:急性熱性疾患による潰瘍性の歯肉炎
  5:思春期性歯肉炎
  6:その他の歯肉炎と歯肉の疾患
 5.小児の歯周病
 患者さんからの質問に対する回答の例 4
4 外傷に対する処置(進士久明)
 1.歯の状態に変化のないとき
  1:乳歯の外傷
  2:永久歯の外傷
 2.歯冠が破折しているとき
  1:露髄のない場合
  2:露髄している場合
 3.歯が埋入しているとき
 4.歯の脱臼
 5.歯根が破折しているとき
 6.歯槽骨,顎骨が破折しているとき
 7.歯肉,舌の裂傷
 患者さんからの質問に対する回答の例 5
 患者さんからの質問に対する回答の例 6
5 顎関節の異常(旭爪伸二)
 1.顎関節の雑音
 2.下顎の異常運動
 3.顎関節の疼痛
 4.顎関節の脱臼
 患者さんからの質問に対する回答の例 7
6 歯列と不正咬合(山崎健一)
 1.乳歯列の不正咬合
  1:低位乳歯
  2:叢生
  3:上顎前突
  4:反対咬合
  5:過蓋咬合
  6:開咬
 2.混合歯列,永久歯列の不正咬合
  1:正中離開
  2:第一大臼歯の異所萌出
  3:叢生
  4:上顎前突
  5:反対咬合
  6:過蓋咬合
  7:開咬
  8:交叉咬合
 患者さんからの質問に対する回答の例 8
 患者さんからの質問に対する回答の例 9
 患者さんからの質問に対する回答の例 10
7 歯科に見られる先天異常(落合 聡)
 唇顎口蓋裂
 患者さんからの質問に対する回答の例 11
8 口腔機能の発達と歯科(緒方克也)
 1.食べる機能
  1:哺乳期の指導
  2:離乳食期の指導
  3:食べる機能の獲得
  4:食べるのが下手な子ども
  5:噛まない・噛めない・飲み込めない子ども
 2.言語の発達について
  1:発音不明瞭
  2:言葉が遅い
9 習癖への対応(旭爪伸二)
 1.指しゃぶりの魅力
 2.舌癖・舌の突出癖
 3.咬唇癖
10 継続管理と指導の実際(緒方克也)
 1.ハイリスク患者の管理の実際
 2.ローリスク患者の管理の実際
処置のポイント
 1.ラバーダム防湿の実際
 2.コンポジットレジンジャケット冠(CRJK)による修復
 3.乳歯冠による修復
 4.乳歯に対する歯髄鎮静療法
 5.乳歯に対する直接,間接覆髄法
 6.幼若永久歯に対する暫間的間接覆髄(IPC)法
 7.乳歯に対する生活歯髄切断法(生切)
 8.幼若永久歯に対する生活歯髄切断法
 9.乳歯に対する抜髄法
 10.幼若永久歯に対する抜髄法
 11.乳歯に対する感染根管治療
 12.幼若永久歯に対する感染根管治療
 13.乳歯の分割抜歯
 文献
 索引
【ヒント】(臨床の手技上のヒント)
 情報整理のポイント 子どもから嫌われる歯医者さんにならないために 説明時のポイント ビジュアルが大切 食生活チェック 歯磨剤の説明について・電動歯ブラシの説明について 交換期乳歯の抜歯基準 窩溝填塞のポイント 隣接面齲蝕への対応・充填時の工夫 材料の進歩による術式の変化 膿瘍の切開と掻爬 抜髄時の注意 歯の切削について 平滑面齲蝕への対応1・平滑面齲蝕への対応2 歯冠周囲炎の疑い ピンクスポット 脱臼歯への対応 縫合のポイント 反対咬合への対応 ラバーダム装着について 上手な生切 分割抜歯
【ノート】(臨床上の考え方)
 子どもの観察のポイント・発達に注意を要する場合 カリエスリスクの判定 大まかな歯の交換時期・永久歯の萌出遅延が見られる全身疾患 笑気吸入鎮静法・抑制具の使用 障害者歯科の専門性・障害者への歯磨き指導 小児歯科専門医に紹介したほうがよい症例 填塞材料の種類 フッ化物の毒性,有害性について 歯髄壊死と歯髄壊疽 小児が痛みを訴えるときの齲蝕以外の原因 小児歯科との連携 情報提供 治療方針を決めるポイント アペキソゲネーシスとアペキシフィケーション 露髄の理由を知る 歯髄炎が認められる場合 抜髄の前に背景を知る 歯科以外の腫脹の原因 ヘルペス性歯肉口内炎 上皮真珠・先天性歯 ブランダンヌーン嚢胞・ガマ腫 舌小帯 上唇小帯 歯冠色の変化 1歳未満児の歯の脱臼・脱臼の応急処置を伝える 破折部の治癒 歯槽骨,顎骨の破折への対応 後継永久歯が存在する場合・後継永久歯が欠如の場合 記録はまめに 上顎前突者の口呼吸 小児歯科専門医への紹介時期 指しゃぶりよりおしゃぶり・169 正中離開の術後保定 Hotz型人工口蓋床 (食べる機能の発達に)混乱を生じさせる要因 医療保険で請求する言語訓練 指しゃぶりへの対応 CRジャケット冠について 既製乳歯冠について 露髄したときの対応 抜髄時の注意 感染根管治療のポイント
【メモ】
 メディア視聴について日本小児科学会からの提言 インフォームドコンセントの考え方 非協力と不協力 障害者の定義・知的障害者 歯科医師会口腔保健センターの障害者歯科 生理的歯間空隙と歯冠幅径 言語聴覚士