やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

本書の発刊にあたって
 「口腔から実践するアンチエイジング医学」の発刊にあたって,序文を私が書くことになった.歯科領域の専門でない私が発刊にあたっての序文を依頼されることに読者はやや奇妙な感じを覚えるかもしれないが,本書の構成は何も歯科領域ばかりでなく,抗加齢医療全体も網羅されている内容である.それは,早くから老化を感じるのが口腔であるし,また口腔の老化が全身の老化に強く結びついているからである.
 私どもが日本の抗加齢医療・研究を啓発・推進するために2001年に設立した「日本抗加齢医学会」の概略についてまず触れさせていただこう.“抗加齢医療・医学”とは,寿命は90歳,100歳であっても,それまでは若者と同じように心身ともに健康で,仕事も生活もエンジョイでき,また特に女性の場合は美しく生きる,つまり寿命まではぴんぴんと生き,最後の数カ月でころりと死ぬ.国もこれに近い提言を行っており,私どもはこれを「PPK(ぴんぴんころり)」といっているが,これを達成するのが抗加齢医療・医学といってもよい.私は過去に国会や行政に身を置いていたときから,このようなことが今の日本に大きくプラスになることを力説してきた.
 加齢により種々の変化が起こる.代表的なものをあげると,1半分くらいのホルモンの分泌はかなり減る,2酸化される組織が多くなる,わかりやすくいうと体は錆びつく,3免疫能(異物を排除する力)も落ちてくる.しかし,人によってその進行が違うので,抗加齢医療の一つとしてこれらを正確にチェックし,どの状態にはどの医療がよいかという事実(evidence)を明確にし,それを行う必要がある.抗加齢医療の基本としては食生活,つまり過量にならないバランスのとれた食事を摂る,不足があると思えばサプリメントを用いる,適度で楽しい運動療法を続ける,心身ともにストレスを受けないようにする,などが最も基本的なことであり,これらが上述の1,2,3の予防,あるいは治療にもつながることになる.抗加齢医学とはこれらを十分研究し,よりよい健康を保つ医学である.また新しい抗加齢技術,医薬などを開発・研究することと考えている.
 “日本抗加齢医学会“は,2001年5月に20数名の有志の医師が集まり,日本における抗加齢医学・医療を推進・研究し,専門医,指導士,また認定施設を認定することを目的として“日本抗加齢医学研究会”として発足した.その後,2003年4月に“日本抗加齢医学会”と改組し,日本の医学会の重鎮である10名の先生に顧問としてご参画いただき,理事長を私が務めることとし,副理事長を吉川敏一氏,そのほか各専門分野の医師・研究者である14名の理事などに活躍していただいている.現在の会員数は実に約3,800名に到達し,そのうちおよそ8割が医師で,そのほか歯科医師,看護師,薬剤師,栄養士などの医療従事者など幅広い分野の方々が会員として参加している.
日本抗加齢医学会の概要
 【顧問】日野原重明(聖路加国際病院理事長・名誉院長),杉村 隆(国立がんセンター名誉総長/東邦大学名誉学長),高久史麿(自治医科大学学長/国立国際医療センター名誉総長),井形昭弘(名古屋学芸大学長),熊本悦明(札幌医科大学名誉教授/恊ォの健康医学財団会頭),渥美和彦(東京大学名誉教授/日本代替・相補・伝統医学連合会議理事長),塩谷信幸(北里大学名誉教授),赤沼安夫(恍ゥ日生命成人病研究所名誉所長/日本糖尿病学会前理事長),折茂 肇(健康科学大学学長),家森幸男(WHO循環器疾患予防国際協同センター長)
 【役員】<理事長>水島 裕(聖マリアンナ医科大学名誉教授/慈恵医大DDS研究所所長),<副理事長>吉川敏一(京都府立医科大学大学院医学研究科生体機能制御学教授),<理事>麻生武志(東京医科歯科大学大学院生殖機能協関学教授),市橋正光(神戸大学名誉教授/サンクリニック院長),白澤卓二(東京都老人総合研究所分子老化研究グループ研究部長),大内尉義(東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座教授),太田博明(東京女子医科大学産婦人科学主任教授),久保 明(高輪メディカルクリニック院長),塚本泰司(札幌医科大学医学部泌尿器科学講座教授),坪田一男(慶應義塾大学医学部眼科教授),名和田 新(九州大学大学院医学研究院病態制御内科教授),日野原茂雄(山中湖クリニック予防医療センター長),藤田晢也(ルイ・パスツゥール医学研究センター所長),増田寛次郎(日本赤十字社医療センター院長),山本順寛(東京工科大学バイオニクス学部教授/日本コエンザイムQ協会理事長),米井嘉一(同志社大学アンチエイジングリサーチセンター教授)
 【監事】笹森典雄(牧田総合病院付属健診センター院長),水野嘉夫(日本鋼管病院院長)
 以上,主として抗加齢医療,日本抗加齢医学会について述べたが,発刊にあたって最後に私自身のことを述べよう.私はすでに70歳を過ぎており,物理的には高齢者に属する.しかし,自分でいうのもおかしいが,頭脳その他,体のいくつかの部分は20年くらい前とあまり変わらないような気がする.ただ,すべて自分の歯とはいえ,半分以上の歯は処置をしているし,話す内容は同じでも,発音や流暢さは20年前と比べたらかなり落ちている.つまり,口の中のエイジングにより体全体のQOLが下がっていることになっている.ぜひ歯科領域の方ばかりにでなく本書が活用され,全身の抗加齢にも結びつけていただくことを望み,発刊にあたっての序とさせていただく.
 聖マリアンナ医科大学名誉教授
 日本抗加齢医学会理事長
 水島 裕

はじめに─抗加齢歯科医学序論
 少子高齢化が進み,2050年には国民の4割弱が高齢者となる超高齢社会に突入することや,う3,歯周病の罹患率の減少傾向から,従来型の歯科医療の転換が迫られている.
 「健康と若さを保ちながら年を重ねることを可能にする医学」として抗加齢(アンチエイジング)医学の普及が求められており,これは単に寿命を延ばすだけでなく,老化による心身の衰えを防ぎ,生活の質(QOL)を高く保ちながら社会的な生産性を維持することを目的とした医療である.抗加齢医学に基づく健康増進のための指導や療法は,厚生労働省が掲げる「健康日本21」を実現させるための新たな予防法としての具体的な取り組みでもあり,このことから歯科領域においても学術的な検証結果(EBM)に基づいた抗加齢歯科医学の実践が望まれている.
 現在の医学・歯学は臓器別,疾患別に細分化され特化することで発展してきた.しかしながら,新たな領域である抗加齢医学では体全体を視野に入れ,脳,骨,眼,皮膚,筋肉,血管,口腔などから思考に至る横断的な対応が不可欠であることから,その実践には他分野を包括した総合的な理解が求められている.さらに,近年の科学技術の発達に伴い,老化や寿命を制御するメカニズムの解明が飛躍的に進み,これらの研究活動からのさまざまな成果が老化度の診断や対処法に取り入れられている.このような情報をもとに全身の老化度を検査し,個々の弱点を補正するための対処を行い,その結果を評価することが抗加齢医学の基本であり,従来の人間ドックや検診とは差別化される.さらにその実践には基礎ならびに臨床研究との双方向的な加齢現象の理解が必要となることから歯科領域においても口腔とともに全身の老化の把握とその対処法の修得が求められている.
 抗加齢医学の実践における歯科の役割は大きく,口腔が全身の健康に深く関与していることは周知である.人生の終局に至るまで求めている楽しみは「食べること」と「話すこと」の2つが最も大きいだろう.口腔は眼とともに全身の老化を早期に体感する臓器であることから,歯科医療従事者は抗加齢医学の最前線にいる.歯の喪失,歯周病,口臭,味覚障害,口腔乾燥症で老化を自覚することが多く,歯科医師の抗加齢医学における役割は大きい.このことから,食べる,味わう,飲む,話すといった人間の根本的欲求をつかさどる機能のほかに,喜怒哀楽の表情をつくるなどに欠かせない器官を専門とするスペシャリストとしての力量が必要となってくる.
 本書では抗加齢医学の実践を目的に口腔領域から全身を把握するための診断法や対処法の現状の紹介を目指した.これらの実践は歯科と医科との連携により高度な抗加齢医学が達成可能になることから,この新たな医療の実践が大きなうねりとなって歯科医療が根底から活性化されることを期待している.
 鶴見大学歯学部教授 斎藤一郎
 ・本書の発刊にあたって(水島 裕)
 ・はじめに抗加齢歯科医学序論(斎藤一郎)
I アンチエイジング医学(内藤裕二/吉川敏一)
 1.アンチエイジング医学とは
  1)健康長寿とアンチエイジング医学
  2)加齢と老化
  3)アンチエイジング医学の実践
 2.アンチエイジング医学を理解するための老化のメカニズム
  1)エイジングのフリーラジカル説
  2)フリーラジカル生成物とエイジング
  3)抗酸化とアンチエイジング
II アンチエイジング医学実践のための検査と診断(米井嘉一)
 1.検査の種類とその目的
  1)老化度
   (1)血管年齢 (2)神経年齢 (3)ホルモン年齢 (4)骨年齢 (5)筋年齢
  2)老化危険因子
   (1)免疫機能 (2)酸化ストレス (3)心身ストレス (4)生活習慣 (5)代謝機能
 2.診断と評価
 3.アンチエイジングドックの運用
III 全身への対処法
 1.栄養指導(鷹取梨恵)
  1)全身への対処法
   (1)栄養とは (2)抗加齢における栄養摂取のポイント (3)老化と食物の関係 (4)現代の栄養についての問題点と対処 (5)診査・診断
  2)歯科領域における栄養指導
   (1)う蝕と歯周病の予防 (2)口腔機能の低下を防ぐ
 2.運動指導(戸苅晴彦)
  1)運動指導の考え方
   (1)現代人の実状 (2)高齢者の体力的特徴 (3)高齢者のトレーナビリティ (4)トレーニングの中心は骨・筋肉系と呼吸循環系 (5)運動を自分のものにするために「記録をする」
  2)運動指導の実際
   (1)骨・筋肉系トレーニング (2)呼吸循環系トレーニング
 3.サプリメント(青木 晃)
  1)サプリメントの考え方
   (1)サプリメントとは? (2)サプリメントは効果があるのか? (3)サプリメントの種類 (4)サプリメントの選択について
  2)アンチエイジングサプリメント処方
   (1)処方上の注意 (2)メラトニン,DHEAの処方
 4.キレーション治療(満尾 正)
  1)キレーション治療の歴史
  2)キレーション治療の内容と作用機序
  3)動脈硬化性疾患とEDTAキレーション治療
   (1)動脈硬化性心臓疾患 (2)閉塞性動脈硬化症 (3)総頸動脈の閉塞に対しての影響 (4)EDTAキレーション治療によるPWV値の変化
  4)EDTAキレーション治療の禁忌と副作用
   (1)腎毒性 (2)低カルシウム血症 (3)低血糖 (4)脱力感 (5)発疹 (6)催奇形性 (7)結核 (8)プラークによる塞栓
  5)有害金属とキレーション治療
   (1)ヒ素 (2)鉛 (3)水銀 (4)カドミウム (5)その他:アルミニウム,ニッケルなど
 5.ストレスへの対応(古賀良彦)
  1)ストレスとストレッサー
  2)ストレスの成立
  3)ストレスと心身症
  4)ストレスによる精神的障害
   (1)退行期および老年期のうつ病 (2)アルコール依存症 (3)不眠
  5)性格・行動とストレス
  6)ストレス対処
   (1)ストレスの精神生理学的評価 (2)香りによるストレス対処 (3)食品によるストレス対処 (4)ぬり絵によるストレス対処
 6.ハーブサプリメント(大澤俊彦)
  1)ハーブサプリメントを取り巻く状況
  2)ハーブサプリメントと漢方薬
  3)ハーブサプリメントのもつ生理機能
  4)ハーブサプリメントによるアンチエイジングへの期待
IV 口腔から考えるアンチエイジングの基礎
 1.口腔のアンチエイジングとは(斎藤一郎)
  1)口腔の役割と機能
  2)唾液の重要性
  3)口腔顎顔面周囲筋の役割
  4)歯科用金属
  5)歯科における新たな予防法
 2.歯周病とアンチエイジング
  1)歯周病と全身疾患の関連(菅野直之)
   (1)糖尿病と歯周病 (2)心血管疾患と歯周病 (3)呼吸器感染と歯周病 (4)早産・低体重児出産と歯周病 (5)骨粗鬆症と歯周病
  2)歯周病と性ホルモンの関連(中川種昭)
   (1)性ホルモンとは (2)歯周病と女性ホルモン
 3.口腔のQOLと老化の疫学(有川量崇)
  1)わが国における歯科保健の現状
   (1)歯科疾患の状況 (2)高齢者における健全歯数と医療費の関連性
  2)口腔状態とQOLの関連
   (1)QOL (2)口腔状態とQOLの評価
 4.歯科領域と酸化ストレス(李 昌一)
  1)酸化ストレスとは
  2)口腔機能と酸化ストレス
  3)歯科用薬剤と酸化ストレス
   (1)チタンの生体親和性・オッセオインテグレーションと活性酸素・フリーラジカル (2)フリーラジカル技術の歯科臨床への応用展開
  4)歯周病と酸化ストレス
  5)顎関節症と酸化ストレス
  6)歯科医学のアンチエイジング医学における役割酸化ストレスとの関連
V 口腔から考えるアンチエイジング診療の実際
 1.アンチエイジング診断学口腔の老化度(斎藤一郎)
 2.アンチエイジング診断のための検査
  1)口腔内老化度判定診査(徳永淳二)
   (1)現在歯数 (2)歯周組織の加齢変化 (3)咬合力 (4)摂食・嚥下機能テスト (5)カンジダ菌検査
  2)唾液量検査(山田雅昭)
   (1)安静時唾液検査 (2)刺激時唾液検査
  3)唾液検査(野村義明)
   (1)ホルモン (2)成長因子 (3)抗菌物質
  4)有害金属の現状とその診断・対処法(梁 洪淵)
   (1)有害金属とは (2)有害金属のエイジングへの影響 (3)フリーラジカルによる老化 (4)有害金属の体内への取り込み (5)有害金属汚染による障害 (6)歯科用金属の人体への影響 (7)有害金属の検出方法 (8)有害金属を体外に排出する方法 (9)EPMAによる金属分析
VI 口腔のアンチエイジングのための対処法
 1.口腔ケア(角 保徳)
  1)口腔ケアとアンチエイジング
   (1)口腔内微生物と全身疾患との関係 (2)高齢者の口腔衛生状態と老化
  2)口腔ケアの実践
   (1)健康な人の口腔ケア (2)要介護高齢者の口腔ケア
 2.唾液分泌への対処法(中川洋一)
  1)身体を守るための唾液の役割
   (1)生体の防御能 (2)唾液の役割
  2)唾液分泌低下への対処
   (1)唾液分泌低下の原因と診断 (2)分泌治療の考え方 (3)医科との連携 (4)対症療法としての薬物療法 (5)対症療法としての口腔粘膜の保湿 (6)カンジダ症への対応 (7)カウンセリング (8)対処法のまとめ
 3.筋機能療法を取り入れたフェイシャルトレーニング(伊藤淳子)
  1)シワやタルミの原因
  2)老化と筋量の関係
  3)噛むことの重要性
   (1)有歯顎者と無歯顎者では顔貌が異なる (2)歯ぎしりとくいしばり (3)食習慣や咬合習慣,癖などによる顔貌の変化 (4)加齢に伴う摂食・嚥下機能の低下による筋力低下
  4)口腔周囲筋
   (1)口腔周囲の筋肉について (2)口腔周囲の筋肉の位置と名称,機能 (3)口の周囲に現れる老化の7つのサイン
  5)フェイシャルトレーニングの実践
   (1)筋機能療法とは (2)フェイシャルトレーニングのための問診 (3)トレーニング前後に行われる測定:客観的評価 (4)トレーニング方法 (5)フェイシャルトレーニングの留意点
 4.摂食・嚥下機能とアンチエイジング(小松知子/李 昌一)
  1)エイジングに伴う摂食・嚥下機能の変化
   (1)口腔 (2)喉頭 (3)食道
  2)摂食・嚥下のメカニズムとその障害
   (1)認知期とその障害 (2)準備期とその障害 (3)口腔期とその障害 (4)咽頭期とその障害 (5)食道期とその障害
  3)摂食・嚥下障害における臨床症状と検査
   (1)臨床症状 (2)嚥下障害のスクリーニング法 (3)画像診断法
  4)エイジングによる摂食・嚥下機能の減退に対する予防法
   (1)摂食・嚥下機能の強化・維持 (2)食事場面での工夫 (3)摂食・嚥下障害に対するアンチエイジングを目指した食習慣
VII 口腔から始めるアンチエイジング医学の可能性と今後の展望(斎藤一郎)
  1)医療制度の変革に伴う歯科医療の職域拡大
  2)歯科医療の職域の拡大
  3)歯科医師の内科的対応
  4)アンチエイジング医学の実践に求められるコミュニケーションスキル