やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに─本書のねらい
 約四〇年の間,細菌学の研究・教育に専念し,大学教授を定年退官した後,病院で患者を診て数年目になる.ずいぶんながい間仕事をしてきた.私の仕事の専門領域は,おおざっぱに言えば,病原体の研究である.病原体とヒトのバトルを進化論的視点から考察しながら,自分自身の仕事を振り返ってみた.そして,これまで日夜自身に問いかけていた「仕事の延長線上に,人生の方程式が観えてきたか?」という問題に答えようと試みた.私は,「人類は自然と共生するしか生き残る道はない」という答えを掲げたい.
 二千数百年前の中国の戦術家孫子による書「孫子の兵法」を読んでみると,約三〇万年前からいたヒトと病原体が演じているバトルを,そのまま人間社会にあてはめているのではないのかとさえ思える.
 ヒトの口腔から侵入し,そこで常在したり,さらに肺や消化器に侵入したりする病原体がバトルの主役を果たしていることに,注目を喚起したい.
 山田 毅
I 暗殺者としての病原体
 病原体,特に口腔の病原体は“史上最大の暗殺者”だと断言する根拠
  ヒトは病原体に対して抗菌薬と免疫で防御しようとしているのだが
  弱毒化
  日和見感染症
  再興感染症/新興感染症
  癌・動脈硬化
  自己免疫疾患/まとめると
 病原体のプロフィール
  ヒト細胞と細菌細胞やカビとの相違点
  ウイルス/プラスミド
  プリオン
 実は,ヒトの食生活に役立つ非病原性微生物は病原性微生物よりも多い
  放線菌/有名な納豆菌/腸内と皮膚の常在細菌
 病原体の伝播と進化の方向
  垂直感染と水平感染
  人獣共通感染症
  逆襲する感染症/ヒトも淘汰される
  ヒトと細菌の果てしない“軍拡競争”
  抗菌薬開発の夜明け
  ペニシリンの発見/サルファ剤の発見
  用語の意味
  ペニシリンの実用化
  蛋白合成阻害剤の発見/多剤耐性菌の出現
  分子生物学の流れにのる研究のはじまり
  ペニシリンの作用機構と耐性獲得の機構
  セフェム系の登場
  ペニシリンとセフェム系の誘導体の開発
  MRSAの逆襲
  “救世主”バンコマイシン登場
  だが,どうしてバンコマイシン耐性菌が現れたのか?
  化濃や食中毒を起こすブドウ球菌からも,遂にバンコマイシン耐性MRSAも現れた
  ヒトと長年つきあってきたレンサ球菌は“軍拡競争”に熟練している
  蛋白質合成阻害剤の研究は分子生物学の進歩に貢献した
  多剤耐性菌の出現
  では,R-因子は何をしているのか?
  クロラムフェニコールの発見/テトラサイクリンの発見
  エリスロマイシンの発見
  リファンピシンの発見
  ニューキノロン系の登場
  薬剤耐性の伝達機構
  接合/形質導入/形質転換
  トランスポーゾンによる伝達
  インテグロンによる伝達
  ハイテク兵器
 免疫でも病原性微生物を根絶することはできない
  第1ラウンド
  第2ラウンド
  第3ラウンド
  第4ラウンド
  第5ラウンド
  重要なことは,Th1とTh2の二つは相互に抑制的であるということである/“病原体とのバトル”に勝利するためには,Th1とTh2のバランスが大きく崩れないように調整することが重要である
  ヒトは,ほとんどあらゆる抗原に対して,特異的に反応する抗体とTリンパ球を準備している/実は以上に述べた免疫担当細胞以外の細胞にも“予備軍としての潜在能力をもつもの”がいる
 免疫が病原体と共存する方向へ進化している例
  “強気を助け,弱きをくじく”結核菌
  昭和の初期まで,結核は”死の病”であったが,同時に“美と才能の病”というイメージをもっていた
  免疫学は,結核菌とともに歩み,発展してきた/特徴の一つ目は,増殖が遅いことである
  特徴の二つ目は,特有の脂質を大量に産生し,菌は糖脂質で覆われているということである
  三つ日の特徴は,DNAの塩基組成にある/特徴の四つ目は,蛋白質のアミノ酸組成と構造にある
  では,ヒトの免疫系は,結核菌に,どう応えているのか?
  ついでに述べておこう
  免疫学上重要なもう一つの細菌について書いておこう
 日和見感染症
  お年寄りは口腔を清潔にすると元気になる
  では誤嚥はどのようなときに起こるか?
  歯周病に罹っているヒトは,誤嚥による肺炎を起こしやすい/口腔・鼻腔,空気中の病原体は,弱いヒトの肺を“虎視耽々と狙っている”のだ
  口腔は抗菌薬多用のバロメーター
  エイズ・ウイルスは口腔に多彩な症状を現す
  話題になった日和見感染症
II 病原体が起こす被感染性の病気
 癌
  感染症は隠れた死因の第一位
  活性酸素の重要性/好中球の役割り
  では活性酸素とはなにか?
  病原体の抵抗が長引くと,次に貪食細胞であるマクロファージと樹状細胞が“バトル”に加わる
  活性酸素のDNA攻撃
  発症のプロセス
  癌細胞のエスケープメカニズム
  免疫機構の重要性/食生活は重要
  ヘリコバクター・ピロリ菌(Helicobacter pylori)は胃潰瘍と胃癌の原因になる
  ヒトはヘリコバクター・ピロリと共生している
  ヘリコバクター・ピロリと口腔細菌は影響し合う/ヘリコバクター・ピロリは皮膚科の病気とも関係している
  病原性機構の研究
  子宮頸部癌・陰茎癌・ある種の皮膚癌はパピローマ・ウイルスで引き起こされる
  肝臓癌はB型およびC型肝炎ウイルスによることが多い/カポジ肉腫はHHV-8と呼ばれるウイルスによって起こされることがある
  エプスタイン・バー・ウイルス(EB virus)が鼻咽頭の癌(バーキット腫,上咽頭癌)を起こす
  ヒトのT細胞白血病ウイルスは成人型白血病を引き起こす/口腔に常在する細菌ナイセリアはアルコールを分解しアセトアルデヒドをつくるので,咽頭や喉頭の癌を引き起こしている
  ある種のウイルスや細菌は癌を消退させることがある
  BCGの歴史
 動脈硬化
  病原体は動脈硬化を起こす役割を演じている
  肺炎・クラミジアが動脈硬化を起こすことが話題になっている
  コレステロールと動脈硬化
  クラミジア感染・LDL・動脈硬化の関係
  動脈硬化は感染症であると言ってよいか?
  歯周病関連菌が動脈硬化を起こす
  レンサ球菌もスピロヘータ菌もあやしい
  口腔細菌は,なぜ細心の注意が必要なのか
  動脈硬化を起こすマイコプラズマとはどういうものか/幻の熱性疾患「Q熱」
  細菌がもつ内毒素はTNFαを産生させ,これが心不全を悪化させる
  動脈瘤を起こす細菌の報告が増えている
 自己免疫疾患
  自己免疫疾患が起こる理由
  免疫系の破綻
  女性に自己免疫疾患が多いのはなぜか?/個人差がある
  感染が引き金となり起こる甲状腺炎が多い/甲状腺がねらわれる理由
  慢性関節リウマチ
  重症筋無力症はウイルス感染などで起こる
  ベーチェット(Behcet)病はある種の口腔細菌が発症させているのではないのか?/ギラン・バレー症候群(Guillain-Barre´ syndrom=GBS)
  エリテマトーデス(Lupus erythematosus)は自己免疫疾患である/クローン(Crohn)病
  現代の奇病,顎関節症
  シェーグレン(Sjoegren)症候群/中枢神経系の難病
  アルツハイマー病と統合失調症
  多発性硬化症
  攻撃のメカニズム
  慢性疲労症候群
  強迫神経症/ボルナ病ウイルスと精神疾患/まとめ
  自己免疫疾患抑制に使用されるステロイドの役割
  閑話
 その他
  歯周病関連の細菌が糖尿病を増悪させる
  微生物が起こす非感染性の病気,アトピーや喘息は感染症の影響を強く受けている
  寄生虫の役割
  A型肝炎ウイルスの役割
  非感染性の病気,不妊,子宮外妊娠,流産,早産はクラミジア性感染症で起こることもある
III ヒトと病原体の“軍拡抗争”
 “バトル”の一次方程式
  病原体のヒトへの侵入
  ある種の病原体は粘膜上皮にある「受容体」に接着しているが,またある種の病原体は細胞の中に侵入する
  毒素を発射し攻撃する細菌もいる/貪食細胞に誘われるごとく“喜んで侵入”し,細胞内に寄生する細菌もいる
  病原体はそれぞれ特徴的な機構により細胞の代謝を撹乱している/病原体とヒトの進化
  しかし,病原体は“虎視耽々と病原性を強くする機会を狙っている”
  では,強毒性の病原体を“ヒトと共生”させる方向に進化させるための手段はあるか?
 “バトル”の二次方程式─身体の防御線:免疫糸はホルモン系・自律神経系と“対話”しながら恒常性を維持している
  病原体は,ストレッサーである
  恐怖感,落胆,怒り,肉体的および言語的暴力は,日常のストレッサーである
  アドレナリンと免疫系の仕事
  コルチゾールと免疫系の仕事
  視床下部の刺激は交感神経を興奮させる
  神経系‐ホルモン系‐免疫系は境界不鮮明である
  感染症に強いことは長寿と権力闘争に勝利をもたらす原動力だ
 “バトル”の三次方程式─妥協としての病気
  生物が生きる目的
  ヒトの進化の原動力/ヒトの競争
  肥満と高脂血症
  糖尿病
  統合失調症
  痛風
  進化論
 人生の共生関係連立方程式─ヒト社会も共存の方向に進化しているのではないのか
 また繰り返す.生物が競争する目的はなにか?

  ・参考文献
  ・あとがき
  ・著者履歴