やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 医事紛争に関する対応をまとめた書籍はいくつか発行されていますが,そこで取り上げられている事例は,患者さんが死亡したとか深刻な健康被害が生じたというケースが多いようです.しかも解説は法律的な事項が中心で,必ずしも実際の臨床現場ですぐに役立つ内容ではないようです.
 私は23年前(1982 年)から歯科医師として働きつつ法律学を学び,現在は歯学部において教鞭を執りながら憲法学を専攻しています.これらの経験から,歯科における医事紛争の実態は,深刻な健康被害が生じた事例が少なくないものの,頻度としては「電話の応対が悪い」「治療費が高い」「服に薬品がついて変色した」といった健康被害以外の原因で紛争に至ったケースが非常に多く,しかも臨床医の先生方はそのような事例を解決することに苦労をされているように感じました.
 ところが,「電話の応対が悪い」などの事例が裁判になることはなく,医事紛争の解説書で目にすることもなかったように思います.しかし実際の臨床現場では,このようなレベルの医事紛争の解説書こそが必要とされているのではないかと考え,本書を執筆しました.したがって,日常的に起こりうる事例を軸にその解決方法を示したため,深刻な健康被害が生じた事例については割愛しています.
 本書が先生方の診療の一助になれば望外の喜びです.
 2005年8月
 佐久間 泰司
事例
 事例―(1) 謝罪の遅れ
 事例―(2) 親族が代理人に
 事例―(3) 専門医への紹介遅れ
 事例―(4) 謝罪の撤回
 事例―(5) 慰謝料を支払う約束
 事例―(6) FCによる皮膚変色
 事例―(7) 相手の脅し
 事例―(8) 誠意のある対応
 事例―(9) 取り次がれない電話
 事例―(10) 説明と同意
 事例―(11) 説明不足
 事例―(12) 訴えとは異なる本当の不満
基礎知識
 PartI 医事紛争とは―医療事故・医療過誤との関連
  第1章 医事紛争とは何か
   1.クレーム,トラブル
   2.医事紛争
   3.医療事故と医療過誤
  第2章 医事紛争を解決するということ
  第3章 紛争解決の基本的な流れ
   1.紛争の本質の把握
   2.客観的事実の把握と明確化
   3.対立点の整理
   4.和解案の提示
 PartII 医事紛争が起こったときの心得―和解への道
  第1章 患者さんの気持ちを理解する
   1.いま,患者さんの気持ちは?
   2.理解の手助け―心理学的な要素から
   3.紛争当事者である患者さんの願い
  第2章 健康回復を目指す
   1.治療を優先する
   2.高次医療機関へ依頼する
   3.予後を説明する
   4.治療費の負担
  第3章 応対の際,注意すべきこと
   1.患者さんを不快にさせない
   2.患者さんを待たせずに応対する
   3.話をよく聞き,復唱する
   4.患者さんの苦悩に共感する
   5.患者さんとの応対は院長室で行う
   6.患者さんへの説明には専門用語を避ける
   7.その患者さんは大勢のなかの1人ではない
   8.患者さんと会話する際の位置関係に注意する
   9.患者さんの家族などにも気配りをする
   10.会話の録音機材を準備しておく
   11.歯科医師賠償責任保険の話は慎重にする
   12.代理人と応対することもある
   13.攻撃的な患者さん
   14.謝罪について
  第4章 カルテ開示
   1.カルテ開示請求
   2.証拠保全による開示
 Part III 医療訴訟と医事紛争の解決―和解での手続き
  第1章 法的手続きへの対応
   1.弁護士や認定司法書士が代理人に選任された場合
   2.証拠保全に来たとき
   3.音沙汰のないとき
   4.訴状が届いたとき
  第2章 和解の時期
   1.治療を尽くしたか
   2.十分な説明を尽くしたか
   3.症状が固定したか
   4.金銭で解決できるか
   5.患者さんが冷静に判断できるようになっているか
  第3章 解決金額の基準
   1.解決金算定の根拠となる項目
   2.解決金額の話し合い
  第4章 和解文書の作成・締結
   1.和解文書検討の重要性
   2.和解文書に求められること
   3.和解文書の内容
   4.条項の省略……111
   5.和解文書に記述してはいけないこと,合意してはいけないこと
   6.和解文書とみなされる文書
  第5章 解決金の支払いと歯科医師賠償責任保険からの払い戻し
   1.領収証の受け取り
   2.解決金を支払わないとどうなるか
   3.誰が支払うのか
   4.歯科医師賠償責任保険からの払い戻し
  第6章 医薬品副作用被害救済制度
   1.給付項目
   2.積極的に利用しましょう
  第7章 医療事故における法的責任
   1.民事責任
   2.刑事責任
   3.行政責任
エピローグ
 第1章 紛争は「処理」せずに「対応」するもの
 第2章 クレーム・医事紛争は生き残りの貴重な情報源
  1.ハインリッヒの法則
  2.ハインリッヒの法則を歯科医院に応用
  3.情報源としてのクレームや医事紛争
 用語解説
 文献
 索引