やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 私たちは,誰しも健やかに老いることを望みますが,寝たきりでない在宅高齢者でも,その約1割が摂食や口腔ケアに関して自立しておらず,介護が必要であることが報告されています.また,寝たきり在宅高齢者の歯磨き自立度およびうがい自立度では,それぞれ約2/3が要介護と報告されており,口腔ケアの社会的必要度は極めて高いことがわかっています.
 要介護高齢者にとっての口腔ケアとは,全身状態を良好に維持するための重要なケアの一つであり,効率的・効果的に実践することは重要です.しかし,口腔ケアに対して非協力的であったり,全身状態不良や寝たきり,体位や誤嚥の危険性の問題があることが多く,さらに,口腔内の状態も均一ではありません.そのため,今までは画一的な口腔ケア方法では対応がむずかしく,口腔ケアは口腔の専門家である歯科医師ならびに歯科衛生士が,状況の異なる口腔内を診査したうえで各個人の口腔状態と全身状態に適した口腔ケアを行うことが望ましいといわれてきました.
 しかし,要介護高齢者を擁する施設あるいは在宅の現場で,歯科医師,歯科衛生士のみによって専門的口腔ケアを行うことは,人員的にもコストの面からも不可能です.多くの場合,看護師や介護者などにより,全身的なケアに加え口腔ケアが行われているのが現状ですが,時間的制約,他人の歯を清掃することの心理的障壁,技術的困難さ,要介護高齢者の協力が得られないことおよび口腔保健の知識の欠如により,必要十分な口腔ケアが行われていないのではないでしょうか.また,口腔ケアの方法について,看護師や介護職種に対し卒前・卒後を通じて必ずしも十分な教育実習が行われているとはいえず,口腔内の清掃法についてもそれぞれの現場で経験的に,あるいは慣例的に行われているのみで,系統立った方法が普及されているとはいえません.
 このような背景のもと,自分で口腔清掃が困難な要介護高齢者に対して,一般の介助者が簡易に行え,安全かつ効果的な口腔ケア法の開発と普及を行うことにより,口腔内を清潔に保ち,口腔内微生物を減少させる適切なコントロール法の確立が求められていました.そこで私たちは,根拠に基づき効果的で効率的な口腔ケアができるように,平成12年度から3年計画で行った厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合研究事業)“高齢者における口腔ケアのシステム化に関する総合研究(主任研究者:角 保徳)”の成果の一つとして口腔ケアシステムを作成しました.
 本システムにより,要介護高齢者のQOL向上,要介護高齢者および介護者双方の負担の軽減等が見越せると考えています.しかも,私たちが提唱する口腔ケアシステムは,機械的に画一的な口腔ケアを押しつけるのではなく,要介護高齢者やその介護者の方々に情報提供や精神的な支援活動を同時に行うことを目指しています.口腔ケアの普及を通じて口腔ケアや介護の情報をそうした方々と共有し,コミュニケーションをはかっていくことが大切だと考えているからです.
 また,歯科医師,歯科衛生士などの歯科医療担当者には,口腔ケアシステムの適用できない重症の要介護高齢者へ,より専門性の高い口腔ケア,摂食・嚥下リハビリテーション等の高度な技術を提供すると同時に,口腔ケアシステムを看護師や介護者など他職種の方に指導できる知識と技術を身につけることを期待しています.
 “口腔ケアが必要とはわかっているけれど,時間的制約もあり,具体的にどんな方法で行うのかが分からない”そう思っている皆さんへ.口腔ケアを標準化した本システムが少しでも皆さんのお役に立ち,また,皆さんの接する要介護高齢者の方々のQOLが少しでも向上することを心より願っています.
 平成16年5月
 角 保徳
5分でできる口腔ケア 介護のための普及型口腔ケアシステム Contents

■実践編
口腔ケアシステムの実践(角 保徳)
・口腔ケアシステムの実際例
・ADLのレベル別口腔ケアシステムの実践
・歯科医師,歯科衛生士と口腔ケアシステム

■基礎編
口腔ケアはなぜ行わなくてはならないの?(角 保徳)
 1.加速する高齢社会と要介護高齢者数
 2.要介護高齢者の口腔の現状
 3.口腔と全身の健康
 4.口の状況からみた口腔ケアの必要性
 5.機能回復を目指す口腔ケア
 6.口腔ケアの効果
口腔ケアをとり巻く社会的現状と問題点(角 保徳)
 1.要介護高齢者の口腔自立度
 2.口腔ケアの社会的普及状況
 3.口腔ケアが普及しない原因
 4.介護保険における口腔ケアの位置づけ
 5.介護者・看護師の口腔ケアの認識と現状
 6.在宅介護者の口腔ケアの認識
お年寄りの口のなかの特徴と問題点,口腔機能と摂食・嚥下機能を考えましょう
 1.残っている歯の数とその状態(戸原 玄,植松 宏)
 2.歯以外の特徴
 3.摂食・嚥下機能
口腔ケアを行うために必要な基礎知識(角 保徳)
 1.全身状態の確認
 2.口腔内の状態の把握
 3.口腔ケアを行うときの体位
 4.口腔ケア実施上の心理的な注意事項
 5.口腔ケアを実践するときのその他の注意点
 6.口腔ケアの後処理
 7.口腔ケア用品
口腔ケアシステムとともに知っておきたいその他の事項(戸原 玄,植松 宏)
 1.補助的清掃法
 2.入れ歯の清掃法と管理法
 3.摂食・嚥下障害
 4.舌台付着状況と口臭
歯科医師・歯科衛生士が行う専門的口腔ケアとはどんなもの?(角 保徳)
 1.“専門的口腔ケア“と“普及型口腔ケア”の関係
 2.予防,治療,リハビリテーションを含む広義の口腔ケア
 3.専門的口腔ケアの定義
 4.専門的口腔ケアでは何をする?
 5.専門的口腔ケアの効果
コラム――口腔ケア支援機器(角 保徳)
コラム――口腔ケアシステムによる口唇機能の向上についての実際例(永長 周一郎)
コラム――特別養護老人ホームにおける口腔ケアシステムの評価(中村 康典)
資料 口腔ケアシステムの有効性(角 保徳)