やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば

 二十有余年前,九州歯科大学山岳部の学生諸君は,北アルプスの冬山合宿などで,ヒマラヤの山行を夢みていた.“単なる山遊び“だけでは物足りない,なにか特別な,あるいは付加価値を加えた山行を,という思いが育まれていった.このような胎動の時期に,その中心となってコーディネートしてくれる人物がいたことは誠に幸いだった.その人物は中村修一博士(九州歯科大学生理学講座助教授,同大学国際交流・協力室長).中村博士を中心に具体化案が検討されはじめた.つまり,“山岳部員の体験を生かした歯科学的貢献”という目標を掲げ,若い諸君が活発に検討し行動した結果,実行プランが打ち立てられた.ただちに歯科学際的に協力者を募集,全国各地から各領域(医学・栄養学・看護師・歯科衛生士・記者・編集者・農業専門家・建築家・その他)に及ぶ人材が集まった.
 その発想は当初は「遊び心」からであっても,隊員の真摯なボランティア精神・歯学的情熱と,コーディネーターとしての中村博士の非凡な才能と人間性などによって,その活動は継続され,拡大・発展し続けてきた.足跡はネパールに対する大いなる貢献だけではなく,歯学の社会的意義をも改めて明確化してくれたとさえも思われる.さらに私が嬉しく思うことは,若い隊員諸君がミッションに参加するたびに,人間的な成長を著しく感じる点である.
 本書は,ネパール歯科医療協力会(ADCN)の15年間における体験を中心とした国際協力の解説書である.隊員諸君の今日までのご苦労のほどが,本書の出版によって世に公開されることにより多少とも理解されるであろうと,私は喜んでいる次第である.本書の「推薦のことば」を申し上げるにあたり,このミッションの誕生の概要について記述した.執筆者の現場の体験に基づく多方面にわたる記述は,歯学領域を超えた国際協力の21世紀以降における発展に参考ともなり得ると思われる.今後の国際協力に関心のある方,とくに若い方々には絶好の参考書であると思い,ここに推薦致す次第である.

 2003年9月
 鹿児島大学名誉教授
 浦郷 篤史


はじめに

 地球には約62億人が住むが,そのうち約80% は途上国の人々である.途上国の貧困と社会混乱は著しい.先進国は半世紀以上にわたり約100兆円を超える援助を行ってきたが,いまだ貧困は解決に至っていない.とくに途上国の人口の約半数の30億人の衛生環境は劣悪であり,基本的な生命を守ることが困難で先進国の援助が待たれている.
 途上国の歯科保健も同様で,必要十分な供給が不足している.歯科の問題は緊急医療に比べ一見ニーズが低いようにみえるが,人々はむし歯や歯周病に起因する疼痛や咀嚼障害を我慢し,諦めのなかにいることを,私はネパールでの活動で感じている.
 ネパール歯科医療協力会は1989年に歯科保健医療活動を始め,15年間に17回のミッションをネパールに派遣した.その結果,11カ所のフィールドで11,761人に歯科診療を,31,117人に保健活動を実施した(合計42,878人).このミッションに参加した日本人隊員は,延べで446人を数える.
 ネパールでの15年間のプロジェクトは,(1) 活動内容が,歯科診療中心のメディカルケアから予防歯科や学校歯科保健などヘルスケアに移行した,(2) 活動の主体は,ネパール人が一方的に治療をうける依存型から,ヘルスケアの導入や口腔保健専門家の養成プロジェクトの推進による現地スタッフの自発的参加による自立型にシフトした,(3) 活動対象が個人から集団を経て,地域へと広がった,など大きく3つの変容があった.
 本書は,これら15年にわたるネパールでのフィールド活動をベースに構成されている.国際歯科保健医療協力に興味のある人や,これから活動を始めようとする人の参考になればと願っている.執筆者は全員このミッションの参加者で,現場での経験を原稿にしている.PART 1の国際歯科保健の理論以外は,すべて446人の隊員がネパールの村で実践した歯科保健医療開発の標しであると言える.読者の皆様のお役にたてば幸甚である.
 本書の出版に際し,過去15年間に参加した隊員の献身的活動と,これを支えてくださったネパール歯科医療協力会の会員や関係者の皆様のご厚情に深甚の謝意を表す.また,現地のカウンターパートであるNATA(ネパール結核予防会)のプラダン総裁をはじめ,多くのネパールの友人の協力が私たちの15年間のプロジェクトを支えてくれた.国境を越えた友情に深謝する.最後に,出版にあたって尽力をいただいた医歯薬出版編集部の牧野和彦さんに心よりお礼を申し上げる.

 2003年8月
 ネパール王国カトマンズにて
 中村 修一
CONTENTS
国際歯科保健医療学 目次

執筆者一覧
推薦のことば
はじめに
写真でみる国際歯科保健医療協力

part 1 国際歯科保健医療協力とは
 chapter 1 なぜ国際協力が求められるのか――中村修一
  1.途上国の実態
  2.国際協力の理念と経過
  3.なぜ,途上国は貧困から脱出できなかったか
  4.これからの開発はいかに進むか
 chapter 2 国際保健の現状――中村修一
  1.5歳未満児死亡率
  2.感染症
  3.清潔な水・食糧
 chapter 3 国際歯科保健医療の現状と課題――深井穫博
  1.社会資源と歯科保健医療サービス
  2.歯科疾患の罹患状況にみられる国際較差
  3.貧困と歯科保健の状態
  4.歯科治療に対するニーズと適正技術
 chapter 4 援助の実際,ODAとNGO――中村修一
  1.ODA(Offficial Development Assistance:政府開発援助)
  2.日本のODA
  3.NGO(Non-Government Organization:非政府組織)
  4.日本のNGOの実態

part 2 プロジェクトの実行と理論
 chapter 1 まず実行すること――中村修一
  1.プロジェクトの要素
  2.できることから始める
 chapter 2 理論が必要となる――中村修一
  1.緊急医療援助と保健医療開発
  2.プライマリヘルスケア(PHC)
  3.ヘルスプロモーション(HP)
 chapter 3 メディカルケアからヘルスケアへ――中村修一
  1.予防歯科の開発と巡回歯科,学校歯科保健
  2.現地口腔保健専門家の養成事業へ
  3.マザーボランティアグループの参画
  4.ヘルスケアとメディカルケア
 chapter 4 住民自立型のヘルスプロモーション――深井穫博
  1.開発途上国において健康プロジェクトをいかに育成するか
  2.住民自立型のヘルスプロモーション
  3.歯科健康プロジェクトの特徴と優先度
 chapter 5 地域保健開発とプロジェクトゴールの設定――深井穫博
  1.国際歯科保健医療協力における地域保健開発
  2.ゴール達成のための戦略
  3.プロジェクトのゴールの具体的設定
 chapter 6 プロジェクト評価――中村修一
  1.評価の目的
  2.ネパールでのプロジェクトの評価

part 3 途上国における歯科保健医療プロジェクトの実際
 chapter 1 歯科診療・予防歯科(外来)
  1.途上国での歯科診療の特徴 太田信知
  2.歯科治療の方針 徳永一充
  3.診療スタッフと業務
   3.1. 日本人スタッフの役割 澤熊正明
   3.2. 現地スタッフの役割 西野宇信
  4.実際の運用
   4.1.受付と問診 徳永一充
   4.2.1日何人診療できるか(歯科医師,歯科衛生士数と診療患者数) 太田信知
   4.3.歯科衛生士の業務 杉岡千津,梁瀬智子,山田 愛
   4.4.器具の消毒・滅菌 北 佳子
   4.5.診療カルテの記載とその分析 小川孝雄
 chapter 2 口腔保健専門家の養成(初級・上級コース,COHW)
  1.口腔保健専門家とは何か 蒲池世史郎
  2.口腔保健専門家養成システム 蒲池世史郎
  3.初級コース 蒲池世史郎
  4.上級コース
   4.1.カリキュラム 小宮愛恵
   4.2.健康教育教材づくり 小宮愛恵
   4.3.学校保健教育システム開発 矢野裕子
   4.4.歯科検診トレーニング
    4.4.1.なぜ歯科検診トレーニングが必要か  小原真和
    4.4.2.歯科検診トレーニングの実際 沼口麗子
    4.4.3.歯科検診トレーニングの評価  伊吹直子
    4.4.4.歯科検診トレーニングの現場での活用と展望 平出園子
   4.5.歯の健康大会 伊吹直子
  5.受講生の理解度(評価データから)
   5.1.事前・事後調査結果から 矢野裕子
   5.2.受講生の総合評価 小宮愛恵
   5.3.日本人とネパール人講師間の比較,経年比較 坪田 真
   5.4.受講生(学校教師)の反応 森 淳
   5.5.受講生(学校教師,ヘルスワーカー)の反応 鶴屋誠人
 chapter 3 学校歯科保健
  1.なぜ途上国で学校歯科保健が必要か 深井穫博
  2.地域での学校歯科保健の展開 矢野裕子
  3.学校歯科保健の内容
   3.1.歯科検診 矢野裕子
   3.2.教材の開発 矢野裕子
   3.3.集団指導のハウツー 重田幸司郎
   3.4.学校状況の把握 矢野裕子
   3.5.学校での健康教育システムとテキスト 矢野裕子
   3.6.日本人によるモニタリング(定期学校訪問)麻生 弘
  4.12歳児の検診・充填 藤田孝一
  5.子供から子供へ 矢野裕子
 chapter 4 フッ化物洗口
  1.フッ化物洗口の意義 深井穫博
  2.フッ化物洗口の地域での普及プロセス 深井穫博
  3.学校でのフッ化物洗口の実際
   3.1.薬剤管理者への調剤トレーニング 重田幸司郎
   3.2.薬剤の管理,調整,配布システム 矢野裕子
   3.3.現場の学校教師へのトレーニング 松岡奈保子
   3.4.学校での薬剤管理,運用,実施手順 松岡奈保子
   3.5.器材の入手方法 矢野裕子
 chapter 5 巡回歯科保健
  1.暮らしのなかの歯科保健をどう活性化するか 白田千代子
  2.家庭訪問を中心とした巡回歯科保健 増田美恵子
  3.暮らしのなかの歯科保健のキーパーソン 安部一紀
 chapter 6 栄養プロジェクト・シュガーコントロール――安部一紀
  1.栄養調査から,栄養プロジェクトへ
  2.シュガーコントロールの意義と展開
 chapter 7 母子保健と歯科保健
  1.母子保健の意義 小山 修
  2.母子保健の展開 奥野ひろみ
  3.女性の健康 小山 修
  4.母子保健と歯科保健 深井穫博
 chapter 8 地域保健開発と口腔保健専門家
  1.地域保健開発とコミュニティ・オーガナイゼーション 深井穫博
  2.口腔保健専門家の役割 深井穫博
 chapter 9 山間部,僻地での歯科保健医療プロジェクト
  1.山間部,僻地でのプロジェクト 平出吉範
  2.キャラバンの編成や生活,診療機材の輸送 金沢 健
  3.山間部,僻地での歯科診療の実際 徳永一充
 chapter 10 調査活動
  1.疾病構造
   1.1.う蝕の罹患状況 仙波伊知郎
   1.2.歯周病の罹患状況 駒井伸也
   1.3.顎関節症の状況 大野秀夫
  2.生活実態調査 安部一紀
  3.生活用水の分析調査 河岸重則
  4.シュガーコントロールと栄養調査 安部一紀
  5.口腔細菌の調査 小川孝雄
  6.口腔保健行動の調査 深井穫博
  7.地図をつくる 仙波伊知郎
part 4 国際歯科保健医療協力の運用--計画から実行まで--
 chapter 1 計画の立案
  1.現地を知る 仙波伊知郎
  2.実現可能なことから始めよう 仙波伊知郎
  3.目標は実行の後に評価して設定する 仙波伊知郎
  4.初期の立ち上げに必要なこと 中村修一
  5.計画書と年間スケジュール 中村修一
  6.年度制のメリットとデメリット 中村修一
  7.カウンターパートは大切 深井穫博
  8.学生参加 深井穫博
  9.継続可能なプロジェクト,その条件:目標・人的資源・国内支援組織・資金など 仙波伊知郎
 chapter 2 人 間
  1.プロジェクトは人で決まる(コミュニケーション)
   1.1.国内の人間関係 徳永一充
   1.2.国外の人間関係 桑原孝史
  2.隊員能力をいかに活かすか 奥野真人
  3.隊員募集法 大野秀夫
  4.IDチャート 西野宇信
  5.メンバーシップとリーダーシップ 大野秀夫
  6.隊員の情報伝達
   6.1.隊員ニュース 飯田典子
   6.2.メールリンク 満田隆之
   6.3.研修会 坪田 真
 chapter 3 国内組織の運営
  1.活動の母体になる組織をつくろう 仙波伊知郎
  2.国内組織の維持 仙波伊知郎
  3.会報を出そう 飯田典子
  4.総会を開こう 松岡奈保子
  5.地域の国際協力団体と交流しよう 松岡奈保子
 chapter 4 現地組織
  1.現地に自立に向けた組織をつくろう 深井穫博
  2.NATA(ネパールでのカウンターパート) 仙波伊知郎
  3.HP委員会(ヘルスプロモーション委員会) 仙波伊知郎
  4.COHW
   4.1.口腔保健専門家の組織づくり 小原真和
   4.2.COHWの役割 矢野裕子
   4.3.COHWによる自立型歯科保健の展開 坪田 真
  5.マザーボランティアグループ 安部一紀
 chapter 5 現地プロジェクトの運用
  1.総務活動 大野秀夫
  2.安全管理 樋口 惣
  3.隊員の健康管理 三浦喜久雄
 chapter 6 機材(物)など
  1.国内での機材の準備 中村修一
  2.現地での機材の運用 杉岡千津
  3.機材の梱包・輸送 小川孝雄
  4.機材の設置(診療チェアなど) 梁瀬智子
  5.電源(照明,動力) 西野宇信
  6.現地での機材管理 北 佳子
 chapter 7 資 金――中村修一
  1.資金の調達・公的資金と自己負担,寄付
  2.会計処理(現地の会計処理を含む)
 chapter 8 情報に関して
  1.発信する(隊員間の情報伝達システム) 仙波伊知郎
  2.記録と管理 藤田孝一
  3.帰国後の活動報告と報告書の発行 中村修一
  4.学会の有効活用(評価) 深井穫博
  5.パソコンの活用とメールの活用 仙波伊知郎
 chapter 9 プロジェクトから学んだもの
  1.自己発見と感動,すなわち自己啓発 大野秀夫
  2.歯科医師として参加して(感想文のまとめ) 金子研一
  3.歯科衛生士として参加して(感想文のまとめ) 重田知子
  4.歯科学生として参加して(感想文のまとめ) 大野秀夫
 chapter 10 ネパールでの取り組み(ADCN活動の概要)
  1.ADCN活動の歩み 仙波伊知郎
  2.ネパール歯科医療協力隊参加隊員名(1次隊 1989年〜17次隊 2003年) 中村修一
  3.ネパール歯科医療協力会の論文・学会・新聞・放送などの活動(1990年〜2003年) 中村修一

INDEX 索引