やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき

 痴呆は,いまだ治療法がない病気の一つです.そしてその病態もまだ十分に解明されてはいません.しかし痴呆高齢者は年々増加しており,厚生労働省の資料では,現在の65歳以上人口における痴呆の有病率は約7%程度ですが,人口の高齢化とともに増加し,2025年には約10%となることが予測されています.したがって,歯科においても痴呆高齢者を診療する機会が当然増えてくると考えられます.
 痴呆は,高齢者医療・看護・介護のなかでもさらに専門的な分野として区分けされています.それは,痴呆が精神活動の障害を伴っているために,その対応がむずかしいとされているからです.歯科関係者はこのような痴呆患者に関する知識が豊富にあるとはいえず,現場では苦悩することもしばしばあります.
 痴呆患者への歯科的な対応を記した書は,いままでありませんでした.しかし今後,必要となってくることは言うまでもありません.
 そこで本書では,まず痴呆についてその分類と医科的対応,患者および家族の心理,そして痴呆のある人とどのように向き合えばよいかについてまとめ,私たちが痴呆患者に接するときの理念を伝えております.
 そのうえで歯科において痴呆患者をいかに診ていくのか,具体的な治療や口腔ケア,摂食・嚥下リハビリテーションなどについてまとめていますので,今後増えてくる痴呆患者の歯科治療を行うにあたり,必携の書となることでしょう.
 最後に多忙のなか,ご執筆いただいた諸先生方に感謝するとともに,編集に尽力いただいた医歯薬出版の編集者各位に深く感謝いたします.

 2003年9月
 編集委員
 青柳公夫
 遠藤英俊
 大島久智
 阪口英夫
 鈴木俊夫
文献
執筆者一覧
まえがき

■I編 痴呆について知っておこう
1章 痴呆とは
 1 痴呆の定義
 2 痴呆と加齢に伴う記憶障害
 3 痴呆の原因疾患
 4 痴呆の診断基準
 5 痴呆と鑑別を要する疾患
2章 痴呆の疫学と社会背景
 1 痴呆の疫学
 2 痴呆の社会背景
3章 痴呆の分類と診断・治療
 1 痴呆の分類と病態
  1アルツハイマー型痴呆,2脳血管性痴呆,3その他の痴呆
 2 痴呆類似の病態
  1せん妄,2うつ病
 3 痴呆の診断手順
  1痴呆の診断基準,2痴呆の診断手順,3痴呆の評価スケール
 4 痴呆の治療法――1.薬物療法
  1アルツハイマー型痴呆に使用する薬剤(塩酸ドネペジル),2脳血管性痴呆に使用する薬剤,3随伴する精神症状(副症状)に使用する薬剤
 5 痴呆の治療法――2.非薬物療法
  1作業療法,2回想法,3音楽療法,4アニマルセラピー
4章 痴呆患者の心理,家族の心理
 1 痴呆患者の心理とその対応
  1痴呆患者への原則的対応法,2精神症状への原則的対応法
 2 家族の心理
5章 痴呆患者の社会的支援の概要
 1 痴呆患者の認定・支援制度の概要
  1痴呆患者の認定と精神保健福祉援護,2痴呆患者のための医療機関,3痴呆患者・家族の生活相談にのる機関,4痴呆患者を支える人々,5痴呆患者を支える経済的な制度(特に若年で痴呆となった患者への社会保障制度),6生活障害(生活のしづらさ)の相談はだれにするとよいか
 2 特別養護老人ホーム
 3 介護老人保健施設
  1介護老人保健施設の現状,2介護老人保健施設と歯科診療,3今後の課題
 4 介護療養型医療施設
 5 デイケアとデイサービス
  1通所リハビリテーション(デイケア),2通所介護(デイサービス)
 6 グループホーム
  1グループホームケアの特徴,2グループホームの利用法
 7 有料老人ホーム
 8 呆け老人をかかえる家族の会
6章 痴呆と人権――成年後見制度と身体拘束の禁止
 1 成年後見制度
 2 身体拘束の禁止

■II編 歯科における痴呆患者への対応
1章 痴呆患者の治療にあたって
 1 加齢と栄養
  1高齢者の栄養問題,2高齢者の栄養摂取方法の変遷,3栄養摂取と食物形態,4義歯の使用と食物形態,5「食べる」機能の加齢変化
 2 要介護高齢者の歯科治療
  1高齢者の特徴,2高齢患者の歯科治療計画立案前の全身的評価(障害の把握),3高齢患者の全身状態と歯科治療の施術時期,4高齢患者での歯科的対応の位置づけ
 3 歯科治療と身体抑制
  1身体抑制は高齢者ケアのレベルを表す指標,2根気強く抑制なしの歯科治療を行うことが基本,3やむを得ない場合の要件,4やむを得ない場合の歯科治療および専門的ケアにあたっての抑制の留意点
2章 痴呆患者の歯内治療
 1 診査・検査
 2 診断および治療方針
  1う蝕,2歯髄炎と抜髄,3根尖性歯周炎と感染根管治療,4歯髄炎様症状を呈する疾患
 3 抜髄と感染根管治療
  1抜髄法,2感染根管治療法,3高齢者への投薬の注意点
 4 外科的歯内治療
3章 痴呆患者の修復・補綴治療
 1 痴呆患者の修復・補綴治療にあたって
  1痴呆患者の欠損補綴に関する経験則,2欠損補綴を行う際の診査
 2 口腔機能の低下
 3 口腔機能に合わせた義歯の作製
 4 高齢者(老人,痴呆,高齢患者など)との接し方と注意点
 5 補綴治療の実際
 6 総合栄養ケア(TNC)の必要性
4章 痴呆患者の歯周治療
 1 痴呆患者の口腔内の特徴
 2 痴呆患者の歯周治療
  1診査・検査,2診断および治療方針,3歯周基本治療,4歯周外科その他,5メインテナンス,6抵抗のある場合は,どのようにして治療を行うのか
5章 痴呆患者の口腔外科治療
 1 インフォームドコンセント
  1介護者の役割の重要性,2インフォームドコンセント確立のための患者の情報収集,3患者の見当識に対応したインフォームドコンセント,4痴呆患者を取り巻くインフォームドコンセントに関連した問題点
 2 マイナーサージェリー
  1主訴を明確にする,2介護者の協力,3全身状態の把握,4痴呆患者への投薬,5局所止血
 3 メジャーサージェリー
  1初診時における基本処置,2専門医療機関への紹介,3臨床経験から
 4 文献とEBM
  1インフォームドコンセント,2治療方針の検討,3歯科治療時の対応,4予防歯科,口腔衛生教育
6章 痴呆患者の口腔ケア
 1 痴呆患者と口腔ケア
 2 口腔ケアを始める前に
  1対象者の状態把握,2口腔ケアに対して特に注意すべき併発疾患および症状
 3 口腔状況の把握
  1口唇およびその周囲の観察,2歯の状況,3口腔粘膜の状態
 4 痴呆症をもつ対象者への口腔ケアテクニック
  1基本的な心構え,2口腔ケア指導法,3開口法,4ブラッシング,5ブラッシング補助,6うがい・吸引,7舌ケア・粘膜ケア,8義歯の洗浄
 5 痴呆患者への口腔ケア提供の実際
  1在宅の場合,2施設の場合
7章 痴呆患者の摂食・嚥下リハビリテーション
 1 痴呆患者における摂食・嚥下障害の病態
  1先行期(認知期)障害,2その他の時期の障害
 2 摂食・嚥下リハビリテーションの実際
  1環境面のアプローチ,2機能面のアプローチ(痴呆患者への基礎的訓練),3代償的アプローチ,4心理的アプローチ
8章 医療事故・トラブルとその予防
 1 医療事故
  1医療訴訟,2介護老人保健施設での事故,3不慮の窒息による死亡,4基本的な事故予防,5事故予防の具体策,6ユニバーサルプレコーションの遵守
 2 トラブルとその防止
  1徘徊やエスケープ(無断外出)への対応,2転倒,事故への対応,3物忘れ,判断力低下への対応

■III編 関連用語・資料
 1 歯科に関係する居宅療養管理指導とは?
  居宅療養管理指導,介護報酬における居宅療養管理指導費用(平成13年度),介護支援専門員と居宅療養管理指導,介護サービス計画と居宅療養管理指導
 2 介護支援専門員の役割
  痴呆性高齢者の生活支援,痴呆性高齢者の歯科診療と口腔ケアの受診
 3 『呆け老人をかかえる家族の会』
 4 痴呆性高齢者を理解するために
  痴呆の概念,痴呆の診断基準,痴呆と間違われやすい病態,痴呆の原因疾患,介護者の視点から

索引