やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 人は社会との関わりなくしては生活できない.人と人とがコミュニケーションをとる際には,顔全体で喜怒哀楽を表しているが,そのなかでも口もとが重要な役割を担っている.われわれ歯科技工士は,優れた技工術式によって生体の一部分である「歯」を創生することを生業としている.健康的で生命感あふれる歯を創ることによって,その人の個性美を醸しだし,患者さんの精神的・肉体的健康を保証しているのであり,そのことは広く人類社会に貢献しているといえる.
 近年の患者さんの歯科に対する要求,とりわけ審美性への欲求の高まりは目覚しいものがある.それらを叶えるために,歯科技工士は臨床的なテクニックの修得だけでなく,審美歯科の理論的・学問的背景を理解・修得しておくことの重要性がよりいっそう増している.よって,歯科技工士は美的感性を養い,想像力を培わなければならない.だからこそ歯科技工士は,「美」について永続的に学ぶ必要がある.
 1995年の刊行以来,「歯科技工士教本『造形美術概論』」は,多くの学生が歯科技工に必要な美的感覚・素養を磨くための大きな役割を担ってきた.「美」というテーマは永久不変であり,上記のような理由からも,歯科技工士教育において本科目がより重要性を増していることと思われる.そこで本教本の執筆にあたり,教本科目名を『歯科技工美術概論』とし,内容もよりいっそう歯科技工士専門教育に則したものとするよう心がけた.基礎造形学的には,歯牙形態の観察・デッサンの技法を介し,造形表現に至るまでを目標とした.色彩理論については,色彩の基礎から技工作業に調和する色彩環境,シェードマッチングの留意点を解説し,第8章では,審美歯科の概念に基づく材料特性と臨床技術を最大限に活かした審美に関わる臨床補綴症例を多種紹介した.
 付録の「プロポーションガイド(歯の形態観察用アクリル板)」は,歯の形態表現(鉛筆デッサン)における使用方法を本書で紹介しているが,使用方法を工夫して咬合堤製作,人工歯排列,歯型彫刻などにもおおいに活用していただきたい.
 なお,本教本は,1章桑田正博,2〜6章田中 誠,7,8章木下浩志が執筆した.
 最後に,本教本執筆の機会を与えていただいた全国歯科技工士教育協議会に深甚なる感謝の意を表する.
 2007年3月
 桑田正博
1 美とは
 1 美について
  1 自然界の美しさと人工的な美しさ
 2 審美歯科
  1 形が先か,色が先か
 3 人間の歯らしい歯とは何か?
  1 造形認識
  2 歯科において「美」を創造する
2 歯の観察に至るまで
 1 感覚器官と認知
  1 日常生活と五感
  2 技工作業における触覚(触圧覚)
 2 見ることのメカニズム
  1 光の役割
  2 眼の構造と各器官の働き
 3 対象をどうとらえているか
  1 形の知覚
  2 技工作業と幾何学的錯視
  3 空間の知覚
3 歯の形態表現(鉛筆デッサン)
 1 準備と基本
  1 使用材料
  2 陰影とタッチ(シェイディングとクロスハッチングによるトーン)
  3 造形形態の陰影と表現
 2 歯型彫刻用見本を描く
  1 白い歯を描くということ
  2 形の取り方
4 歯のスケッチと着彩
 1 口腔の観察と着彩表現
  1 色鉛筆画の実際
  2 歯を描くということ
5 顔の観察
 1 解剖学的スケッチ
  1 顔の観察
  2 描写の実際
  3 自画像スケッチ
 2 粘土を用いた造形表現
  1 皮膚の表面性状と骨格
  2 芯材と頭像骨格(製作例)
  3 注意点と目標
6 歯科技工と色彩
 1 色彩の基本
  1 色彩理論のはじまりギリシャ時代の色彩理論
  2 近代の色彩理論ニュートンの色彩理論
 2 色をみる
  1 光と色
  2 眼球構造と機能
 3 無彩色と有彩色
 4 色の分類と表示
  1 マンセルシステム
 5 色の見え方
  1 同時対比の種類
  2 技工作業と色彩環境
7 歯科臨床における色彩
 1 セラミック修復における色の表現
  1 歯の色彩
  2 色の三属性と補綴物の色
 2 天然歯の色
  1 前歯の色
  2 臼歯の色
  3 加齢による色調の変化
 3 シェードマッチング(色調選択)
  1 シェードマッチングの手順
  2 シェードマッチングの照明・場所
  3 患者さんに注意してもらう点
8 歯科臨床への応用
 1 審美的補綴物
 2 審美的補綴物に求められる要件
 3 臨床例
 
 参考文献
 本教本の利用の仕方・進め方の例
 索引