やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者序
 本書は,D.シュルツとともに自然観のあるワックスアップ法を完成したG.ゾイベルトが著したものである.1996年初版であり,発行当時から一部の歯科技工士,歯科医師により自然観のあるワックスアップ法として注目され,熱烈に支持されてきた.しかし,ドイツにおいてはこのワックスアップ法が主流になりつつあるのに対し,日本においては来日したシュルツから直接指導を受けた一部の歯科技工士などを除いて,まだまだ普及しているとは言い切れない面がある.
 原著序文にゾイベルトが記しているように,このワックスアップ法は国際カラーコードにより標準化されたカラーワックスを用い,D.シュルツが開発したワックスインスツルメントを用いて,自然観があり機能的にも完全なワックスアップが,だれでも簡単に間違いなくできるようになるという特徴がある.
 まさにワックスアップの標準化されたシステムである.訳者自身もこのワックスアップ法を実践しており,正確で自然観のあるワックスアップが行えているのは,この方法のお陰と感謝している.本書により,臨床現場の歯科技工士はもとより,歯科技工士学校の学生さんが自然観のあるワックスアップ法を修得されればよいと思う.
 本書の翻訳に当たっては,多くの方々のご協力を得た.本書翻訳を医歯薬出版株式会社の編集部の担当者を通じて,訳者に熱心に勧めてくれたのは,前愛知学院大学歯学部附属病院技工部総主任森 博史先生である.また,歯の解剖学用語については,東京医科歯科大学歯学部附属歯科技工士学校教務主任石綿勝先生に,現在の歯科技工士教育において使われている用語とドイツ語の関係について多くのご教示をいただいた.さらに同学校講師でもある,(有)ハナケン羽持健さんには訳語について多くの労を執っていただいた.訳者として感謝するしだいである.
 また,訳語について,本文中に訳注を入れられなかったものにつき,訳者としての考えをここで述べておく.
 1.原書で使われている,歯の解剖用語,Schmelzleiste(直訳,エナメル隆線,原意,咬頭頂付近内外斜面のエナメル質の陥凹形態)は,ドイツ語では歯科技工関係の用語辞典にも採り上げられているが,日本語には直接対応する用語がない.しかし,原著中で40回以上も言及されているので,原著の意を残しつつ,日本語でもっとも近い「咬頭斜面」という訳語をいったん採用した.しかし,日本語の「咬頭斜面」に相当するという,この訳注をつけることにより,再度「エナメル隆線」という訳語に統一した.なお,日本語訳については,佐伯政友ほか著:歯科技工士教本/歯の解剖学.医歯薬出版,東京,1994に準拠した.
 2.原書で使われている,下顎第一大臼歯,固有の歯牙解剖用語,Medio-bukkal Hoeker(直訳,中央頬側咬頭)は,すでに日本語で「遠心頬側咬頭」という専門用語があるので,これを用いた.したがって,原著の同じく固有の歯の解剖用語,Disto-bukkal Hoeker(直訳,遠心頬側咬頭)は,日本語にならって「遠心咬頭」を用い,混同を避けた.
 3.原著で使われている,Mediotrusion(下顎平衡側の正中に向かう運動)(記号MT)と,Medio-Protrusion(下顎平衡側の正中かつ前方に向かう運動)(記号MPT)は,あまりなじみのない用語であるが,原著の用語法,記号を保存しなければならないため,それぞれ「側方運動(平衡側)」,「前側方運動(平衡側)」の用語を用いた.
 最後に,本書につき,その訳語や内容に対していろいろご指摘いただければ幸いである.

 2004年3月25日
 大畠 一成

原著序
 近年,「審美」の概念はよりその重要性を進化させてきた.この現実を否定できないし,また,歯科技工界でのその影響は多大である.デンタル・エステティックは現代思想の一部に組み込まれようとしている.
 実際に,人間のコミュニケーション組織である「口腔」は対話する相手の着眼点として重大に関わっている.同時に,口腔部のみならず,口唇,鼻,または,口髭などもその大きな要素として挙げられるかもしれない.われわれの「歯」も社会環境における好感度や非好感度の面で,一つの鏡として捉えられるにちがいない.
 これらの関連として,前歯部は特別重要な地位を築いており,その結果として,歯科における審美修復は大きな恩恵を授かっている.
 では,臼歯部はどうであろうか.現状として,市場的に安価であり,突き詰めれば術者の自己満足でしかないかのごとき扱いである.人間の歯として前歯,臼歯はどちらが重要であるかという問とは無関係に,相互に関係しているという事実は,天然歯の審美的副産物として存在することよりも重要な意味をもつはずである.これは人類の進化とともに,咬頭,裂溝,面,隅角からなる効率的システムとして発達を続けている.しかも,上下の顎が非常に複雑に,そして,相関的に絡み合っている.それだけではない.臼歯部 , 特に,複雑な構造形態を有する大臼歯においては,人の食物摂取,さらには,われわれの患者の全身状態に計り知れない大きな影響を及ぼす.
 そして,この重要なシステムに欠陥が生じた場合,それを一早く認知し,解消することが,歯科医師や歯科技工士の課題である.そのためには,紛れもなく,多大な専門知識と高度な手技が要求される.同時に,複雑でなく,誰にでも製作が可能であり,さらに,肯定されうる安価で補綴物の供給が可能な「コンセプト」が必要になってくる.
 これらの責任重大な課題の実現のための「コンセプト」は,疑う予知もなく重要であり,正統性を有する.しかしながら,現実的には,斯界の臨床状況,そして,先人らの怠慢によって滞っていたというのが現状である.この自然に適った「コンセプト」を印象づけるにあたって,間違いは許されない.歯の形態やその機能における知識が完璧でないかぎり,差し当たっては,天然歯の歯冠形態を綿密にコピーすることから始めることが,確実性に繋がるであろう.
 患者の口腔内で障害を起こさない補綴物を製作することに全勢力を傾けることは,紛れもなく重要な条件であるに違いはない.しかし,補綴物は機能していなければならない.つまり,自然の与えた必要条件を完璧に満たしてなければいけないのである.歯および歯列の機能的相互作用は非常に大きな意味合いを有する.

 これらの脈絡として,斯界の同胞の皆さんに,いくつかの質問をしましょう.
 *「臼歯部の機能」としての概念には,何が含まれているでしょう?
 *小臼歯と大臼歯の役割とは,いったい何でしょう?
 *「効率的咬合」と「咬合の質」の概念は,如何なる意味合いを有するのでしょう?
 *1歯対1歯の咬合関係,または,交叉咬合はどのような機能的要素を有するのでしょう?また,ファセット咬合での単独歯修復はどのようにすべきでしょう?

 はたして,質問の答えとは?確かな解答とは,咬合面の機能における相関関係の「歯科的な咬合面の規格化(DOK)」であろう.それは,咬合面の機能的方向性および経路を規格化し,国際標準カラーコードによって表すことである.これらのカラーコードはわれわれの臨床上のワックスアップテクニックに組み込まれ,歯冠修復における大きな簡易性と確実性をもたらす.そして,すべての歯冠構成単位を機能カラーコードによって表記することによって,咬合面上の機能的意味合いを解明することが可能となる.

 自然(天然歯)に適ったワックスアップテクニック(NAT)のコンセプトでは,天然歯の構造形態学を基本とした歯冠形態を形成することが可能となる.そこで,筆者らは機能的オクルーザル・セントリック「咬合面結節」を形態づけることにしている.これによって,ダイナミック・オクルージョンにおけるフリーなルーム(スマッシュ・ルーム)を設け,咬頭干渉を避けることが可能となる.これは世界中の歯科的概念によって評価されていくであろう.

 「NAT」は確かに正しい方向性を示している.それは,このコンセプトが天然歯を基本にしているからに他ならない.歯冠構成単位とそのカラーコードによって,術者を選ばない,システム化された補綴修復が可能となるのである.各歯の特徴は人の指紋のごとく様々であるが,このコンセプトによって,システム的に歯を再現し,また,分析することも可能である.これが自然(天然歯)に適ったワックスアップテクニック(NAT)の基本であり,歯科技工の明日を担っていると筆者は信ずる.

 このテクニックを,本文中,図解を通して,同胞の方々と学生諸君に捧げる.そして,この素晴らしい職業を楽しんで欲しい.
 新たなる物を創造し,そして,応用することが歯科技工界の発展の神髄であることを信じて止みません.

 ディーター・シュルツ,ベンスハイムにて
 翻訳 大畠一成
D.シュルツのワックスアップテクニック 目次

第1章 基本概念と模型の前準備
 なぜ(Warum?)
 なにをもって(Womit?)
 なにを(Was?)
 だれが(Wo?)
 いかなる方法で(Wie?)
 オクルーザルコンパス
 その実際について
 われわれの目標

第2章 対合接触関係と大臼歯の天然歯を考慮した生体解剖学的ワックスアップ
 基本咬頭の位置決定
 咬頭の形成
 上顎近心口蓋側咬頭の形成
 下顎遠心頬側咬頭の形成
 上顎遠心頬側咬頭の形成
 下顎近心舌側咬頭の形成
 上顎近心頬側咬頭の形成
 下顎遠心舌側咬頭の形成
 上顎近心隣接と遠心口蓋側構成部
 下顎の近心頬側と遠心側構成部
 上顎遠心口蓋側咬頭の完成
 下顎近心頬側咬頭の完成
 下顎遠心咬頭の完成

第3章 対合接触関係と天然歯を考慮した生体解剖学的小臼歯のワックスアップ
 スタートポイント・ナンバー1
 スタートポイント・ナンバー2
 スタートポイント・ナンバー3〜5
 上顎第二小臼歯の口蓋側咬頭
 上顎第二小臼歯の頬側咬頭
 下顎第二小臼歯頬側咬頭
 下顎第二小臼歯近心舌側咬頭
 下顎第二小臼歯遠心舌側咬頭
 上顎第一小臼歯の口蓋側咬頭
 上顎第一小臼歯頬側咬頭
 下顎第一小臼歯頬側咬頭
 下顎第一小臼歯舌側咬頭
 上下顎第二大臼歯
 最後のいくつかの注意点

謝辞