やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

最新歯科衛生士教本の監修にあたって

 この「最新歯科衛生士教本」は,今後ますます多様化するわが国の歯科衛生士の業務内容を念頭におき,21世紀に活躍する歯科衛生士の養成,教育のためのテキストとして刊行されたものである.
 本新シリーズの刊行については,別途の発刊の辞にも述べられているように,「歯科衛生士の資質向上に関する検討会」などから提示された,「歯科衛生士養成施設の教育内容を見直し,教育の大綱・総合化が必要である」との指針が,その端緒となっている.したがって本新シリーズは,この点を十分踏まえ,従来の教本中に取り上げられてこなかった,新たな領域の教科書を含め,今後の社会ニーズにこたえる歯科衛生士を養成するために構成,編集されている.
 本シリーズの執筆者は,全国の歯科大学・歯学部,歯科衛生士養成所,関係諸機関の,現在,文字どおり第一線で活躍されている,それぞれの領域のテーマにふさわしい専門の方々である.それと同時に,歯科衛生士を目指す学生諸君にできるだけわかりやすいように,内容を平易に執筆するように配慮されていることがわかる.
 本協議会としては,この最新歯科衛生士教本シリーズの内容を詳細に検討した結果,まことに時宜を得た企画,編集であると考え,その監修をお引き受けした次第である.この新時代の要請により誕生した教本が,今後の歯科衛生士教育の場で十分に活用され,わが国の歯科保健の向上・発展に,大いに寄与することを期待したい.
 終わりに本シリーズの監修にあたり,種々ご助言,ご支援をいただいた榊原悠紀田郎,石川達也,善本秀知の諸先生および編集の任にあたられた先生方,全国歯科衛生士教育協議会の関係各位,さらに全国の歯科衛生士養成所関係者の方々に,衷心より厚く御礼申し上げたい.
 2002年12月
 全国歯科衛生士教育協議会会長 淺井康宏

最新歯科衛生士教本発刊の辞

 21世紀の国民健康づくり運動「健康日本21」では「壮年期死亡の減少,健康寿命の延伸と生活の質(QOL)の向上」を目的として具体的な目標値が設定され,生活習慣の改善による疾病予防と健康増進を図ることにより,国民の健康な生活を確保しようとしています.さらに,健康増進法の制定により,国も地域も国民も健康増進に向かっての努力が求められることになりました.健康寿命の延伸とQOLの向上には歯科医療は大きなかかわりをもっており,歯科衛生士の活躍の場も広がります.少子高齢社会を迎えたわが国では,医療・保健・福祉に対するニーズも多様化し,歯科医療のあり方も変化してきており,それに対応できる歯科衛生士の養成が強く求められています.
 歯科衛生士教育に関しては1983(昭和58)年に歯科衛生士学校養成所指定規則が改正され,1989(平成元)年には歯科衛生士法の改正により,歯科保健指導が業務のなかに追加され,全国統一歯科衛生士試験の実施により歯科衛生士の資質の向上が図られてきました.21世紀の少子高齢社会に対応できる歯科衛生士を養成していくためには,まず,教育内容を見直すことが急務であり,時代のニーズに適応するように教育内容の拡充を行わなければなりません.そのようななかで,より高度で幅の広い教育を行うことを目指して,3年制に移行される養成機関も年ごとに増えてきています.それに伴い歯科衛生士教育のための教科書の充実も重要課題となってきました.
 今回,歯科衛生士の資質の向上に関する検討会作業委員会が提示した大綱化されたカリキュラムに基づき,新しい歯科衛生士教育に必要な教科書を編纂しました.3年制教育に活用していただくことはもちろん,2年制教育のなかでも時代のニーズに応えることのできる歯科衛生士を養成するために,これらの教科書をぜひとも教育現場で活用していただきたいと願っています.
 2002年12月
 編集委員 可児徳子 矢尾和彦 松井恭平



 1995年(平成7)年に医療に関係するすべての職種の教育課程を見直すための検討会が開かれました.その意見書では“これからは,1人の患者さんに提供される各種のサービスをそれぞれの専門職種に委ねる「チーム医療」への取り組みが必要になります.したがって各専門職種の教育現場では,チームの一員としての医療に対する基本的な認識と理解および情報収集・処理能力を修得させるための教育が必要です.具体的には,健康と疾病の概念,地域保健の仕組み,医療関係職種の役割と連携,医学・医療概論などとともに生命倫理と医療倫理を全医療職種に共通して教育することが望ましい”としています.
 その一方で,わが国の医療のあり方が,医師・歯科医師の倫理観に基づく伝統的な医療から患者を中心とする新たな医療倫理観に基づく全人的医療へと急速に変化してきました.
 歯科医療の現場では継続的口腔管理を求める患者や高齢の患者が増えてきたことから,歯科衛生士は口腔の保健を担う者として,これまでにもまして広い知識と高い技術が求められるようになりました.とくに高齢者の増加によって,在宅・施設における要介護者への歯科医療サービスを提供する機会が多くなりました.そのため歯科衛生士の業務は診療所内から診療所の外へと広がり,他の医療職種の人達とかかわるようになりました.サービスの現場では,これまで経験したことのない複雑な人間関係が生じ,歯科衛生士には,チーム医療の一員として倫理的判断に基づいた行動のとれることが求められています.
 歯科診療所では,患者との信頼関係に基づく医療サービスを提供することができるように,インフォームド・コンセントや生活の質(QOL)について理解し,それを説明・実践できることが歯科衛生士に求められます.また,患者との人間関係だけでなく,歯科医師や同僚たちとも常に円滑な連携を保つことのできる能力も必要です.
 さらに,これまで歯科医療の現場では,あまり省みられることのなかった,生と死の問題についても医療従事者に共通した倫理上の課題として認識できることが必要になり,医療倫理とともに生命倫理についても理解を深めることが大切になってきました.
 本書は,このような背景の下に編纂されました.新しい医の倫理の原則を学ぶとともに,歯科衛生士に求められる職業人としての心構えやインフォームド・コンセントに基づいた患者対応,医療現場で必要となるコミュニケーション技術やその基礎となる行動科学についても学びます.加えて,実際に起こり得る倫理的問題への対処の仕方について具体的な事例をあげています.“ケアの倫理”の 実践的教育については,本書を参考にして歯科予防処置,歯科診療補助,歯科保健指導の各科目において積極的に取り組まれることが望まれます.
 終わりに,本書の出版にあたってご尽力くださった医歯薬出版株式会社に深く感謝します.
 2002年12月
 編集委員 矢尾和彦
 著者 笠原幸子 樫 則章 保坂 誠(五十音順)
序章 いまなぜ歯科衛生士は医療倫理を学ぶのか
I.伝統的な医の倫理から新しい医の倫理(医療倫理)へ
 1.伝統的な医の倫理としての「ヒポクラテスの誓い」と「ジュネーブ宣言」
 2.なぜ新しい医の倫理が求められるようになったか
 3.医療倫理
II.医療従事者の基本的義務
III.医師中心の医療から患者中心の医療へ
 1.医師のパターナリズム
 2.医師のパターナリズムの問題点
 3.患者の自己決定権の尊重
 4.患者中心の医療
IV.歯科医療に関連する権利と義務,および歯科衛生士の社会的使命

1章 医療従事者としての歯科衛生士の心構え
I.歯科医療現場における医療従事者としての立場と視点
 1.歯科衛生士の法的な位置づけ
 2.歯科衛生士としての倫理観
 3.口腔保健の専門家
 4.患者さんとのかかわり
 5.歯科衛生士としての役割
 6.口腔症状と全身状態
 7.生涯学習の必要
II.歯科医療現場における人間関係
 1.基本的な考え方
 2.臨床実習の場合
 3.臨地実習の場合
III.他の医療職種との関係
 1.歯科衛生士がかかわる医療職種
 2.歯科保健指導と口腔のケア

2章 インフォームド・コンセント
I.インフォームド・コンセントとはなにか
 1.正当な診療行為の三要件
 2.同意が有効であるための条件
 3.インフォームド・コンセントの定義
II.インフォームド・コンセントの実際
 1.医師(歯科医師)は,なにをどこまで説明するべきか
 2.インフォームド・コンセントは,誰が誰からどのように得るのか
 3.同意が無効になるのは,どのような場合か
 4.インフォームド・コンセントが不要であるのは,どのような場合か
 5.説明の省略が認められるのは,どのような場合か
 6.患者さんが医師の勧める治療法を拒否した場合には,どのように対応するか
 7.インフォームド・コンセントと医師の裁量とは,どのような関係にあるか
 8.インフォームド・チョイス
 9.セカンド・オピニオン
III.インフォームド・コンセントの倫理的意義

3章 QOL(quality of life:生活の質)
I.QOLを身近にとらえる
 1.医療従事者の考えるQOL
 2.QOLの向上をめざした医療
 3.QOLとADLとのかかわり
II.患者のQOLに対する歯科医療のかかわり方
 1.歯科医療現場でのQOLのとらえかた
 2.口腔機能とQOL
III.歯科患者のQOL向上のために
 1.歯科医師のできること
 2.歯科衛生士のできること

4章 行動科学とは
I.医療現場における人の行動特性
 1.健康(健全)と病気の基本概念の理解
 2.コンプライアンス行動ー医療従事者の指示を患者さんが正しく守ること
 3.お任せ医療
 4.保健行動における動機と負担
 5.感覚による症状の表現
II.患者の行動特性
 1.自己抑制型行動特性(イイコ行動特性)
 2.保健指導の考え方
 3.セカンド・オピニオン
 4.自己決定の支援
 5.症状と心理的要因
III.医療従事者の行動特性
 1.歯科医療の特徴
 2.必要な情報の整理整頓
 3.医療従事者としての生きがい
 4.患者さんへのわかりやすい説明
 5.患者さんとともに考える

5章 チームアプローチとは
I.チームアプローチの意義と必要性
II.歯科医療現場におけるチームアプローチのありかた
III.他職種とのチームアプローチ
IV.チームアプローチの成功のポイント
 1.柔軟な心をもつ
 2.コミュニケーション技術を活用する
 3.自分自身を理解する
 4.患者さんの快適で健康な生活のために

6章 医療現場におけるコミュニケーション――患者理解のために
I.患者理解のためのコミュニケーションとは
II.自分への気づき:自己理解の重要性
III.患者理解のためのコミュニケーションの技術――まず聴くこと
 1.言語的コミュニケーション効果的に行うための要点
 2.非言語的コミュニケーション
IV.個別化と守秘義務

7章 演習:このようなとき,歯科衛生士としてどう対処するか
I.歯科保健指導の場面
 1.一方的な話し方
 2.話を聞いてくれない患者
 3.その他の特殊なケース
II.歯科診療の場面
III.受付の場面
IV.職場での人間関係
V.訪問歯科保健指導の場面
VI.話を聴く態度を学ぶ実習
 1.方 法
 2.グループ学習
VII.グループ学習の台本
 1.例題1 一方的な歯磨き指導
 2.例題2 患者さんのニーズを知る対応法
付章 バイオエシックス(生命倫理)について
I.バイオエシックス(生命倫理)とはなにか
 1.バイオエシックス誕生の背景
II.バイオエシックス(生命倫理)で論じられる問題
 1.人間の生命始まりと終わりに関する問題
 2.生命の質にかかわる問題
 3.技術的に可能な医療行為と倫理的ないし法的に認められる医療行為に関する問題
 4.人体とその一部,あるいは遺伝情報は誰のものか
 5.医療資源の分配にかかわる問題
 6.医療の本質にかかわる問題
III.バイオエシックス(生命倫理)の課題
 1.医療倫理とバイオエシックス
 2.バイオエシックスの基礎的倫理
付録 医療倫理に関連する宣言と法令
I.医師の倫理に関する宣言等
 1.「ヒポクラテスの誓い」
 2.「ジュネーブ宣言」
 3.「医の倫理に関する国際規定」
 4.医の倫理綱領
 5.日本歯科医師会倫理規範
II.歯科衛生士の倫理
 1.社団法人日本歯科衛生士会「歯科衛生士憲章 」
III.人を対象とする医学研究の倫理
 1.「ニュールンベルク綱領」
 2.「ヘルシンキ宣言」
IV.患者の権利に関する宣言等
 1.「患者の権利に関するリスボン宣言」
 2.日本病院協会「患者の権利と責任」
V.歯科医師の法的な義務と権利
 1.法的義務
 2.法的権利
VI.歯科衛生士の法的義務
 1.法的義務
VII.患者の法的な権利と義務
 1.医療と関連した国民の法的権利
 2.患者の自己決定権の法的根拠
 3.患者の義務

 文 献
 索 引
 執筆分担
  序章 樫 則章
  1章 保坂 誠
  2章 樫 則章
  3章 保坂 誠
  4章 保坂 誠
  5章 笠原幸子
  6章 笠原幸子
  7章 I.〜IV.保坂 誠
    V.笠原幸子
    VI.〜VII.保坂 誠
  付章 樫 則章
  付録 樫 則章