やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書は故中島丘先生の監修を賜り出版することができました.中島先生は本書の原稿がほぼ完成した段階で2017 年4 月4 日に永眠されました.中島先生の御遺稿や共同執筆者からの玉稿を拝見したところ,このまま原稿を埋もれたままにしてしまっては歯科界にとって大変な損失になると医歯薬出版の大西香織社員と話し合い出版する運びとなりました.
 2000 年から私が明海大学歯学部に所属して以来,今日に至るまで中島先生と一緒に仕事をしてまいりました.中島先生はいつも世の中の先を見て進み,それでいて現実的な考えをお持ちの方でした.また,長年にわたり歯科領域で医療安全の啓蒙に努めていらっしゃいました.本書も実に中島先生らしい執筆構想と執筆構想と着眼点から書かれています.医療の安全・安心が叫ばれて久しいものの現場での医療事故・医療ミスは依然として起こっています.本書は医療従事者が切磋琢磨して自己の手法や技術を向上されているにも関わらず,コミュニケーション能力が劣るために厳しい現実があることを踏まえて,歯科衛生士学校の学生に限らず歯科医師,歯科衛生士を含む幅広い歯科医療従事者に読んでいただける素晴らしい内容になっていると自負しております.
 たとえば,歯科医院を訪れる患者は歯科医師,歯科衛生士,歯科技工士など多職種の専門知識や技術のチーム医療によってより良い歯科診療を受けることができますが,多くの読者はこのことを当然のように思っているに違いありません.しかし,本書を読むと患者を含めたどの職種もチーム医療を担う一員であることを自覚すべきで,各職種が対等にコミュニケーションを図り,安全・安心・安楽に医療業務を遂行する必要性が理解できます.
 本書を読んでみますと実際の医療の現場と異なる状況や実際には実行不可能と思われるような内容の記載があるかと思います.実はそれこそが中島先生の世の中の先を見て進んできたところですので,何回も読み直し心に留めておくことにより,数年後には多くの職種でルーティンの医療業務になっていることが理解できると思います.
 執筆は生前中島先生より歯科衛生教育に実績のある先生方に直接お願いしましたが,原稿の調整につきましては長坂が行ったため十分でないところがあります.この点に関しては読者のご叱正を賜ることができれば幸いです.
 各執筆者には無理な要望を行ったところがありますが,中島先生のご遺志をご理解いただき,素晴らしい原稿を頂戴できました.心より御礼申し上げあげます.
 本書が広く,教育の現場で活用され,歯科医療の向上にお役立ていただければと願っております.
 2017 年7 月
 長坂 浩
総論
1 医療安全に必要なコミュニケーションとは何か
 (松田裕子)
 (1)医療安全とチームワーク
 (2)コミュニケーション・センス
 (3)チーム医療とは何か
 (4)チームワークの行動的側面の分類
 (5)チームワーク評価とチームエラー
 (6)仕事のやりがいを感じさせるチームワークとは
 (7)「報連相」を忘れずに!
2 ノンテクニカルスキルの向上
 (中島 丘/長坂 浩)
 (1)欠かせないノンテクニカルスキル
 (2)医療におけるノンテクニカルスキルを学ぼう!
  Column 患者との良好なコミュニケーションのために
  Column 緊急時対応でのチームダイナミクス
  Column 救命の連鎖 chain of survival
  Column 歯科臨床でのリーダーシップとフォロワーシップ
 (3)人の特性を理解したチームによるヒューマンエラー対策
  Column 歯科診療でのコミュニケーション不足によるインシデント・アクシデント事例
  Column CrewRescueManagement(CRM)
3 チーム力を高めるKYT
 (田村清美)
 (1)KYT(危険予知トレーニング)
 (2)さまざまなトレーニング方法
 (3)医療安全における「危険」に対する認識のステップ
 (4)KYTの基本的な手法:KYT基礎4 ラウンド法
  Column 指差呼称
 (5)KYTの演習例
 (6)臨床事例から考えるKYT
  事例(1)臥床状態で口腔のケアをした場合の「危険」
  事例(2)糖尿病患者の歯科治療に伴う「危険」
 (7)基礎4 ラウンド法の事例
 (8)備えさせたい力=「危険」を察知できる力
各論
1 倫理的課題「コミュニケーションエラー」「インフォームド・アセント」
 (関根 透)
 (1)コミュニケーションエラー
 (2)コミュニケーションエラーを起こさないために
  事例 患者の取り違え事故
 (3)インフォームド・コンセント―説明と同意の真意
 (4)インフォームド・アセント―説明と賛意の真意
  事例 臨床研究中におけるインフォームド・アセント
  Column 国際的なインフォームド・アセントの状況
2 介護予防教室に導入したTeam STEPPS
 (岩ア妙子)
 (1)はじめに
  演習(1)紙を切って輪を作り,鎖状につなげて長さを競うゲーム
  演習(2)鍛えよう口輪筋ゲーム
 (2)まとめ
3 手術に必要なコミュニケーション―タイムアウト
 (升井一朗)
 (1)タイムアウト(術前の休止)とは?
 (2)タイムアウトの手順
 (3)歯科小手術にも必要なタイムアウト
 (4)事例検討
  事例 埋伏過剰歯と未萌出歯を間違って抜歯した例
4 小児歯科・障がい児の歯科臨床で求められるスキル
 (守安克也)
 (1)小児におけるインフォームド・アセントとは
 (2)小児の視点でとらえる歯科医療
  事例 歯科医院で口を開けない女児の事例
 (3)障がい児の歯科臨床
 (4)まとめ
5 カンファレンス時のコミュニケーション
 (石黒 梓)
 (1)カンファレンスの意義とは
 (2)医療安全におけるカンファレンス
  事例 情報共有不足で治療準備を誤った
  Column 論理的思考(ロジカルシンキング)
  Column 医療安全とPDCAサイクル
6 歯科衛生過程とコミュニケーション
 (片岡あい子)
 (1)歯科衛生過程とは
 (2)情報収集
 (3)情報処理
 (4)書面化(記録)
 (5)事例検討
  事例 歯科医療面接で情報を十分に提供してもらうためのスキル
7 摂食嚥下リハビリテーションで求められるコミュニケーション
 (飯田良平)
 (1)はじめに
 (2)摂食嚥下リハビリテーションとは
 (3)摂食嚥下リハビリテーションにおけるコミュニケーション
 (4)事例検討
  事例 1 年間経口摂取していなかった在宅療養患者に対する,多職種による摂食嚥下リハビリテーション
8 コミュニケーションを学ぶロール・プレイング
 (片岡あい子)
 (1)ロール・プレイング(役割演技)とは
 (2)実施方法
 (3)事例検討
  事例(1)5 歳女児の母親への歯科保健指導
  事例(2)歯磨き指導に嫌気がさしている女性
9 患者とのコミュニケーション―向上のポイント
 (石黒 梓)
 (1)安全な医療提供をするためには良好なコミュニケーションが重要
 (2)コミュニケーションのはじめの一歩
 (3)ラポールの確立はコミュニケーションが必須
 (4)事例検討
  事例 治療に無関心にみえる無口な患者
10 歯科保健指導における患者との信頼関係形成のためのコミュニケーション
 (片岡あい子)
 (1)信頼関係を形成する
 (2)保健行動への導き方
 (3)事例検討
  事例(1)働き盛りで毎日忙しい男性社員への歯科保健指導
  事例(2)部活と受験勉強で忙しい女子生徒への歯科保健指導
11 キャリア教育に必要なチームワークとコミュニケーション
 (石黒 梓)
 (1)キャリア教育とは
 (2)社会の変化――高齢者の増加と多職種連携と患者のニーズ
 (3)キャリア教育を向上させるには
12 リスク感性を高めるKYTの実際
 (石黒 梓)
 (1)リスク感性を高めるKYT
 (2)KYTの実際
  演習
13 臨床実習におけるヒヤリ・ハット予防のためのコミュニケーション
 (古川絵理華)
 (1)ヒヤリ・ハット(インシデント),アクシデントとは
 (2)ヒヤリ・ハットの現状
 (3)ハインリッヒの法則
 (4)なぜインシデントが起きるのか
 (5)事例検討
  事例 診療後一本義歯を返却し忘れそうになった
14 医療安全に欠かせないスタンダードプリコーション
 (古川絵理華)
 (1)感染のリンクと予防対策
 (2)院内感染対策
 (3)事例検討
  検討 感染症患者に使用した器具は,グルタラールに浸漬するだけでよい?
15 患者取り違えを防ぐ確認会話
 (古川絵理華)
 (1)思い込みが患者取り違え事件に発展する
 (2)患者取り違えが起こる場面
 (3)同姓同名患者の存在を忘れずに!
 (4)事例検討
  事例 同姓の患者を取り違え,診療を進めそうになった
  Column 確認会話
16 患者急変時に求められるコミュニケーション・スキル
 (中島 丘)
 (1)偶発症発生時には「チーム」としての行動が重要
 (2)急変時の迅速な対応にはチームのコミュニケーションが必要
 (3)SBAR(エスバー)を使ってみよう
  事例 歯科診療中に意識を消失しAEDを装着した高齢者