やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 「生まれ変わったら歯科衛生士になりたい」これは今から3年前,とある歯科研究会で筆者が語った言葉です.
 本業は内科医であり,専門は糖尿病ですが,8年前に愛媛県歯科医師会の先生方と出会ったことで人生が様変わりしました.当時は朝1回しか歯磨きをしない歯周病男であり,リンゴをかじると血が出ていた始末.智歯の抜歯時以外,歯科医院には小学校以来ほとんど通っていませんでした.
 その後,愛媛大学と愛媛県歯科医師会が共同(愛媛Dental Diabetes研究会)で臨床研究を開始することになったことを機会に,歯周治療を受ける決心をしたのです.お口がピカピカになると,一体何が起きたでしょうか?
 この当時は92kgを超える巨漢であり,糖尿病専門医であるにもかかわらず糖尿病予備軍,加えて高血圧症や重症の不整脈を認めていました.循環器内科の同級生からは真顔で心配され,不整脈の手術を勧められていたほどです.ところが・・・
 歯周治療をきっかけとして,夕食後の歯磨きが習慣化すると,それまで食べ放題だった夜食は自然にとらなくなりました.せっかく綺麗にしたお口を汚したくはないですからね.そして,不思議と体を動かしたくなり,1年以上をかけて18kgもの減量に成功したのです.気づいた時には,巨漢時代にまとわりついていた病魔の数々は,すべて姿を消していました.
 なぜ,このような奇跡が起こったのでしょうか?それは,口腔感染症である歯周病を制御することで,体の中で起きていた「慢性微小炎症が消退した」からなのです.
 自分自身の経験を通して歯科医療のすばらしさを体感してからというもの,以前は全く興味がなかった歯科の勉強を始めました.すると,糖尿病をはじめとした,あらゆる疾患が口腔と深くつながっている科学的事実に気づいたのです.と同時に「どうしてこれほど大切なことが,日本国民はもとより,医科のスタッフに伝わっていないのだろう?」と不思議にも思いました.ある種のもどかしさすら覚えました.
 本書は,今後歯科医院で必要になる糖尿病の基礎知識に加え,内科医の立場からとらえた歯科医療の崇高性と医学的意義を,歯科のみなさまに伝えるために企画されました.
 糖尿病と歯周病はコインの裏表に例えられるほど密接な関係がありますが,両者は“炎症”というキーワードでつながっています.そして,口腔の炎症は糖尿病だけでなく,震災後肺炎や早産・死産など,驚くほどの広がりをもって私達の健康に暗い影を落としているのです.
 本書をお読みいただければ,糖尿病専門医である筆者が,なぜ生まれ変わったら歯科衛生士になりたいのか?その理由を理解していただけることでしょう.
 最後に,今回の書籍化のためにご尽力いただいた日本アンチエイジング歯科学会会長 松尾 通先生と,同会常任理事である坂本紗有見先生に深謝いたします.お二人とのご縁がなければ,本書がこの世に誕生することはありませんでした.また,遅筆に辛抱強くおつきあいいただいたうえに,最後は猛ラッシュですばらしい書籍に仕上げてくださった医歯薬出版株式会社第二出版部のみなさまに感謝します.
 そして・・・毎週末,講演活動で留守にする筆者を全幅の信頼とともに世界最高の応援団として支え続けてくれている妻と娘に本書を捧げます.
 2017年6月
 西田 亙
第I編 糖尿病の基礎知識
CHAPTER 1 なぜ歯科医院で糖尿病の知識が必要なのか?
 1 わが国で激増する糖尿病とその予備軍
 2 歯科外来に潜む高血糖患者
 3 歯科外来で糖尿病患者を支えるために
CHAPTER 2 糖尿病の歴史とインスリン
 1 糖尿病は数千年もの歴史をもった病気
 2 「糖尿病(Diabetes Mellitus)」命名までの道のり
 3 なぜ尿糖は糖尿病の診断に使われないのか?
 4 インスリンの発見
 5 血糖値を下げる唯一のホルモン〜インスリン〜
 6 24時間社会で疲弊していく膵臓β細胞
CHAPTER 3 血糖値とカロリーを理解する
 1 水のように薄い血糖値を実感する
 2 角砂糖1個に秘められた熱エネルギー
 3 “水を飲んでも太る”理由
 4 殺人的高カロリーを含有する清涼飲料水
 5 血糖の正常値
 6 真の健常者は血糖一直線!
CHAPTER 4 糖尿病の診断と分類
 1 まずは糖尿病型の判定から
  1 空腹時血糖値
  2 糖負荷試験2時間値
  3 随時血糖値
 2 慢性の高血糖を証明せよ!
 3 糖尿病の成因分類
 4 糖尿病の病態分類
CHAPTER 5 糖尿病は血管病
 1 人は血管とともに老いる
 2 糖尿病特有の三大合併症(細小血管障害)
 3 命にかかわる大血管障害
 4 第6の糖尿病合併症・歯周病
 5 最も怖い合併症は神経障害
CHAPTER 6 歯科医院で注意すべき糖尿病患者の症状
 1 高血糖症状
  1 口渇
  2 多飲
  3 多尿
  4 体重減少,全身倦怠感
  5 こむら返り
  6 脱水症状
 2 血糖値300mg/dL以上を疑わせるサイン
 3 低血糖症状
  1 第一段階:副交感神経刺激症状
  2 第二段階:交換神経刺激症状
  3 第三段階:中枢神経症状
 4 無自覚性低血糖の怖さ
 5 シックデー
 6 低血糖への対処方法
第II編 歯科と全身のかかわり
CHAPTER 1 歯周病と糖尿病
 1 歯科医師が歯周病は第6の糖尿病合併症であることを提唱
 2 歯周病と糖尿病は炎症を通してつながる
 3 歯周基本治療により劇的に改善した糖尿病の症例
 4 歯周基本治療により味覚が回復し偏食も改善された
 5 歯科の常識と智慧を医科の栄養指導へと還元する
 6 健康な味覚と咀嚼は健康な口腔に宿る
 7 歯周治療は糖尿病を改善するのか?
 8 歯周治療は炎症の消退を通して糖尿病を改善する
CHAPTER 2 糖尿病領域における歯科への期待と支援
 1 『糖尿病治療ガイド』に歯周病が登場
 2 『歯周治療ガイドライン』において糖尿病患者に対する抗菌療法の併用が推奨される
 3 『糖尿病診療ガイドライン』において歯周治療が推奨される
 4 平成28年の歯科診療報酬改定において“P処(糖)”が登場
 5 糖尿病連携手帳の歯科記載項目が大幅に拡充される
 6 日本糖尿病協会誌『さかえ』に歯周病の啓発ページが登場
 7 マスメディアからの注目と国民に向けた発信
CHAPTER 3 口腔感染制御が医科と歯科,そして社会を結ぶ
 1 口腔感染症が原因で命を落としかけた糖尿病の2症例
  1 症例1:放置されたう蝕・歯周病から重症肺化膿症を併発した1型糖尿病患者
  2 症例2:インプラント周囲炎から術後に化膿性骨髄炎を併発した2型糖尿病患者
 2 Fusobacterium感染症が教える口腔感染制御の必要性
  1 世界初の口腔子宮感染症例の衝撃
  2 Fusobacterium nucleatumはヒトの早産を誘発する
  3 Fusobacterium nucleatumは上皮細胞に付着し侵入する
  4 Fusobacterium nucleatumは血管内皮細胞に侵入した後に死産・早産を引き起こす
  5 歯科医療従事者も知っておくべきLemierre症候群
 3 国民に知らしめるべき震災後肺炎〜お口の手入れは命の分かれ目〜