やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序
 日本歯科衛生学会は,2006 年に歯科衛生業務の確立と発展を目指して,日常の業務に立脚した学術研究を推進することを目的に設立された.そして2007 年には,あらゆるライフステージの人々や社会に対して,専門職として責任ある職務の遂行の一助となることを願って本書を出版した.これまで,本学会では,人の一生をロングスパンでとらえ,妊婦,乳幼児・学童・思春期・成人期・壮年期などの各ライフステージにおけるウェルエイジングのための口腔機能を高める支援が,要介護に至る高齢者を極力少なくし,いつまでも「おいしく食べ,楽しく語り,心豊かな長寿社会」の実現のために極めて重要な視点であることを基本に,学術活動を推進してきた.しかしながら,一方では,近年の超高齢社会においては有病者や高齢者を中心とした歯科衛生に関する取り組みが求められ,より一層の専門性の拡大とその研究の推進も喫緊の課題となってきている.
 学会設立から2015 年までに9 回の学術大会が全国で開催され,毎年発表数が増加して9 年間で1,238 件の発表があった.あらゆるライフステージにおける多岐にわたる研究がなされ,まさに歯科衛生研究の宝庫である.特に近年では,研究分野がさらに広がり,妊産婦の出産前後の口腔保健行動や子育てに取り組む父親のオーラル意識,乳幼児期のう蝕の地域格差,小中学生のストレスと口腔環境,病院における周術期口腔機能管理,緩和ケアや終末期への対応,特別養護老人ホームにおける口腔ケア,通所介護利用者や在宅における口腔ケア,障害児・者の口腔ケア,東日本大震災関連など多岐にわたっている.
 近年のわが国の高齢化の進展や疾病構造の変化にともない,医療,介護,予防,生活支援および住まいの5 つの視点から,地域において包括的に支援する取り組みが進められている.今後ますます「医療から介護へ」,「病院・施設から地域・在宅へ」への流れが加速すると予測されている.歯科衛生業務は,病院,施設,地域,在宅において医療や介護に関わる多職種と連携した中で,メディカルケアプロフェッショナルの一員としていっそうその専門性を発揮することが求められてくる.それぞれの職種が,それぞれの分野で,自らの活動・行為に責任をもち,国民の信頼を得て職種をまっとうできるような学術的根拠が必要となる.さらに,根拠が得られた方法を,より多くの人々に効率的に広げるための方法論を確立することも重要であり,専門職の社会的貢献としての意義は大きい.
 一方,2014 年度は,医学研究においていくつかの倫理面での問題が発生し,文部科学省と厚生労働省は研究に関する倫理指針を出し,研究を行う医療従事者にその遵守を求めている.日本歯科衛生学会においても,対応強化に向けて,2014 年4 月1 日に倫理審査委員会を設置したところである.さらに,「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律(2014 年6 月25 日交付)」において,歯科衛生士法の一部が改正され,2015 年4 月1 日から施行される.このような社会や歯科衛生士を取り巻く環境の変化を踏まえ,本書を改訂することとした.改訂のポイントは,(1)社会の変化に応じた新たな歯科衛生研究の視点を加えたこと,(2)研究倫理の記述を強化,(3)歯科衛生士法の改訂等を含めて関連資料を一新したことである.歯科衛生士の業務展開が,多職種連携,専門化,高度化するなかで,これまで以上に多職種や人々や社会から専門性を求められることとなる.この専門性を高め,対象となる人々や社会に対して責任のある職務を遂行するためにも,日常業務における歯科衛生研究の実践が必要であり,本書がその推進のための一助となることを願ってやまない.
 2015年3月
 編者一同

第1版の序
 歯科衛生の実践に根ざした学術研究は,歯科衛生業務を確立し,発展させるために欠かせないことである.また,専門職として,対象となる人々や社会に対して責任ある活動を行うためには,学校教育や卒後研修の充実とともに,業務実践の科学的根拠と可能性を追求する研究活動が不可欠である.
 歯科衛生士の研究は,これまでも,関連する分野において先駆的・実験的に行われてきたが,一方,日常の業務に疑問や課題を残したまま,その根拠について検証することなく,経験的,主観的に業務を実施している歯科衛生士も多くみられる.また,「研究」と聞いただけで自分には関係のないことと遠ざけてしまう歯科衛生士も多いと思われる.しかし,専門性を追求し,確認する姿勢は専門職としての良心であり,規範であるといっても過言ではない.そして,よりよい業務を行うために日々努力している行為そのものが研究対象であり,研究課題でもある.そのような歯科衛生業務に立脚した研究が「歯科衛生研究」といえるだろう.
 歯科衛生研究の目的は「歯科衛生業務に関しての疑問や課題について研究し,新しい知識や理論を導き出すこと」であり,そこから導き出された結果は,歯科衛生業務や歯科衛生活動に応用され,より適切な実践と開発につながるものである.同時に,体系化された歯科衛生学の確立に寄与することが期待される.
 これらのことから,日本歯科衛生学会の設立(2006 年4 月)を契機に,歯科衛生研究を積極的に推進するための方策が求められるようになった.その第一歩として,歯科衛生研究が大学や研究機関の研究者のみならず,保健・医療・福祉や教育の現場で業務に従事する歯科衛生士,また,歯科衛生士を目指している学生等,多くの人に身近なものとなるよう,共有できるマニュアルを作成することが急務となり,日本歯科衛生学会の関係者により本書が企画された.
 本書の流れを大別すると,「歯科衛生業務とは」,「歯科衛生研究の考え方」,「研究のプロセスと研究成果の発表」,「学校教育における論文(研究)のまとめ方」および「研究に役立つ知識,資料」等により構成されている.
 編集に際しては,あらたに研究を志す方々にもご理解いただけるように基礎的なことを中心にまとめたが,すべてを網羅するにいたっていない.また,企画から発行までに拙速の感もあり,残された課題も多いが,研究に取り組み,発表につなげたいと考えている歯科衛生士に一日でも早く届けたいとの思いで発行を急いだことも事実である.このような経緯から,今後,さらに内容の充実をはかりたく,読者の皆様から忌憚のないご意見をいただきたいと思う.
 日本歯科衛生学会の発足を機に,歯科衛生研究における質の高い多くの研究発表が期待されるなかで,本書がそのための一助となれば望外の喜びである.
 2007年11月
 編者一同
I 歯科衛生業務とは
 -歯科衛生業務の変遷と課題-(金澤紀子)
  1-歯科衛生業務の成り立ち
  2-歯科衛生士法に基づく業務の考え方
   1.歯牙及び口腔の疾患の予防処置
   2.歯科診療の補助
   3.歯科保健指導
  3-歯科衛生業務の方向性と課題
II 歯科衛生研究の考え方
 1-研究とは何か(岩久正明)
  1-研究の現状
  2-研究の分野
  3-口腔関連の研究
  4-学術研究と日常生活のかかわり
 2-研究はなぜ必要か(岩久正明)
  1-社会人としての役割
  2-社会への積極的参加
 3-歯科衛生業務における研究(岩久正明)
  1-専門職における研究の重要性
  2-歯科衛生業務における研究の意義
   1.流動する現状
   2.今後の展望
  3-歯科衛生分野における学術研究活動の活性化
 4-研究の種類と留意点
  1-研究を始めるにあたって(岩久正明)
   1.研究の考え方
   2.研究の分野
   3.研究の内容
    1)歯科医療機関における歯科衛生士の課題
    2)総合医療機関における歯科衛生士の課題
    3)行政,福祉施設などでの歯科保健活動
    4)教育機関における課題
   4.研究の企画・立案・進め方
   5.査読について
  2-研究における倫理的問題(石井拓男)
   1.医学研究における問題
   2.歯科衛生士の研究における倫理
   3.倫理審査を受けるには
   4.インフォームドコンセントを受ける手続き
   5.倫理審査委員会
   6.おわりに
III 研究のプロセスと研究成果の発表
 1-歯科衛生士が行う主な研究方法(武井典子)
  1-症例研究
  2-疫学調査研究
   1.疫学とは
   2.疫学調査研究の分類
   3.疫学研究の進め方
  3-実験研究
   1.実験研究とは
  4-広域研究―医科連携研究症例(菊谷 武)
 2-研究の進め方とまとめ方(武井典子)
  1-研究全体の進め方
  2-研究プロセスと発展
  3-研究の各プロセス(STEP)
   STEP 1 研究テーマの設定
   1.研究テーマを見出すために
   2.日常業務の中の研究テーマの例
   3.新知見がなければ研究とはいえない?
   4.専門書と研究テーマ
   5.具体的な研究テーマ例
    1)自然科学・社会科学・人文科学的研究からみた研究テーマ例
    2)ライフステージからみた研究テーマ例
   6.研究テーマを決めるときの留意点
    1)テーマが明確であること
    2)患者や生活者のためになるテーマであること
   STEP 2 研究計画を立てる
   1.仮説の設定
   2.研究方法の立案
    1)対象者の選択
    2)収集すべきデータの検討
    3)測定値の尺度(スケール)
    4)測定の妥当性と信頼性
    5)質問紙調査票のデザイン
   3.研究計画書の整備
    1)対象者の同意と研究計画書の作成
   4.プレテストの実施
   STEP 3 倫理審査委員会の承認
   1.歯科衛生研究の倫理審査の目的
   2.倫理審査委員会の審査を要する研究
   3.歯科衛生研究における倫理審査の申請
    1)研究課題名
    2)研究目的
    3)対象者
    4)実施場所
    5)研究予定期間
    6)研究方法(介入を伴わない研究・介入を伴う研究)
    7)研究における倫理的な課題と対処法
   4.インフォームドコンセントを得るための方法
   STEP 4 研究の実施(データの収集と整理)
   1.調査票やデータの回収と点検
   2.データ・クリーニング
   3.データ・コーディング
   4.コンピュータへの入力
   STEP 5 データの分析
   STEP 6 研究成果の発表
 3-研究成果の発表の仕方
  1-発表の意義(福島正義)
   1.研究発表は研究者の義務である
   2.研究発表の方法
   3.学術大会は討議の場
   4.論文は査読によってブラッシュアップされる
  2-学会発表(江田節子)
   1.演題の申し込み
   2.抄録作成
   3.口頭発表
    1)口頭発表における事前の準備
   4.ポスター発表(示説)
  3-論文発表(日下和代)
   1.論文の種類
    1)原著論文
    2)総説
    3)研究報告・短報・速報・レター論文など
    4)実践報告など
   2.学術論文の書き方
    1)論文の標準的な構成
    2)各区分の書き方
   3.症例報告の書き方
   4.論文を書くための一般的注意事項
   5.投稿方法
IV 卒業論文のまとめ方
 1-学生が行う研究と指導(合場千佳子)
  1-卒業研究の位置づけ
  2-卒業研究の指導
  3-卒業研究の現状
   1.実習記録の活用から卒業研究へ
   2.問題追求型プロセスの記録
 2-卒業研究の進め方(吉田直美)
  1-卒業研究の概要
  2-卒業研究のテーマ探索・絞り込み
   1.情報収集・文献検索
    1)文献検索
    2)情報収集
   2.卒業研究のテーマ
    1)研究テーマの設定
    2)研究テーマの探し方
  3-研究の仕方
   1.研究デザイン・研究方法
    1)仮説検証型のアプローチ
    2)仮説探索型のアプローチ
    3)その他のアプローチ
  4-研究テーマの決定・研究計画立案
   1.テーマの決定
   2.卒業研究計画書を作成する
  5-研究計画書提出と研究用具の準備と実施
   1.卒業研究計画書を提出する
   2.データ収集のプロセス
   3.質問紙法の場合
    1)質問項目作成の基礎
    2)データ収集予備調査
    3)本調査の実施
   4.実験法の場合
   5.事例研究の場合
   6.倫理審査申請
  6-データ処理の方法
   1.データ分析のプロセス
   2.分 析
    1)データの種類
    2)統 計
    3)分析方法
  7-中間報告ならびに成果報告のためのプレゼンテーションの仕方
   1.プレゼンテーションの仕方
   2.中間報告書の提出あるいは中間報告会
  8-卒業論文の書き方
   1.卒業論文の作成の仕方
    1)原稿の様式
    2)原稿の記述様式
  9-成果発表
   1.研究成果の発表
   2.研究を終えての感想
  10-評 価
   1.卒業論文の評価
   2.プレゼンテーションの評価
V 研究に役立つ知識,資料
 1-文献検索と引用(大川由一)
  1-文献について
  2-文献検索の目的
  3-文献の種類
   1.原著論文
   2.総説(レビュー)
   3.会議録(学会抄録)
   4.単行本(図書)
  4-文献検索の実際
  5-文献検索ツール
   1.Google Scholar(グーグル・スカラー)
   2.J-STAGE(ジェイ・ステージ)
   3.CiNii(サイニィ)
   4.医中誌WEB
   5.PubMed(パブメド)
  6-情報収集のためのツール
   1.8020 推進財団
   2.政府統計の総合窓口(e-Stat)
  7-文献の引用
  8-引用の書き方
  9-参考文献リストの書き方
  10-文献管理ツールの利用
   1.独自文献データベースの作成
   2.文献リストの自動作成
 2-統計解析の基本
  1-統計の目的
  2-統計解析の実際
   1.統計的検定の手順
    1)表計算ソフトへのデータ入力
    2)EZRへのデータの読み込み
    3)要約統計量の計算
    4)2 群間の平均値の比較
    5)対応のある2 群の平均値の比較
    6)独立性の検定(カイ2 乗検定)
    7)相関係数

 関連資料
  人を対象とする医学研究に関する倫理指針
  ヘルシンキ宣言 人間を対象とする医学研究の倫理的原則