やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 歯の解剖学は歯の形と構造,およびそれらの相互関係をくわしく教える学問である.未知の土地を訪ねるときに,まず地図を開き,その土地の地形や地名を調べるのと同様に,歯を対象とする医療に携わるものにとって,最初に学ばなければならない学問である.
 したがって,歯の解剖学は歯学教育の基礎となる重要な科目の一つとなっている.
 歯科医学全体では,最近の急速な発展によって,その範囲が広がるとともに細分化し,その内容も増加しつつある.そのために,従来の教育方法では専門課程の4年間で学生に歯科医としての知識を十分に教えることができなくなってきている.
 そこで,各教科の教育者は自分の専門とする研究者の立場から離れて,広い視野に立った観点から学生を教育することが求められている.
 歯の解剖学についても,その内容を簡単にし,重要な点を選んで,限られた時間内に学生に十分理解させるように努力し,工夫するとともに,歯の形態が臨床ではどのように考えられているか,また顎と歯の大きさの差(ディスクレパンシー)が人類の進化と歯の退化にどのように関係しているかなど,臨床との関連はもちろんのこと,歯の遺伝や生物学的意義についても言及しなければならなくなっている.
 このような現状に合わせて,本書では歯の形を説明する文章をできるだけ平易にし,要点を箇条書きにするなど簡潔にまとめてわかりやすいものにするとともに,臨床的考察によって,臨床では歯の形がどのように取り扱われ,どの点が注意されているかを指摘し,トピックスではより広い学問的視野に立って歯の形を考えるようにするために,生物学,遺伝学,民族学などの立場から歯について述べている.
 図や表についても,説明をくわしく,わかりやすく書き,できるだけ具体的に示すように心がけた.図については,経済的な理由から各執筆者に描いていただいた図原稿を半分以下に削らなければならなかったことはまことに残念で,心からおわび申し上げる.図について不明な点やわかりにくいところがあれば,天然歯を座右に置き,絶えず観察しながら,本を読み,理解するようにしていただきたい.歯冠の表面にみられる咬耗や亀裂から,その患者の年齢や咬みぐせが想像できるようになれば一人前の歯科医になったといえる.
 歯の解剖用語の外国語は英語のみとし,巻末にまとめた.本文中にある各用語について,巻末の英語用語を調べ,余白に書き入れたり,歯の展開図をかくとき,歯の各部位の名称を英語で記入するなどして,日本語ばかりでなく英語の用語も記憶するように努めていただきたい.
 総論では,歯の用語を定義するとともに,歯に共通する性質に生物学的な考察を加え,次の各論での歯の説明を理解しやすくした.
 各論では,最初に各歯について形の特徴を箇条書きにし,注意すべきところを示した.個々の歯の説明は,それぞれの歯群のうちで典型的な形を示す“鍵歯(上顎中切歯,上顎犬歯,上下顎第一大臼歯)”をくわしく記し,他の歯は鍵歯と比較する形式で記述した.
 歯列と咬合や歯の異常については,第5章で概説的なことにとどめ,簡単に説明してある.したがって,咬合学や人類学などの専門書を読んで,さらにくわしく調べることをお勧めする.
 歯の年齢的変化について第6章で解説したのは,最近老年者の歯科医療が注目され,歯の老化についての知識が必要となったからである.
 歯についての計測値などの数値的なデータは,付表として巻末にまとめてある.これらの資料をもとに,グラフなどを作り比較するとわかりやすくなる.
 本書を作るにあたって,各執筆者からいろいろな意見が出され,現況に適した理想的な教科書を作ろうとしたのであるが,いろいろな制約があり,また編者である私の力の足らぬこともあって,執筆者,読者ともに不満なところがあるかもしれない.不明な点や誤ったところがあればご指摘いただければ幸いである.
 最後に,本教科書の出版にあたり,本の編集や原稿の修正についてさまざまな助言と協力を賜った医歯薬出版株式会社の各位に心からお礼を申しあげる.
 1990年5月10日 編者 赤井三千男
第1章 総論
 1.歯とは何か――生物学的定義
 2.歯はなにから進化したか
 3.歯の種類
    1)形による分類
    2)生歯による分類
 4.歯の保持様式
    1)線維性結合
    2)蝶番結合
    3)骨性結合
    4)槽性結合と釘植
 5.歯の働き
    1)主機能
    2)副機能
 6.歯の外形
 7.歯の内部構造
    1)エナメル質
    2)象牙質
    3)歯髄腔と歯髄
 8.歯周組織
    1)歯肉
    2) 歯周靭帯(歯根膜)
    3)歯槽骨
    4)セメント質
 9.歯の名称
    1)生歯による名称
    2)歯の形による名称
 10.歯の記号
    1)歯の種類の表し方
    2)歯の位置の表し方
 11.歯式
 12.方向用語
 13.歯の区分(3分法)
 14.歯冠各部の名称
    1)歯面と縁
    2)尖角(点角),稜角(線角)と隅角
    3)突出した部分の名称
    4)凹んだ部分の名称
 15.歯頸線・歯頸線湾曲
 16.歯根各部の名称
    1)根幹
    2)歯根尖(根尖)
    3)歯根分岐(根分岐)
 17.歯髄腔
    1)髄室と根管
    2)根管の分岐
 18.歯に共通する特徴
    1)ミュールライター(Mu¨hlreiter)の三徴
    2)コーエン(Cohen)の歯面徴
    3)歯頸線湾曲徴
    4)歯冠と歯根の移行部の特徴
    5)その他
 臨床的考察
第2章 永久歯
I.切歯
 1.上顎中切歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 2.上顎側切歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 3.下顎中切歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 4.下顎側切歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
II.犬歯
 犬歯の特徴
 1.上顎犬歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 2.下顎犬歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 臨床的考察
III.小臼歯
    1)小臼歯の特徴
    2)上下顎小臼歯の差異
 1.上顎第一小臼歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 2.上顎第二小臼歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 3.下顎第一小臼歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 4.下顎第二小臼歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
IV.大臼歯
    1)大臼歯の特徴(切歯,犬歯,小臼歯との違い)
    2)上下顎大臼歯の差異
 1.上顎第一大臼歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 2.上顎第二大臼歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 3.下顎第一大臼歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 4.下顎第二大臼歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 5.上下顎第三大臼歯
    1)特徴
    2)歯冠
    3)歯根
    4)歯髄腔
 6.大臼歯の形態推移
    1)上顎大臼歯
    2)下顎大臼歯
 臨床的考察
第3章 乳歯
I.乳歯とは
II.乳歯に共通する形態的特性
 乳歯の原始的形態
III.乳切歯
 1.上顎乳中切歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
 2.上顎乳側切歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
 3.下顎乳中切歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
 4.下顎乳側切歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
IV.乳犬歯
 1.上顎乳犬歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
 2.下顎乳犬歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
V.乳臼歯
 特徴
 1.上顎第一乳臼歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
 2.上顎第二乳臼歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
 3.下顎第一乳臼歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
 4.下顎第二乳臼歯
    1)歯冠
    2)歯根
    3)歯髄腔
 臨床的考察
第4章 歯の配列と咬合
 1.歯群
 2.歯列
 3.歯列弓
 4.咬合湾曲と咬合平面
 5.咬合
    1)歯の咬合状態
    2)咬合の種類
 6.歯の植立状態
 7.隣在歯間の関係
第5章 歯の異常
 歯の発生段階と異常発現の関係
 1.歯数の異常
    1)歯数減少
    2)歯数過多(過剰歯)
 2.歯の大きさの異常
    1)巨大歯
    2)矮小歯
 3.歯冠の異常
    1)円錐歯
    2)シャベル型切歯
    3)盲孔
    4)斜切痕
    5)切歯結節と犬歯結節
    6)中心結節(咬合面中央結節)
    7)介在結節
    8)カラベリー結節
    9)プロトスタイリッド
    10)臼傍結節
    11)臼後結節
    12)第6咬頭
    13)第7咬頭
    14)エナメル滴またはエナメル真珠
    15)エナメル(根間)突起
 4.歯根の異常
    1)長さの異常
    2)数の異常
    3)形の異常
 5.重複歯
    1)癒着歯
    2)融合歯
    3)双生歯
 6.歯内歯(重積歯)
 7.歯の位置異常
    1)転位歯
    2)傾斜歯
    3)捻転歯
    4)移転歯
    5)逆生歯
    6)高位歯と低位歯
    7)歯隙と叢生
 8.歯列弓の異常
    1)狭窄歯列弓
    2)V字型歯列弓
    3)鞍状歯列弓
    4)空隙歯列弓
 9.咬合の異常
    1)上顎前突
    2)下顎前突
    3)過蓋咬合
    4)離開咬合
 10.歯の萌出異常
    1)乳歯の早期萌出
    2)乳歯の萌出遅延
    3)永久歯の早期萌出
    4)永久歯の萌出遅延
第6章 歯の年齢的変化
 1.咬耗
    1)切縁と咬合面にみられる咬耗
    2)隣接面における咬耗
    3)乳歯における咬耗
    4)咬耗と年齢推定
    5)咬耗の性差と左右差
    6)咬耗による障害とその処置
 2.磨耗
 3.歯根の肥大
 4.歯髄腔の縮小
 5.歯冠の色

 付表
 歯の解剖用語―1
 歯の解剖用語―2
 文献
 索引