やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 小児歯科学は,わが国においては臨床諸講座中最も遅れて開設され,しかも治療手段によって分類されている他講座とはその理念も異質なためか,講座発足の当初からいろいろな矛盾を包含していた.そのことが20年後の今日,臨床教育上にやや混乱をきたしている.
 元来,小児歯科学は,発達期という年齢区分でまとめられた歯科学で,考え方としては歯科臨床のあらゆる手段を包括することが建て前である.しかし現実には能力的にも,また他講座への配慮などからも,このような考え方を忠実に施行するには困難な点が多い.
 日本の小児歯科講座が発足した当初,つまり昭和30年代,40年代前半のように,氾濫する乳歯齲蝕の治療に生活時間のほとんどを費していた時代には問題は少なかったが,40年代後半から50年代にかけての幼小児の齲蝕の減少は,新たに以前にはあまり問題にされなかった障害児歯科,咬合の異常,さらには幼若永久歯齲蝕などの問題に目を向ける必要が生じ,小児歯科臨床をやや混乱させている.
 これに加え,臨床のなかでの個を中心とした歯科健康管理体系の確立も緊急課題になりつつあり,3歳児健診に加え新たに1,6歳児健診制度も確立され,そのうえ小児歯科標榜医制もでき,本書が初めて出版された1971年ごろに比べ,日本の小児歯科事情は大幅に変化してきているのが現状である.
 さて今日,本書の改訂にあたっては内容をできるだけ重点的なものにしぽり,under graduate レベルの学生,あるいは GP レベルの歯科医を対象にし,筆者も広く各大学の小児歯科学の教授および専門分野の教授を煩わせ,少なくとも現代歯科医学における小児歯科のスタンダード版をつくることを目指した.
 しかしながら今後の小児歯科学は,一方,三次医療としての診療内容の充実も重要課題である.したがって,総合化,学際配慮を伴いつつ,小児歯科学は今後さらに多彩な変化を余儀なくされることであろう.
 小児歯科学の健全な発達は,歯科臨床全体の新しい脱皮につながると信じている.少なくとも将来の歯科学はより総合化され,人間の加齢現象により効果的対応が望まれるのではなかろうか.
 国際小児歯科学会(スイス)への旅立ちを前にして
 1981年7月 深田英朗
序説
1章 小児歯科はどんな学問か…深田 英朗
2章 包括的小児歯科医療とは…深田 英朗
総論
3章 小児の特性
 3-1 成長発育…菊池 進・坂井 正彦
  1.全身的発育
  2.顔面頭蓋の発育
  3.顎の発育
  4.歯列の発育
  5.歯の発育
 3-2 乳歯の形態…栗原 洋一
  1.乳歯と永久歯の形態的差異
  2.歯髄腔の大きさ,形態とその変遷
  3.乳歯の形態
 3-3 生理的特徴…菊地 進
  1.全身的な特徴
  2.機能的な特徴
  3.口腔の生理的特徴
4章 小児の口腔疾患
 4-1 小児齲蝕症…深田 英朗・赤坂 守人
  1.小児鰯蝕症の疫学
  2.小児齲蝕症の特異性
  3.齲蝕の治療を中心とした診査,診断
  4.小児齲蝕症の診査
  5.齲蝕の影響
 4-2 軟組織疾患
  1.口腔内のみにみられる口腔軟組織疾患…栗原 洋一
  2.全身疾患の部分症状としての口腔軟組織疾患…深田 英朗・小椋 正
  3.全身疾患の部分症状としての歯周疾患
  4.全身疾患の部分症状としての舌疾患
  5.口唇の疾患と全身疾患
 4-3 硬組織疾患(齲蝕症を除く)…稗田 豊治
  1.歯質の構造異常
  2.歯の色調の異常
  3.咬耗(症)・摩耗(症)
  4.歯数の異常
 4-4 咬合異常…菊池 進
  1.正常咬合の評価
  2.咬合異常のいろいろ
  3.不正咬合の種類と評価
 4-5 唇裂・口蓋裂…稗田 豊治・矢尾 和彦
  1.唇裂・口蓋裂の発生機序
  2.唇裂・口蓋裂の分類
  3.唇裂・口蓋裂の発生頻度
 4-6 遺伝と先天異常…栗原 洋一
5章 小児歯科治療で注意したい微症状…有賀 敏文
 1.発熱
 2.貧血
 3.出血
 4.心雑音
 5.頭痛
 6.体質異常
 7.頸部リンパ節腫脹
各論
6章 小児の取り扱い…下岡 正八
 6-1 小児の取り扱いの定義
 6-2 小児の歯科治療が敬遠される理由
 6-3 小児の取り扱いに関する基礎知識
  1.小児の収り扱いに必要な知識
  2.小児の収り扱いの重要性
  3.小児の行動の分類
  4.小児に協力的な行動をとらせるには
 6-4 小児が歯科治療を敬遠する理由
 6-5 トレーニングルーム
 6-6 小児の一般的な取り扱い
7章 小児歯科診療のすすめ方…深田 英朗・赤坂 守人
 7-1 初診から健康管理計画の立案まで
  1.診療(管理)の流れ
  2.診査
  3.診断(評価)
  4.口腔健康管理計画の立案
 7-2 治療計画の立案
  1.治療計画立案にさいして考慮すべき事項
  2.治療計画立案の実際
8章 小児の健康管理
 8-1 健康とは…深田 英朗・赤坂 守人
 8-2 口腔の健康管理を包含した小児歯科臨床体系
 8-3 健康教育
 8-4 齲蝕予防と保健指導
  1.保健指導の意義
  2.保健指導の手順
  3.保健指導の方法
  4.動機づけ
  5.効果判定
 8-5 小児歯科におけるダイエットコントロール
  1.歯科におけるダイエットコントロールの考え方
  2.小児歯科臨床に必要な一般栄養学的知識
  3.小児歯科におけるダイエットコントロールの必要性
 8-6 プラークコントロール
  1.プラークコントロールの意義
  2.歯の表面の形成物
  3.プラークコントロールの方法
  4.ブラッシングの方法
  5.歯間部隣接面清掃用具
  6.その他の口腔清掃用具
 8-7 齲蝕予防処置…吉田 定宏
  1.フッ化物による齲蝕予防
  2.窩洞填塞(予防填塞)
  3.フッ化ジアンミン銀による齲蝕抑制
9章 治療前準備
 9-1 小児歯科のチェアーポジション…稗田 豊治・森谷 泰之
 9-2 開口法
 9-3 ラバーダム隔離法
 9-4 局所麻酔法
 9-5 スタディモデル
 9-6 X線写真検査…古跡 養之真
10章 乳歯の修復…稗田 豊治
 10-1 修復に当たっての考え方
  1.乳歯における修復の重要性
  2.乳歯の形態的特徴と修復
  3.修復方法と材料の選択
 10-2 乳臼歯の修復
  1.乳臼歯小窩裂溝齲蝕の修復
  2.乳臼歯隣接面齲蝕の修復
  3.乳臼歯歯頸部齲蝕の修復
  4.乳歯冠による修復
  5.鋳造冠による修復
 10-3 乳前歯の修復
  1.乳前歯唇面齲蝕ならびに乳臼歯歯頸部齲蝕の修復
  2.乳前歯隣接面齲蝕の修復
  3.広範性齲蝕の修復
11章 幼若永久歯の修復…稗田 豊治
 11-1 幼若永久歯の修復の考え方
  1.形態的な配慮
  2.生物学的な配慮
 11-2 前歯の修復
 11-3 臼歯の修復
12章 歯内療法…町田 幸雄
 12-1 歯髄疾患の診断と治療方針
 12-2 感染性歯髄炎における炎症波及範曲の決定
 12-3 乳歯の歯内療法
  1.歯髄保存療法
  2.歯髄除去療法
  3.根管治療法
  4.根管充填法
 12-4 幼若永久歯の歯内療法
13章 小児歯科外科
 13-1 小児の抜歯…栗原 洋一
 13-2 埋伏歯の抜歯…西嶋 克巳
 13-3 小帯の異常の処置法
 13-4 顎・口腔領域の炎症
  1.乳歯萌出前
  2.歯の萌出時
  3.顎の炎症
  4.口底炎
 13-5 顎・口腔領域の腫瘍と嚢胞
  1.顎・口腔領域と局所的関係の深い腫瘍と嚢胞
  2.他の部と一般共通にみられる腫瘍
14章 歯の外傷…稗田 豊治
 14-1 小児の歯の外傷
  1.外傷の部位と頻度
  2.外傷の原因
  3.歯の外傷の小児歯科学的問題点
 14-2 永久歯の外傷
  1.分類
  2.処置
 14-3 乳歯の外傷
  1.分類
  2.処置
  3.歯の脱臼と唇舌的位置異常
  4.脱落
15章 発育期の咬合管理
 15-1 咬合誘導とは…菊池 進
 15-2 咬合誘導に必要な咬合に関する知識…菊池 進・荻原 和彦
  1.正しい咬合をつくる条件
  2.咬合の正常な発育を狂わせる因子
 15-3 診査と評価
  1.視診
  2.触診
  3.問診
  4.X線写真による診査
  5.口腔模型
  6.咬合誘導計画の立案
 15-4 咬合誘導の方法…吉田 穰
  1.施術前に考慮すべき事項
  2.咬合誘導の適用対象と処理内容
  3.咬合誘導の種類
  4.能動的咬合誘導に用いられる装置について
  5.受動的咬合誘導に用いられる装置について
16章 唇裂・口蓋裂患児の管理…稗田 豊治・矢尾 和彦
 16-1 小児歯科における唇裂・口蓋裂患児の管理の意義
 16-2 唇裂・口蓋裂患児の管理の実際
  1.診療チームの構成と分担
  2.管理方法
 16-3 小児歯科での問題
17章 心身障害児の歯科診療
 17-1 心身障害児歯科診療の意義…上原 進
  1.心身障害児歯科診療の必要性
  2.心身障害児の歯科医療とその歯科学
  3.史的展望
 17-2 心身障害児の歯科的問題
 17-3 神経筋機構の異常を伴う心身障害児
 17-4 精神発達の遅滞,情緒障害を伴う心身障害児
 17-5 感覚器の障害を伴う心身障害児
 17-6 全身疾患,臓器機能障害を伴う心身障害児…池田 正一
 17-7 臨床の実際
 17-8 心身障害児の保健医療…上原 進
18章 言語障害児に対する歯科的治療…大橋 靖
 18-1 言語発達
 18-2 言語障害の種類
 18-3 口腔の異常と言語障害
  1.前歯部欠損と言語障害
  2.咬合の異常と言語障害
  3.口蓋裂と言語障害
  4.舌小帯の異常と言語障害
19章 小児歯科と薬物療法…稗田 豊治・森 政和
 19-1 小児の薬物に対する特性
 19-2 小児の薬用量
 19-3 小児歯科で頻用される薬物
  1.全身的に投与するもの
  2.局所的に投与するもの
  3.齲蝕予防に関係するもの
 19-4 他科で小児に多用される薬物
  1.抗けいれん薬
  2.心疾患薬
  3.腎疾患薬
  4.アレルギー性疾患薬
20章 小児歯科における救急処置…古屋 英毅・住友 雅人
 20-1 偶発症に遭遇したときの心構え
 20-2 局所的偶発症の救急処置
  1.口腔内損傷
  2.術後出血
  3.異物の吸引または誤嚥
 20-3 全身的偶発症の救急処置
  1.不安,興奮,錯乱
  2.痙攣(全身性)
  3.嘔吐
  4.意識障害
  5.救急時の呼吸管埋
  6.救急時の循環管理
21章 小児に対する公衆歯科衛生活動…榊原 悠紀田郎
 21-1 公衆歯科衛生活動とは
 21-2 公衆歯科衛生活動における三つの相
 21-3 小児を中心とした公衆歯科衛生活動の戦略
 21-4 小児を中心とした公衆歯科衛生活動の戦術面
 21-5 小児を中心とした公衆歯科衛生の現場活動

 付表
 索引