やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯科衛生士の仕事は,歯周病に対し,ブラッシングとスケーリングを主とした治療を行う業務が中心であるように思われがちです.歯科医院に来院する患者さんの動機としてもっとも多いのも齲蝕と歯周病の治療ですが,これらの患者さんは同時に,「味がおかしい」「唾液が出ない」「舌が痛い」,そして「粘膜が腫れた,痛い」など,多かれ少なかれさまざまな訴えを併せもっていることがあるはずです.これらの病態を発見・報告することも歯科衛生士の重要な仕事です.フランスのルイ・パスツールは,「病気を考えるときは,治療でなく予防を考える」と述べています.私たちも,歯科衛生士の皆さんが,歯周治療にのみ奔走するのではなく,口腔に起こるさまざまな病気に気づき,予防について支援・指導することが重要であると考えています.そのために,まず「知識をもって粘膜をみる眼を養う」「変化や異常に気づく眼を養う」をコンセプトに,病態学と口腔外科をコラボレーションする形で本書をまとめました.
 昨今の医療現場を考えると,「医療面接」「インフォームドコンセント」「医療安全」など多くの言葉が錯綜し,実際何をすればよいのか迷う時代になっています.その理由は,以下にあるように思います.歯科衛生士をはじめとする医療系の専門職に就くためには,まずは専門の学校に入り,卒業後に国家試験に受からなければなりません.そのために,学生たちは,IQ(知能指数)に磨きをかけ,入学試験のために猛勉強を強いられるわけです.そして見事学校に入ると,すぐに理科系一色に染まっていくのです.いよいよ臨床実習が始まると,理科系で育ってきた皆さんは,社会系の知識のなさと,患者さんを目の前にEQ(情動指数)が足りないことに気づきます.さまざまな立場や職種の患者さんと接するときに,病気の知識と同時に一般常識も蓄えておく必要があることを認識することと思います.口腔を専門とする歯科においては,一般常識はさておき,歯周病と齲蝕の知識のみならず,口腔粘膜病変の知識をもって患者さんと対峙できれば,患者さんとの信頼関係が構築され,医療安全にもつながると信じています.
 2010年10月,二人の日本人が「パラジウムを触媒とするクロスカップリング」とよばれる有機合成法の開発でノーベル化学賞を受賞しました.皆さんはノーベル賞など無縁に思えるかもしれませんが,たとえば私たち歯科医療職が口腔癌を早期発見できる何らかのアイデアを出せば,そして研究者がそれを実現させ,医学応用できれば,ノーベル医学生理学賞につながる可能性があると思っています.学問は,前述した予防やわかりやすい説明のためにのみ必要なわけではなく,医療従事者はつねに研究者でなければならないとも思っています.
 本書には,このような思いも込められています.歯科衛生士の皆さんの臨床がさらに有意義なものとなるよう,本書をお役立ていただくことができれば幸甚です.
 2010年11月
 井上 孝,小林隆太郎
 はじめに
 口腔粘膜病変は歯科衛生士・歯科医師がみつけるものです
 「色」と「形」からみる早わかりチャート
Chapter1 口腔内の「色」や「形」の変化は歯科衛生士が気づくもの!
 1 色からみた粘膜の変化
 2 形からみた粘膜の変化
 3 口腔粘膜とは
Chapter2 歯科医院で気づくために
 1 口腔内のつくりを復習・理解しよう
 2 歯科医院における考え方
 Chapter 3,4中のインデックスの見方
Chapter3 「色」による変化・病態
 白い変化を主症状とするもの
  「白」のSTORY
   (1)白板症
   (2)口腔扁平苔癬
   (3)アフタ(慢性再発性アフタ)
   (4)口腔カンジダ症
 赤い変化を主症状とするもの
  「赤」のSTORY
   (5)紅板症
   (6)正中菱形舌炎
    臨床コラム 舌における「色」と「形」のさまざまな変化 地図状舌・溝状舌・ベーチェット病
   (7)多形滲出性紅斑
   (8)天疱瘡
 黒い変化を主症状とするもの
  「黒」のSTORY
   (9)メラニン色素沈着症
   (10)色素性母斑・黒子
   (11)悪性黒色腫
   (12)ヘモグロビンによる色素沈着血腫
   (13)金属などによる外来性色素沈着
   (14)黒毛舌
 黄色い変化を主症状とするもの
  「黄色」のSTORY
   (15)フォーダイス斑(フォーダイス顆粒)
 暗紫色の変化を主症状とするもの
  「暗紫色」のSTORY
   (16)ガマ腫・粘液嚢胞
   (17)血管腫
Chapter4 「形」による変化・病態
 水疱があるもの
  「水疱」のSTORY
   (18)単純性疱疹
   (19)帯状疱疹
 凹みがあるもの
  「凹み」のSTORY
   (20)歯による圧痕
 欠損(びらん・潰瘍)があるもの
  「欠損(びらん・潰瘍)」のSTORY
   (21)褥瘡・潰瘍〜咬傷や義歯・歯科矯正装置などによるもの
 腫れ(腫脹)があるもの
  「腫れ(腫脹)」のSTORY
   (22)膿瘍
 瘤(腫瘤)があるもの
  「瘤(腫瘤)」のSTORY
   (23)エプーリス
   (24)良性腫瘍〜骨腫,線維腫,脂肪腫,血管腫など
 いろいろな色・形があるもの
  「いろいろな色・形」のSTORY
   (25)悪性腫瘍(扁平上皮癌)

 ちょっとコラム
  (1)レストランが蛍光灯を使わないワケ
  (2)口腔がん検診の必要性
  (3)金属アレルギーとは
  (4)医療安全を考える
  (5)「健康」の定義
  (6)血液循環とは?〜サラリーマンと赤血球
  (7)病理組織検査とは?
  (8)「水泡」と「水疱」〜「泡」と「疱」はどう違う?
  (9)生体が出す命令〜その名も「サイトカイン」
  (10)「歯周ポケット」「ポケット上皮」は正義の味方
  (11)鑑別疾患としての口腔癌について
 BREAK TIME ちょっとひとりごと
  (1)「癌(がん)」と「蟹(カニ)」〜「形」にまつわる不思議な関係
  (2)アレルギーのない時代
  (3)『マイ・フェア・レディー』と患者教育
  (4)わかりやすく納得できる説明を!〜「オバQ」理論とならないために
  (5)「コウクウ」は間違い?

 あとがきにかえて
 索引
 編著者略歴