やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 現在,医学・歯学の分野ではEvidence-Based Medicine(EBM)に基づく治療体系の確立,疾患予防および健康増進方法の開発が望まれています.そのような考え方のベースには,患者さんに対して確固とした根拠に基づいた治療・予防を効率よく行わなければいけないという考え方が存在しています.
 しかし,カリエス,歯髄疾患,歯周病の治療,あるいは欠損補綴処置といった臨床で行われている歯科医療全般においてEBMが浸透しているかというと,胸を張ってそうとは言い切れないところがあります.さらに,今回のテーマである“唾液”に関しては,適切な診査・診断法が確立されていない状況ですので,何よりも先に実践的な臨床研究を展開していかなければなりません.
 人間が生きるうえでの原点である“食べる喜び““話す楽しみ”を考えて,高齢者のQOLの向上を図ろうとする試みは,歯科領域での新たな研究テーマとなっています.
 このテーマは歯科医師だけでは対応することができませんし,パートナーとして歯科衛生士の果たす役割が大きなものになってきます.さらに,医科,介護・看護,リハビリテーション,社会医療,地域保健など,複数の分野の医療従事者が力を合わせる必要があります.このように学際領域にまたがる大きなテーマですので,どこに切り口を見出すかが重要になってきます.
 一方,日常の臨床で,“食べる““話す”“飲む”ことで困っている患者さんに対して,どうしたものかと悩んでいる歯科衛生士の方々も多いのではないでしょうか?
 そこで今回,このようなことを頭に描きながら,“唾液と口腔乾燥症”というテーマをとりあげてみました.内容的には,すぐに応用してもらえる情報を数多く掲載しています.臨床的には,専門的な立場からの執筆も加えました.あわせて,それぞれの治療や処置を行うことの意義を理解していただけるように,唾液に関連する基礎知識をできるだけわかりやすく解説してあります.
 執筆者一同,口腔乾燥症で苦しんでいる患者さんの悩みが,1日でも早く解消されることを望んでおり,そのためにぜひ本書を活用していただければと思っています.
 2003年5月 柿木保明・西原達次
 はじめに

1章 いまなぜ唾液と口腔乾燥症なのか
 座談会/西原達次/司会・柿木保明・高橋 哲・安細敏弘・古川由美子
  なぜ唾液や口腔乾燥症が注目されるのか/臨床では/客観的指標の必要性/口腔ケアについて/カンジダ・舌痛症と口腔乾燥症/薬剤との関係/高齢社会で歯科の果たすべき役割
2章 唾液と臨床症状
 (1)カリエスと唾液 安細敏弘
  唾液の分泌/唾液のタンパクとカリエス/分泌速度
 (2)歯周病と唾液 小関健由
  歯肉炎と歯周病発症への唾液の影響/歯肉縁上歯石の形成に及ぼす唾液の影響/宿主の抵抗力に及ぼす影響
 (3)感染症と唾液 笠井宏記・山本晃三・西原達次
  口腔内感染症の代表例/口腔内細菌で起こる全身感染症/口腔内に棲みつく微生物の働き
 (4)口臭と唾液 安細敏弘
  口腔乾燥と舌苔/サラサラタイプとネットリタイプ
 (5)義歯と唾液 柿木保明
  唾液による義歯の維持/咀嚼機能と唾液/口腔乾燥症患者の義歯ケア
 (6)味覚と唾液 高橋 哲
  味覚の情報伝達/唾液と味覚の相互関係/口腔乾燥と味覚異常の関連
 (7)食べる機能と唾液 柿木保明
  口腔機能と唾液/咀嚼・嚥下機能と食物形態/口から食べる/経管摂取患者の義歯
3章 口腔乾燥の現状
 (1)口腔乾燥の病態と頻度 柿木保明
  口腔乾燥による病態/口腔乾燥症の頻度
 (2)口腔乾燥症の臨床像 柿木保明
  口腔乾燥感/唾液の粘稠感/口腔内灼熱感/味覚異常/食物摂取困難/嚥下障害/舌の発赤・舌乳頭萎縮・平滑舌/舌痛症,口腔粘膜の症状/口腔粘膜の菲薄化・口角びらん/カリエス・歯周炎/義歯不適合・違和感/舌苔/カンジダ症/感染症と誤嚥性肺炎
 (3)口腔乾燥の原因/口腔内 安細敏弘
  口呼吸/嗜好品の過剰摂取/摂取水分量の不足/不十分な咀嚼回数/微量元素摂取不足/歯磨剤の過剰使用
 (4)口腔乾燥の原因/全身 高橋 哲
  シェーグレン症候群/シェーグレン症候群以外の唾液腺病変(全身性)/ホルモン・代謝系の異常/体液・電解質異常/放射線被曝による障害/神経性要因/加齢
 (5)薬物の副作用 高橋 哲
  薬物の服用/薬剤についての問診/対処法
4章 唾液と口腔乾燥の診査・診断・処置方針
 (1)唾液分泌低下と口腔乾燥症の診断基準 柿木保明
  口腔乾燥症の診断基準/自覚症状に関する問診項目/臨床診断/臨床検査
 (2)唾液分泌低下と口腔乾燥症の検査 柿木保明
  唾液分泌と口腔乾燥症の検査法/総合的な診断
 (3)診査結果と処置方針の選択 柿木保明
  診査結果からみた処置方針/対症療法/原因療法
5章 口腔乾燥への対応法
 (1)口腔乾燥症患者における口腔疾患予防 安細敏弘
 (2)口腔乾燥症患者の口腔ケア・舌ケア 柿木保明・安細敏弘
  口腔ケアと口腔粘膜の保湿/食前の口腔ケア/口腔ケアによる口腔機能障害への対応/舌ケアの重要性
 (3)唾液からみたリハビリテーション 柿木保明
  食べる機能のリハビリテーション/口腔機能の維持/義歯咬合と口腔機能/経管栄養と口腔乾燥症
 (4)口腔乾燥症における薬物療法 高橋 哲・柿木保明
  薬物治療/原因療法としての漢方薬の応用/口腔乾燥症に対する漢方薬/漢方製剤の選択
 (5)人工唾液による症状改善 柿木保明
  人工唾液/湿潤剤配合の洗口液/臨床効果/使用上のポイント
 (6)含嗽剤,軟膏による症状改善 高橋 哲
  含嗽剤/軟膏
6章 臨床の現場から
 (1)専門病院としての対応 ―国立療養所南福岡病院の場合― 井上睦子・柿木保明
  口腔乾燥度の判断/入院患者への対応/外来患者への対応
 (2)ICUにおける口腔乾燥症状への対応―藤枝市立総合病院の場合― 宮城島俊雄・塚本敦美
  ICUとICUの患者/ICU患者の口腔乾燥はなぜ起こるのか/口腔乾燥は何につながるのか?/口腔乾燥への対応の基本的な考え方
 (3)回復期病棟における口腔乾燥への対応―熊本機能病院の場合― 古川由美子
  口腔ケアの実際/症例から
 (4)義歯患者への対応―中尾歯科医院の場合― 小川桂子・中尾勝彦
  義歯装着と唾液分泌量の関係/義歯と唾液の関係/人工(代替)唾液/軟質義歯材料
 (5)口腔乾燥症への臨床的対応―ウチヤマ歯科医院の場合― 内山 茂・波多野映子
  口腔乾燥症の症状/口腔ケアのテクニック/口腔乾燥症患者の歯科治療とPMTC
7章 基礎研究からの発信
 (1)細菌学の立場から 永吉雅人・助台美帆・西原達次
  知っておきたい細菌学的知識/唾液による局所免疫/唾液と口腔乾燥症の関連/われわれの研究からいえること
 (2)生理学の立場から 稲永清敏
  唾液腺の形態/唾液分泌/加齢に伴う唾液腺の構造と機能の変化/唾液腺の可塑性
 (3)生化学の立場から 渋谷耕司
  水分/唾液の有機成分/唾液の無機成分
 (4)物性学の立場から 小関健由
  唾液の物性とは/唾液の物性を担う高分子多糖体/臨床における唾液物性測定の試み

 用語解説
 索引
 執筆者一覧
 編集後記