やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 いよいよ4月から介護保険制度が始まりましたが,いまだかつてこれほどまでに“ケア”が国民の関心を集めた時代はなかったと思います.近代医学の発達と医療技術の進歩などのおかげで多くの病気が克服され,国民には長寿という恩恵がもたらされましたが,その反面,寝たきりや片まひなどの障害を残した要介護者とよばれる人たちが増加し,いまや介護問題は国民の誰もが,いつでも巻きこまれうる皆リスク状態になりました.
 要介護者に対する口腔ケアは,誤嚥性肺炎を予防するなど直接生命にかかわるケアとして非常に重要な側面がありますが,要介護者のQOL(quality of life)を考えるとき,口から食事としてものが食べられて,会話でコミュニケーションがとれることには非常に大きな意味があります.そのような社会の要請に基づいて,まず在宅ケアの現場で訪問歯科のニーズが高まりを見せました.
 一方,日常歯科臨床の場でも,4月から介護保険では居宅療養管理指導が始まり,医療保険でも“かかりつけ歯科医”機能が評価されるなど,私たち歯科医療界もケアの視点で患者をとらえる必要性が生まれてきました.
 歯科におけるケアの担い手は歯科衛生士です.妊産婦からはじまって乳幼児,学童,成人,高齢者,障害者とあらゆるライフステージを通して,その人の生活に寄り添った口腔ケアを行うためには,「歯医者さんの可愛いお姉さん」とよばれながらブラッシング指導・診療補助にのみ終始するのではなく,広く社会に活躍の場を求めて,職域を広げていかなければなりません.そうなればいまは職を離れておられる歯科衛生士さんにも,就業のチャンスがめぐってくることにもなるでしょう.
 本書は5部からなっており,1章ではいまや訪問歯科衛生士としてわが国の第一人者である山梨県歯科衛生士会の牛山京子会長を囲んで座談会をもち,「期待される歯科衛生士像」について模索しました.2章では介護保険制度についての概要と,歯科医療職が果たすべき役割について紹介しています.3章ではユニークな取り組みをしている歯科衛生士会,歯科医師会,ボランティアグループの活動を紹介して,皆さんが最初の一歩を踏み出すための参考にしていただければと思います.4章では全国各地で行われている訪問口腔衛生指導の事例を紹介しています.現場の雰囲気を味わっていただきましょう.そして最後に介護保険に関する用語や資料をまとめておきました.
 新たな千年紀を迎え,新しい歯科医療を支える歯科衛生士の姿を浮き彫りにする一助になれば,本書を企画したものとして望外の喜びです.
 2000年4月 吉田春陽・正田晨夫
1章 新しい時代にどう働くか
 巻頭座談会・21世紀に向けて・期待される歯科衛生士像
 司会/吉田春陽,正田晨夫・牛山京子・小田見也子・本田里恵・吉田幸恵
 (1) 在宅診療に関わる医療人として 吉田春陽
 (2) ネットワークの大切さ 本田里恵
 (3) 21世紀の歯科衛生士教育を考える 吉田幸恵
 (4) 訪問歯科衛生士に期待される役割 小田見也子
 (5) 歯科衛生士のケアマネジャーだからできること 谷口律子
2章 介護保険を知ろう
 (1) 介護保険の誕生 吉田春陽
 (2) 介護保険制度とは 正田晨夫
 (3) 介護認定審査会 正田晨夫
 (4) 居宅療養管理指導 吉田春陽
 (5) 居宅療養管理指導/誤嚥性肺炎への取り組み 正田晨夫
 (6) 居宅療養管理指導/口腔ケア 角町正勝
 (7) 居宅療養管理指導/咀嚼・嚥下機能障害への取り組み 村田俊弘
 (8) 居宅療養管理指導/言語機能障害への取り組み 舘村 卓
3章 はじめの一歩を踏み出すために
 (1) 歯科衛生士会の取り組み 足立三枝子
 (2) 地域ネットワークづくりに取り組む・広島県の場合 石井みどり
 (3) 急性期から在宅までのシステムづくり・長崎市の場合 角町正勝
 (4) 行政とタイアップして・橿原市の場合 正田晨夫
 (5) 訪問歯科衛生士の活躍・守口市の場合 吉田春陽
 (6) 元気な高齢者への働きかけ 和田美登里
4章 事例に学ぶ
 (1) 在宅の場合 龍神弓子
 (2) 施設での取り組み 藤本雅清・糟谷政治
 (3) 急性期から在宅まで 角町正勝

 付 データ・用語集・文献・あとがき