やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 1970年代後半からJan Lindhe先生が提案した歯周病学の進展に伴い,歯科疾患のターゲットは細菌に向かいました.細菌感染に対しては,その診断から対応まである程度確立し,その効果については,現在,関連疾患の減少,歯の喪失の減少として現れています.このような中で,歯や歯列の保存に「力」の影響を無視できない症例が観察されるようになり,多くの臨床家が「力」(咬合性外傷)に注目し始めているように感じます.
 「力」に関しては,これまであまりスポットライトのあたらない問題だったためか,教科書的なものがなかなか見当たりません.また,多くの未整理な要素が複雑に絡み合っているため,その見極めと対応に苦慮することも多いのではないでしょうか.
 力の問題は,単純な「力の大きさ」の影響,歯の喪失や歯列不正などに起因する「力の集中」の影響,ブラキシズム等のパラファンクション,治すことが難しい悪習癖,さらには患者さんの心身の状態,ストレスなどの「患者背景」まで相互に影響しています.そのため,シンプルな因果関係を見つけることが予想以上に困難です.
 力の影響は,顎口腔系の様々な変化としても現れるため,その現象の注意深い観察は,この問題を把握するための第一歩となります.しかし,それが加齢によるものか,機能の中で生じているものか,ブラキシズムや悪習癖などのパラファンクションによるものなのか,簡単に判別することができません.さらに,いま生じている最中なのか,過去に生じた結果なのかという時間的な要素も加わるため,この点も力の影響の見極めを困難にさせています.
 そして,力と病態の因果関係を考える場合,力を受ける組織の状態,感受性,個別性としての順応も大きく影響しています.たとえば,口腔内に強い力のサイン(変化)があったからといっても問題が生じないこともある半面,小さいとしか考えられないような力でも,受け手の許容範囲を超えた力が加われば問題が生じてしまいます.このように,適応しているのか,それとも危険なのかという判断も難しいところです.
 以上のことを踏まえて,本別冊では,力に対する臨床上の疑問や臨床実感,臨床統計から,臨床上の力の問題について,まずクローズアップしたいと考えます.次に,力によって生じると思われる変化を取り上げ,力の兆候や力によって起こる口腔内の変化のメカニズムの解析,生体の許容範囲を超えた場合の変化について,研究面からアプローチします.最後に,力によって生じると思われる種々の問題をどのように見抜くのか,またどのように対応するのか,臨床経験豊富な先生方の症例を提示していただきます.
 まだまだ見えないことの多い「力」ですが,現在の到達点をまとめることで,諸先生方の臨床にお役立ていただければ幸いです.
 2012年12月
 徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部口腔顎顔面補綴学分野
  市川哲雄
 静岡県富士宮市・森本歯科医院
  森本達也
 静岡県浜松市・くまがい歯科クリニック
  熊谷真一
 序文
Part 1 力は第3のリスクファクター?−クローズアップされてきた“力”の影響−
 力の臨床像と原因論(鈴木 尚)
 臨床統計から読む力の影響(林 康博)
 症状を引き起こす力とは? −機能運動と非機能運動−(牛島 隆)
 臨床経過から感じた力の影響(森本達也)
  Column 歯の喪失率の年代変化から探る力の問題(後藤崇晴,秋田和也,市川哲雄)
Part 2 力が加わったら生体はどう変化するか−生体力学と力の生物学−
 歯の移動に関するメカノバイオロジー(山本照子)
 歯根膜のメカノバイオロジー(魚島勝美,加来 賢)
 咬合のバイオメカニクス(田中恭恵,服部佳功)
 力学の基本−生体に危険な力の理解のために−(友竹偉則,内藤禎人,市川哲雄)
 力を測る(田中昌博,龍田光弘,鶴身暁子)
 ブラキシズムの生理学(大倉一夫,鈴木善貴,松香芳三)
Part 3 現象の観察から得られる情報−臨床と研究のコラボレーション−
 歯の変化(熊谷真一,森本達也)
 Q&A 力による咬耗と酸蝕の影響の鑑別ができるのか?楔状欠損の形態とアブフラクション,摩耗,酸蝕が読めるか?(吉山昌宏)
 Q&A 歯の破折から力の方向がわかるか?(安田隆英,小川 匠)
 歯の周囲の変化(熊谷真一,森本達也)
 Q&A 咬合時の歯の変位から歯の偏位がわかるか(加藤 均)
  Column 主機能部位に基づく咬合理論とは(加藤 均)
 Q&A インプラントとの隣接面コンタクトは喪失するか?(友竹偉則,石田雄一,市川哲雄)
  Column 縄文人の歯からわかること(石垣尚一)
 下顎位の変化(熊谷真一,森本達也)
 Q&A 咬合時の上顎骨,下顎骨の応力分布について(前田芳信)
 歯列の変化(熊谷真一,森本達也)
 Q&A 咬合平面・咬合位は経時的にどのように変化するか(高木温子,小川 匠)
 X線像の変化(熊谷真一,森本達也)
 Q&A 下顎頭に形態変化を認めたら!(細木秀彦)
Part 4 力をどう判断し,どう対応したのか
 問診から得られる情報(牧 宏佳)
 処置による効果をX線写真から判定(牧野 明)
 「力のコントロール」のアドバイス方法(仲村裕之)
 力と歯周組織−観察と対応(千葉英史)
 早期接触の咬合調整,咬合再構成(川上清志)
 制御できない力に対して−ブラキシズムへの対応−(玉置勝司,小飯田武広)
 過大な力がかかる症例へのインプラントの適用(武田孝之)
 原因不明の咬合崩壊 重大な破壊因子である態癖の見落とし(木下俊克)