やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 近年,EBM(Evidence Based Medicine)という言葉をよく耳にするが,歯科においてはevidenceのみならずlogicがたいへん重要である.正しい理論の構築には,物理学,生物学による裏付けが必要となる.総義歯においては,とりわけ力学と発生学の理解が必要不可欠であろう.
 これまでの総義歯治療は,術者の経験や感覚に依存する割合が大きく,若手の先生や過去に苦い経験をされた先生は,“総義歯は苦手”と思われている方も多いのではないだろうか.
 生体を対象とする以上,全く同じ症例は一つとしてなく,毎日が応用問題である.確かに術者の経験や感覚は重要なのだが,まずはじめに科学的根拠に基づいた論理(logic)を理解すれば,たとえ初学者であっても,さまざまな症例に対応可能な応用力が次第に身に付いてくる.
 総義歯治療の成否を左右する要因には,印象採得と咬合採得が挙げられる.総義歯は,主として表面張力によって維持されているが,容易に変形する軟組織を対象としているため,無圧的な印象により粘膜のあるがままの状態を印象する事が重要である.さらに,粘膜面の厚みは一様ではなく,部分的な被圧変位量を調整する選択的加圧印象を行う必要がある.その際,筆者が考案した「クリアトレー」を用いることで,加圧されている部分を視覚的に捉えることができ,クリアトレーを調整することで無圧部と減圧部を一つの印象面に取り入れることが可能となる.
 また,総義歯患者は,その前段階で部分床義歯を用いていることが多いが,主として残存歯で噛もうとしてきたため,習慣性咬合位と中心位が一致していないことが多い.このような場合,顎関節と神経筋機構が調和した咬合を付与することが重要であることは言うまでもないが,長年にわたり生体に記憶されている咬合関係を改善するには一筋縄でいかないことも多い.そこで,筆者が考案した「V.H.D.プレート」を用いて咬合採得を行うと,非常に簡便に上下的,左右的,前後的な顎間関係を決定できるので紹介したい.
 本別冊は,こうした自然科学的見地を考慮した上でどの様な義歯が望ましいのか,またその作製方法の基準について,科学的根拠に基づいたlogicを用いて考察していきたい.
 本書が,総義歯初学者のみならず,総義歯に苦手意識をもたれている先生方の臨床の一助となれば幸いである.
 2012年5月
 大阪府・諏訪歯科医院
 朝日大学歯学部非常勤講師
 諏訪兼治
 兵庫県・PTDLABO
 堤 嵩詞
 序文
 著者一覧
 Opening Graph クリアトレー,V.H.D.プレートを用いた総義歯治療
第1章 総論
 印象採得
 咬合採得
 KEN.Articulatorの特徴と使用例
第2章 印象採得,咬合採得の実際
 印象採得の実際
 クリアトレーを用いた選択的加圧印象
 クリアトレーの要件・製作法
 咬合採得,人工歯排列
第3章 難症例への対応
 印象採得における難症例-フラビーガム,骨吸収-
 従来の咬合採得が奏功しない症例
 認知症患者の総義歯治療
第4章 症例から考察する総義歯治療
 保険で製作した義歯の長期経過症例
 クリアトレーを使用しない方法
 クリアトレーを使用する方法

 総義歯作製のワンポイント
 参考文献
 器材問合わせ先